第十八話 ユズと、二巡目
お待たせしました。八月中になんとか投稿できました。ギリギリセーフ。
一巡一話のペースで終わらせようとすると文字数がとんでもねえことになりますね。どうぞよしなに。
「幼稚園くらいの時に見てたアニメにさ、人魚の『うろこちゃん』ってキャラが出てたんだけど、小路は覚えてる?」
「どういう連想したかは察しつくけど、果たしてそれは今言わなきゃいけないことかな?」
「あれさ、本当は『鱗ちゃん』じゃなくて『虚子ちゃん』って書くらしいよ。怖くない?」
「絶対よくある都市伝説だし、果たしてそれは今言わなきゃいけないことかな!?」
駒形小路は、幼馴染の海原かもめの発言に対して叫ぶ。
それ自体は、小路がかもめに振り回されているだけの、いつも通りの光景。しかし、とてもいつも通りとは言えない状況の渦中に、彼らはいた。
陸地に突如発生した『海』。適当な布を巻き付けただけの手で、必死に氷のボートのパドルを漕ぐ小路。風魔法で浮遊しながら、水面に手を突っ込んだ状態で固まるかもめ。そして、
「想像以上に粘りますね」
「来るよ、ロガルっ!」
「ガルルルルラア!」
海歌姫セレンの手の動きに合わせて、水面が一部だけ大きく突出し、水面を突き破ったかのように水の塊が浮き上がる。それは球の形を成すと、かもめに向かって発射された。
その進路を防ぐように小路がボートを動かし、ボートの刃狼将ロガルが水の砲弾を叩き落とす。
セレンの攻撃を、ロガルがひたすらに防御する。一方的な防衛戦が、続いていた。
ボスモンスターのポテンシャルを持つロガルとはいえ、未だレベルは35。魔王軍幹部を単騎で相手取るには心許ない。
なにより、圧倒的に相手に地の利があることが問題だ。
海歌姫セレンが得た固有スキル、『母成海』。
セレンが魔力で囲んだ範囲の陸地を、強制的に海へと変換するスキルである。発動さえしてしまえば、どこであろうと地の利を得ることができる。セイレーンにはうってつけのスキルである。
更に、このスキルで生成された海水はすべて、セレンの意のままに操ることができる。一度生成してしまえば、水魔法のような芸当が無限にできて、魔力の消費も必要ない。
今はかもめの水属性魔法で強引に水面を抑え込むことで下からの攻撃を防いでいるが、それがなければ一瞬にして小路とロガルは海の藻屑だ。
無法のような強さを誇るセレンの『母成海』だが、一応、欠点のようなものも存在する。
一つは、そもそも『陸地で魔力を囲う』ことに、相応の魔力を消費し、魔力操作の才を必要とするという点。水属性魔法をかもめに封じられたセレンは、その潤沢な魔力量をもって、自分を中心とした魔撃を円形に照射して解決していたが、誰にでも可能なものではない。
もう一つは、海に変換した範囲を広げられない点だ。
範囲を広げるためには、もしくは新たな範囲を海に変換するためには、既に海に変換している範囲を一度陸に戻す必要がある。そして、それは地上を自由に行動できないセレンにとっては致命的な隙になる。空中を自在に移動できる『フローター』が破壊された今は猶更だ。
海の再生成がノーリスクでないのなら、海に変換された範囲から逃げてしまえば、比較的に対処は楽になる。少なくとも、地の利は対等になるのだから。
にも拘わらず、海から脱出せずにどうにか氷のボートで攻撃をしのいでいる理由は、たった一つ。
「せめて檻さえどうにかなれば……」
周囲を見渡す小路の視界では、高速で循環する海水によって形を成す檻が、海を覆うように生成されていた。
元の世界では、ウォータージェットと呼ばれていた技術だ。試しにパドルの先端を当ててみたら、かもめの魔法で生成された頑丈な氷が一発で木っ端みじんになった。
フィジカルは弱いかもめ、低レベルのロガル、非戦闘要員の小路では、この檻を安全に突破することはできない。かもめの魔法を用いれば可能性はあるが、その瞬間に水面から大質量の攻撃が襲うだろう。
「ぐる、ぐるるぅ……」
「ごめんね、ロガル……マズい、限界が近い」
ボートの上で、傷だらけのロガルが荒い息を吐く。
かもめは今、全滅を免れるための唯一の屋台骨だ。そのかもめを集中的に狙うセレンの攻撃を一身に受けて防いでいるのは、ほかでもないロガルである。セレンの猛攻を受け続け、如実に体力が消耗していくのが分かる。
小路に支給されていた『野園印の超回復ポーション』と『野園印の回復ポーション』は、既に2本ずつロガルに使用してしまっている。それでも傷だらけになるほど、セレンの固有スキルによる攻撃性能がすさまじいのだ。
「かもめちゃん! ウィンドウ操作できる!?」
「千手観音デビューを震えて待て!」
「無理言ったのは悪かったから遠回りな表現するのやめてくれないかなぁ!?」
かもめはまだポーションを使用していない。
否、使うためにウィンドウを操作するような隙も存在していないだけだ。ロガルへの支援は期待できるはずもない。
自分の貢献度が低い――――と少なくとも本人がそう思っており、小路は焦りを隠せない。
セレンと単独で戦うにはレベルが十分ではなく、加えて泳げないロガルにとっては地の利も最悪に近い。さらに本領も発揮できない状況にあるときた。このままでは確実に押し負ける。
せめて周囲を取り囲む檻さえどうにかなればいいのだが、小路ひとりでは無理だ。セレンを退けるには、一手足りない。
だが、
「ヒュハハハハハハッ! 状況は!?」
狂笑と共にその一手が襲来するとは、流石に小路も思ってすらいなかった。
●
この乱戦だらけの戦場、妹が乱暴されてお冠だったフラメリと、とある一箇所を除き、一番の殺意を感じたのはここだった。俺が最初にここに辿り着いたのは必然だったと言える。
出所は、海歌姫セレン。対するは、かもめとコミっちのいつもの幼馴染コンビ。対セレンの相性はかなり良かったはずだが、どうやら苦戦しているらしい。
森の区間に湖――――いや、セレンの固有スキル的にたぶん海が顕現しており、細い水流が檻のように海を取り囲んでいる。その中で、かもめは水面に手を突っ込みながら飛んでおり、コミっちはロガルを乗せた氷のボートを必死に漕いでいた。いや、どういうこと?
ともかく、セレンの殺意に充てられてテンションが高くなるのを自覚しつつ、俺はコミっちに叫ぶ。
「ヒュハハハハハハッ! 状況は!?」
その声に、驚いた顔のコミっちが振り返る。ホッとした顔に変わりゆくも、すぐに状況を思い出し、真剣な面持ちへと戻った。
「この檻がヤバい! どうにか止められない!?」
「一瞬だし広い範囲は無理だぞ?」
「問題ない! 合図出したら頼む!」
……ふむ。コミっち――――駒形小路という人物を少し勘違いしていたようだ。
常日頃からかもめに振り回されていてばかりで、少し気が弱い印象があったが、想像していたよりも精神が頑強だ。戦場であっても頭は回っている。今の僅かな会話で、迅速に作戦が立案されたのがいい例だ。
ロガルに指示を出し、かもめの精神を安定させるために戦場に出た、唯一の完全非戦闘要員たるコミっち。誰よりも恐怖していてもおかしくないが、思っていたより肝が据わっている。
木の棒を拾い、檻に触れる。木の棒が木っ端みじんになった。水圧がヤバすぎる。俺の素のステータスでも触れられるかは微妙なところだ。
ならば、アレを解禁する時だ。ウィンドウを操作する。
「逃がしはしませんよ」
しかし、俺の参戦、そして先の会話を受けて、セレンの雰囲気が変わった。水面を突き破るように水でできた巨大な腕が顕現した。長さ十メートルにも達しようとする腕は、見上げるほどに首をもたげ、ボートに向かって振り下ろす。
「でっかぁ……!?」
血相を変えて、コミっちも思わず懐の手を止める。
いやあれマズくないか? かもめはさっきから動いてないし、たぶん魔法で忙しいんだろう。でもあの腕は、コミっちはもちろん、満身創痍のロガルにどうこうできる規模感を超えている。
「おいコミっ……」
「『ガルルルルルルラァァァァア』!」
よろけながらもコミっちの前に躍り出たロガルの大音量の咆哮が空気を震わせ、空間を劈く。ビリビリとした感触が、檻の外にいる俺まで伝わってくる。
瞬間、ボートを襲わんとした腕が崩壊し、消滅した。わずかに残った海水が、水面に落下する。
「はぁ……!?」
「なっ……!?」
「えぇ……?」
「ぐるる……!?」
それぞれが思い思いの反応を声に出すが、困惑と驚愕が合わさった感情であることはこの場の全員に共通であったらしい。
いや待てよ。俺とセレンが驚いているのはまだしも、コミっちとロガル自身も驚いているのは何でだよ。なんで自分の力の出所が分かんねえんだよ。
だが断言できる。俺は確実にロガルの今の咆哮を知らない。ニンカチームで共に修行していたから、それなりにロガルの戦いを知っているが、そんな俺でも初見だ。少なくとも、固有スキルは明らかに違うものだった。
これでもロガルはティザプターやウィザリアと肩を並べる存在。やっぱりボスモンスターってとんでもない存在なんだな、ってことにしておこう。それより、俺も準備を完遂させねば。
ウィンドウの装備欄に、一度使ってからインベントリの肥やしになっていた置き土産を叩き込む。
「ユズ!」
「オーライ!」
一瞬の硬直を切り裂くように、コミっちが俺を呼んだ。
コミっちが水面に何かを投げ込むと同時に、俺の両腕を光の粒子が纏い、やがてそれは形を成す。
それは、銀色の籠手。それは、超重量の装備。それは、宿敵が遺した魂の残滓。
それは、『剛枷拳ティザプター』。
「散々迷惑かけられたんだ、ちょっとは働きやがれ」
剛枷拳ティザプターの用途は狭い。その一番の原因は、圧倒的な重量。回避主体の戦法をとる俺が普段使いするには重すぎる。ただ、俺がティザプター戦の終盤くらい殺意ではっちゃけられれば使えそうなんだよなあ。というかそれを狙ってこの重量になったのではないかと俺は見ている。気色悪い設計しやがって。
ともかく、現状の俺では満足に籠手の実力を発揮できないが、前線に出ない今なら話は別だ。攻撃力に対するステータス補正、籠手の耐久力、そして俺の固有スキル『接触』も役立つ気はしないけど一応使って、檻に手を伸ばせば、
「押し込められるッ!」
俺の両手で届く檻は数本、それでもとんでもない圧力が掌にかかる。だが、その間に確かに空間ができた。
と、同時に轟音が響き、水面が爆ぜる。爆風と共にボートが吹っ飛び、コミっちとロガルが空中に投げ出された。
一見ピンチのように見えるが、今の爆発はセレンが引き起こしたものではない。それは、非戦闘要員であるコミっちの自衛手段としてラゼから渡されたもの。大城によると、火属性の魔術と魔法工学をどうたらこうたらして作り上げられたらしい――――平たく言えば、爆弾だ。
「バカ、無茶しやがる……っ!」
こちらに向かって飛来する一人と一匹を見上げて俺は思わず毒づく。というかこれ、微調整は完全に俺任せのつもりだな? 幼馴染に隠れて分からなかったが、さてはこいつも大概ぶっ飛んだ行動をするタイプらしい。
横に歩いて位置を調整し、何とか檻の間にコミっちとロガルを通した。
ロガルを抱きしめたコミっちが久方ぶりに地面を転がる。
「ありがゲホガホッ、おえ…………」
「ぅ゛るぅー…………!」
非戦闘要員には辛い速度と高度だったためか、礼もままならないほどに、起き上がれないまま苦しそうに呼吸をする。抱かれたロガルも満身創痍だ。傷だらけの上、先程の咆哮で気力を使い果たしたらしく、コミっちの腕の中から這い出てくる様子はない。
マズいな、離脱するだけでこんなギリギリまで消耗するとは。これ、やっぱり感情が暴走するリスクを負ってでも、俺が前線に出るしかないんじゃ…………
そう考えてセレンを見やると、背後から弱弱しい声が聞こえた。
「大丈、夫」
「コミっち、そうは言ってもだな……」
「それこそ、『むうもんだい』だよ」
「む……なんて?」
コミっちの言葉に振り返り、再びセレンへと視線を戻すと――――海が、浮かんでいた。
「かはッ……!?」
「ヒュハハっ、マジで……?」
「『ウル・ハイパーアクアマリン・トレジア』」
目の前の現実味のない光景に、俺の口から思わず乾いた笑いがこぼれる。
今までアクションを起こしていなかったかもめの詠唱に応じて、地に触れて海を構成していたはずの海水が、形を保ったまま空中へと上昇していく。同時に、あれほどまでに俺やコミっちたちを苦しめていた檻も、ゆっくりと海の中に戻っていった。
海水の塊から弾き出され、セレンが海を作っていた大穴へと落下する。
「何あれ…………」
「かもめちゃんの、水属性魔法、で、セレンの、海ごと、飲み込んだん、だよ」
「いや、よく見ただけで分かるな。そんなに魔法に詳しかったっけ?」
「まさか。魔法なんて、ちっとも、分からない、よ」
俺の困惑を、地に転がったまま息も絶え絶えになりながら、コミっちは否定する。その目は、浮かぶ海の上で重力を無視したかのように立つ幼馴染に、全幅の信頼を帯びながら向いていた。
「かもめちゃんなら、それくらい、やってのける、ってだけ」
「なあ、どっから湧くんだ? その自信」
いっそ清々しいまでの妄信っぷりだ。他人にそこまで依存するって、なかなか危ないと思うんだけど、自覚とかないんだろうか。
…………あれ、もしかしてこれ俺にブーメラン刺さってる?
かつて海底だった地で、セレンは腕を動かす。だが、浮かんだ海はびくともしない。
「妬ましいほどの才覚ですね」
「ハイパー洗濯機体験」
セレンの悔し紛れの言葉に、かもめが無慈悲に人差し指を下ろした。
同時に、重力に逆らっていた海が再び大穴へと落下する。
いくらセイレーンが海に棲む魔物であるからといって、海という大質量が降り注いでノーダメージでいられる訳ではない。海と地の衝突と同時に、攪拌されるように海の中を渦巻いていく。
「――――小路とロガルをいじめる心は、わたしが全部洗い流してあげる」
「おいコミっち。お前の幼馴染、なんか日アサみてーな決めゼリフ言い始めたぞ」
「純真な心を今でも持っているのさ」
「全肯定過ぎない?」
やだなあ。今気づいたけど、コミっちへの発言、だいたい俺にとってブーメランじゃん。人のこと言えないじゃん。
しかし、妙に緊張感のない会話のなか、海中で殺意が蠢く。
いち早く気付いたらしい俺が水面をそっと覗くと、底でひとつの影が揺らいでいた。
無論、その正体はセレンに他ならない。
「見た目より頑丈じゃねーか……」
海という大質量をぶつけられようと、魔王軍幹部は耐え抜いていた。目に殺意を宿し、敵を殲滅せんと腕を振るおうとする。
本音を言うなら、かもめの一撃で仕留めてしまいたかった。なんせセレンの固有スキルは無法に過ぎる。耐久戦をした結果がロガルの現状だ。戦闘が長引けば長引くほどセレンが有利になる。
そう俺が思考するより早く、セレンが腕を振るい、海が襲い掛かる――――
「『エアル・ハイパージェット・トレジア』」
――――より更に早く、かもめの詠唱が終わった。
ルールはよく分からないが、聞いたところによると、かもめの魔法の詠唱は大幅に省略されており、出が早いらしい。その分魔力も食うらしいのだが、少なくともこの瞬間においては功を奏した。
風属性魔法の勢いに乗って、弾丸のような速度で空気を切り裂いたそれは、飛沫をあげて水面を貫通する。
そして、その勢いは死なぬまま、水中を潜り進み、海を動かさんとしていたセレンに迫る。
その正体を確認して、俺は呟いた。
「あー、そういやぶっ飛ばしたままだったな……」
剛速で海中を進む氷のボートが、セレンが咄嗟に体を翻すより早く着弾する。頭部を衝撃が襲い、今度こそセレンが気を失った。かもめくん、結構殺す気のスナイプだったね、今の。見事なヘッドショットだったよね。
しかし、気絶させることがベストだったのは確かだ。結果論とはいえ、相手を拘束しやすい状態に持っていくことができたのは最上の戦果と言えるだろう。
「さすが、かもめちゃんだ……」
なんとかロガルを抱えながら立ち上がったコミっちが呟く。
いつも通りの幼馴染主義者らしい発言ではあるが、今回ばかりは俺も素直に同意だ。異世界人で強さランキングを作ったとしたら、有吾と菊池の姉御が2トップなのは間違い無いだろうが、3番手はかもめなんじゃねーかな。戦闘の規模感から既に他と違う。やっぱ魔法っていいな。使えるだけでアドバンテージだ。
かもめが魔法を駆使して、気絶したセレンを氷のボートで掬い上げ、海中から引っ張り出す。いやボート活躍し過ぎだろ。本来の用途の他にラストアタックとサルベージを担当してますよ。
セレンが海中から姿を現し、そのまま海から引き離されたのを確認して、俺はかもめに話しかける。
「まだ、ポーション残ってるか?」
「ときめくくらいあるけど」
「……あるんならいいや。超回復の方は地味に容体がやべえロガルに使ってやって。コミっち、拘束具あるよな?」
「あるけど」
「んじゃ、セレン捕縛しちゃえ。俺は、次のところ行くから」
俺は二人にそつなく指示を出すが、一方のコミっちは、かもめにロガルを託しながらも、俺を心配そうに見ていた。
「ユズは大丈夫なの?」
「ヒュハハ、心配すんなって」
「そうは見えないんだけど……いつ突っ込もうか迷ってたんだけど、その首のやつ何?」
「あー」
俺はもうこの短時間で慣れたけど、人の首から赤い電撃が迸っているのは異常だな。うっかりうっかり。
ともあれ、呪いの大きさはあまり変化が見られない。実際、俺もセレン戦では消耗していないし、そもそも大したことをしていない。戦闘スタンプラリーはまだ続行だ。
「まあ、広い目で見れば得な状態だから……」
「広い目で見ている時点で、損得を土俵にするべきじゃないと僕は思うんだけど」
ごもっともだが、実際メリットもあるのだから仕方がない。俺が言うことじゃないけど、フラメリも運が悪いな。俺以外が呪われていれば、望んだ効果が覿面だっただろうに。
「まあ、実際戦えるから心配すんな。セレン捕まえたら、二人はアネモネさんのところに戻りなよ」
「……分かった」
「んじゃ、行ってくる」
かもめはまだまだ余力を残しているようだが、コミっちとロガルは今自衛手段をほとんど持っていない。狙われたら今度こそ危険だし、かもめの力が必要だ。全員で退いてもらうのが最善だろう。
「ユズ!」
そうして踵を返して走ろうとしていた俺の背中に、声がかかる。
「本当にありがとう! その……無理すんなよ!」
「ハイパー燃えてけ」
コミっちと、たぶんかもめから飛んできた感謝と激励に、俺は思わず振り返る。
本当に大して働きがあったわけではないんだが――――救えて、何よりだ。
「おう! そっちも気をつけてな!」
俺は笑って、その場を後にする。
さーて、次の殺意は、と…………。
●
結果的にユズは、セレンをかもめとロガルに任せて、他の戦場へ赴くことを優先した。
その選択が正しかったのかどうかは、様々な見方があるが故に、一意的に決まるものではないだろう。
しかし、ユズがこの場にいたら起こり得なかった事象が存在することは、明らかである。
小路は今、インベントリを弄っている。ラゼから支給された件の拘束具を探していたのだ。
かもめはまだ、ロガルにポーションを与えている最中だ。峠は越しているが、そこそこの重症であったが故にポーションを飲み込む速度が遅く、想定以上に治りが遅くなっていた。なお、経口摂取ではなく直接身体にかければよいのだが、かもめは『ロガルの水を飲む姿がかわいい』しか考えていないため、ひたすら飲み口をロガルの顔面に近付けていた。我欲の強い女である。
「あ、あった」
ようやく目当てを見つけた小路が、次元の穴から錠を受け取る。
見た目は普通の手錠だが、魔法工学と呪術をどうにかこうにかして、全身の動きを制限するらしい。大雑把な理解だが、この場にいる二人ともが、生産職のクラスメイトたちの話をまともに理解していなかったため仕方がない。
「ハイパーインモラル」
「やめてよ……」
手錠を片手に、小路が目を閉じているセレンに歩み寄る。相手は下半身がヒレの魔物とは言えど、現実世界で人に見つかれば通報されそうな光景だ。
そして小路は、ボートに横たわるセレンの両手に触れようとして――――
「うぉぇ゛…………っ!?」
――――数メートルもの距離を吹っ飛ばされて初めて、小路は自分に衝撃と痛みが襲っていることに気付いた。
原因は、海歌姫セレン本人である。ユズがその場を離れた直後に覚醒したセレンは、自身が拘束されようとしていることに気付き、この状況を突破する隙を疑っていた。
そして今、小路が極限まで近付いたタイミングで、ヒレで叩きのめしたのである。
もしこの場にまだユズが留まっていたら、殺意の高まりを感知して、セレンの覚醒に気付いただろう。しかし、この場にユズはいない。セレンに先制攻撃を許したという事実のみが、そこにはあった。
「小み――――」
「『ウル・トレジア』」
かもめが小路へと意識を向けた瞬間には、既にセレンは詠唱を終え、魔法は発動していた。
地面から水の腕が這い出て、セレンの全身を掴む。そして、遥か遠くへとぶん投げた。
かもめの固有スキルである『超魔適正』の使用は、自動ではなく手動だ。相手が自身と同じ属性の適正を持っていたとて、かもめが固有スキルを使用しなければ魔法は奪えない。
セレンは海原かもめの固有スキルの仕様を、そして人物像を大まかに把握していた。
固有スキルが使用される前に詠唱と発動が完了すれば、水属性魔法であっても問題なく使えることを察した。そして、かもめの隙を突くためには、駒形小路を利用するのが一番だと察した。
かもめが吹っ飛ばされた小路に意識を向けた瞬間、セレンは時短させて魔法を発動させた。即ち、詠唱を省略したのだ。
魔法使い海原かもめの真骨頂。それをまるで意趣返しかのように使われ、かもめはまんまとセレンを取り逃がしたのである。
「小路!」
「ぐるるるぅ!」
「だ、大丈夫……」
ロガルを抱え、かもめが小路へと駆け寄る。
セレンのフィジカルがユズたちほど強くなかったのだろう、幸いにも小路の命に別状はないようだ。多少HPの減少はあれど、ロガルに与えていたポーションの余りでも十分回復できる程度。
しかし、戦果への影響は大きい。
「ハイパー腹立つ……」
遥か空の彼方で、既に見えなくなったセレンを見上げて、かもめは唇を噛んだ。
それはマイペースで、小路以外の他人の存在を重視しないかもめとしては珍しい、悔しさという感情だった。
「ねー小路、戦犯じゃんけんしようぜ」
「全面的に僕が悪かったってことでいいから、なんというか、もう少しテンポ抑え目にしない!?」
されど、幼馴染をからかうことは、忘れない。
Q. セレンさん、なんか魔王軍幹部の割に弱くない?
A. セレンは、フローター使って上空の安全圏から水属性魔法を、地面から固有スキルの海攻撃、とかいう上下溺死大パニック作戦が主な戦法なんですよ? 半分を完封されてもユズが割り込むまで互角以上に戦ってたんだし、よくやった方でしょ。
『母成海』
数千年以上も前、この世界は海に覆われていて、『海底』の概念を除き、陸地というものは存在しなかった――――ということになっている。なんせこの世界において重要なのはクールとビューティーが勝敗を決めるためにキャラクターをシミュレートさせている数百年前の初代勇者魔王時代以降であり、それより前は世界五分前説的な感じで設定として存在しているだけなので…………
なんにせよ、この固有スキルは陸を、強制的に母なる海に時代を戻すスキルである。何でその海水を自在に動かせるのかって? 何でだろう……?
字面はあまりカッコよくはないけど、作者的にスキル名はメチャクチャお気に入り。水泳に詳しくなさ過ぎて作者の中でボルチェンの親戚感が強いのが問題だけどね。これがミーム汚染……?
『?・??』
刃狼将ロガルが???????の記憶を取り戻したことで解放された一部のボスモンスター専用の特殊スキル。だが、訳あってロガルは解放した瞬間の記憶を消去されている上、ソウは特殊スキルの存在を知ることもできないため、実質的な失伝状態にあった。だが、セレンの海水の腕を破壊するために無意識に特殊スキルを使用することに成功する。
なお、???????の記憶を取り戻すことはクールもビューティーも予期していなかった事態であり、現在もその条件は不明であるため、実質的なバグ技に近い。
現在、特殊スキルが解放されているボスモンスターは、ロガルを含めて4体。その内の1体は、つい最近死ぬ直前に解放されたため、今は実質3体だけである。




