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第十九話 ユズと、三巡目

【速報】788日ぶりの本編登場


妙だな……今年中に今章を終わらせる予定だったのにもう十一月になっている……

マリオRPGとDQM3と藍の円盤が控えているんだが、これ果たして終わるのか……?

 

 下村(しもむら)(のぼる)は、自分のことを優れた人間だとは思っていない。


 頻繁に道に迷うし、成績もすこぶる悪い。運動能力も並程度かそれ以下。かといって努力を積み重ねられるような人間性でもないから、改善はされない。そして頻繁に道に迷う。


 そして、度胸もない。この世界に来てちょっとおかしくなってしまった友達のユズを比較対象にするのも極端だとは思うが、あんな躊躇なく殺し合いをできるような鋼の心臓はできそうにない。そして頻繁に道に迷う。

 度胸がないからこそ、天翼姫ハピアを狙える絶好のチャンスを逃し、今こうして後始末に追われている。


 下村上は、下村上の美点を、何一つとして見出だせていない。

 ――――それでも、下村上には、たった一つだけ他人に誇れることがある。






「『重力女(グラビティ)』」


 下村が呟くと同時に、彼の体は重力から解放される。

 高く跳躍し、木の幹を蹴って跳ね返る。一連の迅速な動きをもって、相手の視界から外れ、一撃を狙う。シハロが操るドローン魚を追いかけ回し、追いかけ回されているうちに自ずと出来るようになった芸当だ。

 生物は、視覚に大きく依存する。敵を見失うということは、死と隣り合わせの戦場において、最たる恐怖であるのだ。故に、視界から外れる動きを、徹底的に叩き込まれた。


 しかし、魔王軍幹部はやはり別格である。


「すごい動体視力だ」


 超スピードで木々を跳ね回りながら愚痴を吐く。


 先程からどうにかハピアの死角に回り込もうとしているが、一向に背後が取れる気配がない。

 鳥の魔物たるハーピィも、胴体や頭部は人間と同じ。つまり、理論的には下村の視野と変わらない。その公平性を超越しているのは、恐らく斥候としての歴の差だろう。


 さらに大前提として、下村はハピアを離脱させないように立ち回っている。絶好のチャンスを逃したミスだけでは飽き足らず、ここでハピアを離脱させ、他の幹部たちとの合流を許したとあっては、皆に申し訳が立たない。


 そして、攻めの手を緩めないことで、ハピアに連携を許さないようにもしている。

 天翼姫ハピアの固有スキル、『風噂(エアメール)』は、自身の決まった一対の羽根を通信機にすることができるものだ。

 事前に聞いていたこの固有スキルを恐らく使っている瞬間を、下村は目にしている。主であるシュカか誰かと話していたのだろう、翼を耳に当てて会話をしているような素振りをしていた。魔王連合の連絡役を、ここで封じておくことの恩恵は計り知れない。


 しかし、隙も疲れも底も見せないハピアに、下村は終わりのない戦いを幻視し、如実に焦りを覚える。


 ――――そして、それはハピアも同じだった。


「面倒すぎる……」


 シュカの話では、メイド服以外の戦闘員は、皆が戦いを学んで一か月足らずの素人であったはずだ。そもそも、そんな素人がハピアの離脱や連絡を完全に封殺できている時点でおかしいのだ。

 重力を無視したような挙動で木々を飛び回る下村に、ハピアは全方向を警戒する。


 シュカから斥候と連絡役を任されているハピアは、他の幹部と比べて戦闘能力は劣る。

 呪術を使って相手を弱らせながら焼き尽くすフラメリ、固有スキルの取得により敵を逃げ場なく溺死させることが可能になったセレン、強靭な膂力を持ちタイマンで無類の強さを発揮するミラ。必要最低限の能力はあると自負しているが、彼女らに比べたら弱い方だ。

 しかし、斥候としての能力は誰にも譲るつもりはない。研ぎ澄まされた五感と身のこなしは、ハピアの才能によるものだ。


 恐らく、同様に斥候としての個性を伸ばし、この戦場に臨んでいるだろう下村だが、その能力は完全にハピアの方が上。ほとんど上位互換と言ってもいい。

 彼と相対するだけなら、この場から離脱するか、そうでなくとも主に連絡して状況を伝えることくらいは出来ただろう。


 それができない理由は一つ。

 目の前の存在にばかり意識を割いていると――――あれ(・・)が来るからだ。


 木々を潜り抜け、空気を切り裂くかすかな音が、一つから二つになる。


「――――ッ!」


 咄嗟に翼をはためかせ、その襲撃を回避する。


 高速で着地したそれは、確かな殺意を手のナイフに宿しながら、笑った。


「ふふ、また避けられちゃっ、た……」

「怖ぁ」


 ハピアはその少女の名を知らない。しかし、少女が斥候の少年の仲間だということ、そして最大限に警戒すべき存在であることは分かっている。

 少年も、少女も、恐らく直接的な戦闘を想定していない。少年が斥候であるとするならば、少女は暗殺者(・・・)とでも呼ぶべき存在だ。ひたすらに隙を付け狙い、致命の一撃を叩き込む瞬間を待つ。少年よりもハピアを死に近付けうる存在だと、ハピアは分析する。

 実力もさることながら、周囲に命を狙うことに特化した存在が潜んでいるという事実は、想像以上に精神をすり減らす。このことも、少年よりも危険度は上と認識した要因だ。


 やたらとナイフ片手に笑う姿が似合う少女の名は、名塚(なづか)真紀(まき)。ちょっと過激で純情可憐、恋する乙女である。

 神殿から大きく離れたはずの迷子の下村に、一体どうやって合流できたのかはここでは割愛しよう。ともかく、名塚が合流することで、下村はなんとかハピアとの拮抗状態をつくることができた。


「ふふ、次は逃がさない、わ……」


 そう言い残した名塚が、木々の影へと消えていく。ハピアは優秀な五感をもって、その痕跡を追おうとするが、


「――――しッ!」


 もう一枚のナイフが翻り、下村がハピアの眼前に躍り出る。守勢に回されることで、名塚から意識を外され、位置を見失う。


 シハロの訓練によって育まれた、連携の密度。それこそが、下村と名塚の厄介な所以である。

 どちらが欠けても、仮にどちらかが二人いたとしても、ハピアを止めることはできなかっただろう。互いが互いを活かし合う連携が、この二人は異常に上手かった。


 自分がしたい動きを阻害されているストレス。命の危機に対する恐怖。それが、ハピアを袋小路に追い込んでいた。


 しかし、ハピアの精神にも慣れが生まれてくる。


「さてはどっちもアマチュアだな……?」


 下村だけでなく、名塚も格下であると、ハピアは確信した。

 そもそも暗殺が目的であるとするならば、こうして何度かの邂逅を経てハピアが生き永らえている時点で失格だ。下村のカバーで対策しているものの、最も屠りやすかった初撃で決められなかったのは名塚の落ち度。

 やはり一か月程度の戦闘訓練では限界がある。それを前提とすればいくらでもやり様はあると、ハピアは考えた。


 実際のところ、名塚の目的は暗殺ではないが故の現状であるため、その考えは間違いと言えば間違いだ。だが、それでも自身が格上であるという点においては、まったく読み違えていない。


 下村のナイフと、ハピアの脚甲が衝突する。

 ハーピィにとって、人間でいうところの腕に当たる部分は翼であるため、防具を装着させることに向かない。その分、ほとんど歩かない割に足が発達しているため、脚甲が最大の武具となり得る。ハーピィの足の強さは、鳥は鳥でも猛禽類の強さを誇る。


 しかし、下村も退くことはできない。

 ハピアの心理に余裕が生まれてきたことを挙動の端々から察したのか、木々に跳ね返るヒットアンドアウェイの作戦を止め、露骨に攻勢に転じている。


 速度と力がぶつかり合い、金属が甲高い激突音と火花を散らし続ける。何合にも渡る邂逅に、両者が白熱する。


「――――おォッ!」

「やッ!」


 徐々にハピアが優勢になるが、その分好機を逃さんと攻勢に出て、防御に隙も生まれていく。

 そして、それを見逃す名塚ではない。その隙を突かんと、こちらもまた攻勢に出る。


 僅かに木の葉が揺れる音がした方向へと、ハピアは瞬間的に意識を向ける。

 名塚が襲来する音を全力で警戒し、目を向け、脚を向けた矛先には、


「――――小賢、」


 ただの石ころが、地面を転がっていた。

 嵌められたことを瞬間的に察したハピアの視界の裏側から、


「しッ!?」


 名塚のナイフが、ハピアの片翼に突き刺さる。


 振り向きざまに、名塚に向かって翼を振り回すが、再び影へと消えていく身体に、僅かに翼の先をかすらせて終わった。


 しかし、命の危機は感じない。名塚が急所を外したのか、とハピアは思案するが、そもそも大前提から間違っている。

 名塚は確かに暗殺者向きではあるが、ラゼの『なるべく敵でも殺さない』という基本信条には則っている。今回の作戦においても、名塚はハピアを殺すつもりなど毛頭ない。だからわざと急所を外した。


 それに、わざわざ急所に(・・・・・・・)当てるまでもない(・・・・・・・・)


「あ、ぇ……?」


 ハピアの片翼から力が抜け、それを自覚した瞬間、全身の筋肉にも力が入らなくなる。

 そのまま重力に屈したハピアの身体は、翼を抱えて倒れ伏した。


麻痺毒(わひよふ)……!」


 呂律の回らない舌で答えを導き出す。しかし、それは90点の答え。


 ラゼの基本方針である敵の捕縛を目的としてつくられた名塚のナイフは、相手に刃を当てることで『麻痺の呪術』が施される。

 この呪術に蝕まれた者は、しばらくの間、身体に力を入れることもままならない。


「上手くいってよかった……」


 全力でハピアと相対することで、名塚が石を投げる音を誤魔化すことができた下村は、連携の完遂に安堵の溜め息をこぼす。実際、あのまま真正面から戦い続けたら負けていたと、下村は実感していた。

 一刺しで大型の魔物でさえも昏倒する強い麻痺毒だ。魔王幹部とはいえ、体躯は魔物の中で並より落ちる。それに直撃したハピアは、翼を抱えながら蹲り、なんとか持ち上がった片目だけで信じられないものを見るかのようにこちらを見ていた。


 下村がハピアに近づく。しかし、それは無警戒ではない。ハピアの怪しい挙動は一切見逃さないように気を張っている。『自分がやられても、最悪名塚さえ無事なら盤面をひっくり返せる』という、ある種呪いにも近い信頼がある故に、怪しい動きを見せたら、玉砕覚悟でそれを阻止せんと、最大限の警戒を見せていた。


 だからこそ(・・・・・)、下村は見逃せなかった。

 ぎょるん、と。自分を睨んでいたハピアの片目の瞳が動いた瞬間を見てしまった。


 その視線の先を追うように、強まっていた下村の警戒心が側方へと向く。ひょっとしたら、魔王連合の誰かが加勢に来たのかもしれない、そのような思考が反射的に浮かぶと同時、下村はハピアを視界の中心から外していた。


 嵌められた――――否、嵌め返された(・・・・・・)のだと分かった瞬間、下村の視界の端でハピアが空を斬る。


 下村の脳が、急速に回転する。

 呪術は間違いなく発動していた筈。では何故、ハピアは動くことができる? いや、今考えるべきはそこじゃない。今動いたハピアは、隙を晒した自身を狙っていない。むしろ遠ざかっている。逃げたのか? 否、それにしては飛び去る高度が低過ぎる。下村は跳べるが、飛べない。確かに離脱しようと飛んだハピアをジャンプで捕まえたが、空中に逃げることは全くの無意味というわけではない。むしろ、低空飛行よりリスクが少ないことは、ハピアにも分かるはずだ。ならば、なぜ。いや、違う、逃げていないのだとしたら。ハピアが飛んだ、その方向は――――


「――――っ、名づ」

「『エアル・トレペオ・スプリ・トレジア』」

「か、ぁ?」


 言い切るよりも前に、振り向くよりも前に、視界が真っ赤に染まる。

 それが自らの血であると気付いたのは、数瞬後のことだった。


 ハピアの魔法出力は、他の幹部たちと比べても格段に弱い。せいぜい飛行の補助としてごく稀に使う程度だ。

 しかし、戦闘経験も少なく、痛みにも慣れていない異世界人にとって、大きな初見殺しにはなりうる。特に、耐久のステータスは二の次としていた準戦闘要員たちが相手ならば、圧縮した空気の斬撃で、身体に傷を作るくらい容易い。


 全身に数多もの傷が走り、派手に鮮血が舞う。


「ああぁぁがああぁああッ!?」


 状況を飲み込んだ下村は痛みに絶叫し、のたうち回る。しかし、それでもハピアの飛翔は止まらない。


「見つけた!」

「きゃッ!?」


 地に付した下村の視線の先から、いつもの微笑交じりの声とは違う悲鳴が聞こえた。


 突如として飛来したハピアの蹴りが、木の上で身を潜めていた名塚の胴を正確に撃ち抜く。

 咄嗟に衝撃を殺したが、それでも名塚の軽い身体を弾き飛ばすほどの衝撃が襲った。木の枝から投げ出された身体が、重力に任せて自由落下を始める。


「……、何、で」


 名塚のその疑問は、特に思考をして紡がれたものではない。

 動きを封じた筈なのに、襲われている。身を潜めた筈なのに、襲われている。名塚にとっては不条理が重なった状態であるが故に、ただ愚痴を吐いたようなものに過ぎない。


 しかし、ハピアは答えた。名塚に生じた二つの疑問の内、答えても問題のない前者を。


「こちとら生まれは実験動物! そういう武器には耐性あるんだよ!」


 脚甲が甲高い音を上げて、名塚が持つナイフを弾き飛ばす。ナイフは名塚の手の下を離れ、見当違いの方向の木に突き刺さった。

 程なくして、名塚の身体は地面に叩きつけられる。衝撃で呼吸ができなくなり、枯れたような声だけが喉から僅かに溢れ出た。


 細い首筋を急降下する鋭い爪が抉らんとして、思わず名塚は目を瞑る――――よりも前に。


 目が合った。






 下村上は、下村上の美点を、何一つとして見出だせていない。

 ――――それでも、下村上には、たった一つだけ他人に誇れることがある。


 自分のことを信頼してくれている人が、いることだ。

 きっと自分の中には、自分には見えない何かがあるのだ。名塚真紀は、きっとそこを見てくれたのだ。

 それだけは、誰に対してであろうと、下村上は誇ることができる。


 だから、それを教えてくれた名塚真紀を、命を賭して守ることは当然だ。






 その手に持つは、インドア特製の短剣『結刃(ゆいば)依道(よりみち)』。高い耐久値と頑丈さは持ち合わせているものの、今はステータス補正も追加効果もない。

 そして、それをメインウエポンとしている人物のステータスも強力とは言い難い。


「オオオォォォアアアアアッ!」


 しかしその刃は、魔王軍幹部に打ち勝った。


 硬いものが砕ける音に、名塚はそっと目を開く。視界に入ってきたのは、ボロボロになった愛しい人の後ろ姿。

 何が起こったか分からないほど名塚も愚かではない。ハピアの急降下よりも速く、目の前に躍り出た下村が、守ってくれたのだ。

 恐らく名塚の正面、即ちハピアの背後から下村は駆け寄ってきた。あのまま名塚を囮にしていれば、背後から確実にハピアに一撃を入れられていた筈。しかし、下村はそれを選ばなかった。


 たとえ全身が激痛に苛まれようとも、たとえ失態を取り戻すチャンスが転がっていても、下村は身を挺して名塚を守ることを選んだ。否、そもそも名塚を見捨てることなど思いつきすらしなかっただろう。

 そのことが、名塚真紀の心をくすぐった。


 咄嗟に防戦一方になるハピアと、全力を振り絞る下村が、目の前で戦っている。

 立ち上がり、一つ、二つと呼吸を整え、二人の戦いに乱入する。脚甲を刃が火花を散らし、ハピアが苦い顔をした。


 土壇場で意地を見せた下村に、そこに連携を重ねてくる名塚。敵のハピアにとって、逆風かと言われると、実はそうとも言い切れない。

 直線的に、真っ向からぶつかってくるため、大前提を見失っていた。即ち、


「『エアル・トレペオ・フォリル・トレジア』」


 上空から逃げて、他の幹部と合流することが、容易になったということだ。


 ことハピアの固有スキルは連携に向いている。今『風噂』によって繋がっているのはシュカのみだが、首領と連絡が取れる存在をみすみす逃がすのは痛手なのは、双方ともに痛いほど理解している。


 上空から真下に吹き荒れる風が、下村と名塚の追跡を止める。その隙にハピアは上空へと飛び去り、


「ヒュハハァ、ンな盛り下げる真似すんなよ」

「え、きゃあああぁぁぁあ!?」


 人の届かぬ領域である空にて脚甲を掴まれ、地上へと投げ返された。


 錐揉み回転をしながら落下するハピアはもちろん、その犯人も見紛うはずがない。 元の世界とは違って這って空を飛ぶし、なんか知らないうちに首から赤黒い電流みたいなものが流れているが、その姿は間違いなく気の置けない友人だ。


「ユズ!」

「ヒュハハハハハァ――――ッ! 食らえ、本邦初公開! 必殺、カチ割り大車輪!」

「うわあぁあぁあぁあぁあぁ、ぁあ゛ッ!?」


 虚を突いたユズは両足でハピアの両翼をホールドし、腕の固有スキルを使って空中で縦回転しながら高速で地面に落下した。その衝撃に地面に倒れこんだままハピアは身を捩るが、立ち上がるにも難儀する。

 しかしユズはふらつきながらも、こちらに走り寄ってくる。その表情は、苦しげな表情ではなく、下村たちを心配する表情――――でもない。

 走るスピードを緩めぬまま、ユズは右手の親指の腹と人差し指の爪を重ね合わせ、


「何しとんじゃドアホがぁーっ!」


 下村に渾身のデコピンを叩き込んだ。 ステータスの体系により強化された、デコピンという字面からは想像もできないほどの衝撃が下村の額を弾き、視界に星が散り、大きく仰け反ったところを後ろに控えていた名塚に支えられた。


「お前ぇ! 何をどうしたら室内から室外まで迷子になれるんだよ! あと勝手に攻撃仕掛けんなよ!」

「ごめんなさい! 良かれと思ってぇ!」


 傷だらけの下村を見て手加減したユズだが、その激昂っぷりは伝わったらしい。ならばよしとして、ユズは即座に切り替える。


「まあいいや。ぶっちゃけ俺は一身上の都合で真正面から戦うのは避けたい。二人とも、まだ()れるか?」

「もしかして首から出てるソレのことを言ってる? だとしたら一身上の都合で片付けていい問題じゃないと思うんだけど」

「いいんだよ。んで、どうなんだ?」


 ユズの言葉に、二人は顔を見合わせ、頷いた。


 ●


 ほぼ毎度恒例となっている魔物メンタリズムによれば、ハピアの闘志は消えていない。むしろ俺の横槍のせいで怒りは増している。

 動けず倒れ伏していたハピアであったが、拘束のために誰かが近付けば魔法で相打ちにするくらいの覚悟はあった。


 そもそもの話、最も俺らに被害がない決着は、魔王軍幹部が一人ひとり撤退していくこと。俺は戦場を走り回っているが、それは敵の打倒ではなく、撤退の誘発が目的だ。

 本来なら、ラゼから「二の次」と言われていた魔王軍幹部の捕獲を為し遂げて、花丸満点を賜りたいところだったのだが。クソッ、俺が呪術でメンタルがフィーバーしてさえいなければ……!

 要するに俺は、魔王軍幹部には是非とも尻尾を巻いて逃げていただきたい。


 しかし、その唯一の例外こそが、天翼姫ハピアだ。

 奴の固有スキルは連携に特化し過ぎている。逃がしたところで魔王シュカと組まれれば結果的にマイナスだ。

 しかも、魔王シュカは現在ラゼと対話中(と思われる)。邪魔も茶々も羽虫一匹分すら入っちゃいけない。

 つまり、ハピアをこのまま逃がすわけにはいかない。打倒および拘束をするしかないのだ。


 だが、はっきり言おう。下村と名塚では、ハピアを倒しきるには至らない、と俺は見ている。手持ちのポーションで回復したとはいえだ。相討ち覚悟なら拘束をかけるくらいならできるかもしれないが、生憎そんな作戦は俺が許可しない。暴走のリスクを抱えているとはいえ、打倒に関しては俺が出張るのが最適解だ。


 だが、俺の友人、下村上ははっきりと言った。


『ユズは戦わなくてもいい――――ハピアは僕らでどうにかする』


「そんなに言うなら、見せてもらおうじゃねえの……!」


 固有スキルで宙に浮く俺の眼下では、下村・名塚ペアとハピアの戦いが始まっていた。


 二人とも割り切ったのか、近接戦で押し切ろうとしている。基本隠密に動く名塚さんの居場所が何故か(・・・)いとも簡単に割れていたことから、開き直ってインファイトに徹することにしたらしい。

 何故か……いや答えは出ていると思うんだが。まあ、アホの下村はともかく、名塚さんは気付いているだろう。


 少なくとも俺は、接近戦に持ち込むこと自体は賛成だ。そもそもさっきまでの下村は、ハピアの逃亡を危惧して、完全に攻めに転ずることが出来ていなかったらしい。そこに、空中に留まることができる俺が乱入したことで、二人は心置きなく攻めに転ずることができるというわけだ。


 だが、それでも打倒には至らないというのが俺の所感だ。

 俺が下村に頼まれたことは二つ。一つは、空中でハピアの逃げ道を封じること。そして、もう一つが「えっ、そんなことしていいの?」という困惑しか浮かばない内容だった以上、何かしらの作戦があるのだろうが。


 交錯の末、下村が懐から何かを取り出し、地面に叩きつけた。

 瞬間、周囲に白煙が噴き出し、同時に盛大な金属音が、森林を飲み込んで侵食する。


「うるっっっさ!?」


 無駄に耳に響く、嫌な音だ。至近距離で聞いている彼らもだが、距離をとっているにも関わらず固有スキルのせいで耳を塞げない俺の鼓膜にも大ダメージが発生する。


 なるほど、白煙の外にいる俺はともかく、白煙の中にいるハピアの視界は白一色。それにこの大音量で耳も封じられたと来たら、五感に優れたハピアであっても二人を見つけ出すことはさぞ難しいだろう。

 だが、ハーピィに煙での目くらましは、流石にナメ過ぎじゃないか?


 ハピアの風魔法による突風が、白煙を跡形もなく吹き飛ばす。

 空けた視界に残っていたのは、ハピアと、もう一人。


「あれぇ? 彼は逃げちゃったわけ?」

「ちょっと、挑発が安すぎるんじゃない?」


 耳を塞ぎながら、足元でけたたましい音を鳴らし続けるそれを踏み潰した名塚さんだけが佇んでいた。


 恐らく、あの一瞬で下村は森林に身を潜めたのだろう。名塚さんの位置がハピアに割れるのなら、いっそ役割を交換した方が良いというわけか。だが、下村が隠れたところで有効打なんてあるか?

 下村は名塚さんと違い、『暗殺者』としてのステータス増強は行っていない。下村はあくまでスピード特化。一撃の火力は、名塚さんに軍配が上がるのだ。

 ならそのスピードを活かせるかと言われれば、それもまた微妙だ。おそらく今の下村の最適解は、スピードにものを言わせてハピアが感知して回避する前に一撃を与えること。

 だが、名塚さんは気配を消すことが異様に上手い。察知に優れた俺ですら、周囲にいる名塚さんに気付かないことがままあるほどだ。身を潜めた名塚さんは、下村を優に超える確実性をもってハピアに一撃を与えられる。


 暗殺特化の名塚さんと同じパフォーマンスが下村にできるとは思えない。何せ下村が気配を消すなんてこと――――


「――――んん?」


 とんでもないことに思考の指が引っ掛かった俺を余所に、名塚さんが動く。

 翻り光るナイフに、ハピアはそれを迎撃せんと翼をはためかせて、


「ふふ、やっと完璧、ね……」

「は……?」


 背後から名塚さんに(・・・・・・・・・)両膝裏を掻っ切られた。


 ハピアは驚愕に顔を染める。当然だろう。なんせ今ハピアを背後から襲撃した人物は、今なお目の前に居続けている(・・・・・・)名塚さんなのだから。平たく言えば、名塚さんが二人いるのだから。

 否、目の前にいたのは名塚さんではない。ハピアの目の前にいた人物の姿が一瞬揺らめき、見覚えのある少年の姿を形作る。


「はぁー、なるほど。思い切ったな」


 下村上の固有スキルの名は、『浮気性(スキルスティール)』。効果は、他人の固有スキルの獲得。

 会ったことがある人物限定ではあるが、その者が持つ固有スキルを自らのものとして扱うことができるという無茶苦茶なスキルだ。俺の固有スキルでも、ラゼの固有スキルでも、何ならハピアの固有スキルでさえも使えるだろう。いや嘘、ハピアは激レアの『得られるが使えない固有スキル』だな。あれ、羽がないと使えないっぽいし。


 無法に近いスキルに思えるが、もちろん制限はある。

 複数の固有スキルを同時に行使することはできない。当たり前だ。それが可能になったら、いよいよゲームバランスは崩壊する。違う固有スキルを用いるときは、その度に切り替えなければならないのだ。

 そして、切り替えた固有スキルは二度と(・・・)使うことができない。

 どんな固有スキルにも手を伸ばせるが、手放した固有スキルは二度とその手に戻らない。だからこその、『浮気性』。持ち主たる下村にとっては不名誉なスキル名だろうが、その効果は名に即しているのだから面白い。


 初めて下村が固有スキルを使ったとき、あいつは名塚さんの『重力女(グラビティ)』を得た。そして、たった今まで選択肢の実質的な消滅を惜しんで切り替えはしてこなかった筈だ。

 しかし、ハピアの隙を突くために、あいつはクラスメイトが持つ『変身能力』に固有スキルを切り替えた。


 言われてみれば、煙が晴れた直後の名塚さんは、口調がおかしかった気がする。少しずつの違和感があったのかもしれないが、遠巻きに見ている俺では気付けない。ならば、近くにいたハピアはどうか。

 結論から言おう。ハピアには絶対に気付けない。


 その理由は、下村の懐に忍ばせている、一枚の羽根。

 ハピアの固有スキル『風噂』により、両翼の対応する羽根がそれぞれ通信機の役割を果たす。その片方を交錯の最中に名塚さんの懐に忍ばせることにより、名塚さんの位置を割り出していた。

 といっても通信できるのは聴覚的な情報のみ。それで本気で息を潜めた名塚さんの位置を割り出したのだから、やはりハピアの五感は異常の一言に尽きる。そりゃ斥候としても優秀なわけだ。


 しかし、対策も容易なことが弱点。まあ俺らは魔王連合の固有スキルを事前にカンニングしているから言えることではあるのだが。

 下村が得た変身能力と合わせて、羽根の位置を名塚さんから下村へと移してしまえば、ハピアは多少の違和感など気にも留めず、本気で誤認する。それこそが下村の狙いだった。


「そんで名塚さんが背後から一撃と。うっわ、えげつねえ」


 膝裏を掻っ切られたハピアの両足は、だらりと垂れ下がっている。回復魔法やポーションを使えばリカバリーは可能なのだろうが、現在、近接攻撃に用いていた両足を奪えたのは大きい。


 否、大きすぎる(・・・・・)


「おいおい、大丈夫なのかよ」


 足の自由を奪われ、近接戦闘はできない。魔法も、他の幹部の規模と比べれば劣る。本格的にハピアに負けが見えてきた。

 二人は、ハピアを追い詰め過ぎたのだ。


 ハピアが感情を空中にいる俺の方へと向けた。即ちそれは、ハピアが退却を視野に入れているということ。


 下村が俺へと頼んできたことは、二つ。

 一つは、空中に留まり、ハピアが空へ逃げようとするのを阻止すること。

 そしてもう一つは、


「いいんだよな!? 知らねえぞ!?」


 それでもハピアが空への逃亡を選択肢に入れたら、その道を空けること(・・・・・・・・・)

 これらすべてが下村たちの作戦通りなのだと信じて、俺は空中で移動する。まるで、ハピアの逃亡を見逃すと言わんばかりに。


 ハピアの表情に一瞬の疑念が(よぎ)るが、それを振り払い、飛び立たんと翼を翻す。

 俺を見て。

 下村上という人物から、一瞬意識を外した。


「――――は?」

「あー……。いやマジで…………?」


 謎が解けた。すべての謎、とまではいかないが、だいたいの謎が解けた。

 どうやって今、下村はハピアに一切気取られることなく距離を詰めることができたのか。


 そして、下村の度を越した方向音痴が悪化している理由も。


 あいつに一度聞いたことがある。道に迷ったとき、脳内では何を考えているのか。


(えー、分かんない。大体いつも考え事してる)


 下村の脳内が一つのことで埋め尽くされたとき、あいつは無意識下で歩き続け、道に迷う。考え事のせいで今まで来た道も覚えていないから、道に迷う。

 下村はアホだから、脳内が一つのことで埋め尽くされると他の情報をインプットしなくなる。アホだからありとあらゆる事柄に疑問を呈し、迷子が頻繁になっていく。

 そして、それは、この世界に来てから更に悪化した。


 脳内にあるもの。意識、雑念、感情を極力消し去り、動く。

 それはまさしく、俺もよく知る概念。


「疑似的に『亡獄』発動してるとか、分かるわけないだろ……」


 勇者流剣術奥義とかいう大仰な形容をされた、攻撃に込める殺意を消し、敵意を消し、感情を消し、相手に悟らせない技術。

 下村はアホで、一つのことしか考えられないから、何故か奇跡的に亡獄のルールに指がかかっているのだ。

 じゃなきゃ、おかしいだろう。普通に考えて、迷って室内から室外に出る(・・・・・・・・・)とか、超常の理屈が通ってなければ起こり得ない。無論、そんなことは俺たちがいた元の世界では起こせない事象。


 つまり、この世界には『亡獄』を可能にしている『何か』が存在している。

 その法則が何かまでは、分からないが。


 無意識下で下村が発動した亡獄により、傍目からはワープかのようにも見える挙動が可能になる。下村の特化型スピードを伴って、ハピアの懐へと入り込む。


 下村の火力では、恐らくハピアは止められない。疑似亡獄とかいうとんでもない芸当を身に着けたとはいえ、そこは揺らがない。

 何故なら、下村のステータスは名塚さんと違って、暗殺者ビルドではないから。

 しかし、下村のステータスは名塚さんと違って、暗殺者ビルドではないからこそ、なのだ。


 時に、ゲームで頻出する『ジョブ』あるいは『職業』という概念を知っているだろうか。

 一般名詞としての意味とは違い、ゲームによってはジョブを設定することにより、ステータスの伸び方だったり、覚えるスキルだったりに違いが出る。プレイヤーを差別化するファクターとして、よく採用される要素だ。


 この世界はゲームを舞台にした世界である。恐らくファンタジーを舞台にしたRPGが下地になっているのだろう。

 だが、この世界に『ジョブ』という概念は存在しない。一般名詞としての意味しか持たないその言葉には、ステータスやスキルを操作する力を持たない。

 名塚さんのことを『暗殺者』などと形容していたのも、基本的に隠密で敵に接近し、致命の一撃を狙う基本戦術を、分かりやすく例えているだけだ。


 だが、もしこの世界にも、『ジョブ』と呼ばれる概念が存在していたとしたら。

 下村上という男の肩書は、ジョブを以て、きっとこう呼ばれることとなる。


「なっ……!?」

「じゃあね、天翼姫ハピア!」


 ――――『盗賊』、と。


 ハピアとしては認識できないほど唐突に起こった一瞬の交差、しかし本人にはダメージなし。ハピアは風魔法を展開し、空中にいる俺の傍らを通過して、空の彼方へと飛び去って行く。


 一方、飛び掛かりが空ぶったかのように、下村は地面へと身を引きずってスライディング――――する前に名塚さんに抱えられた。サポートが手厚い……!


「いいんだよな? ハピアは放置でいいんだよな?」


 頼みは全部昇華させたと判断し、どんどんと距離を離していくハピアをスルー。俺は地面へと降り立ち、下村たちへと駆け寄る。

 力なく座り込む二人だが、命に関わる怪我は増えていないようだった。何やら満足気な表情を見て、俺は胸を撫で下ろす。


 そうして落ち着いて目を向けた先、名塚さんが色っぽい目で絡みつく下村の腕……じゃなくて手には、


「羽根……?」

「どうよ、汚名返上っしょ」


 一枚の折り曲がった羽根が握られていた。


「それってもしかして」

「うん、多分シュカに連絡する用の羽根」


 言われてみれば、納得できる。

 ハーピィという人間とは明確に違う種族故にピンときにくいが、俺たちで言うと『特定の産毛が通信機になります』と言われているようなものだ。そう、覚えていられない。

 ましてやハピアに固有スキルが備わったのはつい数日前。使い慣れてもいないのに、特定の羽根をいちいち記憶するのは困難だろう。だからこそ、一番重要な羽根――――魔王シュカと繋がる羽根は、何か目印をつけておく必要があった。


「だからまあ、一番目立つのがこの羽根だったし、これなんじゃないかな?」

「なるほど。根拠がゼロなことを除けば完璧だな」


 アホな下村にしては珍しく頭を使っていると思ったが、肝心の根拠に関してはまさかの勘だったらしい。こうでなくちゃな。


 だが、準戦闘要員が魔王連合幹部の足止めを果たし、推定シュカとの通信機を奪ったとなれば、大金星と言っていいのではないだろうか。

 恐らくシュカの居場所は、ラゼの固有スキルによって変わっている。しかし、ハピアの固有スキルがあれば逐一連携を狙うことは可能だろう。それを阻止したのだ、実際汚名返上と言っていいんじゃなかろうか。


 それに、だ。推定シュカに繋がる羽根が、俺たちの手元にあるというこの状況……。

 鏡がないから分からないが、我ながら悪い笑顔が浮かんでいる気がする。


「なーんか悪用できる気がするんだよなぁ……」

「どうやって?」

「いや、ぶっちゃけ分からん。言ってみただけ」

「ユズってなんだかんだ僕と同レベルの賢さだよね」

「お、喧嘩か? 糸目つけねえぞコラァ」

「オッケー、この前の決着をつけようか……腐った柑橘くん?」

「ふふ、ふふふふふふふ、ふ……」


 メンチを切る俺と下村。そしてその傍らで腕を組む名塚さんは、やたらと上機嫌に笑っていた。なんか俺の知らない間にフラグが立ったんだろうな、怖ぁ。



☆名塚のナイフ

ロマン星人インドアくんと、呪術師の()による合作。刺したり斬ったりした相手に麻痺の呪術が与えられる。

他の武器にこれを実装しない理由は『仕様』の一言。呪術を武器に乗せて、敵に状態異常を与えることができるのは短剣カテゴリが主。

Q. なんで?

A. なんかゲームのナイフってそういうイメージあるじゃん?

ゲーム的な見栄えを優先されました。今回はクールさんではなくビューティーさんの方の意見が通った模様。


☆『風噂(エアメール)

『風の噂』って『風の便り』の間違いらしいですね。地の文では使わないようにしなければいけませんが、固有スキルの名前では普通に使います。字面がしっくりくるので。

Q. 両翼の対応する羽根とか言ってるけど、両翼に線対象に羽が生えてるってこと? あり得なくない? あなたの髪の毛は中心を対象に左右均等に生えているとでも?

A. うるせえ黙れゲーム的仕様だっつってんだろ


☆カチ割り大車輪

ハピアに手出しはしたくないけど作戦会議する時間は欲しかったユズが編み出した、いつも通りぶっつけ本番の新技。挙動は大体コンカ○セ。殺意ガンギマリ状態のユズじゃないとさすがに失敗する。食らうと三半規管へのダメージと落下の衝撃でしばらくまともに立てなくなる。なお本人は気合で耐えている。なんでだよ。


☆変身能力

Q. 何で下村はハピアの前で能力解除したの?

A. 『変身した偽物』ということが疑われたと本人が感じた(・・・・・・・)時点で能力は強制的に解除されるデメリット持ちなので……。


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