第二十二話 ユズと、六巡目
……結構前から気付いていたのですが、拙作において、紙などに描いた紋様から魔法を発動させるアイテムのことを、『魔法陣』ではなく『魔方陣』と表記していました。
一応『魔方陣』表記であることの作中での理由を後付けで考え、その後も『魔方陣』表記を続けていたのですが、ややこしい上にそもそも大して面白くないので、恥を忍んでしれっと今話から『魔法陣』表記に変更します。
今までの『魔方陣』表記はあえて変更しないでいますので、読み返す際は上手いこと脳内変換しつつケアレスミスを嘲笑ってください。どうぞよしなに。
……という真面目な前書きから繰り出されるカスみてえな本編
どう、という音と共に、燃え盛る大型の魔物が地に倒れる。
「俺の故郷には『意馬心猿』って言葉があるんだ。簡単に言えば性欲が抑えらんねーって意味なんだけど、その熟語から、猿=性欲、みたいなイメージがついたって説もある」
今し方倒れた猿型の魔物――――『アンデッドラプセケソス』が光の粒子となって天へと立ち昇るのを見届ける。
「ま、何が言いたいかっていうと、性欲の権化は俺一人でいいってことさ。君には悪いけどね」
返り血が光の粒子と化して消えていく槍を携え、江口精一が笑う。
その笑みは、目の前のアンデッドの少女に向けられていた。
「……よくも、よくもよくもよくもよくも! ラプちゃんを! 殺したな!」
怒り心頭のアンデッド、【骸姫ソフィ】が怒声を発する。
大型の魔物のうち、猿型は今死んだ。アンデッドに言うのも妙ではあるが、ともかく死んだ。
アンデッドという魔物がどういったものか江口は分からずにいたが、こうして対峙して確信する。
結局のところアンデッドとは、生き返っただけの魔物だ。どこぞの映画のような、人々を追い回して喰い殺す、殺しても死なないような理外の化け物じゃない。
この魔物の特性に、『生き返ることができた』以上のメリットはない。むしろ、極端に火に弱くなるデメリットつきの身体になるだけだ。
「それでもありえねーけどな。時間停止くらいありえねー」
戯言を吐きつつ、槍を構え直す。
今、猿型の魔物は処理した。残るはソフィを守る人型のアンデッドが三人。こちらはたまたま生き残っただけの雑兵だ。
問題は大型の魔物。鳥型の『アンデッドバルテュ』と蛇型の『アンデッドシャルステラ』――――略して鳥と蛇は、片目と片腕を失っていた猿と違って、隙らしい隙も見当たらない。
迎撃は俊敏な蛇に一任し、鳥の方は減った人型をカバーするように、主たるソフィを守っている。
要するに、目下の障害は蛇の方だ。
「蛇を消せりゃ、形勢は逆転する」
蛇が牙を剥いてこちらに向かうのを視界の端で捉えつつ、地面に落ちている紙に槍の穂先を突き刺す。
瞬間、魔法陣から土の壁が顕現し、蛇の進行方向を塞ぐ。
しかし、蛇は体をくねらせると、土壁との衝突をギリギリで回避した。
「うーん、見事に警戒されてるねえ」
珍しく下ネタを交えず、されど然程悔いてもいなさそうな口ぶりで江口が独りごちる。
江口が携える槍。その名も、大罪シリーズ『聖槍アスモデウス』。中二病全開の名称だが、製作も名付けも、ロマン星人こと室内孝太が本腰を入れた力作である。
その最大の特色は、槍の穂先が魔石――――高濃度な魔力が凝縮して実体化した結晶で構成されていることである。
魔石になろうと魔力としての性質は失っておらず、魔法陣に接触させればたちまち魔術が発動する。その性質を前提として製作された、武具兼魔術起動用の鍵だ。
戦況の把握する視野の広さ、必要な魔法陣を見極める冷静な判断力が必要。
故に、無駄に器用な江口だからこそ扱える武器である。
だが、戦力差はソフィの方向に傾いていることは依然として変わりない。江口に出し惜しみの道は残されておらず、効果的にダメージを与えることができる火属性の魔術は、全て猿を倒すのに使ってしまっている。
されど。
されど、江口精一は、一切の絶望も見せてはいない。
「シャルルララァ!」
魔法陣の減少を察した蛇は、これを機と眼光を鋭くし、江口へと――――否、江口ではない方向へと視線を向けた。
身体のバネを弾ませ、その牙が閃き、
「魔法陣をメチャクチャにしようとする。分かりやすくて助かるね」
見開いた左眼、その眼球に、江口の槍が突き刺さった。咄嗟に閉じた瞬膜を障子の紙のように突き破り、形を失った眼球から血が流れる。
「ジュラ゛ラ゛ラ゛ラ゛ーッ!?」
「おわっ、危ね!」
暴れる蛇の眼に突き刺さったままの槍に、全身でしがみつく。頭を振り回して蛇が苦しみ悶えるが、刺さった槍と江口は離れない。
火はあくまで効果的な攻撃手段。アンデッドになって新たに加わった性質にすぎない。
アンデッドにも血は巡るし、鼓動は鳴る。片目を潰せば視界が狭まり、視界が狭まれば動きが鈍る。
心臓を貫けば、呼吸を止めれば、脳を潰せば、簡単に死ぬ。
いかなる生物であろうと、それは人間と同じだ。
実際この蛇がどれだけ視覚に依存しているか知らないが、頭部の組織の一部を破壊されて、非効率なダメージということはないだろう。
「眼という孔に槍を差し込む――――グロいことこの上ないとはいえ、これも一種の行為と言っていいのでは?」
「お願い、バルちゃん!」
「ヂュァッ!」
「どわっ!?」
バルちゃん、通称『鳥』が、主たるソフィの防御から攻撃へと切り替える。
余りにも猟奇的で下らない方向へと思考が流れていた江口に、鳥の致命の嘴が迫る。
咄嗟に回避、空中で身を捩り、何とか無事に地面に着地する。
しかし、鳥の介入によって一気にピンチに近づいてしまった。なんせ、つい数秒前とは大きな違いがある。
「あの、差し支えなければ、槍を返してほしいんですけど…………槍目的なんですけど」
回避のために手放してしまった槍は、未だ蛇の眼に突き刺さったままだ。メイン武器を失ったということは、魔術の発動もできないということだ。
「その、俺も相棒には自信があるけど、さすがに身体をブチ抜いたりは――――いや広義の意味ではでき」
「ヂュヂュンッ!」
「はい返していただけませんよね!」
安直な下ネタに対するツッコミかのように叩きつけられた翼を、地面を転がって避ける。
「ヤリで魔法が使えたら魔法使いにはならねえんだよな」
矛盾しているようで、実際のところ非常に下らないことを言っているだけの江口だが、その目は冷静に戦況を俯瞰している。
残り魔法陣の数と種類と位置、そして自身と鳥と蛇、そしてソフィたちとの位置関係。
それぞれの動作から次の一手を予測し、掻い潜る。槍を取り返すのを優先事項とし、行動を重点的に観察する。
故に、気付いた。
「……ヂュァ」
広い視野、その端から、警鐘が鳴るのを。
「――――まぶ、しィッ!?」
その攻撃を、回避できたのは偶然だった。
鳥の口腔から放たれた熱線が、江口の傍の空気を焼いて突き進む。数本の木の幹を貫通し、重い音を立てて倒れた。
直撃こそ避けたものの、熱線に近かった江口の左腕の皮膚は焼け焦げ、痛みを発している。
「ロウソクの熱さとは訳が違うぜ……」
鳥の嘴から煙が立ち昇るのを見やり、嘆息する。
鳥――――アンデッドバルテュ。否、生前のバルテュという鳥型の魔物は、火山地帯に生息する魔物の一種だった。
灼熱の火山地帯で生きるための進化の過程で、バルテュの体内には熱を溜め込む臓器が発達した。
臓器から自在に熱を取り出すことにより、熱線を放つ。それまで存在しなかった、自身の遠距離攻撃を獲得したのである。
江口は、バルテュの生態を知らない。
しかし、分かることもある。
火山地帯に生息し、熱を溜め込み、熱を放つ。その性質は、アンデッドとなった今でも変わっていない。
即ち、
「火遊びに対する耐性! ズルいねえ……!」
炎、即ちアンデッドの弱点を踏み倒したという事実である。
ソフィの防衛を任されていたのも、蛇の方が攻撃に向いているからであるとか、遠距離攻撃を持っているからなどではない。弱点らしい弱点がないが故である。
蛇と鳥、双方から距離を取り、草木の茂みに身を隠す。実際には熱線を放たれれば草木など瞬く間に蒸発するだろうが、一瞬でも鳥の視界から外れることの効果は大きい。
それに、江口には確信があった。
「そう連続で射線せるもんじゃないだろ」
熱線の再発射にクールタイムが必要だとか、そういう問題ではない。
そもそも、今この場で炎の耐性を持っているのは鳥だけだ。蛇やソフィに直撃してしまえば、ただでは済まない。
ただでさえ周囲は木々に囲まれているのだ。いくら簡単に離脱できるとはいえ、味方も大勢いるこの場で、山火事など起こしたくないだろう。
江口はそこまで思考し、走りながらインベントリを操作する。『野園印の回復ポーション』を左腕にかけて火傷を治療し、そのまま予備の槍を装備する。
大罪シリーズなどという大仰な名のついた槍と違い、予備の槍は特殊効果など何もない普通の槍だ。それは本人も知っているし、ソフィたちは知らない。
「前戯……挿入!」
掛け声とともに茂みから飛び出し、予備の槍を傍に、インベントリを開けたまま駆ける。
すぐさま蛇が反応したのを確認し、若干の方向転換。地に落ちた魔法陣へと走る。
それなりの知能を持つ蛇は、魔法陣を警戒して動く。実際のところ予備の槍は魔石は含まれておらず、刺したところで魔法陣が起動する訳もないのだが、それを知る由もない。
蛇の追跡の速度が、僅かに落ちる。魔法陣の警戒はできても、判別はできないらしい。火属性の可能性を考慮して、無理な回避準備をしたことで、僅かに隙ができた。
視界の端に、殺意の光が灯る。鳥が熱線をチャージしている証拠だ。リーチを活かし、少し江口から距離を取って放とうとしている。乱射できないという制限があろうと、一番厄介なのが鳥の熱線であるという事実は変わらない。
江口が暴れるためには、この熱線を一度でも無駄撃ちさせる必要がある。
「射出のプロを、ナメるなよ!」
故に、江口はその手に持つ槍を、鳥へと向けて投擲する。
「ヂュ!?」
奇跡的なコントロールで命中したものの、走りながら横方向への投擲である。ダメージ自体はさほどでもない。しかし、目的は達成していた。
今まさに、魔法陣の起動に使われると思い込んでいた鳥は、唐突な飛び道具としての利用にたじろぎ、射出の瞬間、思わず照準を逸らす。
熱線は、江口の前方の空間を焼き切り、江口に致命打を与えるには至らなかった。
その隙に、走る速度を落とさなかった江口は、起動するふりをしていた魔法陣に手を伸ばし、すれ違いざまに剥がして回収する。
向かうは、屍の首魁。
「うげっ! 来ないでよ!」
「漢ってのは、そう言われると逆に滾っちまうんだぜ?」
その間そのままソファへと突進していく江口だが、それよりも速く追う影が一つ。
「シャルルララァ!」
主の危険の前には、片目の負傷など何するものぞ。アンデッドの最高速度が、不届き者に牙をむく。火の魔法陣には遅れをとったが、目の前の人間が相手なら、自らの牙が届きさえすれば殺せると、蛇は確信していた。
ましてや、背後をとった相手を殺せない道理がない。
しかし。
如何に性欲の権化なれど、何故か戦闘の才はあるのが、この不届き者である。
「ブチ犯してみろよ」
「待ってシャルちゃん!」
言葉で誘う敵と、言葉で止める主。
まさに牙が届く直前、左腕と、何故か右足を振り上げて防御を固める江口を貫く。
しかし、蛇は会心の一噛みという確信があった。腕や足の防御では、四肢が千切れて噛み砕かれるのも時間の問題。
直後、蛇の脳裏に、一つの疑問が湧く。
殺せていない。
「ヘラひへる気うん」
背後から迫っていた蛇とは違い、真正面から見ていたソフィは、江口の行動をおおよそ把握していた。
開きっぱなしのインベントリから取り出した、『野園印の超回復ポーション』を口に咥えたまま、あえて蛇の噛みつきを受けたのだ。
牙は江口の腕や足を突き破りつつも致命傷を避け、四肢の負傷に関しても、飲み続けているポーションの回復力でHPの減少を無理矢理相殺し、死を免れたのだ。
全ては、隙の隙をつくるため。
「かんひゃだオアァ!」
その瞬間の蛇には、何が起こったのか分からなかった。
それもそのはず。槍に貫かれた視界では、江口が何を投擲したのかなど分かるはずもない。
されど、状況は常に動き続けている。
――――たった今、蛇の首が、突如降った岩石に押し潰されたように。
「ジャギャァ!?」
悲鳴を上げて解けた口から、江口が身体から牙を引き抜いて脱出する。
蛇は、自分の置かれた状況を理解するため、急速に脳を回転させる。
今のは、魔術だ。人間が、妙な技術を用いて発動させていた魔術、その一つだ。今まさに首を押し潰さんとしている岩石が土属性の魔術であると、蛇は直観的に理解した。
だが、どうして。槍がなければ、目の前の人間は魔法陣を起動できない。だから、今の人間には不可能なはず。
その思考の半分は正しい。噛みつかれているという、ある意味で究極の至近距離にいるが、蛇の眼球に突き刺さる槍には、江口の腕はギリギリで届かなかった。
――――今の江口には、槍を魔法陣に接触させ、魔術を発動させることができない。
――――だから江口は、魔法陣を槍に接触させ、魔術を発動させた。
槍の穂先、眼球から露出した魔石部分めがけて、回収した魔法陣を投擲したのだ。
だが、蛇がそれを理解することは、永劫ない。
「逝っちまいな」
岩に押し潰されたことにより生じた隙。だが、巨大な蛇の剛力にかかれば、2秒あれば尻尾で岩をどかせる。それは恐らく、江口が蛇の眼球から槍を引き抜くよりも、押し込むよりも早い。
何より、槍に意識を向けた江口を尾で吹き飛ばしてしまえばいい。現に、たった今槍に触れた江口に、既に寸前まで尾は迫っている。
だが、悉く計算は狂い、
「『魔導晶突』」
蛇の頭の左半分が轟音とともに膨れ上がり、爆ぜた。
「――――へ?」
脳の半分を吹き飛ばされ、生きていられる生物など、そうはいない。それは、死を超越し、魔王軍幹部を護り、幾多の敵を屠ったアンデッドシャルステラという魔物であっても、同じことだった。
光の粒子となって消えゆく身体から、江口が手に持つ槍の全貌が姿を現す。
聖槍アスモデウスの穂先が、完全に消失していた。まるで、穂先など最初からなかったかのように、魔石の部分のみが消えていたのだ。
室内孝太、通称インドア製作、『大罪シリーズ』。その全てに共通する最大の特徴は、武器に搭載された必殺技。
武器の一部自壊、もしくはそれに準ずるリスクを条件に発動する。インドアが修理しない限り、一度きりしか使えないロマン技。
聖槍アスモデウスの奥義、『魔導晶突』。穂先を構成する魔石の全てを魔力に還元し、魔撃を放つという大技。
当然使用した魔力は霧散するため、魔石は消滅する。聖槍アスモデウスは穂先を失い、ただの金属の棒と化す。
だが、そのリスクを含めても、この場で蛇が脱落したことは、江口にとって大きなアドバンテージとなる。
「ヂュアァァァァア!」
「おっと、めっちゃ求めてくるね!」
怒り心頭といった叫びをあげ、鳥が突撃する。熱線は撃ってくる気配がない。蛇が消え、江口に相対しうるのが鳥だけになった今、チャージに時間を要する熱線をかなぐり捨てるのは納得できる。
「ふーん、賢いじゃん」
嘴と、翼と、鉤爪の連打が江口を襲う。防御を捨てて徹底的に張り付いて攻められると、江口は逃げ回る以外に選択肢がない。
そもそも手に持つのは穂先を失った槍とも呼べない棒。予備の槍は遠くに転がっており、鳥が相当な隙を見せない限りは回収できない。回避に専念しないといけない以前に、まとまな攻撃も難しい。
「ヂュジュヂュヂュジュァァァ!」
「くっ……!」
烈火の如き勢いの攻撃に気圧され、回避した江口の身体の重心が大きく後ろに下がる。
仰向けに転倒するように身体が傾いていく江口。それを見逃す鳥ではない。
倒れる身体を追うように、嘴が迫る。
――――江口の身体が後ろに、後ろに、後ろに傾いて、石突が地に触れる。
否、石突が、地の魔法陣に触れる。
「惜しかったね」
下ネタが介在しない、純然たる賞賛。
それを口にした江口の身体を、風が纏う。
聖槍アスモデウスの『魔導晶突』は、穂先を構成する魔石の全てを魔力に還元し、魔撃を放つという大技。
穂先は魔石で構成されているが――――魔石を組み込んでいるのは穂先だけではない。
穂先の逆、槍の石突には、一度だけ魔法陣を起動できる程度の、魔石の粒が埋め込まれている。
それに、鳥が気付けるはずもなく。
今江口が携えるは、穂先を失った聖槍アスモデウス。少し頑丈な金属の棒。本来なら、アンデッドバルテュを相手に、刺さるかも分からないような有様の武器。
しかし、風の魔術による加速と、
「『天牙』」
スキルの宣誓による強化は、
「ヂ、ュ」
「君は強かったぜ。抱いてほしいくらいにはな」
ただの棒に、巨大な魔物の喉を突き破らせるに至った。
傷口から、嘴から、滂沱と血を流す鳥。しかし、その目は未だ、江口を殺すことを、仲間の仇を討つことを諦めていなかった。
しかし、その目も潰される。
ポーションを取り出して尚ずっと開いたままだったインベントリから、予備の槍をもう一本取り出し、眼球から頭部へと突き刺す。
あまり形容したくない感触が槍越しに江口を襲う。それも束の間、糸の切れた人形のように、鳥が倒れ伏す。
二本の槍を生やしたアンデッドバルテュの身体の端から、光の粒子が立ち込め、消えた。
「さてと、ソフィちゃん。これで君一人なわけだけど」
替えの効かないメインウェポンである槍と、現状使える予備の槍を拾い、屍の首魁へと向き直る。
そして、思い出す。
「ああ、そういえばまだ数人残ってたんだっけか……うら若き少女を大の大人数人が囲む図って、胸糞系の同人誌が描けそうでいいね」
猿、蛇、鳥と、強大な魔物を斃した余裕からか、饒舌に戯言を紡ぐ江口。
対するソフィは、俯き、両手を地につけたまま、動かない。
江口はその様を観察する。江口からすれば、今し方刺し殺し、燃やし殺した魔物は、『猿』『蛇』『鳥』だのと適当な呼び方をできる程度の認識だが、当然ソフィ本人は違う。
少なくともソフィは、『ラプちゃん』『シャルちゃん』『バルちゃん』と呼ぶだけの愛情を抱いていたのだ。それを一気に失ってしまえば、ショックを受けるのも必然だろう。
両の掌を地面につけたまま、項垂れてしまっている。
「…………!」
魔物の心を読むことができる、というユズの特技がある。
だが、江口にも、たった今目の前にいる魔物の心を読むことはできた。
そんなにも、目に溢れそうな涙と、溢れそうな殺意を溜めていたら。
しかもその殺意は、どうすることもできないが、怒りが収まらずに抱く殺意ではなく――――まるで、具体的な復讐の方法を立案した上で、抱く殺意のような。
殺意のままに、復讐心のままに、ソフィは吠える。
「あぁぁ『墓守』ぉッ!」
江口は目撃する。ソフィの手から地に広がるように巨大な穴が開くのを。
一切を拒絶するかのような、漆黒の穴。その深淵から、屍の大群が這い出でる。人型の屍から、魔物を素体としているのだろう、獣型の屍まで混ざった、骸が軍をなして、江口へと進撃する。
「しくったな、土壇場で乱パの性癖に目覚めるとは」
江口たちは事前に、魔王軍幹部の固有スキルを把握している。それはメイド長、ソウの固有スキルによるものだ。
しかも、ステータスウィンドウに表示される説明文からスキルの内容を読み解かなければならない本人たちとは違い、知りたい内容を明確に知ることができるソウは、固有スキルの理解に対する初速が違う。
即ち、大型アップデートから一日程度しか経過していない現在、魔王軍幹部本人たちよりも、江口たちの方が固有スキルを熟知している可能性すらあった。
というより、現にソフィの固有スキルに対する理解度は、ソウよりも浅かったのだ。
だが、たった今、追いつかれた。
ソフィの固有スキルは、地中を自在に移動する能力。その認識自体は正しい。
だが、それだけであれば――――固有スキルと同時に、『骸姫』の名は与えられない。
「見てて、ラプちゃん、シャルちゃん、バルちゃん……!」
夥しい数の骸が、江口に殺到する。
事前に潜ませていたアンデッドではない。もし仮にそうであれば、猿や蛇や鳥が死にかかっている時に、増員しない理由がない。
即ちこの骸たちは、たった今、固有スキルの行使で生み出された存在だ。
「よーし、槍逃げ一択だな」
迅速に踵を返し、背を向けて逃走する江口。魔法陣も踏み荒らされた今、この大軍に太刀打ちする術を江口は持ち合わせていない。
しかし、江口を追尾する先頭集団は、着実に距離を縮めている。
そもそも江口精一は、戦闘要員の前衛の中では、比較的ステータスが低い方である。
無論、ソフィを囲んでいた数人のアンデッド程度であれば軽くあしらえるくらいには地力はあるが、それでもどちらかといえば、ステータスを戦闘センスで補うタイプである。
つまり、走るという単純なスピード勝負に持ち込まれると、江口はそれなりに弱いのだ。
草木を蛇行しつつ何とか振り切ろうと模索するが、あまり効果は見られない。
「絶対に逃がさないで! あの人間は、ここで殺すッ!」
首魁の絶叫に呼応するかの如く、アンデッドのスピードが上がる。
殺到する屍の群れ、その先頭を走る人型のアンデッドが腕を伸ばし、まさに江口に触れんとして――――
「ヒュハハァ、こっからは通行止めなんだよ!」
――――幹がへし折れ、ゆっくりと倒れた木に押し潰された。
巻き上がる土煙の中、何事かと江口が状況を理解するよりも早く、身体を抱え上げられる。
「俺が抱えた方が速え! あんま動くなよ!」
「……誘拐が手慣れすぎてない? もしかして、やってた?」
「やっぱコイツ置いていっていいかな」
劇的な窮地を救い、江口を小脇に抱えた樋上柚月が、心底呆れたようにため息をついた。
●
敵方の殺意がどんどん減っていって、反比例するかのように一つ一つの殺意がどんどん増えていくのを感知して、何事かと急行してみれば、まさかこの変態単独で目ぼしい敵戦力をほとんど落としていたとはね。
さすがにあの人数は厳しかったようだが、こう見えて俺のステータスはスピードと回避に重点を置いている。江口一人を抱えて離脱するくらいなら、なんとか可能そうだ。
「にしてもユズ、あの熱烈なアンデッドたち、どうすんのさ」
離脱できる空気を察したのか、江口が俺へと尋ねる。
神殿を破壊し尽くしたアンデッド共も相当な人数だったが、恐らく今追ってきている奴らはそれよりも多い。ましてやそれが他の戦場と合流したら一大事だ。
だが。
「普通に退く。ぶっちゃけ俺も相性が悪い」
素直に自分の出来ないことを認める。玉砕覚悟ならともかく、この人数を完全に封殺するのは流石に厳しい。地下深くのゴブリン集団を相手取った時とは、敵の強さの質が違うのだ。
しかし、質が違うと言えども、一対一ならまず負けることはない程度の強さのアンデッドがほとんどのようだ。
ならば、次に俺がすべきことも、見えてくる。
戦場は、残り四ヶ所。
偶然か、次に俺が行く予定だった戦場に、この状況を打開しうるキーパーソンがいる。多分。
ツッコミなしで暴れさせていい存在じゃなさすぎる
⭐︎大罪シリーズ
ロマン星人インドアくんがこの世界に来て初めて構想を練った武器七種。構想を練っただけなので、まだ完成していないものも普通にある。
因みに大罪シリーズは今話より前に一つ登場済みなのだが、作者が普通に明かすタイミングを逃しました。だって武器の性能以前に本人がハイパーなんだもん……。
⭐︎聖槍アスモデウス
江口本人が考えた『シャープネス・ディ◯◯』というド腐れネーミングは、折檻ののち却下された。悪は滅びてハッピーエンド!
⭐︎魔法陣ばらまき戦法
ハイパーエキセントリック魔法鳥類、かもめの助言により確立された戦法。魔法陣を大量に地面に撒き、魔石の穂先で突いて発動させることで場を支配する。
何気に魔法陣の裏面には『必ず魔法陣が表になるように落ちる』『風などで飛ばされないように地面と引っ付く』ために専用の接着剤が用いられているこだわりっぷり。考案者と製作者曰く、『ジャムを塗った食パンを落としたら、必ずジャムを塗った面が地面に落ちるのと同じ』らしい。違うと思う。




