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第二十一話 ユズと、五巡目

ご め ん 。


去年の12月から今年の2月にかけては人生でもトップクラスに忙しかったんだ……許してくれ……


今年の3・4月? えーっと、バトルツリ…じゃなくて、鏡の大迷…じゃなくてヒロアカ…いや、忙しかったです

 

 このクール・ビューティーが生み出した世界には、『悪魔』と呼ばれる魔物が存在する。

 ファンタジーを舞台にした様々なゲームや小説等で頻繁に目にする『悪魔』。その設定は千差万別。しかし、中には共通する設定もある。


 例えば、悪魔は人を堕落させる存在である、だとか。

 例えば、悪魔は人と契約を交わし、願いを叶える対価として魂を奪う存在である、だとか。


 そして、それはこの世界においても同じ。特に、後者の設定が重く適用されている。

 魔物でありながらすべての個体が人語を解すほどの高い知能を持ち、人や魔族の前に現れ、後の魂と引き換えに願いを叶える契約を結ぶ。魔王ヴィランに付き従う呪魔姫サティスも、魔王シュカと道を同じくする炎魔姫フラメリも、それぞれ主と契約を結んでいる。

 ――――いつかその願いが叶ったときに、魂を差し出す契約を。


 しかし、悪魔が魂を集める理由そのものは、少しばかり特殊。されどそれはとても簡潔な理由。

 魂をより多く集めた者が、より強くなれる。


 得た魂を、自らの魂に『繋げる』ことにより、自らを強化することができるのだ。

 その強化の恩恵は計り知れない。現に、一介のゴブリンメイジに過ぎなかったとある個体は、悪魔の技術を応用して仲間の個体と魂の連結を行った結果、ボスモンスターに名を連ねるほどの圧倒的な力を持つ存在へと変貌している。


 無論、魂の連結には致命的なデメリットがある。

 他者の魂が連結されるたび、本来持っていた自分の魂の純度が低くなる。魂が薄まるごとに精神は連結した魂に侵食され、何重にも重なった精神が表面化した『何か』になり果てる。それは最早、一種の死と同義とも言えよう。

 しかし、甘言を用いて生命を堕落させ、感情を弄び、呪いを司る悪魔は。契約により魂を奪い、取り込み、糧とする悪魔は。

 感情と魂の扱いに関して他の追随を許さない種族である悪魔は――――この一切のデメリットを無視し、完全に自我を保ったまま魂の連結ができるように、神によって設計されている。


 魂を集め、食らい、巨大化していく自らの魂こそが、悪魔の序列そのもの。

 かつて、その序列で悪魔界にその名を轟かせ、今なお王座に君臨する悪魔がいる。


 それこそが、ボスモンスターの一柱。それこそが、悪魔の女王。

 極悪魔エクステラ、その正体である。


「『メラル・トレペオ・リネ・ネクト・エアル・トレペオ・カルヴェ・ブレードキル・トレジア』」


 魔力の消費が少ない長めの詠唱も淀みなく言い切り、エクステラの傍らの魔方陣が炎の槍を顕現させる。並の戦士なら一撃で焼き切れてもおかしくない熱量が、エクステラから放たれた。

 剣士は紙一重で回避するも、着弾した地面が焼け焦げた様を見て、命中すればどうなるかを実感する。


「『メラル・ネクト・エアル・トレペオ・スプリ・ブレードキル・トレジア』」


 上空のエクステラは、攻撃の手を緩めない。まるで初めから重なっていたかのように魔方陣がズレ、一から十へと増殖し、それぞれから炎の槍が雨のように降り注ぐ。

 複数の魔方陣の同時展開は、魔法の中でも特に難易度が高い。人間、魔族、魔物、いずれにしても上澄みの存在のみが可能な所業を、エクステラは軽々とこなす。


 魔法分野において人間の頂点に立つ勇者に比べれば、十とは控えめな数。だが、それもそのはず。

 そもそもエクステラの魔法の才能は、本来は並以下だったのだから。


「クソが、山火事起こす気かよ……」


 魂の連結により至った異次元の魔法火力に、レトが毒づく。

 単一の炎の槍なら、レトであれば簡単に対応できる。故に、槍を雨のように落とす範囲攻撃で、諸共を焼くつもりなのだ。

 ボスモンスターとの戦いだ。この戦場で最大規模になるとあらかじめ予想していたが故に、初めから神殿から少し離れた場所でレトを待機させ、エクステラを誘き寄せている。攻撃手段を予測し、山火事が起こらないように岩肌が露出した場所も選んでいる。

 だが、このまま戦火が広がれば、ボスモンスターの流れ弾を味方に撃ちかねない。


 ボスモンスター相手に、流れ弾が飛ぶ方向まで計算して戦う。そんなことは、通常ならできることではない。

 ――――異常(レト)でなければ。


「勇者流剣術奥義、『冥桜』」


 普通の生命ならば、光を認知した時には炭になっているであろう熱量と速度。レトの回避方向を読み切って発射された高速の槍。

 されどレトは腕を、剣を振るい、軌跡に炎が掻き消える。


「さっきからこればっかりだな、馬鹿の一つ覚えか? 脳の容量足りてねーの?」

「一芸しかないあんたに合わせているのよ。負けた後に言い訳されても見苦しいだけだもの」


 エクステラの罵倒に嘘はない。心の底から相手を憎むが故に、手数を絞ることすら厭わない歪んだ憎悪がエクステラを支配している。

 しかし、言葉にしていない真実もまた、存在する。


 そもそも、もし相手がエクステラの圧倒的な格下で、エクステラが簡単に殺せるような、取るに足らない存在であるのなら、エクステラは何の感情も抱くことはないだろう。

 エクステラが憎むという感情を抱けるほどには実力が拮抗した存在、それがメイド服に身を包んだ大剣豪、レトである。

 そう連発は出来ないだろうとはいえ、剣術で炎を掻き消すなんて芸当は、そうそう可能なものではない。


 いくら徹底的にレトを嫌い憎み見下しているエクステラを言えど、レトの攻撃範囲である近距離戦を仕掛けようものなら、残るのは切り刻まれた自分であるということは理解している。

 つまり、レトに勝とうとするならば、遠距離攻撃での撃破は必須。そして、幾度にも渡る殺し合いの末、最効率であるのがこの炎の槍と結論付けた。

 魔撃は今は(・・)使えない。水属性魔法で倒すとなるとそれなりの体積で攻めなければならず魔力の消費が大きい。土属性魔法のような明確に実体がある攻撃は、そのほとんどが剣で弾かれる。故に、火属性を風属性で加速させた炎の槍が最も効果的にレトを削れる。


 しかし、その効率的な攻撃も、完全に対処されているのが現状だ。炎の槍の雨を潜り抜け、空にいるエクステラを跳躍で剣のリーチ圏内に収めることくらいは、レトという怪物はやってのける。


 故に。


「『悪魔召喚(ソウルサモン)――――」


 故に、エクステラは手札を切った。

 エクステラの中にあるレトに対する憎悪と嫌悪は計り知れない。その心理が、『いかに手札を切らずに手を抜いて、惨めに無様にレトを殺すか』という性癖を生んだ。

 しかし、それで自らが負けてしまったとあっては元も子もない。故にエクステラは固有スキルという縛りを解いたのだ。


「――――ディグリム』」


 エクステラが固有スキルに続けてその()を告げるのと、レトが目を見開いて身を捻るのと、レトの足元に大規模な魔撃が着弾するのは同時のことだった。


 轟音とともに、まるでクレーターができるかのように地面が弾け飛び、レトの眼前に土塊が舞う。


その状態(・・・・)で魔撃たぁ……随分腕のある魔法使いとお見受けする」

「ゥ……『ウル・トレペオ・カルヴェ・ネクト・スプリ・デミナイティール・トレジア』」


 エクステラに向けて放ったとは思えないほど恭しいレトの言葉は、魔法の詠唱というかたちで返される。

 エクステラの背後に六つの魔方陣が形成され、それぞれから激流が伸びる。

 魔力の消費が多いはずの水属性魔法が展開され、それぞれが生物の頭を象る。もしこの場に異世界人がいたのならば『爬虫類』と、もっと深く例えるのならば『ドラゴン』と形容されていたであろう頭を持った六の水流が、レトに照準を合わせ突撃した。


「シャレにならねえ規模感しやがって……!」


 直撃は避けたが、地面に着弾してもなお岩石を破壊して進む六龍がレトを追跡する。


 レトの膂力は、ラゼたち神殺し組の中でも頂点。面でなく点で放つタイプの攻撃なら、そのほとんどが回避もしくは迎撃することができる。炎の槍も、あくまで数秒前までのエクステラの最適解に過ぎない。

 しかし、固有スキルという手札を切った今、最適解は更新される。


 その名は『悪魔召喚(ソウルサモン)』。今までエクステラに取り込まれ、糧となるしかなかった魂をあえて表面に顕現させる――――悪魔の大きな強みであった魂の主導権、その一部をあえて譲り渡すことで、その魂の一部の情報を自らの能力として得る固有スキル。

 今のエクステラは、ディグリムという名の魔族の魂の情報を得ている状態。稀代の天才魔法使いであったディグリムの魔力を得たエクステラは、大規模な水属性魔法を用いて、レトとの戦いを有利に進められている。


 デメリットは、魂から読み取る情報が完全にランダムであるという点。

 ステータス、魔力、才、容姿、人格――――様々な情報から一つ、または複数、魂によって無作為に決定され、それはエクステラ自身にも選択することができない。例えば、より強靭な膂力を求めて優秀な戦士の魂を手に入れても、貧弱な魔力量しか引き継げなかった、などという事例はいくらでもあった。


 しかし魂の保有数に関して、他の追随を許さない悪魔こそがエクステラ。試行回数稼ぎには困らない。俗に言ってしまえば『魂ガチャ』を引く回数は十分にある。

 魂が秘める力と、引き継げる力が合致するまで、エクステラは魂を集め続けた。


 天才魔法使いのディグリムから引き継ぐことができたのは、魂の接続でも扱いきれなかった膨大な魔力量。使える魔法はエクステラの自前だが、十分すぎるほどのリターンを得た。中途半端に人格も引き継いだ結果エクステラと主導権が混ざり合った結果、一時的に誰も主導権を握れなくなるため、周囲の生命を魔法で攻撃する以外の一切の行動ができなくなるが、周囲には怨敵(レト)しかいないので問題はない。


 龍を象る大水が、レトを追って山肌を蹂躙する。


「クッソ、面倒な真似を……!」


 ここまでの魔法の規模間になると、レトに効果的なのはもちろん、遠く離れたユズをはじめとする戦場にまで飛び火しかねない。正直なところ、()()()()()()()()()()()()のだが、戦場が混乱することは確定である。それは避けたい。


「ひとまず――――死ねゴラァ!」


 剣でその辺の岩を両断し、片手で持てるサイズの石に刻み拾い上げる。

 そして、天にて龍を操るエクステラへと全力で投石した。


「……!」


 奔流に叩き落されるよりも先に、豪速で投げ飛ばされた石が、エクステラの皮膚に浅い傷を刻む。一筋の鮮血が頬を伝うが、全く意に介していないエクステラは、再び自動魔法攻撃を開始。だが、目的は達成したとばかりに、レトも回避を再開する。


 ややレトの方が分の悪い消耗戦。しかし互いに、決定的なダメージを与えられていない膠着状態。

 その均衡が、崩れる。


「ぬ、ぁっ!?」


 水の龍頭が融けていくように変形し、槍の形になる。そのまま急旋回し、高速で駆けるレトの片足にぶち当たり、体勢を大きく崩した。

 レトは咄嗟に剣先を地面に刺して、転倒を回避しつつ前転。スピードを極力落とさず立て直し、空を仰ぐ。

 空中に浮かぶ影。その憎々しい瞳は、明確な意思をもってレトを捕捉していた。


「醜く逃げ惑いなさい」

「主導権取り戻したってか? そのまま魂ごと潰されりゃいいのによ」


 ディグリムの魂を顕現させることのデメリットである魂の主導権の消失、それはあくまで一定時間に限った話。魂の上位者たるエクステラともなれば、数分程度で取り戻すことが可能。

 周囲の生命に対する自動攻撃から、レトに対する明確な殺意を伴う攻撃に切り替わる。


「『一騎当一(デュエルバース)』――――夢も約束も、まとめてブチ殺してやるよ」


 だが、この犬猿の仲の相手に不利を強いられるこの状況、回避に専念している状況、有効打を与えられていない状況。それらがストレスとなって、レトの精神に殺意を出力する。


 ()()()()()()()()()()()。全力で殺り合える。エクステラというボスモンスターを手抜きで殺そうとしたのは事実だ。見誤っていたと言える。

 だから、全力だ。この場で命を賭す覚悟を決めた。自分の生存を度外視して、視界に移るクソ悪魔を殺す。


 レトは、膂力を込め――――


「殺意が鬱陶しいんじゃオラァ!」


 空中を這い、エクステラに蹴りを叩き込んだその影に、脱力した。


 ●


 む? かなり全力でキックをお見舞いしたんだが、なんか効いてねえな。


 反撃を警戒していたが、エクステラにとっては俺という乱入者が余りにも予想外だったのか、被弾箇所に触れつつ、固有スキルを使って減速して着地する俺をただ見下ろすだけだった。


 しかし何だ? 今の奇妙な感覚は。エクステラの様子を見るに、想像以上にノーダメージだ。

 圧倒的に格上のボスモンスターが相手なのだから攻撃が通らなくて当然、と言ってしまえばそれまでなのだが……いや違うな、同じボスモンスターで尚且つ膂力の化け物だったティザプターにだって、もう少し手応えがあったぞ。

 しかも、何というか『HPと防御力が高すぎて耐えられている』というより、『ダメージだけ無効化されている』みたいな感じだ。


 レトさんが受け持ってくれるっていう前提もあって、エクステラについてはあんまり詳しく聞いてないんだよね。魂の顕現、だっけか? 攻撃を無効化する能力の魂でも持っていたのかもしれないが、そんなのいちいち覚えてられねえよ。魔王連合の面子の情報も覚えなきゃならねえのに。


「レトさん! 無事!?」


 とりあえず傍らのレトさんに呼びかける。

 レトさんも何やら呆然としていたが、視線は依然として俺を向いていた。


「いや、驚いた……割り込まれると思ってなかった」

「え? あぁー、そういう……」


 あれな。『ずっと一人でエクステラと殺し合ってきたから、割り込まれるっていう発想がなかった』的なことな。

 ともかくレトさんも無事ならいい。次は、俺にとっては傍迷惑なこの戦いを、とっとと収めねば。


「他の奴らの戦いに首を突っ込みまくって、魔王連合幹部どもも半分くらいは退かせてる」

「マジかよ、やるじゃん」

「ありがと。だけどぶっちゃけ手が足りない。レトさんにも手伝ってもらいたい」

「それは……いや、悪い。レトはあのカス悪魔を斬り殺さなきゃいけねえ。こんな風に、な!」


 俺の懇願に、レトは少し考えるそぶりをするが、ゆっくりと首を横に振り、――――剣閃。


 目が離せないほどに美しい剣の軌跡が、空から撃ち込まれた炎の槍をかき消す。ええ……今、剣の衝撃波だけでかき消したの? バケモンかよ。


「弱者同士の作戦会議を待つ時間はないのだけれど?」


 エクステラが睥睨する。一瞬レトさんへの言葉かと思ったが、どっちかというと俺を見て言ってない?

 あれな。『レトを殺すことに神経を注いでいるからお前は消えろ』的なことな。


「まあ、そういうこった。あいつを止めておかないと、助けようとしている奴らにも危害が及ぶ。だからここはレトに任せて――――」

「ん? ……いやいや違えって。俺も一緒にエクステラと戦うっての。それが終わったら手伝ってくれ」

「……ダメだ」


 会話の齟齬が解消されたと思ったら、今度は意見が真っ向から対立する。


「なんで? 俺が足手纏いって話?」

「そうじゃねえ、けどレト一人でやらせてくれ……これはレトのわがままだ」

「……な、る、ほ、ど、ね?」


 いやいや落ち着けユズ。露骨に苛立つのをやめるんだ。あっ、フラメリの呪術のせいでイライラが増していく……。


 なんせレトさんの口ぶり的に、『危ないから巻き込みたくない』じゃなくて『一対一にこだわりたいから放っておいてほしい』って意味だよな?

 いや、分かるよ? 嫌いな相手との決着は一対一が良いってのは。でもそんなこと言っている場合じゃないじゃん。優先順位ってもんがあるじゃん。別にエクステラを見逃せって言ってるわけじゃないんだから、柔軟に捉えてくれよ。スムーズに終わると思っていた話題でグダつかれると、マジでストレスが溜まる。

 しかも何が嫌って、俺もガオウとの戦いで暴走しかけた手前、レトさんに強く言えないことだ。フラメリの呪術がどうとか、殺意感知に君たちが邪魔だとか、俺の理屈を一方的に押し付けるには、あまりにも罪状が同じすぎる。


 棚に上げてブチ切れてもいいんだが、今の俺は拙速を尊ぶ。ここは俺が折れて、下手に出てやろう。

 レトさんの想いを尊重しつつ、メリットを押し付ける。今こそ魔物相手に鍛えたメンタリズムを、ヒト相手に応用する時! くらえパーフェクトコミュニケーション!


「何言ってんのさ、レトさん。エクステラのこと、大嫌いなんだろ?」

「あん?」

「一人でギリギリ勝つよりも、二人で完膚なきまでにボコボコにした方が楽しいよ」

「――――」


 仲間の命がかかっている戦場で我欲を出すな、なんて口が裂けても言えない。ならば、効率的に我を満たす方法を提案すればいいのだ。これが”答え”だ――――!


 俺の言葉に何を思っていたのか、唖然としていたレトさんだったが、


「――――ふは、おいユズ」

「なんでしょ」

「今のユズは、絶対にエクステラにダメージを与えられねえ。その代わり、絶対にエクステラからもダメージを受けねえ」


 なかなか奇妙なことを言うレトさん。

 もしかして、エクステラにダメージが通らなかったのって、エクステラじゃなくてレトさんの固有スキルか? よく考えたら、俺レトさんの固有スキル知らねえや。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


「何でもいい。ちょっかいかけて気を引きまくれ」

「了解」


 渾身のコミュニケーションが通った確信に、俺は笑みを浮かべる。


 俺とレトさんは、空を見上げる。そこには、不自然なほど攻撃の手を止めていたエクステラの姿があった。


「ふうん。孤独な獣だと思っていたけれど……まあ、弱い獣は群れるものよね」

「戦力差も測れねえのか、ガキとの距離感も測れねえわけだ」

「ブレーキとかねえのかよ」


 あまりにもあんまりな煽り合いに思わず引くが、エクステラとレトさんが戦闘態勢に入ると同時に、俺も切り替える。


「行くぞユズ」

「よしきたぁ!」


 天の魔法陣から水流が炸裂すると同時、俺とレトさんは地を蹴り、跳び上がる。うわ、すっげー。レトさんに関しては跳ぶっていうか射出されてるみたいだ。


 水流の側面スレスレを、腕を全力でかき回しながら這い上る。

 この竜のような水属性魔法、自動追尾性能を持っているように見えるが、実際のところ追尾するのは伸びていく竜の頭の部分のみらしい。つまり、一度頭とすれ違ってしまえば、次の攻撃は引き返してきた頭の攻撃であるため、見た目より凶悪な性能はしていないようだ。まああくまで竜は複数発動しているのであまり意味のない仮定ではあるが。


 爆速で飛翔するレトさんの剣が(ひるがえ)る。神速の斬撃が閃くが、エクステラはギリギリで身を捩り、回避する。

 舌打ちするレトさんは重力に従い落下する。攻勢に出たが故に、生じた隙。当然、それを見逃すエクステラではない。身動きの取れないレトさんに向かって魔法陣の照準を合わせるが、


「こういう時のために、俺がいるんだよ!」


 エクステラの背後から回り込み、伸ばした腕対して回し蹴りの回転。

 魔法の詠唱中に妨害すれば、魔法を不発にできる可能性がある。俺の役回りは、徹底的に妨害して、エクステラに追撃をさせないことだ。


 レトさんへ向けた細腕に回し蹴りを叩き込む――――


「邪魔」

「んなぁ!?」


 ほぼ視線を寄越さず、俺の回し蹴りを片手で受け流す。そして、


「ハァ、『悪魔召喚(ソウルサモン)――――トット』『ソリル・フォーマ・パシス・ネクト・トレペオ・ルトバ・ネクト・エアル・トレペオ・カルヴェ・《クレイアーミー》・トレジア』」


 どん、と俺を突き飛ばし、宣誓と長めの詠唱。同時に魔法陣が顕現する。


 魔法陣から飛び出したのは、灰一色の人形。人の型に似通っているが、生える羽や格好から見るに、恐らくエクステラを模ったもの。

 追加で魔法を使われたという事実にヒヤヒヤしたが、こういう実体のある人形タイプならまだマシだ。殴り返せる。

 空中にいるから蹴りで迎撃したかったが、間に合わない。左手で固有スキルを発動しつつ、右手の拳で真っ向から迎え撃っ――――ちゃダメじゃね?


「あ、やっべ最悪かもしれん!?」


 想起するのは牢獄迷宮の記憶。その記憶と状況が脳内で結びつく前に、俺の拳と人形が衝突する。

 ぐにゅ、という感触と共に拳が粘土人形(・・・・)の胸を抉る。そういえば、一瞬すぎて確信ないけど、詠唱のどこかでクレイなんちゃらとか気がするなぁ!?

 圧倒的な抵抗力で俺の拳の勢いは減衰し、止まる。人形を構成する粘土は、俺の手に纏わりついて離れない。


「重たぁ!」


 俺の右手の自由を奪う粘土人形もろとも、俺は落下する。偽ステラ、テメエその羽はただの飾りか?

 左手だけで俺と人形の自重を支えることも可能なのだが、空中で自由に動けない時点で大人しく落ちた方がいい。


 だが、粘土人形は少しずつ身を捩り、俺の腕ごと体内に取り込もうとしてくる。

 なるほど、この粘土人形を出した目的は、攻撃ではなく拘束だ。レトさんとの一騎打ちに割り込んだ俺に対する、無感情な処理。効果はテキメンなのだから、天晴れという他ないだろう。

 とりあえず空中で腕を思い切り振り回すと、人形の進行が一時的に止まるが、一瞬経てばまた吸収を始める。


「とりま潰れろ!」


 落下と同時に人形を地面に叩きつける。

 人形は衝撃で変形して五体満足とは言い難い形状になるが、徐々に修復しつつあるし、何よりまだ俺の手が抜けてない。


 どうしよ、これ今は力で強引に抜け出すのは無理な気がしてきた。

 というか粘土でも体内だからか、温度と感触が絶妙に心地悪い。こんなことなら、ゴム手袋でもして戦ってればよかった。それならまだこのグニョグニョした感触もマ


「それだ――――!」


 思考の途中、脳内に稲妻が奔る。

 粘土人形が復活するよりも早く、俺は無事な左手でインベントリを操作する。大丈夫なはず、さっき使ったばかりだから位置は確認済みだ。あった!


「残業の時間だ、ティザ公!」


 装備欄に叩き込んだのは、『剛枷拳ティザプター』。どちらかと言えばパワーよりスピードタイプの俺が扱うには重すぎるというシンプルなミスマッチ武器だが、今の状況には最適だ。

 なんせ、肘関節付近までを覆うようなタイプの籠手だ。インベントリから装備すれば、異次元から直接手に装着される。こんな風にな!


「やっと抜けた!」


 粘土を押し除けて装着された剛枷拳ティザプター。そこから右腕を引き抜くと、何やらベトベトではあるものの無事な右手が現れた。実質ティザプターの片手が奪われてしまったも同然なのだが、まあ一旦置いておこう。


 ついでに残業がもう一つ。剛枷拳ティザプターは確かに今の俺には扱えない。だがそれは、片腕で片腕分の重量を支えながら戦うのが難しいという話だ。つまり、


「両手で持つことは訳ないんだよなぁ!もっかい潰れろ!」


 右手で左手を抱えるというなかなかない体勢から、治りかけていた粘土人形の顔面にチョップの要領でもう片方の籠手を叩きつける。


 俺が粘土人形ももたもた遊んでいる間に、また防戦一方になっていたレトさんと合流する。とりあえず端的に状況説明だ。


「どーしよレトさん、あいつ1ミリも俺に興味ねえんだけど」

「まあ、そんな気はしてたけどな」


 まるで立場が逆なら同じようにすると言わんばかりの表情をするレトさんに、俺は頭を悩ませる。


「ディグリムの魔法使ったままトットのクレイアーミー使ってたってことは魂の並行使用だ、ノーリスクじゃねえ。連打しねえってのはそういうことだな。奴はディグリムの魂を再召喚する手間を省いてやがる。さぞ意識がない内にレトを殺しちまう可能性を消したいらしい。ナメやがって」

「固有名詞と新概念ばっかで何言ってるか分かんねえや……というかレトさん、今の俺って基本エクステラの攻撃がノーダメージなせいでより無視されてる気がするんだけど、これでどうやって気ぃ引くの?」

「……何とかしてくれ」


 ノープラン!? ひょっとしてノープランですか!?


「いや別にレトじゃねえんだし、殴る蹴るに拘らなくても気は引けるんじゃねえの? こう、魔物メンタリズムでどうにかしてくれ」

「無茶を言いおる」


 そうこう言っているうちにまた空から魔法が飛んできたので、再び二手に分かれる。


 えーっと、殴る蹴る以外で気を引く――――出来れば怒らせるのがいいか。殺意を俺に向けてくれれば万々歳だ。

 つまり、エクステラが俺を放っておけないほど、メチャクチャに煽ってやればいいってことだ。


 でも、煽れるほどエクステラと俺に接点ないしなぁ。煽りのネタなんてない。見当違いの煽り方じゃ気は引けないし、一体どうしたものか…………


 …………ん?


「…………おっとぉ?」


 いや、あるな。ドンピシャでエクステラを煽れるネタ、俺持ってるな。

 ただ、えぇー……? これ煽りのネタにするのは流石に一線を越えてるというか……まあ相手はレトさんと散々貶し合ってるし今更感もあるけど、これエクステラどころか、最悪レトさんからの反感も買いそうな気がする……。


 まあ、しゃーなし。背に腹は変えられん。俺のメンタリズムから弾き出された、煽りの極意を見せてやる……!


 空を這い、エクステラの水流を避ける。ダメージは受けなくてもぶっ飛ばされはするから、避けた方がいい。


 エクステラとの距離を詰め、勢いをつけて固有スキルを解除、拳を固める。

 しかしその挙動はエクステラの視界から外れることのない、実に素直な突撃。俺の行動にエクステラは意に介することなく、翼をはためかせて回避して、


「いいのかよ? 母親として、娘の仇(・・・)を見逃して」

「――――は?」


 釣れた。


「あるぇー? 知らないの? 可愛い娘がボロ雑巾みてえな負け方して、無様に捕まって、これから死よりもひでえ拷問が待ってる身だってのに、知らないんだ? 薄情な親もいたもんだねぇ」

「何を、言って」

「おやおや? まだ分かんない感じ? だったら、親心の欠けたあんたに、丁寧に教えてあげるよ」


 はい、ちょっとだけ殺意ドーピング。ガオウ戦で一度使っているから効力は薄いが、暴走の危険性を孕んでいる今の俺にはちょうどいい。

 俺の感情に引き寄せられるように、首から迸る呪いが激しく暴れる。


 エクステラが目を見開く。そりゃそうだ。見覚えがない訳ないよな?


「フラメ、ル? フラメロ? ……なんていったっけ、まあ確かそんな感じの奴に呪術を食らっちゃってさぁ」

「――――」

「本人は一撃必殺の呪術のつもりだったみてえだけどな。だが、俺はここにいる。それが何を意味するか、分かるか?」

「――――」

「そ。愛娘をボロ雑巾みてえにしてやったのは、俺だよ。涙でぐちゃぐちゃになった顔を、更にぐちゃぐちゃにするのは、まずまず楽しかったぜ?」


 ぞわり、と背筋に死の予感が奔る。

 たまんねえな。畳みかけどころだ。


「あれあれぇ? もしかして、今更焦ってます? テメエでガキ手放しておいて、いざ取り返しがつかなくなったら焦りまくるマヌケが親とか、あいつも浮かばれねえな!」

「――――」

「そうだ! 確か、もう一人ガキがいたろ! そっちもついでにボロ雑巾にしといてやるよ。姉妹は一緒にいるのが一番だもんな!」


 爆発寸前のエクステラに、最後の一押し。


「娘さん、ザコだったけど、命乞いは結構グッときたぜ! これもご両親の教育の賜物ってやつですかね!?」


 見晒せ。レトさんにパーフェクトコミュニケーションを決め、エクステラにパーフェクトコミュニケーションを決める男、それがユズだ。


 エクステラが、ゆっくりと口を開いた。


「――――死ね」

「殺してみろやボケ」


 (おびただ)しい数の魔法陣が展開され、大量の水流が俺を狙う。魔法に詳しくはないが、魔力切れを一切気にしないかのような大盤振る舞いだ。よほど俺のことが腹に据えかねているらしい。

 これはピンチか? バカ言え、ようやく絶好調だ。


「ヒュハハハハハハハハハ!」

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!」


 殺意からなる歓喜と、殺意からなる憤怒がぶつかり合う。

 エクステラの水流が暴れ狂い、俺がその間を縫う。


 そして、剣士が天を斬る。


「テメエよう、レトを無視できるほど強くねえだろ」

「ぐ、この……!?」


 俺に全神経を向けた時点で下策だ。空に跳ぶレトさんの剣が、エクステラに決して浅くない傷をつくる。


 咄嗟にレトさんに向けて魔法陣を展開するも、


「はい無駄ぁー!」


 更なる上空から魔法を潜り抜け、エクステラの後頭部に今度こそ回し蹴りを叩き込む。普通に対応された先ほどとは違う。具体的には、俺のテンションが。

 反応よりも早く叩き込まれた回し蹴りにより確かにエクステラにインパクトを与え、魔法は不発に終わる。


「どこまでも邪魔を……!」

「どこまでも弱い遺伝子が悪いんじゃね?」


 売り言葉に買い言葉で煽ると、レトさんに分散されていた怒気と殺気が目に宿る。


 エクステラは俺へと魔法陣を向け、俺は腕をフル稼働させて横に這って避ける。


 かもめのような魔法使いは、詠唱を省略して初速を早めてスピード勝負に競り勝つスタイルらしい。だがそれは、あくまで魔法使いの尺度。

 ハイテンションな今の俺は、超規格外級天才魔法使いラゼ様でもなければ、この間合いで魔法使いに負けたりしない。


 詠唱のない魔撃なら当たるかもしれない? 掌からしか出せないとかナメてんのか。全身からノーモーションで発動できるようになってから出直せ。


「ヒュハハハハハハハハハハハハ!」


 感情の赴くままに、俺は魔法の間を縫ってエクステラに接近する。


 エクステラに負けることはないとは言っても、所詮レトさんが用意してくれた無敵の保険がある前提だ。負けずとも、俺では勝てない。だからこそ、レトさんは俺に邪魔を命じたわけだからな。

 ただ、俺としては、もう少しやれることがある。


「墜ちろ!」


 片手だけ固有スキルを解除、拳を固める。

 エクステラにとって絶対的なアドバンテージであった空中から叩き落とし、レトさんの間合いへと持っていく!


「ナ、メるなァ!」

「うおっ!?」


 忘れてた。そもそもエクステラは魂を繋げているだけで、純粋な魔法使いじゃねえ。ティザ公やロガルほどガチガチの近接特化じゃなくても、ボスモンスターとして最低限のステータスはある。

 拳が交差し、互いにノーダメージと衝撃波を与える。だが、俺の方が浅かったらしい。俺が派手に打ち上げられたのに対し、エクステラは翼をはためかせて僅かな降下に留めた。


 甘い算段に、思わず歯噛みする。テンションに任せすぎた。

 これで、エクステラに俺の意図が伝わってしまった。おそらく、もう叩き落とす隙は生まれないだろう。


 だが、埒外は想像を超える。


「ユズ! その場でキープ!」


 レトさんの叫び声とともに、地を蹴る音が聞こえる。

 意図が伝わりきっていない短い命令に、俺は咄嗟に固有スキルを発動した腕に力を込める。


 今日何度目か分からない、レトさん渾身のジャンプ。その軌跡はエクステラへと迫り――――通り過ぎた。


 えっ、何で俺の方に向かってるんです?


「でかしたユズ! 思いっきり力込めろ!」

「ちょっと」


 待ってレトさん、何で俺にしがみついて……足裏を俺の身体に押し当ててんの?

 意図がわからないまま、レトさんは眼下のエクステラを見据え、俺に密着している脚に力を込めて――――


「――――ちょ待ぐべぁ!?」


 跳躍した(・・・・)。俺を地面に見立て、下方向へとジャンプしたのだ。

 ボスモンスターとも張り合えるステータスから繰り出される跳躍は、空中で姿勢をキープしていた俺の体を容易く弾き飛ばす。脱臼してもおかしくない両腕はなんとか無事だが、色々とそういう問題ではない。ニンカもだけど、なんか俺は適当に扱っていいみたいな風潮ないですか?


 しかし、俺の献身は成ったらしい。


「不細工な翼じゃ飛べねえだろ! いい加減伏せろ蛆虫が!」


 俺からエクステラへと突撃したレトが、空中に顕現した氷の壁と鍔迫り合う。しかし、圧倒的な突進力で、エクステラの魔法で生まれた氷の壁もろとも、エクステラを地へと押し出す。


「ぐ、あぁぁぁア、『悪魔召喚(ソウルサモン)、ロイス・ジャグナルク』ッ!」


 苦悶の表情のエクステラが叫ぶ。それは、幾度か聞いた、固有スキルの宣誓。

 瞬間、氷の壁がヒビ割れ、砕け散り、その破片から四本の氷の剣が生成された。


 飛ぶほどの斥力は生まれずとも、翼を翻して落下速度を軽減したエクステラは、四つの剣のうち二振りを掴んだ。

 剣を振るうと同時に、残った二振りがエクステラの意思で動いているかのように、宙で軌跡を描いてレトさんに殺到する。


 腕で二、魔法で二、合わせて四の剣撃。

 しかし、レトさんには届かない。


「なるほど、先々代(・・・)か」


 四の剣閃が、一の剣閃に、全て殺される。


 怒髪天のエクステラだが、あれで完全に正気を失ったわけではない。少なくとも、俺を殺すためにはレトさんを殺さなければならないという順序は思い出せているらしい。

 だから、今四つの剣を振るエクステラが、レトさんにぶつけている殺意は二人分だ。俺ほど露骨ではないが、剣速はエクステラの限界をも越えている。


 だが、レトさんの間合いでは、それも届かない。


「うわー、マジでそうなんだ」


 やっと着地できた俺は、ラゼの言葉を思い出して呟く。


 ラゼ曰く、自分とレトさんが戦ったら、恐らくラゼの勝率のほうが高くなるらしい。遠距離から魔法で一方的に攻撃でき、距離を詰められても固有スキルで離脱できるラゼは、レトさんにとってかなり苦手な相手だ。横たわる相性差は埋め難い。

 しかし、同じ相手にラゼとレトさんが挑む場合、勝率は逆転する。


 無理やりとはいえステータス上は強化されていたティザ公を倒した時点で、薄々予感はしていた。まあ実際は倒したというより耐え凌いだという方が近いらしいが、それでもその威風に陰りはない。


 自他共に認める、神殺し勢の最大戦力。

 それが、レトなのだ。


「し――――ッ」

「が、アァァぁあぁぁ!」


 氷の剣が幾度も叩き砕かれる。その度に魔法で修復されるが、それもまた砕かれる。

 素人目ながらエクステラの剣技もまた超常の領域のように見えるが、それでもレトさんは捌き斬る。


 ここまでお膳立てをしたら、俺は見学だ。先ほどまでの空中戦ならまだしも、地に足ついて全力を発揮できるレトさんには、俺のちょっかいは逆に邪魔になる。


「ぐ、ぅ……」


 押されているエクステラが苦悶の声を上げる。


 レトさんとエクステラは、恐らくライバル関係である。見たところそんな生易しいものではない気もするが、大雑把に見ればライバル関係である。

 だが、二人の戦いにおける相性関係というのは、意外と極端だ。

 近づけたら、レトさんの勝ち。近づけなければ、エクステラの勝ちだ。


 そして今は、レトさんの間合い。


「ぎ、ぁあッ!?」


 剣撃を縫い、一太刀がエクステラに傷を刻む。空中での一撃に加え、滂沱として血を流すエクステラの表情は、血の気が失われつつあった。


 それが、決着の合図。


 膝から崩れ落ちるエクステラと、それを見下ろすレトさん。決定的な構図だが、まだ互いに殺意は消えていない。


「あばよ、クソ悪魔」


 レトさんが、剣を振りかぶる。


 この殺意の感じ、レトさんは本気でエクステラを殺す気だ。

 別に、レトさんがエクステラを殺したいと思っているってのはいい。だが、問題はラゼだ。

 基本神々以外は皆に生きていてほしいと願うラゼは、エクステラのことをどう思っているのだろうか。死んだら悲しむだろうか。

 ただ、それを確認するために、俺はレトさんに声をかけようとする。


「レトさん、待――――」


 俺は、そこで言葉を切った。


 それは、声をかけるのが遅かったから、俺がレトさんを制止する前に手にかけてしまったからではない。

 間に合わなかったからではない。いや、違う意味で、間に合わなかったからだ。


「『悪魔召喚(ソウルサモン)、ライア・テューベル』」


 僅かな、瞬きのはずだった。


 レトの前にいるのは、レトの前で膝を屈しているのは。

 コウモリのような翼を生やした悪魔ではなく。

 …………俺には見覚えのない、人間だった。


 金髪の大人しそうな女性が、膝を折ったままレトさんを見上げ、にっこりと微笑む。


 レトさんの振り下ろした剣が、わずかに揺らいだ。


「――――マズい」


 俺の口が動揺のあまり、脳で理解する前に呟く。


 ほんの一瞬、ほんの一瞬ではあるが、レトさんの殺意が消えた。

 あの金髪の女性が、レトさんとどういう関係なのかは知らない。だが、間違いなくレトさんはあの女性が原因で、呆然としてしまった。


 ただ、姿かたちが変わっているだけの、怨敵を前にして。


「――――テ、」

「『メラル・トレジア』」


 一瞬の空白の直後、まるで反動のようにレトさんから殺意が吹き荒れる。

 だが、その時には既に、金髪の女性――――に成り代わったエクステラは、詠唱を終えていた。


 レトさんの身体を、大きな、大きな火炎が貫く。

 巨大な柱……いや、槍を象った炎がレトさんの体を焼き尽くして貫通した。


「メ、えッ!」


 しかし、吹きすさぶ殺意の凄まじさたるや。

 身体を焼かれようとも、一度揺らいだことすら恥であるかのように、剣は揺らぐことなくエクステラを斬る。


 血を流し、地を吐き、両者の身体が重力に従って崩れ落ちる。


「レトさん!」


 膝を屈するレトさんに、思わず駆け寄る。目立った出血はない。だが、目も当てられないほどの大火傷だ。

 しかし、屈してもなお、レトさんのその目は殺意を帯びていて。


「ま、だ……」

「しゃべっちゃだめだ! クソ、俺の分のポーションはもうねえ。レトさん、ステータスウィンドウを……」

「逃、がし」

「な――――まっぶし!?」


 思わず焦る俺が、レトさんの言葉を理解して返答するよりも前に、視界が白に染まる。

 それが閃光であるということに、一瞬気が付けなかった。今は視界がつぶされているが、その方向は分かる。その方向にあった殺意が、だんだんと遠ざかっていく―――


 数秒後。


「……やっぱ、いねえか」


 倒れ伏していたはずのエクステラが姿を消していた。


 おそらく離脱する術を持った魂か何かを、あの一瞬で繋げたのだろう。

 不覚だった。俺としたことが、深手を負ったレトさんに気を取られて、一瞬エクステラのことが思考から抜け落ちた。


「ゴミ悪魔がァ……ユズ、追うぞ」

「いやいや、流石に止めるよそれは」


 尚も立ち上がろうとするレトさんの両肩を掴んで押し留める。普通に死にかけているというのに、何を言っているんだ。


 だが、レトさんがそれで納得するとは思えない。どうにか効果的な言葉を探す。

 あ、そうだ。


「というか、レトさんが本気で三回も斬ったんだよ? いくらボスモンスターっつっても、あの感じなら死んでてもおかしく……」

「それはねえ。あいつのストックに、回復魔法持ちがいやがる」

「……あー」

「条件的に戦闘中に使えるもんじゃないようだし、回復量も大したことないようだがな。多分一命をとりとめるくらいはできるはずだ」


 マジで万能だな、エクステラ。同じボスモンスターなのに殴る蹴る一辺倒のティザ公が、草葉の陰で泣いているぜ。


「それによ、後ろ見てみろ」

「え? ……あれぇ!? 粘土人形、お前まだいたの!?」


 驚きのあまり、思わずその場から飛び退く。

 そこには、エクステラを象り、身体に俺の剛枷拳ティザプターを埋め込んだ粘土人形が佇んでいた。


「今はカス悪魔が操作してねえから動いてねえが、魔力になってねえってことは死んだねえってこった」

「へー、なるほどぉ……じゃなくて! レトさん、大丈夫なのか!?」


 だとか、そんなこと言っている場合じゃない。こうしている間にもレトさんは命の危機なのだ、早くポーションを与えないと。


 だが、当のレトさんは、自分の火傷の跡を指さす。


「見ろユズ、ちょっと治ってんだろ」

「いやそんなわけない……あれ? ちょっと火傷小さくなってない?」


 いやいや何で? ポーションを使った風もなかったし、固有スキルはダメージの無効化であって回復じゃねえだろ。

 つまり、


「自然治癒で、ここまで……?」

「つーか、見た目ほどは内臓も焼かれてねえ」

「フィジカルぅ……」


 言われてみれば普通に話してたし、マジで大丈夫なのだろう。バケモンに常人の理屈は通用しない。


「ともかく、今はあのボケ悪魔だ。もうレトの固有スキルは切れてる。他の奴らが襲われたら、正直ヤバいぞ」

「うーん、多分ないと思うんだよね」


 とはいえ、レトさんにこれ以上戦わせるのは反対だ。実際レトさんが危惧していることが起こる可能性は、まあ実際のところそこそこあるんだけど、でも想像よりも低いと思う。

 なんせ、今殺意が向かっている方向が方向だ。


「エクステラは、フラメリの方向に真っ直ぐ進んでる。フラメリの周りには誰もいねえし、皆とカチ合うリスクは少ない」


 エクステラは俺の発言で、フラメリは捕えられていると勘違いしている。レトさんとの死闘を切り上げたのは、フラメリを助けに行くためだ。恐らく、拘束している者を皆殺しにでもするつもりだろう。

 だが、俺の発言は半分嘘。実際にはフラメリは今一人だ。その場で戦闘は起こり得ないし、その分時間も稼げる。


 まあ捕えられているのが嘘ってだけで、トラウマを刻んだのは事実なので、エクステラの憎しみは変わらないだろう。何でだろう、エクステラもウィザリアも、多分復活したらティザプターも俺を殺そうとする。ボスモンスターとの巡り合わせが悪すぎる。


「ま、そういう訳だから追うのはやめてほしい。決着はまた次にしてくれ」

「む、ぐ……分かった」


 俺が言うと、レトさんは渋々ではあるものの納得した様子だ。何故か命の危機も脱しているらしいし、この戦場に関しては万事解決だ。


「さて、どうするか……」

「ユズは行ってこいよ」

「…………エクステラに、追い打ちを?」

「ちげーよ。分かるだろ」


 ちょっと引く俺だったが、レトさんから思わぬ言葉がかけられる。

 察するに、つまるところ他の戦場に顔を出して、魔王連合を退かせてこいと言っているわけだ。俺の作戦を、続行しろと言っているわけだ。


「とは言っても、レトさん一人じゃ流石にヤバくない?」

「そう見えるか?」

「……おかしい、そう見えはするのに、そう感じない」


 火傷だらけで膝を屈したレトさんだが、その目は俺くらい殺せる目だった。なんでだろうね、勝てる気が全くしないのは。

 視覚と認識の大いなる矛盾に頭を抱える。なんて説得力なんだ。覆せる気がしない。


 まあ、本人はポーションもまだ持っているだろうし、流石に大丈夫か。


「んじゃ、ここで休んどいて……あ、ティザプターどうしよ」


 レトさんを残して走り出そうとするも、先の粘土人形を思い出す。

 動かない粘土人形ではあるが、材質的にティザプターを回収出来そうにない。流石に触れなきゃインベントリに入れられないよな……


「それもレトがやっとくって。取り返せなくても、見張っとくくらいはできる」

「いや、それは遠慮するって。今は動いてないかもだけど、俺がいない間に動き出してレトさんを襲ったら流石にヤバいでしょ」

「そう見えるか?」

「無敵理論やめてくれないかなあ!?」


 結局、俺は折れた。まあレトさんなら大丈夫だろうと信じよう。



あとシンプルに難産でした(小声)

なんで当初の予定の倍以上の文字数になってるんですかね……



☆ディグリム

魔法を極めんとした魔族。水属性に強い適性を持っている。人との争いなんてどこ吹く風、魔法の研鑽に全てを捧げたおじいちゃん。大病を患い、死期を悟ったタイミングでエクステラに遭遇、『私の魂に接続したら実質更なる魔法の高みへの到達じゃね?』という言葉に、『言われてみれば魔法を極めるのって別にワシ自身である必要なくね?』と思い至り、一も二もなく首を縦に振った。

その狂気的な魔法への執着は、あの日見たとある魔物に対しての憧れから始まったという…………そういえば、ディグリムの魔法ってなんでドラゴンなんすか?


☆トット

魔族不信の魔族。土属性に強い適性を持っている。基本的に自分以外の全ての存在が嫌いなので、自分の粘土人形が、生きとし生けるもの全てに成り代わればいいと思っていたし、実際にそうするためにメチャクチャ魔族を殺しまくった。とある魔王軍に甚大な被害を与えたため捕らえられ、処刑されかかっていたところをエクステラがたまたま発見、『死ぬにしても最期にひと暴れしたい』という契約で解放され、魔王軍と相討ちになった。


☆ロイス・ジャグナルク

先々代の『??』。自身の剣の技量に限界を感じていたところ、エクステラを契約して、腕を増やして四本にした奇人。先々代のコイツと今代の『??』が変人なせいで、まともな人だった先代『??』に風評被害が起こってしまっている。エクステラはコイツの剣の技量を引き継いでいるが、腕自体は引き継いでいないため、魔法を酷使して二本は宙に浮かせている。


☆ライア・テューベル

初代??、????・?????の仲間だった??????の一人。

もちろんレトとも知り合いだが、特別親しかったわけではない。しかし、エクステラが彼女に化けることは、レトに対する最悪の侮辱である。


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