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第二十四話 ユズと、八巡目


なんか忙しいし体調もよくないんですけど(憮然)


Q. 今年中に二章終わらせるって話はどうなったんですか?

A. まあこの章で圧倒的一万五千字越えとかいうバカみたいな長さになるのは今回が最後だから…………多分。大丈夫、まだ舞える



 

 金崎(かなさき)大五郎(だいごろう)。異世界人で唯一の成人であり、ユズたちの担任を勤める教師である。

 まだ若輩の先生ではあるが、だからこそ子供と近い目線で接することができるフレンドリーさを持ち、生徒からの人気も根強い。生徒一人一人をよく見ているため、相談を受けることも多く、その度に親身かつ的確に対応する真摯さ。保護者面談においてもその視野の広さと理解度は現在であり、保護者からの評判も良い。


 教師として優秀が故に、生徒である佐倉(さくら)咲良(さくら)に本気で性的に狙われているが、華麗に躱し続けている。


 そして、その生徒思いさは有事の際も――――クールビューティの世界に招かれても健在であった。


 ラゼ・カルミアによって、神々と戦うことによって元の世界に帰れる可能性を示されたとき、金崎先生が一番に考えたことは、生徒の安全の保証であった。

 本当は生徒には誰にも戦場に立ってほしくなかったが、しかし他ならぬお人好しの生徒たちが、それを拒否した。


 生徒が戦いに身を投じることは避けられないと悟った時、金崎先生は迷いなく盾を手に取った。

 せめて、誰も教え子を傷つけないように、盾使いとして奮迅すると決めたのである。


 彼の固有スキルは『大重衝(ヘビーユーザー)』。装備している武器、防具の重量を激減させるスキルである。

 たとえ両手で持つのがやっとの剣であっても、片手で木の棒でも振り回すかの如く扱うことが可能である。そして、耐久値は高いものの重量がありすぎるが故に扱えないとされていた大盾さえも、易々と抱えることができる。


 耐久を重視したステータスに成長し、固有スキルを受けた盾で防御を固め、戦場に立つのは、教師として、大人としての覚悟があるからできること。

 誰よりも前線に立つ勇気とステータスを併せ持つ男。それが、金崎大五郎という人間である。


 ――――そして今、金崎先生の膝が、地に屈した。


「先生!」

「ッ来るな!」


 佐倉咲良が悲痛な声をあげ、先生の下へと駆け寄ろうとするが、それを本人が静止する。


「ふむ、驚愕です。私と槍を交えて、ここまで持ち堪えられたのは久しい」


 盾を地に突き立て、上体は倒れないように支える金崎先生を、呪魔姫サティスが見下ろした。


 それは、まるで圧倒的な実力者を前に、平伏しているかのようで。

 決して認めたくない眼前の光景に、佐倉は歯噛みする。


 近接戦闘の心得がない佐倉から見ても、初めは金崎先生とサティスの実力は拮抗しているように見えた。両者共に攻めあぐねている様子ではあったものの、少なくとも金崎先生はサティスの槍捌きを完全に防御し切っていた。


 しかし、徐々に金崎先生の盾は精細さを欠いていき、防げない槍も増えていった。そして更に、先生の動きが遅くなる。

 そして遂には、決定的な致命傷を与えられることすらなく、金崎先生は肩で息をして、地に崩れ落ちることとなった。


 しかし、サティスの口からは、心からの感嘆が溢れる。


「それだけ呪いに身体を侵されていながら、まだ御懸命に抗えるとは……既に鎧で押し潰されそうでしょうに」


 その言葉通り、金崎先生のステータスには、何重もの呪術による大幅なデバフがかかっていた。金崎先生の固有スキルで軽くした装備品が、サティスの呪術によって重くなる。


 悪魔とは、呪術を駆使した戦闘を得意とするモンスターである。その中でも、サティスの持つ呪いは、相手のステータスに下方補正を与えるというシンプルなもの。それほど目立つ性能はしていない。


 呪いの源流は、モンスターの強い感情。それが、モンスターの攻撃として現れることで指向性を持ち、対象に攻撃を命中させてダメージを与えることで、相手を呪いにかける。


 では、金崎先生は、サティスの槍によって傷ついたから、デバフを受けたのか。

 それは是であり、非でもある。


 ダメージを媒介として、対象に呪いを与える――――それは、普通の魔物に当てはまる常識だ。

 彼女は、感情を何よりも上手く扱うモンスター、悪魔である。


 悪魔は、呪いを自在に操る。例えば炎魔姫フラメリは、呪いを具現化して放出したり、腕に纏って体術を組み込むことにより、呪いが接触するだけで相手にデバフを与えることが可能であった。


 ダメージを与えずとも、呪いを直接対象に接触させ、対象に呪いを与える――――それは、普通の魔物に当てはまる常識だ。

 彼女は、ボスモンスターが一柱である【極悪魔エクステラ】をも差し置いて、()()()の二つ名を天より与えられた存在である。


 サティスも、基礎の条件は変わらない。他の悪魔と同様、呪いを接触させることが発動条件である。


 だが、違うのだ。『接触』の範囲が、違うのだ。


 腕に纏って殴るのも『接触』だ。直接呪いを放って命中させるのも『接触』だ。槍に纏った呪いを相手に突き刺すのも『接触』だ。槍の穂先が相手の装備品に触れるのも、『接触』だ。

 槍越しだろうが盾越しだろうが鎧越しだろうが何越しだろうが、サティスと経路が繋がったなら、【呪魔姫】にとってそれは『接触』だ。


 サティスの槍が先生の盾に触れる度、先生はデバフを受け続ける。

 防御主体の近距離戦を得意とする金崎先生のような相手は、サティスにとって絶好の獲物である。


 金崎先生自身も分かっていたことである。サティスと最も相性が悪いのは自分であると。

 だが、この場を退くことなどできない。できるはずもない。自分は、今後ろにいる彼女たちの、先生なのだから。


 どうする、と金崎大五郎は自問する。


「――――」


 危機に瀕した愛しい人に依然として守られている悔しさに、佐倉は唇を噛む。


 佐倉の役回りは、射撃を主とする遠距離型だ。サポートに徹することもあれば、火力役を担うこともある。

 だから、今サティスに向かって攻撃を放ち、注意をこちらに逸らすこと自体は可能だ。切り札だって存在する。自分が先生の身代わりとなるだけなら、一切の躊躇いはない。

 だが傍にはもう一人、怯えた少女がいる。彼女を自分のエゴに巻き込むわけにはいかない。身代わりになるのは、彼女を安全圏に逃してからだ。しかし、そこまでの動きは流石に見逃してくれるとは思えない。


 何より、自分たちに標的が移った時、恐らく金崎先生はなりふり構わず命を救おうとする。たとえ身代わりになってでも、彼は生徒を助けようとする。金崎先生は、そういう人だ。

 自分のために――――自分の愛する先生のために、為すべきことは何か、佐倉には判断がつかなかった。


 どうする、と佐倉咲良が自問する。


 愛する生徒を守らんと思い悩む、金崎先生。

 愛する先生を守らんと思い悩む、佐倉。


 ――――そんな二人を、矢崎(やざき)紗香(さやか)が、見ていた。


 矢崎紗香は、怖がりで、臆病で、消極的で、引っ込み思案で、泣き虫な性格である。

 彼女は、あらゆるものに怯える。物音にも、暗闇にも、視線にも、気配にも、痛みにも、失敗にも、動物にも植物にも、有機物にも無機物にも、そして人間にも。

 周囲を構成するありとあらゆるものが、彼女を恐怖させうるのだ。


 その恐怖する様は、どこか歪で。

 高校生に対しての表現としては正しくないかもしれないが、『まるで子供のよう』なのだ。

 小学校の頃に、心の時間が止まってしまったかのような違和感を、彼女からは感じる。


 そんな有様だから、人付き合いなどできるはずもなかった。友達はできず、幼馴染からは嫌われていった。同じ中学と高校に通ってくれたけど、話すこともなくなってしまった。


 だが、今まわりにいる皆は、違ったのだ。先生は相談を真摯に聞いてくれるし、クラスメイトたちも程よい距離感で話しかけてくれた。

 実際のところ、矢崎の性格など些事に見えるレベルでヤバい奴がクラスメイト内に何人もいたが故ではあるのだが、それでも矢崎は感謝していた。


 菊池玲奈をはじめとする人たちと言葉を交わしていき、彼女は少しずつコミュニケーションに慣れていった。それは僅かではあったものの、数年ぶりの紛れのない矢崎紗香の成長であった。


 と同時に、彼女は新たな苦悩に苛まれることになった。

 自分は、守ってもらってばかりなのだ。

 友達が皆無だった中学時代はともかく、高校生としての矢崎紗香がいるのは、周囲の人たちのおかげだ。返しきれないくらいの恩があって、それなのに自分は今でも、その人たちに与えてもらって、守ってもらってばかりなのだ。


 たった今だって、そうだ。


 金崎先生は、自分を守るためにボロボロになりながら、勝てない相手と戦っている。

 佐倉は、自分の身の安全を考え、積極的な攻撃ができないでいる。


 頭が悪いと自覚している矢崎でも、それくらいのことは分かった。


 どうする、と矢崎紗香が自問する。


 いままでの彼女であれば、どうしよう、とただ狼狽えるだけだった。しかし彼女は今、どうする、と考えた。自分でどうにかしなければならない、そうしたいのだと、確かに心の奥底に感じたのだ。

 ならば答えは、一つだった。


 ずっと、思っていたのだ。

 与えられてばかりで、守られてばかりで。その恩を、いつか返せるときは来るのだろうか、と。

 そう思い悩んで――思い悩んでいただけだったのだ。行動に移すこともなく、ただ貰うだけの人生に甘んじていた。

 自分を少しでも変えてくれた、大好きな皆に、今度は自分が助けてあげたい。ずっとそう思っていても、その最初の一歩を踏み出してこなかった。


 だから、今この瞬間なんじゃないか。恩を返す、その第一歩を踏み出す時は。


 …………違う。ずっと前から、踏み出す時は『今この瞬間』だったのだ。


 震える手で、震える足を押さえ、立ち上がる。傍らに投げ捨てるように置いてあった槍を――幼馴染と同じ武器を、手に取る。


 その動きに気付いた佐倉が、振り返る。その表情は、思いもよらない出来事にただただ驚いているかのようで、なんだか可笑しかった。

 それはそうだろう。数秒前までの地べたに座り込んでいた自分でさえも、立ち上がるだなんて想像だにしていなかったのだから。


「――さや」

「佐倉さん」


 恐怖でうまく喉が開かない。か細く、しかし負けないくらい強がりと決意を込めて、矢崎は呼びかけた。

 そうでもして佐倉さんの言葉を遮らないと、せっかくのなけなしの決意が、怖くて消えてしまいそうだったから。


「応援して」


 その言葉で全て伝わったと信じて、矢崎は地を蹴る。

 佐倉が止めたような気がしたが、もう振り返れなかった。


「やああぁぁぁああぁあぁあ!」

「なっ……!?」


 人に似たかたちの生き物に、槍を突き刺す勇気がない。棍棒のように振り回し、サティスの横っ面を殴らんとする。動揺した声は、サティスのものか、それとも金崎先生のものか。頭が真っ白になって、もう声の判別もつかない。

 辛うじて槍の柄で防御したサティスは、羽で補助をして後方に跳び距離をとる。


 今しがたの攻撃が、先ほどまで恐怖で蹲っていた人物と知るや否や、サティスは言う。


「意外ですね。もうすっかり御委縮したものだとばかり」

「……! ……!」


 矢崎は答えない。答える余裕もない。

 今、矢崎の胸中にあるのは必死さだけだ。もはや先ほどまでの決意すらも忘れ、ただ闇雲に咲いてを打倒するため、この場に立っている。


「ふむ、退く気はないようですね……でしたら、御覚悟願います」

「ぅ……!」


 全身に力を込め、喉から呻き声ともとれる音が漏れた。

 サティスと矢崎が同時に地を蹴り、槍が交差する。


 ●


 矢崎さんとサティスが、一対一で戦っている。


 槍を槍で防ぎ、槍を槍でいなす。穂先の応酬が繰り広げられている。


 目を見張るのは、やはり矢崎の活躍だ。

 そもそも俺は、矢崎が戦っているところを見たことがない。グループが違うからってのもあるが、合同の模擬戦でもほぼ逃げ回ってただけだったしな。

 恐らく、精神的な問題なのだろう。矢崎という人物の性格は、戦いに向いていない。まあ本来はほとんどの人間がそうなんだろうけど、恐怖心を感じやすい矢崎は特に顕著だ。


 だが、彼女は立ち向かった。

 きっかけは分からない。もしかしたら、先生が継戦不可能になったから、仕方なくかもしれない。だが、立ち向かうことはしたのだ。それは素直にメチャクチャ凄いと思う。


 でも、一人で戦わせて大丈夫なのか?


「勿論、本当に矢崎が危なくなったら、私が命をかけて割り込む。だが……こんな風に矢崎が勇気を出してくれたことは、今までにないことなんだ」


 俺の心情を察してか、ポーションで体力を回復させた先生が、腕を振りながら答える。


「私は今も、教師として葛藤している。生徒のために命を(なげう)ってでも前に立つべきなのか、生徒の心の成長のために前に立たせるべきなのか……そして私は、矢崎の選択にゆだねることにしたんだ。彼女が前に立つことを選んだのなら、それを尊重してあげたい」


 なるほどねえ。先生も断腸の思いだったのだろうが、矢崎さんを戦わせることを選んだようだ。

 まあ実際、魔王軍幹部を一人で相手にしているにしては、思ったよりも戦いになっている。


「なっているっつーか……なんか普通に強くね?」


 腕を振りながら、俺は呟く。

 普通にサティス相手に押している。同じ槍使いの江口が技術特化だとするならば、矢崎はステータスで圧倒するタイプだ。猛攻に次ぐ猛攻に、サティスは防戦一方になっている。

 この感じ、クラス内でもかなり上位じゃねーの? 有吾や姉御やかもめほど隔絶した感じはしないが、その次くらいには実力があるように見える。


 しかも、サティスの呪術を受けた上で、だ。

 槍が交錯する度、矢崎はデバフを受けているはずだ。実際、ちょっとずつ槍捌きが遅くなっている気がしなくもないのだが、地力がそれを補って余りある。


 そもそも魔王軍幹部を相手に、一人で互角に戦いを運べていることが異常だ。


「紗香、あんなんだけど普通に運動できる方だしね」


 俺の呟きを聞いてか、佐倉が腕を振りながら答える。

 なるほど、大人しい性格ではあるが、意外と結構動ける方らしい…………いや、それにしたって強いな。元の世界の運動能力云々じゃ片付けられない。

 俺が合流したばかりの時とか、自分で言うのもなんだけどガオウ戦終盤の俺くらい俊敏に動いてたぞ。


 だが、割と圧倒的な力を手にしていたとしても、本格的な戦闘が初めてだという事実は、矢崎さんに重くのしかかる。彼女の臆病さからして、その精神的負担は計り知れない。


 だから、そんな矢崎さんを、俺たちは――――


「「「頑張れえええええ!」」」


 ――――()()()()()()()()()()()()()()、声の限り応援していた。


「いや何これ」


 さっきから流されるままに真似していたが、とうとう俺はツッコむ。


 サティスは矢崎さん一人に任せるってんなら、応援くらいしかできることがないってのはまあ分かるよ? けどここまでマジな応援にする必要なくない?

 そういえば大城からサイリウムを事前に受け取ってたし、何に使うんだよって思ったけど、まさかこんなガチガチに戦闘している最中に使うのは思わないじゃん。


 矢崎さん、結構ドラマチックな感じで戦闘開始したって聞いたよ? いざ始まった戦い、こんなバカみたいな絵面でいいの?


 ほら、時々サティスがものすごく鬱陶しそうな目でこっちを見てるよ。今にも標的を変えそうな勢いだよ。これ作戦として合ってる?


「紗香の固有スキルは歌踊応(ワンマンライブ)っていうらしいよ。紗香のことを応援してくれている人数に比例して、ステータスが上昇するんだって」


 俺の疑問に佐倉が答える。

 つまり、今サイリウムを振っている俺、先生、佐倉の三人分の応援が、三人分のバフとして矢崎のステータスを増強させているらしい。どうりで強いわけだ。

 知らなかったし、矢崎さんの強さも腑に落ちたし、教えてくれてありがてえんだけど違えんだよな。一番意味わからんサイリウムの意味の話をしてんだよな。


「矢崎からの要請だ。これが一番応援されている感覚になれるらしい」


 聞くところによると、矢崎さんが『応援されている』と認識しない限り、バフをもたらす人数にカウントされないらしい。んで、本人が一番応援されている気になれたサイリウムが選出されたそうだ。

 大城たちが大量生産したサイリウムを、矢崎さんを中心とした範囲内で振っている人数に比例して、バフが与えられる。

 しかも、ちゃんと応援する気持ちを抱きながらサイリウムを振らないと、バフが切れるらしい。フワッとした条件が面倒くせえ。


 …………納得からは程遠いが、とりあえず理解できたので良しとしよう。


「……っ、凄まじい力です。それほどまでの御実力がありながら、なぜ今まで戦闘に御参加されなかったのですか?」

「……!」

「やはり御回答いただけませんか」


 押されながらも何やら癖のある御口調で尋ねるサティスだが、矢崎さんには答える余裕がない。逆に、サティスには答える余裕が生まれつつあるようだ。

 大きく開いていたステータスの差が、埋まりつつある。矢崎のバフが、デバフで塗りつぶされているのだ。


「これマズくねえ?」

「序盤に決めきれなかったのが痛いな。これが続けば……」


 潤沢なバフを受けているとはいえ、槍の交差の度にデバフを受けていることには変わりない。いずれステータスの関係も逆転するだろう。

 そうなれば……


「俺が出る」

「私が出る」


 俺と先生の声が重なる。


「いやいや先生、デバフ解けてないんですよね? 無茶ですよ」

「ユズこそ今まで戦い詰めだったんだろう。私の場合はデバフはあるが、鎧と盾をしまえば動けないことはないんだ」

「とんでもないこと言ってません?」


 タンクが防御を固めないという斬新かつ無謀な作戦に、俺は首を横に振る。

 しかし、先生は譲らない。自分より先に生徒が矢面に立つのを絶対に許さない面構えだ。別に俺も死ぬ気はないんだが。


 応援しながら意見を対立させる俺と先生。しかし矢崎は想像を超えた。


「んむ……あ˝ぁッ!」

「な、ぐあっ……!?」


 後退しようとしたサティスの足を矢崎の足が踏みつけ、動けなくなったところを矢崎の槍のフルスイングが打ち据える。


 想像していた倍はエグい打撃に、俺は薄っすら引いた。何その才能。あんなの初戦闘でやっていい攻撃じゃないでしょ。

 サティスは辛うじて槍で受けたものの、勢いを殺しきれず、慣性を受けた自分の槍がこめかみに激突し、血を流す。衝撃で脳が揺れ、一瞬両眼の瞳の挙動が怪しくなる。うお、懐かしい。俺も気絶しかけの時、偶になったなあ。


 明確な有効打。サティスの防御をかい潜り、意地で決めた一撃。

 しかし、それが良くも悪くも、合図だった。


「『鏡呪(ミラージュ)』」


 俺なんかはもう聞き慣れているが、これが初陣の矢崎さんは気付けていないかもしれない。それが、固有スキルの宣誓であると。

 この世界で鍛えあがった俺の動体視力が、一瞬サティスの体表に黒い電撃が迸るのを捉えた気がした。


「……っ!?」

「あなたの御力は御危険……ここで、倒すッ!」


 瞬間、サティスの身体がブレ、再び鮮明に姿を視認した時には、サティスの槍が矢崎の槍を大きく弾いていた。

 攻撃の度にデバフを受けているとはいえ、俺たち三人分のバフを受け取っているはずの矢崎さんの膂力を凌駕し、あまりに致命的な隙を作りだす。


 呪魔姫サティスの固有スキルは『鏡呪(ミラージュ)』。その字の如く、まるで鏡合わせのように、自らが生み出す呪いの効果を反転させるスキルである。

 サティスの呪いはステータスの下方補正(デバフ)。すなわち、固有スキルを発動させれば、上方補正(バフ)(まじな)いと化す。


 ただ反転させたまま相手を呪ってしまえば、それはただの利敵行為。

 だから、サティスは()()()呪術をかける。


 相手を呪術で弱体化させ、自分を反転させた呪いで強化する。才も力も()()させる。それがサティスの必勝法――――の筈だった。


 だが現実として、サティスは固有スキルを使っていなかった。それが、使えなかったのか、使わなかったのか……さっきの御口ぶり的に使わなかった方だな。その理由も俺にかかればなんとなく分かる。魔物ベースで、俺の独自心理学から逃れられると思うなよ。


 何はともあれ、サティスが固有スキルを使わないのには何らかの理由があって、それをずっと保ち続けるものだと割り切っていたのだが……そんな仮定を嘲笑うかのように、呪いは裏返った。

 ここに力関係は、形勢は、反転する。


「やッべぇ……ッ!」


 矢崎さんは槍を弾かれ、完全に胴を晒した状態だ。サティスの視線が、その無防備な体を狙う。

 一秒と経たず、胴体が串刺しにされる未来が待ち構えている。


 俺と先生は示し合わせることなく、同時に地を蹴り走り出した。

 先の宣言通り、俺が矢崎さんに代わる。心の成長がどうとか、そのあたりの勘定はサティスが固有スキルを使った時点で崩壊している。同じ結論に至ったからこそ、先生も俺と同時に動いたのだろう。

 あのままでは、矢崎さんは死ぬ。


 だが、この場で最も冷静だったのは、意外にも佐倉だった。

 彼女はその場から動いていない。まあ元々近接戦闘なんかしないから当然っちゃ当然なのだが、それでも駆け寄ることはなかった。


 理由は単純だ。たとえ次の一撃が矢崎さんを殺そうが殺すまいが、俺たちは間に合わない。俺たちが、俺たちの攻撃がサティスに到達するよりも早く、サティスの攻撃が矢崎さんに到達する。それは変えられない。

 ならば、命を諦めるのか。いや、そうじゃない。佐倉は、矢崎さんを信じたんだ。


 それは、ただただ自分が安全圏にいる故の、無責任な信頼ではない。

 今の矢崎さんの力の根源は、俺たち三人の応援に他ならない。俺たちが矢崎さんを完全に『救助対象』として見てしまった場合、俺たちが応援しているという判定はなくなり、応援のバフが消える可能性がある。

 勿論、所詮は可能性だ。実際は応援の判定は続くのかもしれない。しかし、現時点においてそれは検証不足なのだ。矢崎さんの実践経験の少なさが、ここでも裏目に出た。今この瞬間、俺たちに死ぬ可能性を僅かにでも減らせるのだとしたら、それは絶対にバフを切らさないことだけ。

 だからこそ佐倉は、その場に留まった。動いても絶対に間に合わないのなら、矢崎さんへのバフが切れるのを避けるのが最優先だと。


 それは、確かに真実だ。だが、致命的に違う。

 たとえ、今まさに振るわんとしているサティスの一撃を凌げたとしても、その次の攻撃は、さらにその次の攻撃は、凌げるか分からない。


 というかサティスに固有スキルを使われた時点で、趨勢はすでに決まっている。今の互いのバフとデバフの具合からみて、矢崎さんは負ける。であれば、俺か先生が矢崎さんを救助するのは必須なのだ。


 だが、応援を切らすわけにはいかないのは同意だ。

 だから俺は、救助と応援の両方を取る。自分の中に、救助と応援の双方のニュアンスを混ぜ込む。


 俺と先生は駆け出しながらも、依然としてサイリウムを掴み続けていた。ならば、考えていることは同じだろうか。

 俺が、俺たちが助けるまで、それまで…………


「「「「頑張れ!!!!」」」」


 ぶっちゃけ、俺が考えていたことを、先生や佐倉が考えていたのかはわからない。言葉を交わしている暇はなかったし、すべて俺の想像に過ぎない。ユズ流メンタリズムは、人間を対象としたものじゃねえしな。

 しかし、それでも声は揃った。


「……!」


 その瞬間、矢崎さんが()()()()


 弾かれた槍の穂先が明後日の方向を向いているまま――――サティスの方向へと向いていた石突を繰り出す。

 サティスの槍の穂先の進行方向を妨げるかのように突如として石突が交差し、槍の動きが停止した。


「…………え?」


 その困惑の声は、俺のものか、先生のものか、佐倉のものか、それともサティスのものか。

 少なくとも、たった今埒外の技を見せた矢崎さんのものではないことは確かだ。


 矢崎さんの隙をついて攻撃せんとしていた槍が、矢崎さんによって予備動作の時点で止められた。

 訳の分からないマジックでも見せられたかのような、現実離れした現状の情報を処理しようとする思考の隙が、サティスを襲う。

 そして、その隙は、見逃されなかった。


「ぅやあぁぁあぁぁぁあっ!」


 逆転して、がら空きになったサティスの腹部を、矢崎さんの渾身の前蹴りが捉える。

 何やらあまり肉体から聞こえてはいけない轟音が聞こえ、同時にサティスが衝撃とともに吹き飛ばされた。


「えぇ…………」


 今度こそ、俺の困惑の声だ。転がっていくサティスを見て、思わず駆け寄る足が止まってしまった。ふと隣を見れば、先生も俺と似たような表情で立ち止まっている。


 いや何あれ。数秒前の彼女本人からすらもかけ離れた、別人のような強さ。まるで、()()()()()()()()()()()()かのような、唐突な覚醒っぷりだ。

 というかさっきのあのテクニックは何よ。あの戦いぶりからして、ステータスでゴリ押すタイプだと思っていたのに。

 相手の槍の動きを見てから動き出して、予備動作の段階で攻撃を封じたとか、凄い戦闘技術よな…………いや、もしかして技術とか何もなくて、これ全部反射神経とパワーで実現させたの? バケモンかよ。


 うーん、流石に応援のバフが増えたとしか考えられねえな。でも、それなら応援している人の姿くらい現してもよさそうなものだが…………まあいいや、それよりだ。


 矢崎さんがバフで強くなって、矢崎さんがデバフでちょっとずつ弱くなっていって、サティスがバフで強くなって、矢崎さんがバフでさらに強くなった。もはや何が何だか分からなくなってきたが、ともかく再び盤面は逆転し、矢崎さんが優勢に立つ。


 しかし、それでも敵は魔王軍幹部。


「う、あああぁぁぁあああ゛!」


 妙ちきりんとはいえ物腰柔らかな敬語で話していたキャラクターとは思えない、絶叫。

 血を吐きながらも、己を鼓舞するべく叫び声を上げて、地を転がっていたサティスが立ち上がった。槍を握りしめ、怨敵を睨む。


「ヴィラン様の御野望の、御障害となるならばッ! 今ここで御仕留める!」

「ごぉごぉうるさい!」


 ……あぶねえ、ちょっと面白いじゃねーか。笑いそうになったわ。

 まともに意味のある言葉を喋るほどの精神的余裕がなかった矢崎さんが、唐突に的確なツッコミを入れるのはズル過ぎる。一応内容には、敬愛する主に恥じない戦いをしなければっていう覚悟が込められてたんですけど。


 何とも締まらない感じだが、それはそれとして戦況は最終局面に差し掛かろうとしていた。

 互いに槍を強く握りしめ、互いに必死の形相で、互いに地を蹴る。


「りゃあああぁぁぁ!」


 裂帛の気合とともに繰り出された矢崎さんの刺突だが、空を切って止まる。サティスを正確に狙った槍のはずが、命中することはなかった。

 サティスが翼を翻し、前宙の要領で体を回転させ、矢崎さんの背後を取らんとする。バフのおかげもあってか、矢崎さんはその動きを僅かに目で追えていたようだが、体が追い付かず、完全に死角に回り込まれた。


 マズい、と思ったのも束の間。着地の時間も惜しんだサティスが、空中で槍を突き出す。死角から迫る死の穂先が、まさに矢崎さんを背中から食い破らんとした――――寸前。


 そっぽを向いたままの矢崎さんが、片手で持った槍を全力で背後へと振り回す。


「ッ!?」


 サティスが本日何度目かの驚愕の表情を見せる。突如として自分の魂を刈り取らんとする穂先が振り回されたら、そうもなろう。咄嗟に上体を逸らし、スイングを回避する。

 だが、彼女が持つ槍は違う。空中から迫る柄と、突如振り回された柄が、激突した。

 まさか迎撃されるとは夢にも思わなかったのか、意図せぬ妨害に穂先は為す術なく下を向き、叩き落とされる。


 そして、地面スレスレまで落ちたサティスの穂先を、矢崎さんの足が踏みつける。

 圧倒的な膂力を以て踏まれた槍は、まるで地面に縫い付けられたかのように動かない。


 矢崎さんが振り返る。槍を背後へと振り回した右腕を引き絞り、慣性を乗せて。


 素早く攻撃の気配を察知したサティスは、自分の槍を諦めて手放し、翼をはためかせて後退する。

 本来なら、いくらリーチの長い武器種である槍とはいえ、相手には届かない。

 しかし、それすらも読み切っていたかのように、矢崎さんは振りかぶっていた槍を投擲する。


 弾丸のような速度の刺突が風を切り、サティスの片翼を貫通して、彼方の地面に突き刺さった。

 なんか貫いたっていうより弾けたみたいな音したけど、ともかく機動力を奪うことには成功した。


 そして、矢崎さんはすかさず第二の槍を掴む。

 さっきまで敵が所有していて、今しがた踏みつけていて結果的に第二の槍となった、サティスの槍を掴む。


 痛みに呻きながら慣性のままに後退するサティスに、それを凌駕する速度で肉薄する。

 鮮やかな追撃に辛うじて反応したサティスは、腕を交差させて急所を守る。しかし、そんな急ごしらえの防御を真正面からブチ破れるのが、今の矢崎さんだ。


「あ、ああぁああああ゛ぁっぁあああァ!」


 重なる両腕の上から、渾身の槍のフルスイングを叩きつける。破壊音と衝撃音、叫びと僅かな悲鳴が、俺たちに伝わった。

 しかし、サティスに伝わったものはそんなものではない。自らの武器の謀反による圧倒的なインパクトがサティスの腕から全身にかけてを襲い、その身体をいとも容易くふっ飛ばした。


 吹き飛ばされたサティスに巻き込まれ、数本の木が倒壊する。倒れた木と地面が衝突し、土煙と小さい地震を引き起こす。

 地に引き摺ったような跡を残して、サティスの身体が停止する。崩れた木っ端の上に倒れ伏したサティスは、息はあるようだが、起き上がる気配はなかった。


 それが、矢崎紗香と呪魔姫サティスとの、戦いの顛末だった。


 同時に、追撃をしてから立ち尽くしていた矢崎さんの上体が揺らぎ、その場に膝をつく。

 それを見て、俺たちは駆け寄った。


「矢崎!」

「大丈夫!?」


 それぞれ心配の声をかけるが、とんでもないことにほとんど目立った外傷はなかった。ほぼ初めての戦闘で非常に興奮した状態だったらしく、少し貧血気味になっている以外は、身体に異常はなさそうだ。心に異常がないかまでは、今の俺たちには分からない。まあ、その辺は追々矢崎さん本人の中で消化していくものだろう。

 ともかく、無事で何よりだ。金崎先生も呪術を受けまくっただけでダメージ自体はそれほど負っていないっぽいし、佐倉も先生の奮闘の成果あってほぼ無傷だ。


 それじゃあ、そろそろ撤収作業をしなきゃな。サティスを拘束して回収したら、アネモネさんたちのところに三人を連れていくというか、応援のバフが切れたら矢崎さんは動けるんだろうか。まだサティスの呪術が解けたわけじゃないから、デバフだけが残る形になるんじゃないか?

 んま、なるようになるか。


「あっ、そういえば」


 俺は周囲を見渡す。確かあっちの方に…………あった。


 サティスがなぎ倒した方向とは違い、まだ木陰が残る場所、その地面に刺さっているもの。

 矢崎さんの槍を回収してあげようと、俺は小走りで三人のもとを離れる。


 とんでもねえな。結構な距離までぶん投げてる。深々と刺さった槍を、地面から引き抜く。ついでにサティスの拘束もやっておこうかな。あれ、でも俺支給された拘束具、まだ持ってたっけ? なんか今日一日で色んなことしすぎて、記憶がごちゃごちゃになってきた。拘束具って結局いつ使ったんだっけ。あれか、セレン相手に使ったのか。あれ、結局俺は使ってないんだっけ。っていうか俺使っているところ見たことないかも。そうだ、俺はその場を早々に離れて、かもめとコミっちに使わせ殺意殺意殺意殺意殺意殺意――――


「――――やば」


 空からの壮絶な殺意を感じ取った俺は、弾かれるように視線を上へと向ける。


 俺がすぐさま気付けたのは、それほどまでに強い殺意だから、そして知ってる殺意だったから。

 にも関わらず完全に俺が後手に回ったのは、近付いてくる()()が、恐ろしい速度で飛来してきていたからだ。


 標的は、俺じゃない。

 単純な話だ。槍を回収するため木陰にいた俺は見つからず、倒壊した木々の周囲にいた三人は見つかった。それだけの話だ。


 だから――――極悪魔エクステラは、真っ直ぐに矢崎さんたちを狙った。


「ッ!」


 そして、それを許す先生ではなかった。


 サティスの槍を持っているが故に真っ先に標的となった矢崎さんの前に立ち塞がるように躍り出た金崎先生に、エクステラの一撃が突き刺さる。


「――――え」

「きゃあああぁあぁああぁっ!?」


 血飛沫が舞い、崩れ落ちる。

 庇われ、その庇ってくれた人が血に沈んだ衝撃に呆然とする矢崎さん、そして愛しい人の負傷に悲鳴をあげる佐倉。


 その三人を、ボスモンスターはその目に激情を宿しながらも冷たく見下ろしていた。


「人間風情が。地獄を見る覚悟は出来ているな?」


 全速力だ。彼ら彼女らに地獄を見せる覚悟が、俺には出来ていないからな。


「テメエがだよッ!」


 俺に向けてじゃなくても、殺意を振り撒いてくれるだけで、俺の動きはマシになる。

 エクステラの殺意で加速した俺は、横っ面を蹴り飛ばさんと跳ぶ。直前に気付かれて防がれてしまったが、エクステラのこちらに意識を向けることに成功した。

 怒りのあまり視界が狭くなっているようで助かった。俺のことにまったく気付いていないようだからな。でなきゃ、こうしてあっさり一撃を喰らわせてやることなど出来なかったろうしな。


「また貴様か、外道がァ!」

「言ったろ? 妹もボロ雑巾にしてやるって」


 確実に嵌まるであろう挑発をすると、エクステラの目に再び怒りの炎が灯った。


 矢崎さんがサティスの槍を持っていた時点で完全にターゲットから外れることはないだろうが、この場にいる俺が犯人Aのポジションから外れることは恐らくない。上手く気を向け続けられなければ。


 なんとか佐倉と矢崎さんには、金崎先生を連れて逃げてもらいたい。横目で一瞬見た感じ、命はあるっぽかった。ボスモンスターの一角、エクステラの一撃を耐えれたのは、ひとえに先生が耐久特化のステータスをしているからだろう。デバフに塗れても、命を拾えるほどに。

 まだポーションもあるだろうから、本当に危険って訳じゃないと思うが、俺が早々に死んだら勝負は分からない。

 つーかどうすりゃいいんだコレ。レトさんがいてトントンの相手とか、普通にどうしようもねえよな。もっと言えば魔法を使われたら多分他の皆にも危険が及ぶ。俺の命と引き換えに、どうにかできっかね?


 そこまで冷静に考えた瞬間、


「《夜行視線》ッ!」


 背後から声が聞こえた。


 俺の見えない角度で何が起こっているのかを把握するよりも、エクステラが血相を変えるのを見たのが早かった。


 後ろにいた佐倉の腕が光を纏い、狙いをつけるかのように伸ばされる。その腕は、目の前の悪魔の愛しい娘、サティスへと照準を定めていた。


 エクステラがアクションを起こす前に、佐倉はそれを発射した。腕から放たれた、人など簡単に飲み込めてしまいそうなほど巨大な光の矢が、倒れ伏すサティス目掛けて直進する。

 因縁の敵であるはずの俺からすら目を離し、エクステラは翼を広げて飛翔する。光の矢と並走するようにサティスを目指し、ギリギリで追い越して娘を抱きかかえ、迫る矢に背を向けた。


 光の矢とエクステラが激突する。

 しかし、その光は爆ぜるでも消えるでもなく、矢の形状を保ったまま、悪魔親子を引き摺って直進し続ける。

 なるほどね。ボスモンスター相手に使うと、ダメージソースというより押し出しに効果があるのか。


「今のうちに逃げるか」


 佐倉はエクステラに叩き込んだ一撃の結果すらも見届ける気はなかったようで、インベントリから出したポーションで先生を回復させていた。やっぱすげえな佐倉。筋金入りかよ。

 だが今は、その狂人特有の行動力がありがたい。素早く撤退に移ることができる。


 多少マシな容体になった先生を俺が背負い、まだショックから立ち直っていない矢崎さんの手を佐倉が引いて、その場から離脱する。


「…………ユズ」

「っ、先生!」


 俺の背で、先生が俺を呼ぶ。処置し続ければ死ぬことはないくらいには回復したが、未だ苦しみを抱えているだろう。そんな中、先生が俺を呼んだ。痛みに言葉を詰まらせながら、先生は伝えた。


「…………皆を、頼む」


 それだけ言うと、先生は意識を失った。

 縁起でもない物言いだが、先生は死にはしない。それは先生自身がよく分かっているだろう。

 だから、先生が俺に託したのは、今の皆のことだ。


 つまり、まだ戦場に残っている者たちを、助けてやれということだ。

 それは、今の今まで俺がやってきたこと。


 俺は歯噛みする。そうしたいのは山々だが、一番危機なのは他ならぬ先生なのだ。ここを放置する訳にはいかない。あるいは、先生は『自分のことは放っておけ』という意味で言ったのかもしれない。そんなことできるか。


 先生を背負って走れるのは、この場では俺だけだ。

 佐倉はステータスが足りないし、矢崎さんはまだ正気に戻っていない。うーむ、戦いの才能はあっても、傷付く仲間を見る才能がなかったか。まあそれはしょうがない。そんな才能、ない方がいい。

 それに、矢崎さんだけで先生を運ぶのは難しい気がする。解呪ができていない今、単純にバフが足りない。佐倉一人の応援だけでは足りないと俺は見ている。


 何をするにも、手が足りねえ…………そう思ったとき。

 運命が俺に微笑んだ。


「あれ、野生の薔薇と百合かと思ったらユズじゃん。さっきぶり」


 前言撤回。変態が俺に微笑んだ。


 意外と別れた記憶が直近の、江口(えぐち)精一(せいいち)が登場した。


「お前、何でここに!? アンデッド共はどうなった!?」

「説明は後でずっぽしするから。とりあえず……」


 江口はへらへらと俺の疑問をいなし、横目でちらりと何かを見る。

 その視線の先には、同じ過去を持ち、同じ武器を持ち、決定的に仲を違えた幼馴染がいた。


 珍しく、しかし対象を鑑みればある意味いつも通りに、冷たく吐き捨てた。


「人は足りてても手は足りてねーみたいじゃん? 手伝うぜ、ユズ」

「っ!」

「……おいおい」


 思わず身をすくめる矢崎さんだが、今この場の誰も欠けていないという戦果は、紛れもなく彼女の功績だ。あんまりな物言いに、俺も苦言を呈そうとするが……悔しいことに江口の言う通り、今は猫の手も借りたい状況だ。

 流石にサティスの回復を優先させると思うが、今エクステラが追ってくる可能性だってなくはない。矢崎さんの代わりとは言わないが、遠慮なく手伝ってもらおう。


「俺の代わりに、先生を連れて行ってやってくれ」

「何でも言うこと聞くからって言われちゃあ、しょうがないな」

「耳腐ってんのか」


 見境なき変態を適当に口撃しつつ、背負った先生を下ろす。

 怪我人を他人に預けてまでも、まだやらなきゃいけないことが残っている。


 先生に言われたからってのもあるが、俺自身が、やらなきゃならないと思うことだ。

 ずっと信頼のせいにして後回しにしてしまっていたが、()()()は俺が絶対に助けに行かなければいけない。実力だとか関係なく、そうしないと筋が通らないのだから。


 ……それにしたって、変態に借りを作るの、すげえ嫌だな。



長え。というかユズと別れた後の江口&矢崎でもう1シーン書く予定だったのにカットしてコレだから……


☆矢崎紗香と佐倉咲良

名前逆にすりゃよかったな……(叶わぬ思い)


☆『鏡呪(ミラージュ)

作者的に、この名前を思いつけたのマジで嬉しすぎる。セレンの母なる海より気に入ってるかも。

Q. なんでサティスちゃんは味方にバフを与えなかったの?

A. 反転させた呪いと反転させていない呪いを呪術として同時併用するのは、サティスが【呪魔姫】を冠するくらい呪いに対して器用だから、そして『自分は反転、それ以外はそのまま』っていう明確な場合分けができているからこそ可能な芸当。固有スキルが目覚めたばかりのサティスには、さらに他人の反転が追加された三パターンの呪術の制御は現状無理、ってとこまで前日に検証したから。

……逆に言えば、慣れれば実現可能なんだよね。


☆矢崎紗香

真帆義容疑者は調べに対して、『書き始めた時はここまで強くする気はなかった』などと供述しており……

Q. サティス戦の最後の方の矢崎さんの一連の動き、何なの?

A. 『ヤバい、飛んで回り込まれた。このままじゃ後ろから刺されちゃう。これ振り向いて防御しても間に合わないよ……一瞬目で追った感じ、多分こんな感じで飛んでるから、この辺で攻撃してくるかな? えい!(勘で背後にスイング) うわ、当たったっぽい。槍がこの当たり方したってことは、方向的に叩き落せたはずだから、大体この辺に槍の先っぽが来るよね……あ、あった(サティスの槍を踏みつける) よし、このまま振り向きつつ攻撃だ! 槍を振りかぶって……ってあれー!? 槍手放しちゃってるー!? もう突こうとしてるのに、これじゃ避けられちゃうじゃん……じゃあ投げよ(突きから投擲に急遽変更) あ、翼に当たった。ついでに槍もう手に入ったし、追撃しておいた方がいいよね? ええーい!(意識を刈り取る一撃)』

こんな感じのことを反射神経とパワーだけでやりました。怖いね……


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