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第十一話 同時上映八本立て

前回までの真幌義心桜!


あたし、真幌義心桜! 正真正銘、底辺なろう作家未満!

ある日、星のカービィディスカバリーの第一報が嬉しすぎて、勢いで第十話を投稿したの!

でも、第十一話を投稿するまでに、ディスカバリーが発売して、グルメフェスが配信されて、Wiiデラックスの発売まで、残り一週間にまでなっちゃった!

離れていく読者、Twitterアカウントのパスワード忘却、今回ユズ君が出ない、圧倒的二万字越え…………

しかも、リハビリで投稿した短編が、全っ然伸びないなんて!

これからあたし、どうなっちゃうの~!?




僅か一握りの、拙作を楽しんでいただいている読者の皆様。一年半も投稿が途絶えてしまい、大変申し訳ございませんでした。恥ずかしながら、復帰いたしました。

これからも、拙作をよろしくお願い致します。どうぞよしなに。

 

 ユズと、闘鬼王ガオウの接敵。

 同時に、他数ヵ所においても戦闘が始まろうとしていた。


 否、既に戦闘は始まっている。


 ●


 たった一度の剣の交わりで、双方共に、これが決して気の抜けない戦いであることを本能的に理解する。

 しかし空中においては、明確に片方に軍配が上がるようだ。


「ブチ飛べェ!」


 風魔法で空中を自在に浮遊する鈴木(すずき)有吾(ゆうご)が、剣を力任せに振り抜いた。


 ソウからの前情報により、魔王ヴィランが風魔法を得意としていないことは知っている。

 恐らくはヴィランの方が格上。しかし、空中においてのみ、その力関係は逆転する。


 重力という物理法則に従って落下する魔王ヴィランを見下ろした。


 一口に魔法と言えども、それぞれの属性への評価は差がある。特に風属性への適正は、より重く捉えられることが多い。

 何故なら、単純に風魔法は空中浮遊が可能だからだ。戦闘において高所を取るということは、戦局を有利に進められることと同義と言ってもいい。


 だからこそ、魔王ヴィランは空中の相手の対策を怠らない。


「『クル・トレペオ・リネ・《魔縛(アリアドネ)》・トレジア』」

「あァ!?」


 魔王ヴィランが向ける剣の切っ先から、凝縮された影が線となって伸びる。

 影は、地上へ道連れにしようと足首に巻き付いて離れない。ヴィランの落下に伴い、有吾も引き摺られるように地上へと降り立つ。


「ッのォ……!」


 着地の全衝撃を捕らわれていない片足で受けきった有吾は顔をしかめる。

 一方で、先に着地していた筈のヴィランは、衝撃を分散していたようだ。


 彼の背から幾本もの影の線が地面に突き立てられている。まるで触手のように蠢くそれは。

 話には聞いていたが、実物を見たのは初めてな有吾は目を見開いた。


「闇魔法……とか言ったかァ?」

「ほう、知っているか」


 ヴィランは心から意外そうな表情をして、突き立てた闇魔法の触手を地面から引き抜く。


「俺のような新参魔王のことなど、出回ってないと思っていたんだがな」

「まァ、あれだ。うちの情報網ナメんなッて話だ」


 魔法の属性。そのうち代表的な火属性、水属性、風属性、土属性の四つは、種族を問わずに使用することが可能だ。

 例外的に、ごく僅かな才能を持つ者のみ、回復魔法を使うことができる。


 だが人間と魔族には、それぞれもう1つ、属性が存在する。

 それが、人間のごく一部のみ使用できる光属性、魔族のごく一部のみ使用できる闇属性だ。


「鬱陶しィんだよォッ!」


 そう叫びながら、有吾は大きく足を振る。ヴィランの剣から伸びる闇の触手が、勢いで千切れていった。


「闇魔法を、引き千切った?」

「あァ? 絡み付いてきてンなら、引き千切れるに決まってンだろがァ」

「……ふむ」


 その言葉に呼応して、闇の触手が再び豪速で動き出し、有吾の身体を貫かんと荒れ狂う。

 間違いなく致命の一撃。ましてや魔王の攻撃など、まともに対処することも命を危うくする可能性もある。


「チィッ!」


 咄嗟に横に飛んだ有吾が数秒前まで踏んでいた地面に触手が突き刺さり、ひび割れを起こした――――しかし、それでは終わらない。

 十を越える触手が地中を掘り進み、有吾の背後の地表を隆起させ突き破って、衰えのない速度をもって有吾へと再び迫った。


「マジかよォ!?」


 もはや攻撃の方向は、一切の予想を許さない。

 全方位から、触手が迫り来る可能性がある。


(さァて…………)


 しかし、それを把握した有吾は、瞬時にそれを打開すべく最善の策を――――


(どォすりゃァいいのか、全ッ然分かんねェ!)


 ――――編み出せないでいた。


 鈴木有吾とは、基本的に成績優秀、頭の回転も早い人物だ。

 だが、この異世界ワールド、そしてファンタジックな要素も織り混ぜた戦闘という現実からは大きく乖離したこの状況において、鈴木有吾の脳内は途端に柔軟性を失う。


 地頭の良さがあってか、戦闘中であっても思考は高速で回る。なのに、そこからより良い策が一向に導き出されない。


 彼が()()()()最も苦手とすること、それは駆け引き。

 戦況を有利に運ばせるために、如何なる自分の手札を切るか、そして切らないのか。そういったことを一度考え出してしまうと、もう止まらない。


 しかし今、彼は珍しく思考を手短に切り上げた。


「分かんねェッてンなら仕方ねェ、出し惜しみは無しだァ」


 有吾は触手に対して、回避ではなく迎撃の姿勢をとった。

 剣を振り上げ、その言葉と共に触手に向けて振り下ろされる。


 その言葉と共に。


「『光像(ライティール)』ゥ!」

「……ふむ?」


 魔王ヴィランの目が眩み、白色の視界がゆっくりと鮮明になる。

 そして、目撃した。


「成る程。お前も、そうなのか」

「……まァなァ」


 有吾の持つ剣の刃が眩く輝き、闇の触手のうち数本の先端を、見事に切断していた。

 触手の先端は地に落ち、ゆっくりと虚空に消えていく。


 鈴木有吾の魔法の適正は、ラゼと同じ五属性。しかも、基本の四属性に加え、あのラゼさえも持てなかった光属性魔法への適正を持つ。


 回復魔法以上の希少性を持つ光・闇属性。その性質は、単純な明暗を操る程度の能力ではない。

 他の属性よりも明らかに異質。


 光属性の性質は、魔族へのダメージ増加。

 闇属性の性質は、人間へのダメージ増加。


「これで()()()()()()()()というわけだ。無駄な戦闘だと思っていたが、なかなかどうして、面白い」

「はッ。俺ァ、ちッとも面白くねェよ」


 光の剣と闇の触手、相反する属性の二人が改めて向かい合った。


 光属性使いという希少な存在に出会えたことで、ヴィランは僅かに口角を歪ませるが、対照的に有吾は悪態をつきながら息を吐く。


 その反応は真逆のものだが、剣を構えるのはほぼ同時。


「俺の名は、魔王ヴィラン。人類の(ヴィラン)として、お前を倒して、ラゼ・カルミアを追わせてもらう」

「ユウゴ・スズキだ。ユズの信頼にかけて、テメェは通さねェ。とッとと帰ンな」


 ――――鈴木有吾VS魔王ヴィラン。

 戦場は、激化する。


 ●



「はーっ、はーっ……!」

「彩香ぁ、マジで大丈夫?」


 土砂の氾濫が終わった直後、木の幹を背に膝を抱え、荒い呼吸をしながら震える少女と、目線を合わせて心配そうに見つめる少女がいた。


 ――――矢崎(やざき)彩香(さやか)という少女は、内向的かつ臆病な性格だ。

 そしてその臆病さは、間違いなく戦いに向かない。

 それが菊地(きくち)玲奈(れな)の、忌憚なき本音である。


 そして、それは首領たるラゼ・カルミアも同じ考えだった。


『サヤカ。最後にもう一度聞くよ。本当に戦えるんだね?』


 思い返すのは、つい数時間前の会話。

 基本的にラゼは、戦いたくない者を戦場へ駆り出さない。それは、ユズを牢獄迷宮に送ったときから揺らがない前提であるようだ。

 だからこそ矢崎に対して、ラゼは何度も意見を聞いていた。


 しかし彼女は、


『…………はい』


 暫し黙ると、彼女はまた横目で()を一瞥し、戦場へ赴くことを了承した。

 そして、菊地は知っている。その一瞥の視線の先には、江口(えぐち)精一(せいいち)がいることを。


 矢崎彩香が臆病であるということは、クラスメイトの誰もが知っている。

 だが、その臆病さは何というか、精神が幼少期から止まってしまっているかのような……そんな歪さが垣間見えるのだ。


 彼女が幼少期に何かトラウマを負っていること。それに何らかの形で、幼馴染である江口精一も関わっていること。それが原因で、今のような二人の良好とは言い難い関係が出来上がったこと。

 菊地が矢崎の過去について知っているのはそれくらいで、それ以上を言及するつもりはない。


 しかし矢崎の過去がどうあれ、たった今動けないという事実の方が重大だ。

 魔王連合との真っ向対決である現在、戦えそうにない者がこの場にいるのは非常に危険だ。


「変に励ましたりするの、マズかったかな……」


 実際のところ、矢崎の実力が他のクラスメイトより劣っているとは思わない。精神的に実力を発揮できないだけだ。

 だからこそ、菊地は『彩香なら大丈夫』と花を愛でるかのような言葉をかけた。


 彼女の中で、その言葉が少しでも決断の一助になったのならば、責任は自身にもあると菊地は考えた。

 実際には逆効果だったのだが。


 そして、非常に悪いタイミングで、それはやって来る。


「――――来た」

「おや、気取られるとは」

「ひっ!?」


 重力に縛られていないかのようにゆっくりと地上に降り立ったのは、コウモリのような翼と、角を持った少女。

 事前に敵勢力の見分け方は聞いている。たしか翼と角が赤ければ姉のフラメリ、黒ければ妹のサティスだ。


 そして、翼の色は――――黒。


【呪魔姫サティス Lv.64】


「彩香、下がってて」

「我が主の御意向ですので。御観念願います」


 懐の槍を構えるサティスを前に、そっと矢崎に後退を促し、再び視線を戻す。


「『エアル・トレペオ・カルヴェ・マシュマロ・トレジア』」


 事前にソウ(とインドア)から聞かされていた情報がある。


 宗教やら神話やらで違いはあるが、悪魔とは、人間を誘惑し、堕落させる存在であるという認識が世間一般では強めらしい。

 そして、現実世界に向けて作成されたこのゲームにおいても、悪魔は同じような存在なのだそうだ。


 要するに悪魔は、相手の感情の掌握することに長けている。

 しかし、この世界において、感情は呪いを生むのだ。


 呪いと呼ばれる概念は大昔からあれど、それを操り、呪術として用いたのは、悪魔という魔物が初めてなのだという。


 そして、サティスという悪魔に与えられた2つ名は――――【呪魔姫】。

 これが意味することは、たった1つ。


「ッ!」

「わっ!?」


 サティスが息を吐き出すと共に、槍が突き出される。

 菊地は反射的に飛び退く。だが、リーチの長さこそが槍使いの真骨頂。攻撃に反応してから後退したくらいでは、射程圏内からは逃れられない。

 その穂先は、菊地の体を貫かんとして――――寸前で停止した。


「?」

「やぁっ!」


 一瞬の隙を突き、杖を媒介にした魔撃が射出された。

 魔王幹部と言えど不意打ちをノーダメージに押さえることは出来ずに、衝撃によりその細い体を吹き飛ばされる。


「ふむ……あ」


 それでもサティスは羽ですぐさま体勢を立て直し、涼しい顔で服に付着した砂埃を払う。

 先程の不可思議な槍の反射のからくりを解明するべく、探るような視線を菊地へと送り――――ふと何かに気付いたかのように、目線を後方へと向けた。


 赤色が風を切り、轟音と共に迫り来る。


「うちの妹に、何してるッ!?」

「うわ!?」


 その赤色は、サティスのすぐ隣を通過し、妹煩悩な言葉を発しながら、菊地の杖に着弾した。

 羽を翻して、もう一体の悪魔が戦場に降り立つ。


【炎魔姫フラメリ Lv.71】


 意趣返しとばかりに後方に吹き飛ばされた菊地に、赤い悪魔が歩み寄る。


 魔王シュカの幹部、フラメリについて菊地が聞かされていることと言えば、火魔法と呪術を自在に扱う恐ろしい手合であること。そして何より、魔力適正が高い菊地が()()()()()()()()距離から一瞬ですっ飛んできた性格と、それを可能とした実力。


 ただでさえ十二分に気を引き締めなければならない相手だが、更に最悪な理由がある。


「よくもうちの可愛い妹を吹き飛ばしてくれたな。骨まで焼いてやるよ」


 妹が関わること全てに対する、怒りの沸点の低さ。

 そしてその相手が、徹底的に菊地一人だけを狙っていることこそが最大の問題だった。


「サティス、そこの怯えてる子を連れていきな。お姉ちゃんはこの女を()るから」

「分かっ――――承知しました。フラメリ様」

「むぅ、そんな他人行儀じゃなくていいのに」

「今は違う魔王に仕える者同士ですから」


 そうすげなく返すと、サティスはうずくまる矢崎に近付く。


「――――ひ」

「逃げて、彩香!」

「余所見してる余裕、あんのかよ?」


 駆け寄ろうとした菊地の眼前に、再びフラメリが躍り出る。

 体内の魔力が集結する片腕を掲げ、菊地へと突き出した。魔方陣が腕を囲う。


「『メラル・トレジア』」

「……っの!」


 詠唱を簡略化した魔法は、消費魔力量に対して威力が落ちる。この世界における、魔法の基礎である。

 しかし、その簡略化された魔法の規模とは思えない大炎が、視界に広がる。


()っつ……!」


 サティス用に事前に打っていた対策と、土壇場でフラメリに放った魔撃のお陰で、どうにか直接身体を炙られることはなかった。

 だが、それでも立ち込めた熱気は防がれることなく、菊地の体内の水分は汗となって、滴り落ちる。


 しかし、自分のことを気にしている余裕が、お人好しの菊地にはなかった。


「彩香ぁ!」


 視線の先には、いよいよ数メートルという距離まで近付いてしまったサティスと矢崎の姿があった。

 菊地の言葉に、なんとか矢崎は座り込んだまま槍を構えるも、槍先は頼り無げに震え、狙いが定まらない。

 何より、素人目で見ても、その槍を突き出す勇気さえもない握り方に見えた。


「命を落とすことに並々ならぬ御抵抗がある様子なので。一撃目は、急所を外しましょう」

「う、うぇ」


 喉から漏れる、嗚咽。涙に濡れた矢崎の顔に、絶望の色が差す。

 サティスの操る槍が、儚くも矢崎の槍を叩き落とした。


「逃げ――――」

「それでは」


 菊地の叫びをかき消すような、非情な宣告。

 僅か数秒に満たぬ時間稼ぎに終わった矢崎の足掻きは――――


「《夜行視線》っ!」


 ――――実を結んだ。


 まるで()()()()()()()()()が、文字通りサティスの眼前へと迫る。

 生物が持つ根元的な反射により、サティスは腕でそれを防いだ。


 だが被害は極小。サティスは、腕に跡が残る程度の負傷しかしていない。魔撃の規模としても小さいくらいだ。虚仮威(こけおど)しと言っても過言ではないだろう。

 しかし、顔を狙った攻撃を腕で防いだということは。


 即ち、視界を奪ったのと同義。


「私の生徒を、泣かせたな!」


 次にサティスが見たのは、立ちはだかる壁。

 壁が、迫っていた。


「きゃぁっ!?」


 異世界人唯一の大人にして教師、金崎(かなさき)大五郎(だいごろう)の大盾が、サティスの華奢な身体を()ね飛ばす。

 金崎が矢崎の前に出ると同時に、金崎と一緒に行動していた佐倉(さくら)咲良(さくら)が、へたり込む矢崎に駆け寄った。


「彩香ちゃん、大丈夫!?」

「ひいぃぃぃぃぃん!」


 安堵もあってか泣き崩れる矢崎。


 そして、対照的に、怒りのままに語気を荒げる者もいた。

 フラメリの体内の魔力が加速し、身体は紫雷のようなオーラを纏う。


「てめぇ、よくもサティスを!」

「『ウル・トレジア』!」


 金崎に突っ込まんとするフラメリの進路を、突如現れた巨大な水の砲撃が阻んだ。


 フラメリが振り返ると同時に、接近した菊地の魔撃が炸裂する。


「クッソ邪魔だぁ!」

「今度はこっちが食い止める番っ!」


 サティスへの道を遮るように立ち塞がり、杖を構える菊地を、金崎は一瞥する。


「先生!」

「菊地…………」


 金崎は一度視線を外し、負傷はしているものの問題なく起き上がったサティスを見る。そして、背後にいる佐倉と、矢崎を見下ろした。

 そして、心底悔しそうに歯噛みをした後、菊地に向き直る。


「こっちは何とかする…………そっちの悪魔の相手、頼めるか」

「もちろん!」


 その言葉と共に、戦場は二分化される。


「どいつもこいつも小癪な真似しやがってよ! まずはお前からだ。風魔法の全身防御ごと、蒸発させてやる!」

「げ。バレてる……」


 ――――菊地玲奈VS炎魔姫フラメリ。


「御加勢ですか。武装し甲斐がなかったので、ちょうどいいです」

「生徒に与えた恐怖は、倍にして返させてもらうぞ。佐倉、サポート頼む」

「はい。先生の望みとあらば」


 ――――金崎大五郎&佐倉咲良&矢崎彩香VS呪魔姫サティス。


 戦場は、混乱の一途を辿る。


 ●


 曲線を描きながら(そび)える土の壁に、裏拳をお見舞いする。

 ニンカの膂力を持ってすればボロボロと崩れ去ってもおかしくない土の壁だが、恐らくヒビが入った程度で、今尚存在していた。

 そしてそのヒビも、すぐに修復される。


「ちょっと、あたしの力作を簡単に壊さないでほしいんだけど。『ソリル・トレペオ・カルヴェ・リペア・トレジア』」


 ミラの魔法により元通りとなった土の壁――――否、土のドームにより、再び完全な密室となってニンカを閉じ込めた。

 外の状況が分からないというのが、ニンカを焦らせる。


 仲間や弟子に対する不安を圧し殺しつつ、比較的明るい声で尋ねる。


「しっかし、この土『スキル』だろ? 相手を閉じ込めるなんて陰気な技、スキルにしたいタイプでもないだろうに……というか呼吸とか大丈夫なんだろうな?」

「おや? スキルのこと、何で知ってるわけ?」


 声のする、正面を見る。


 実際のところ、ミラのスキルを知っているのは、ソウの固有スキルによるものだ。

 だがソウは、勇者ラゼ・カルミアにとってリルティアと同じく切り札。そう簡単に存在を露呈させる訳にはいかない。


「知らんよ。でもスキルで強化でもしてなきゃ、あたしがこんな壁ブチ破れないわけないだろ」

「あっは、確かに。あんたの両手、すっごい怖いもん」


 声のする、左を見る。


 まあこれは事実だ。普通はこのような壁、ニンカの手によれば一撃で粉砕できる。しかし、それが出来ないのはスキルによる強化の恩恵だ。


 固有スキルとはまた別の概念、『スキル』。

 本人が決めた一連の動作、あるいは行動に銘を付けてスキル化することにより、それらを強化することができる技術だ。

 極端な話、ただの右手のパンチを『スーパーアタック』と名付けてスキル化すれば、右手のパンチによる相手へのダメージが増える。

 だが、普遍的な行動であればあるほど、スキル化における強化は薄くなるらしい。


 逆に限定的な行動であるほど、強化は大きくなる。


 厳密には、スキル化は様々な手順が必要で簡単に習得できるものではないのだが。


「それで? 何でこんなのをスキルにしたのさ」

「まあ理由は2つでさ……あたし、複数のことを一気に出来ないタイプなんだよね。だから、なるべく1対1で戦いたいんだ。これもその一環」


 声のする、右を見る。


 なるほど、確かにこの魔法があれば、自然にタイマンの形に持っていける。外部からの邪魔は簡単に入らないし、目先の相手だけに集中できる。


「へえ、あたしの友達と弟子の中に、そういうの好きや奴がいるよ」

「へえ…………というか凄くない? 弟子とかいるの?」


 声のする、左を見る。


「あ、そうそう。もう1つの理由はね」


 声は、右から聞こえてきて


「これやると、めちゃくちゃ有利だから!」


 右半身に()()が衝突し、ニンカの体が宙を舞う。

 形状的に拳ではない。僅かな感触は土でもなかった。恐らく尾の部分での打撃を食らったのだろう。


 スキルの名は《土卵(ランドドーム)》。土魔法から派生するスキルであり、自分ともう1つの存在に限定するという条件のもと、強化された土のドームを作り出すスキル。

 本人との相性が良いことは勿論、その最大の利点は、光を遮断しているということ。光がなければ、視覚が潰される。視覚に情報取得のほとんどを頼っている大多数の生物が、圧倒的に不利な状況へと落とされるフィールドだ。


 しかしラミアという種族は、舌で熱源を感知する。暗闇でも相手の位置を捕捉できる。

 ――――そして、自分と相手しかいない空間なら、その感覚はより鋭さを増す。


「……!」

「ぐっ!?」


 ニンカの拳は暗闇を切り、ミラの拳は正確にニンカを穿つ。


 魔物の証明である頭上の表示は、()()()()()()()()()()()()()()。確認は出来ないが、ソウの情報が更新されていなければ、確かミラのレベルは78。高さだけで言えば、エクステラ、ヴィランに次ぐ三位。

 魔王シュカの軍勢の中で、最も物理に特化した戦闘スタイル。

 土魔法の才能に恵まれながらも、魔法に意識を割く暇があったら、普通に殴った方が強いという超高性能シングルタスク。


 それが、【地這姫ミラ】という存在である。


 何とかニンカは体勢を立て直そうとするが、吹っ飛ばされた影響で、今自分がドーム内のどこにいるのかさえ検討もつかない。

 ましてやミラの場所など――――


「あたしの場所が知りたいんでしょ?」

「このッ!」

「残念、少し下。さて…………」


 後方から聞こえた声に反応し放たれた裏拳は、ミラには届かず。スキルで強化された土の壁にさえヒビを入れた拳でも、空気にヒビが入るはずもない。

 ガラ空きの胴に尾の突き上げが刺さり、再びニンカの体は宙へと放り出された。


 暗闇の中でもミラの位置を探るため、ニンカは会話の中で声の方向に意識を割いていた。ミラの位置が不規則に動いていた時点で薄々察してはいたが、やはり勘づかれていたらしい。


「もう一回ヒント出してくれない?」

「…………」

「ダメか…………ぎっ!?」


 着地するより前に、尾の追撃がニンカを襲う。

 最悪なことにミラ本人がシングルタスクである故に、殴り合っている途中で言葉を発するということがないという、奇妙な噛み合い方をしていた。

 戦闘中だとテンションが上がってベラベラと話し出すどこぞの弟子とは訳が違う。


 そこから始まるのは、一方的な蹂躙だった。

 暗闇の中で、ミラの拳が、尾がニンカの体力を徐々に奪う。暗闇に血が飛び、ニンカは何度も崩れ落ちる。

 数分後には、ニンカはドームの内壁にもたれ掛かっていた。


 追い詰めたと言わんばかりに、ミラは僅かに笑む。


「やっと、バテたね?」


 そう口にして、ミラは拳を握る。


 全力を込め、ニンカを完全に破壊すべく、振りかざし、


「やっと、集中力切らしたな?」


 ミラがその言葉に目を見開くのと。

 ミラの拳がニンカに命中するのと。

 ミラの片腕に半透明の枷が嵌められたのは、ほぼ同時だった。


「何を――――」

「この辺か?」

「ぐぁッ!?」


 声を頼りに繰り出したニンカの回し蹴りが、ミラの胴を軋ませる。


 ニンカという戦士が最も優れているのは、膂力ではない。圧倒的なスタミナである。

 ニンカは、バテてなどいない。むしろ、バテたと装うことにより、ミラの集中力が切れるのを――――言葉を発するのを虎視眈々と狙っていた。


 尾の攻撃がニンカを襲う。しかし、先程よりも軽い。

 ニンカの固有スキル、手枷によるステータス下方補正が効いている。

 ならば、耐えられぬ道理などない。


「ふん……っ!」

「え? うわぁぁぁぁ痛ッ!?」


 命中した瞬間に尾を掴み、そのままぶん投げる。恐らくドームの内壁に激突したのだろう、一層甲高い悲鳴が聞こえた。


「そうだ、さっきの言葉、訂正しとく」

「…………なにさ」

「あたしの友達と弟子は、1対1が好きだって言ったけど……何よりあたしが好みだ」


 数秒、間が空く。

 気配も何も感じられないが、攻めるタイミングを見計らっているのだろう。


 暗闇からまた声が聞こえる。

 そしてこの会話の終わりが、第2ラウンドの始まりであると、双方が感じ取っていた。


「……そういや、名前、聞いてなかったね」

「あたしの名前はニンカ。さあ、泥仕合を始めようか」


 ――――ニンカVS地這姫ミラ。


 戦場の中心が、白熱する。


 ●


 戦場は、崩壊した神殿を中心に広がっている。


 しかし、神殿から離れたとある場所に、2つの影があった。

 正確には、1つの影の側に、もう1つの影が降り立った。


「よう、久しぶり」

「ええ」


 犬猿の仲と称されるレトと極悪魔エクステラが、今ここに邂逅した。


 しかし、その挨拶の言葉には、憎しみといった感情は読み取れない。

 そう、彼女たちの開口一番は、平和そのもの。とりとめのない軽口のようなものから始まるのだ。


「主人殺しのヒステリー悪魔が、随分長いこと生きてんだな。適当にこさえたガキ共が可哀想にならねえか?」

「天涯孤独で死んでいくクソブスのあなたには一生分からないだろうけど、私たちには家族愛ってものがあるの。幸せよ」

「姉妹揃って家出されてる毒親が、カゾクアイとやらを語るなよ。知ってる気になってんのが、喋れもしねえ赤子にもバレたんだろ」

「あなたこそ、×売でしか生き物と接せられないメス風情が愛とか口に出さないでほしいわ。あなたみたいに口が臭いと、言葉も腐るのよ」

「はん、レトの何を見て×売と思ったのか知らねえが、お前の腐ってる脳に入ってる気色悪い言葉でしか表現できねえんだな。そういうとこからお里が知れるぜ」

「そうね、高貴な存在っていうのは、お里も存在しないような畜生にも気を使わなければならないものね。下界を見下ろすってのも楽じゃないわ。下層の生物ほど、嫉妬だけは一丁前にするもの」

「高貴? 自己満足で主人殺して、愛もないガキ拉致って、家族のままごとしてる負け犬女のことを高貴っていうのか? 高慢ちきの略語じゃねーんだよ。言葉もマトモに使えねえなら、もういっそ喋んなよ。その方が空気も清潔だ」

「獣の想像力は本当に乏しいわね。まぁあなたも、はぐれ者の寄せ集めの中にお情けで入れてもらって、四本足の獣から二本足の獣になれたんだし、獣なりに進歩したんじゃない? マイナス10000がマイナス9999になったところで、大した差には見えないけど」

「ほー、じゃあその獣に切り刻まれたお前は獣以下か? 通りで会話が出来ねえと思ってたんだ、意思疏通するだけなら獣でも出来るもんよ。どうせなら意志疎通教えてやろうか? 強い奴からはケツ捲って逃げて、そのあとキャンキャン吠えんだ。これが負け犬の遠吠えだよ。お前みたいなカスでも、これならすぐ覚えられそうだろ?」

「あら、じゃあ獣以下な存在に消し炭にされたあなたは更に下ね。そんな下賤な存在を言い表す言葉って、この世界に存在しないのよ。強いて言うなら、虫けらかしら? いや、それは虫けらにも失礼ね。種を存続させるというシステムが存在する時点で、一人寂しく野垂れ死ぬあなたよりも圧倒的に格上だもの。あなたって、何よりも劣っているのね!」

「…………」

「…………」

「主人の最期の言葉も守れねえ人生なんて、無意味だろ。レトが終わらせてやるよ」

「何にも出来ない無能なマスターが教えた剣で? 無理に決まってるじゃない」

「…………」

「…………」


 剣を構える音と、羽を翻す音が、沈黙の中にやけに響いて。


「「ブッ殺す!!!!!!!!!!」」


 ――――レトVS極悪魔エクステラ。


 積年の憎しみが、戦場を染める。


 ●


 海歌姫セレンは、油断をしない。

 彼女の信条だからである。


 魔王本人も含めて適当で自由な者が集まってしまったシュカ軍の中で、異質なほど真面目だと自覚している彼女だからこそ、物事を俯瞰で見ることを徹底していた。


 如何なる格下であろうとも、自身の喉元に届きうる一手を持っているかもしれない、そう考えて、日々の戦闘をこなしてきた。

 無論それは、今回の作戦においても変わらない。

 勇者ラゼは、大量の戦闘の素人を配下として任命したと聞いている。フラメリやミラは軽視していたが、戦闘経験は度外視するべきだろうと、セレンは考えていた。


 何と言っても、勇者ラゼの配下だ。

 弱冠5歳という異常な早さで既に勇者の称号を勝ち取るほどの魔法の才能を持ちながら、今尚それが成長し続けているというのだから、考えただけで恐ろしい。

 もし魔王シュカが()()に選ばれていなかったら、互角に戦うことすら出来なかっただろうと、色眼鏡抜きで考えている。

 そんな勇者ラゼの配下だ。何かしらの強力な策を教え込まれていてもおかしくない。


 細心の注意を払いつつ、此度の戦いに臨んだわけだ。


 海歌姫セレンは、油断をしない。

 彼女の信条だからである。


 フラメリとミラの神殿破壊は(つつが)無く進み、土砂は周囲の森林をも侵食している。

 その様を見下ろすと、ため息をつくように独りごちた。


「……派手に破壊したものですね」


 腰に巻いたベルトを操作して、セレンはゆっくりと空中から降下する。


 セイレーンという種族は、陸上でも生存できるように()()されている。

 人と魚の特徴を併せ持つセイレーンは、陸上では肺呼吸、水中ではエラ呼吸という風に切り換えが可能だ。

 だが、下半身がヒレである都合上、陸上で息が出来ようと歩行が出来ない。

 故に、陸地での移動には、シュカから受け取ったこの魔具――――魔力を用いたホバー機能付きのベルトが不可欠だ。


 あれほど神殿を派手に破壊し、被害を広げれば、捜索域を森林内にまで広げなければならない。

 つまり、木々の間を抜ける精密な魔具の操作が必要になるわけだ。


「『フローター』の操作も簡単ではないというのに……やはり火力があれば全て解決すると思っている節がありますね……」


 セレンは魔王や同僚をそう評価し、またため息をついた。


 海歌姫セレンは油断をしない。

 彼女の信条だからである。


「『ウル・ハイパーキャプチャ・トレジア』」


 ――――だから、突如発生した巨大な土砂の手によって拘束されているのも、油断をしなかった上での結果だ。


 いくら油断をしなかろうと、所詮は生物の脳。想定には限界があり、その外の攻撃は避けられないこともある。セレンはそれを今、深く実感していた。


「どーよ、私のハイパー漁業」

「手掴みがハイパーかと聞かれると、どうだろう……?」

「ぐるるぅ……」


 セイレーンを魚類扱いするという、種族に対しての最大限の侮辱を交えながら、木陰から少女が現れる。

 そして、それに追随するように、魔物を連れた少年も現れた。


 少女が持つかなりの魔力量、そして、今しがたの詠唱と同じ声色であることから、この拘束は少女の方の仕業であることを、セレンは即座に判断した。

 ミラの土砂に水魔法を染み込ませることで泥を形成、その泥を操って自身を捕獲した後、泥から水分を抜くことで硬化させたのだろう。

 水魔法を専門として扱い続けてきたセレンに匹敵する扱いの器用さ。何より、そんな複雑な魔法を、あのような短い詠唱で実現させている魔力量。


 隣の少年も凄まじい。否、少年自体の実力はさしたるものではないが、その傍らの魔物の存在は、セレンも聞き及んでいる。

 魔物の頂点、ボスモンスターに名を連ねる獣、『刃狼将ロガル』。神の寵愛を受けた存在。

 セレン自身もつい数日前に神より二つ名と固有スキルを賜り、同じ領域に立ったとはいえ、あくまで出生は普通の魔物。生物としての格が違う。


 そんな存在を従えたのが、傍らの少年だ。やはり軽視できない。


 逆に、相手は油断しているようだ。

 セレンを捕まえてからも、姿を現すべきではなかった。魔法使いの方は魔法使用時の魔力を辿って場所を割り出すことができるが、それでも刀狼将ロガルという戦力は伏せることができた。

 そして、拘束も甘い。敵もこれで完全に動きを封じることができたとは思っていないだろうが、セレンの魔法出力なら、土の手の破壊は造作もない。

 不意の拘束で『フローター』が破壊されたのは痛い誤算だったが、魔力の消費に目を(つむ)れば水魔法で事足りる。


 セレンはそこまで瞬時に思考し、詠唱を開始した。


「『ウル――――」


 海歌姫セレンは油断をしない。

 彼女の信条だからである。


「『超魔適性(ハイパーウィザード)』」


 だが、彼女はまだ知らない。

 海原(うなばら)かもめという人物は、一度のみならず幾度までも、まざまざと他人の予想を裏切るのだ。


「……? 『ウル・トレ――――』」

「『超魔適性(ハイパーウィザード)』」


 詠唱に割り込むかのように魔法使いが呟くのと、セレンの詠唱中の魔法が霧散するのは同時のことだった。


 海に棲み、水魔法を得意とする種族、セイレーン。そして、その中でも水魔法の強い適性を持った、海歌姫セレンだからこそ、気付いた。

 詠唱の途中、まだ発動されていなかった魔法が強制的に中断されたように魔力が崩れ、体外へと抜け出た。

 そして、その抜け出た魔力は宙を漂い、何故か魔法で生成した氷で手漕ぎボートを作り始めた眼前の魔法使いの身体に吸収されていった。


「ねえ、かもめちゃん? 何でボート作ってるの?」

「だって今度海行くんでしょ? 龍墜児(タツノオトシゴ)、食べに」

「食べないし、そもそも用途じゃなくてタイミングの話をしてるんだけど……」


 戦闘中だというのに圧倒的に緊張感の足りない海原かもめ。足元に控えるのがボスモンスターであるが故か、それとも隣の幼馴染を信頼しているが故か、焦りはしているもののやはりどこか危機感の欠如した駒形(こまがた)小路(こみち)

 しかしそれとは対称的に、セレンの脳内は絶望的な想定を弾き出す。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()という結論に辿り着く。


 海原かもめの固有スキル、『超魔適性(ハイパーウィザード)』。相手が詠唱中、及び発動中の魔法を無効化し、その分の魔力を吸収する。理論上、魔法使いに対して絶対的なアドバンテージを取ることができる固有スキルである。

 セレンは知る由もないが、一応、使用者の適性のある属性の魔法にしか発動しないという弱点が存在する。例えばこの固有スキルが女神の一存によりユズに与えられたとしたら、誰の魔法も奪えることなく、本格的に使えない能力になっていた。

 しかし、かもめの適性は水・風属性。水属性魔法のみを極めたセレンには、魔法において一切の有効打が存在しない。


 この戦場において、最も相性の差がはっきりと表れているマッチメイクである。


 セレンは、深くため息をつく。

 自身の生き様に、油断はない。慢心もない。

 それでも、全力を尽くして尚、()()()()()()負けていたのかもしれないという事実に。


 戦いに飽きているのか、氷の手漕ぎボートの装飾に凝っているかもめと対称的に、小路は徐々に不安を露にし始める。


「かもめちゃん、何かマズいって」

「むうもんだい。魔法は完封してるし余裕の裕ちゃんよ」

「そうじゃなくて! あの時、当然のように寝てたから知らないかもしれないけど!」


 何か思い当たる節があるかのような小路は、必死にかもめに呼び掛ける。


「セレンの固有スキルは――――」

「『母成海(クイックターン)』」


 小路が言い切るよりも先に、本人の口から結論が述べられ、同時にセレンを拘束していた土砂が内側から木っ端微塵に破壊される。


 さして理解に苦しむ状況ではない。土砂を破壊した正体はセレンの魔撃である。

 かもめの固有スキルで奪えるのはあくまで魔法が対象であり、純粋な魔力放出である魔撃はその限りではない。であれば自ずとからくりにも思い至ることができる。魔力感知が可能な魔法使いであるかもめは勿論、少し考えたら小路にも理解できるだろう。


 しかし、状況を理解するよりも前に。


 ずぶり、と。


 まるで空中に放り出されたかのように重力加速度が二人を襲い、全身が落ちていく。

 1秒後には、小路たちは陸地でありながら()()()沈んでいた。


 自分が溺れていると気付けたのは、数秒ほど訳も分からずもがいた後だった。

 咄嗟の判断で、ロガルを守ろうとその体を抱えたのはいいが、そもそも自分が泳げなかったのを失念していた。

 片手でロガルを抱えながらも、全力で闇雲に腕を振り回し、掴めるところがないか探し――――手が、妙に冷たい感覚を覚える。


「がぼぁ!」


 全ての点と点が線になる感覚に導かれるように、必死に氷のボートを手繰り寄せ、水面から顔を出す。

 ちゃっかりボートに座っているかもめを確認して、ロガルをボートに乗せた後、自身もかもめに手を差し伸べられて這い上がるようになんとか乗り込む。


「ハァ、ハァ……ありがと、かもめちゃん。このボート、もしかしてこの展開を予期して――――」

「見て、小路。あれが俗に言う『逆境からの能力覚醒シーン』だよ」

「――――なかったんだね」


 意図せず答えを受け取った小路は、周囲を見渡す。

 自分達がいた場所は、確かに陸地だったはずだ。だがそこには、地面を円形に切り取ったかのように、深い池が出来ていた。

 削れた地面に水を流し込んだ、なんてものではない。まるで、土が水に変換されたかのようだ。

 これがセレンの固有スキルであることを、小路は知っている。


 かもめから無言で手渡された氷のオールを両手に、ボートを漕ぎ始める。かもめはともかく、体を震わせて体毛の水を落とすロガルと、泳げない小路は急いで陸に上がらなければ格好の的だ。


 しかし、それを許すようでは、魔王軍幹部は務まらない。


「『カモメ』と言いましたか。素晴らしい魔法の才能をお持ちのようですね。恐らくセンスだけなら、私を越えているのでしょう」


 陸地が、水へと変換された。即ち、その場はセイレーンの戦場に変貌したということ。

 アドバンテージが、真逆に入れ替わる。


「ですが、片手間の魔法使いに倒されるほど、努力を欠かしたつもりはありませんよ」

「言うほどでもねーんじゃない? 今わざわざ話しかけてきたのだって、ハイパー油断」


 水面から上半身のみを出したセレンをボートの上から見下ろし、意外と鋭い言葉で返すかもめ。だが、


「ええ、最もです。ですが、あなたが私の固有スキルについて知っている理由に関して、口を割っていただこうかなと」

「ねー小路、戦犯じゃんけんしようぜ」

「全面的に僕が悪いんだけど不名誉だから遠慮したいかなあ!?」


 セレンの固有スキルを知っている風に会話してしまったせいで、暗にソウの存在を仄めかしてしまった小路は頭を抱える。


 セレンは、自身が話したいことは既に終わったらしく、目の前で夫婦漫才を続けるかもめと小路を余所に、臨戦態勢に移っていた。


「『ウル・トレジア』――――ほら小路、来るよ。死ぬ気でオール漕いでね」

「えっ、オールも氷で出来てるから既に手が冷たさで限界なんだけど…………かもめちゃんの風魔法とかでこう、どうにかヨットみたいに動かせない?」


 双方が、水を纏う。

 それが、魔法合戦の合図だった。


「え? 私は普通に飛ぶからいらないんだけど」

「ぐるぁっ!?」

「御無体過ぎない!?」

「…………何なんですか、これ」


 ――――海原かもめ&駒形小路&刃狼将ロガルVS海歌姫セレン。

 戦場では、真面目に戦いなさい。


 ●


 ――――全身から、鮮血が舞う。


 突如として前へと割り込んだ新垣(にいがき)(あらた)の全身に、瞬く間に切り傷が刻まれる。


「――――な」

「えっ!?」


 突如として後ろへと体を引っ張られた『委員長』安藤(あんどう)(くるる)と、高速で新垣とすれ違った『焼きネギ』根岸(ねぎし)(あや)は、それぞれ困惑の声を上げた。


 事の始まりは数十秒前。

 土砂の影響で分断され、一人で行動していた安藤だったが、比較的近くで何かが倒れるような轟音を耳にして、その音の方向へと向かうことにしたのだ。

 目的地にて目にしたのは、


『ちょっ、委員長! 前代わって!』


 こちらに向かって逃げる根岸と、それを追うかのように次々と倒れていく木々。


 根岸は、火・土属性に適性を持つ魔法使い。前衛としてのステータスも持つ鈴木有吾や菊地玲奈、風魔法での機動力を持つラゼや海原かもめと違い、前衛が必要だ。そういう意味では、安藤が合流できたのは僥倖と言える。


 そして何より、安藤枢の戦闘における最大の長所は、脳内の切り替えの早さ。元々周囲を先導するタイプの人間であったが故か、誰よりも早く思考を切り替え、行動に移すことができる。実戦慣れしているユズと同等のパフォーマンスだ。

 根岸が言うよりも早く、安藤は駆け出していた。根岸よりも前に出て、守らなければならない。その反射が、安藤の手足を動かしていた。走りながら、柄に手をかけ、抜刀する。


 そして、同時に思考する。

 倒れている木々を観察するとあまりに綺麗な切断面が目に入った 僅かに木の粉が落ちている程度で斧や(のこぎり)を使って削るように斬り倒した形跡も見られない このような芸当が可能なのは敵陣営にも数少ない 一人は剣の技量に長けた魔王ヴィラン しかしこれは違うと安藤自身が否定できる 魔法攻撃により神殿が崩壊したまさにその時ユズと違い何もできなかったが思考だけはまともに動いていた安藤は魔王ヴィランを鈴木有吾が迎え撃ったことを知っている 鈴木有吾は優秀だ もはやラゼ・カルミアと比較しても遜色ないほどに成長したその実力であれば魔王が相手でも十分に戦えるだろう 土砂から脱出していた双方が神殿から離れたこの場所まで戦場を広げているとは考えにくい よって魔王ヴィランではないのだろう ならば候補は1つに絞ることができる 自身が生成した糸を使い戦う魔王ヴィランの配下のアラクネアンリだろう 木が倒壊する瞬間を目の当たりにしていたが周囲に直接木々を斬り倒そうとしている者の姿は見当たらなかったのも裏付けとなるだろう 現実にも糸鋸というものはあるがまるで木々を野菜でも切るかのようにスパスパと切断するような代物ではない イメージしにくいがそういうものなのだろうと納得する他ない ならばアンリの対策について考えなければならない アンリの固有スキルは――――


 ――――そして、目の前に割り込んだ新垣の全身から、鮮血が舞った。


「――――な」

「えっ!?」


 思わず動揺の声が漏れるが、すぐに脳が働き出す。

 新垣の出血、その原因となっている傷は、明らかに切り傷だ。恐らく、前へと躍り出た新垣が、不可視攻撃を受けて、この状況になっているのだろう。

 そして、これが誰のどのような攻撃により引き起こされたか分からないほど、安藤は愚かではない。

 アンリの糸による攻撃だ。思考へと切り替えることを得意としているが、逆にそれが仇となった。状況の分析より、実際に戦場へと注意を向けるべきだった。


「新垣さん、無事ですか!?」

「……安藤様……怪我がないようで、何よりです……」


 新垣に駆け寄ると、僅かにキラキラとした線状のものが新垣の体の周囲に張り巡らされていた。

 刀で切り払おうとするも、糸とは思えないほどの強靭さを持った罠は千切れることなく在り続ける。

 自然法則ではありえない、何らかの超常な理屈が働いているはずだ。


 刀を地面に突き刺し、レバーでも引くかのように、切れない糸を強引に押し退ける。


「視力には、自信が、あるもので……」

「なんて無茶を……」

「はは、本当は、手を引くだけで、良かったのでしょうが……私も、焦っていたの、ですかね……」


 流血しながらも力なく微笑む新垣だが、その容体は芳しくない。安藤はステータスウィンドウを操作し、『野園印の超回復ポーション』とラベルが貼られたフラスコを取り出した。

 野々宮と園部が共同で作り上げたポーションは、効力が強いものと弱いものの2つが存在する。前者は牢獄迷宮にてユズが絶体絶命の危機に陥った時、ニンカが用いたものだ。されど、瀕死の重傷からすぐさま意識を取り戻すまで回復させるようなポーションは、異世界人の固有スキルをもってしても大量生産までは至らなかったらしい。


 今回の襲撃に備え、各々に配られたのは自分用の一本ずつ。それを、安藤は迷いなく取り出した。まるで、使い時が今であると理解していたかのような判断の速さ。


 だが、その判断よりも早く、蜘蛛が罠をかける。


「今日はいい日ねぇ。上質な獲物が次々とかかるわぁ」


 その声とともに、安藤の右手が跳ね上げられる。否、正確には、右手に持っていたポーションが跳ね上げられ、安藤の手元を離れていった。空中に放り出されたポーションは、まるで糸か何かでつながっているかのように、傀儡姫アンリの手元へと収まった。


「これは預かっておくわぁ。捕食を邪魔されるのは好きじゃないのぉ」

「ほ、捕食……」


 飛び出したワードの物騒さに、根岸の顔から血の気が引く。その反応を見て、アンリの妖艶な笑顔が、さらに深みを増した。


「えぇ、そうよぉ。私の糸にかかった獲物を、じわじわと嬲ってあげるのぉ」

「その割には、相当派手に暴れていたようですが」


 安藤は反射的に反論する。

 実際、先程まで根岸を捕えるために木々をなぎ倒していた時とは、言動が矛盾しているようにも感じる。

 しかし、アンリは首を振った。


「あぁ、だってそれは前準備だものぉ。例えばこんな風にぃ……」


 そう言って、アンリは手を振り上げる。そして、その動作に連動するように、新垣の上半身が持ち上がった。

 瞬間、最悪の想定を終えた安藤が新垣に向けて刀を構える。


「仲間同士で潰し合うのを眺めるのも、一興だと思わなぁい?」


 まるで操り人形のように、釣り上げられた左腕と、胴体に巻き付く体重を支え、新垣が立ち上がった。新垣は何とか抵抗しようと必死にもがくが、先の負傷が影響して全力を出せていない。


「ふふ……」


 安藤と根岸に、えも言われぬ緊張感が張り詰める。

 その様を哂うアンリが手首を回転させ、それに伴い、糸で剣が固定された新垣の右腕がゆっくりと持ち上がり――――


「まぁ、冗談なんだけどねぇ」


 ――――その場で降ろされた。


「……な」

「そりゃ動かすことくらいならできるけど、流石に戦えるほどじゃないわぁ。そもそも私は剣の扱いなんてさっぱりだものぉ、操っても意味薄いしぃ……ただ」


 少し拗ねた風な振舞いのアンリを、安藤は冷静に見つめる。幾度か言葉を交わして、何となくアンリの言動の意図が見え始めていた。

 アンリの会話は、すべて相手のペースを崩すためのものだ。徹頭徹尾相手の精神を揺さぶるために動いている。

 そして、その小賢しい策略に関しては、今もなおアンリの独壇場。


「ほら、こうして人質もとれたわけだしぃ。というわけでぇ、動かないでもらえる?」


 四肢を縛られ、宙に浮く新垣の頬を指で突き、悪辣な笑みを浮かべた。


 糸を扱う狡猾なアラクネの、初歩的にして効果的な戦術。人質をとり、動けなくなったところを、じわじわと消耗させていく。

 周囲に目を凝らすと、張り巡らされた糸がわずかに動き、陽光を反射して光るのが見える。やはり自分たちも狙われていると察した安藤に、宙から声がかかった。


「問題ありません……安藤様。この様で言われても、恥を上塗りするだけでしょうが……どうか私のことは構わず、戦ってください。斬るべきものを、決して見誤らないでください。貴女の理想は……このような場所で、止まってしまうようなものでは、ないはずです……」

「へぇ、格好いいじゃないのぉ。囚われの身って立場を考慮しなければねぇ」

「……」


 茶化すアンリの言葉を無視し、安藤は黙ったまま、明らかに背後で動揺している根岸をちらりと盗み見る。


 ――――そして、刀を鞘に納めた。


「い、委員長」

「私は、あなたと主従関係を結んだ記憶はありません」


 その行動は、まさにアンリの人質作戦に屈してしまったのとほぼ同義のように思える。しかし、心配の声をかける根岸の言葉もなんのその、毅然とした態度で安藤は新垣に語り続ける。


「貴方が私のことをどう思っているのか、実際のところは分かりませんが、私にとっては1クラスメイトであり、友人です。いくら失敗しようが、判断を誤ろうが、それを私たちが補うことは、何ら不自然じゃないと考えています。貴方の行動に、恥ずべきことなど存在しません」

「私が安藤様の布教コマーシャルを視聴覚室で流したのも」

「前言を撤回します。たった今の貴方の行動に、恥ずべきことなど存在しません」


 全身から流血している割に謎の余裕を見せている新垣の戯言をスルーし、続ける。


「それどころか、貴方の行動は私を救ったのです。恥ずべきどころか、誇るべきことでしょう。ありがとうございます。おかげでまだ私は、私の理想を追うことができる」

「安藤様……」

「しかし、そうですね。私は貴方に救われた身。それに免じて……貴方の言葉を、一部だけ聞き入れましょう」


 そう言って安藤は足を開くと、鞘に納めた刀の柄に再び右手をかける。

 それは、まさしく居合の構え。


()()()()。絶対に生き延びてください」

「うぅん!? 何がどうしてそうなったのぉ!?」


 唐突な話の舵切りに、思わずアンリが反射的に口を挟んだ。

 確かに今の話の流れは、アンリはおろか、他人であれば全員が理解不能だろう。

 しかし、新垣はそれで満足がいったらしい。悔いを残しながらも、笑顔を見せて応えた。


「はい。貴女のご命令とあらば、たとえ地獄の業火に焼かれようとも生きて見せましょう」


 根岸がこの場にいたのは僥倖だ。奇しくも安藤と相性がいい。柄と鞘を手に、振り返らぬまま安藤が根岸に声をかける。


「根岸さん、援護は任せます」

「り、了解!」

「ふぅん……?」


 ――――安藤枢&根岸綾&新垣新VS傀儡姫アンリ。

 戦況は、張り詰め続ける。


 ●



「~♪」


 自身の槍を抱え、鼻歌混じりに歩く影が1つ。

 江口(えぐち)精一(せいいち)。呼吸するように下ネタを吐く、異世界人の中でも指折りの変人、もとい変態である。


 ユズはかつて、有吾たちをはじめとする異世界人を『お人好し』と表現した。

 それは正しい。現に彼ら彼女らは、自らが元の世界に帰ることはもちろん、ラゼ(ついでに追随するユズ)の夢を叶えるために行動している。

 だが、その中にも比較的自身の目的を優先する傾向にある面子も当然いる。この江口も、そのうちの一人だった。


 迷いなく森の中を抜けていく。その足取りは、神殿とは逆方向に向いていた。

 歩幅には、不安や心配といった負の感情は一切見られない。むしろ、これから起こることに胸を弾ませているかのようだった。


 木々の間を抜け、目的の存在を見つける。


 まず目に入るのは、巨大な鳥型のモンスター。鈍重そうな翼では空を飛ぶことすら不可能だろうが、それでもなお、体躯のみでも圧倒的な存在感を感じる。

 次に、これまた巨大な猿型のモンスター。その身に何が起こったのか、右目と左腕を喪失している。だが、自分程度右腕のみの一撃で叩き潰すことなど造作もないとでも言うかのような覇気を感じる。

 そして、巨大な蛇型のモンスター。首をもたげていない故に遅れて認識したが、体長を巨大さに換算するなら、この場の何よりも巨大な生命体だろう。

 そして、それらに取り囲まれるように佇む、十数人。そしてその者たちもまた、一人の少女を取り囲むように陣形を組んでいた。


 種族も体躯もバラバラな集団。だがしかし、その集団の共通項が、まるで生気を感じられない青白い肌を持つことであれば、彼女らの正体は明白。


 ガサガサと音をたてて躍り出た江口を見て、少女がすっとんきょうな声をあげる。


「あぇっ!?」

「こんちく~、ソフィちゃん。俺と一発遊ぼうぜ~」


 骸姫ソフィ、そしてその配下たちが一斉に江口を見る。


「ヂュンッ!!!」

「…………ギィ」

「シャルラララララァァァ!」


 鳥が、猿が、蛇が、同時に動いた。

 嘴が、爪が、牙が、江口を襲わんと迫る。


「獣で多人数って、流石にニッチ過ぎやしねえか!?」


 江口が横に跳ね、先程までいた地面に三者三様の攻撃が炸裂する。

 逆に言えば、避けられたということだ。見た目こそインパクトはあるが、敏捷性はそこまで高いわけではない、と江口は判断した。


 瞬間、江口は駆ける。恐らくこの場で最も厄介な存在は、この三体の魔物ゾンビの中のどれかだ。ならば、それらと真正面から戦う必要はない。

「まあ、狙うのはここだよね」

「……ギィッ」


 なぜか右目を失っている猿の左方、死角を通り抜ける。蛇の視野角は狭いという知識をどこかで聞いたことがあったような気もするし、なかったような気もするが、ともかく本来の視野角よりも狭くなっている方が弱点として明確だろう。


 僥倖なことに、ステータスはそれなりだが、思考力や反応速度といった点は軒並み低いようだ。これなら問題なく防衛を突破できる。


「うわぁ!? 皆、お願い!」


 ソフィを取り囲む十数体のアンデッドがゆっくりと前へ躍り出る。

 しかし、江口は走力を緩めず、そのまま集団に突っ込み、


「俺の槍は一本だってんだよ! 戦りたきゃ一人ずつだ! あとの奴らはシャワーでも浴びて待ってな!」


 ソフィに辿り着く最短経路にのみ立ち塞がる数体のアンデットを、横薙ぎに槍で殴り飛ばす。


 二段構えの防衛を突破し、ソフィまで残り数メートルまで差し掛かる。だが、ソフィも落ち着きを取り戻したのか、江口を真正面から睨み据え、叫ぶ。


「シャルちゃんっ!」

「シャルラララララララァァァッ!」


 蛇が尋常ではない速度で地を這い、江口を一噛みにせんと大口を開ける。


「ままま丸飲みは見る専―っ!」


 這い寄る命の危機に絶叫し、転がるように何とか回避する。だが、回避によって蘇飛と距離をとったその間に、鳥と猿もソフィに合流し、再び防衛陣を築かれてしまう。


「うーん、惜しかったね。結構頑張ったんだけどな」


 そう呟き、改めて江口は顔ぶれを見る。人型のアンデットは、襲撃の際にいの一番に乗り込んできた有象無象だ。集団で袋叩きにされると流石に厄介だが、一対一なら余裕で勝てる。さして最低限の注意は払うが、過度な危険視は必要ない。

 何より攻防の要となるのが、三体の魔物アンデッドだ。


「『アンデッドバルテュ』、『アンデッドラプセケソス』、『アンデッドシャルステラ』……長えー、やっぱ鳥、猿、蛇でいいや」


 呟きながら、江口は分析する。

 一番厄介なのは多分蛇だ。単純に一番速い。ソフィも真っ先に頼っていたし、現に江口とソフィとの接触の阻止を達成している。一番の障害だ。

 逆に、一番御しやすいのは猿だ。何といっても、欠損が戦闘において与える影響が大きすぎる。ただし何度も死角を突くと、逆に動きを読まれる可能性もあるのでそこだけ注意しなければならない。

 鳥は、まだよく分からない。最初の嘴での攻撃以降、あまり目立った行動をしていない。だが、それは実力が他二体と比べて劣っているからではないような気がする。一番不気味だと、江口は直感で感じた。


 頭上の表示、特にソフィ以外につく『アンデッド』の部分を見て嘆息する江口に、ソフィは警戒しながらも口を開く。


「どうして、ここが分かったの……?」

「んー? 俺が美少女の位置を捕捉できないわけないでしょ」


 もちろんこれは冗談であり、実際はシハロの固有スキルである魚が上空から発見しただけなのだが、余計に手の内を明かさないために、江口は言いそうな言葉を発した。

 戯言だと気付いたソフィが完全に自分に興味をなくす前に、江口は畳みかける。


「んじゃ、今度はこっちが質問する番だ」


 槍を持ちつつ、左手を背後に、決して集中力は切らさず、笑顔を保ちながら質問を紡ぎ続ける。


「【骸姫ソフィ】。アンデッドの上位種だね。そこにいる鳥と猿と蛇は、それぞれ魔物の上位種がアンデッド化した姿かな。君らはフォルム的に、元は人間かな。まあ、そこはどうでもいいんだ。じゃあ、アンデッドって、一体何なんだろう?」


 ソフィは、応えない。動かない。周りのアンデッドたちも、今にも江口へと飛び掛からんとしているものの、実行には移していない。

 ただ、恐らく江口が聞きたいことも分かっているのだろう。先刻よりも鋭い視線が、江口へと突き刺さる。


「物事には、それを伴う理由がある。神サマがアンデッドって種族をいきなり創ったとは、流石に考えづらい。じゃあやっぱり、アンデッドになる前の、元の存在があるわけだ。人間だろうが魔族だろうが魔物だろうが、死んだらアンデッドになるってことだ――――」


 笑顔の江口から、笑顔が消える。


「――――そんなわけねえ。つーかこの世界には、()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界にアンデッドとして存在する例は、魔王ヴィランの配下である君たちだけだ」


 ソフィが表情を固くする。結局のところ江口は、何が目的でこんなことをしているのか。きっとソフィにとってこの問題はだれにも触れられたくないデリケートな問題なのだろうということは、何となく事前に予想できていた。

 では、何故続けるのか。ただソフィを傷つけたいだけなのか。ただ衝動のままに、言葉は続く。


「生き物はみな、死んだら終いだ。この世界の生き物は死んだら必ず、光の粒子になって消える。じゃあ、何故君らはその法則から逃れられた? 君らは一体、どこから現れた存在なんだ?」


 一息で尋ね切った江口に、ソフィは表情を固くしたまま、しばらく沈黙していた。

 やがてゆっくりと、その口を開く。


「それを、あなたに言う必要が、ある?」

「ぶっちゃけ1ミリもないね。というかこんだけ聞いといて何だけど、俺も『どうやったら死を回避できるか』ってのには1ミリも興味ない」

「じゃあ、何で……」

「単純さ。女の子のことは何でも知りたくなるのが、俺の性だからね。ま、君には嫌われちゃったみたいだから、普通に聞くのは難しそうだ。だから、」


 左手でインベントリから1枚の紙を引き出して、即座に槍に突き刺す。


 瞬間、紙から巨大な火柱が上がり、先頭のアンデッド数体を火炙りにした。アンデッドは苦しみ悶えながら、光の粒子となって消えていった。


「なっ!?」

「君をふん縛って、それから聞くことにするわ。ついでに、魔王たちの足たる君を捕えれば、MVPの称号も手に入るって寸法だ」


 先日追加されたアップデートにより、魔王の配下の魔物は固有スキルを得た。

 そして、ソフィの固有スキルは『墓守(アビスオペレート)』。地中を自由に移動できるスキルの存在により、魔族領からここまでの道のりを安全なものにしていた。

 だから、万が一魔王たちが敗れ、敗走の一手を打たなければならなくなった時のために、魔王たちはソフィを神殿から離れた場所で、守りを固めて待機していた。


 逆に言えば、それを無力化したとあらば、そこから発生するアドバンテージは計り知れない。


「というわけだ、ソフィちゃん。拘束プレイの準備はいいかい?」

「な、なんて卑怯なぁっ!」


 不意打ちで戦力を削られたソフィが江口を謗るが、本人はどこ吹く風だ。


「こっちは美少女に罵倒されたところでノーダメージどころかヒールまであるんだが、一応言っておこうか。俺はヒーローでもなんでもないのさ。つまり卑怯上等なのよ」


 悪い笑顔でそう言いながら、江口は再びインベントリを開き、紙を――――魔方陣を周囲にばら撒く。

 それが江口精一の、本気の戦闘スタイル。


「〇ンポ上げていこうぜ。俺の槍のピストンは、200BPMだ」

「よくもっ……この、く、許さないっ!」


 ――――江口精一VS骸姫アンリ。

 戦場で笑い、戦場で憤る。


 ●


 戦場を、見下ろす。


 神殿は破壊され、仲間たちは散り散りになり、至る所で魔王軍幹部との衝突が起こっている。

 ラゼ・カルミアにとって、気が気でない状況であるというのが、偽らざる本音だった。


 だが、それでも、目の前の存在からは決して目を離さない。


「正直意外だったんだよねー。神殿ぶっ壊したら、てっきりラゼはてんてこ舞いになるものだと思ってたからさ」

「……シュカ」


 魔王シュカ。ラゼと同じく、世界の全貌を知る存在が、目の前にいる。


 魔族との戦いに興味がないどころか阻止したいラゼはともかく、人間の打倒を目的としているシュカに、人間を、ましてや勇者に対して気安く名を呼ぶ意味などない。だが、それでも互いが互いを呼び捨てで呼び合っているのは、同じ神から使命を与えられたもの同士、僅かながらも親近感があったからに他ならない。

 故に、構図上は宿敵でありながらも、存外二人はお互いのことを熟知していた。


「ラゼのことだから、神殿が壊されて、皆流されて、あたしたちの部下に襲われてるなんてこと知ったら、すーぐ助けに回って行っちゃうものだと思ってたんだけど。なんか心境の変化でもあったりするの?」

「……別に、何か変わったことがあるわけじゃない」


 これもまた、本音だ。

 ラゼが負担して済むなら、ラゼが背負うべきだと思う。例え世界中の誰であろうと、ラゼが救えるなら救いたいと思う。できることなら、神殺しだなんて罰当たりな真似、他の誰にもしてほしくない。自分一人で、世界を滅茶苦茶にしてしまった罪を背負いたいと思う。

 自己犠牲に走りやすい彼女の中の精神構造は、そう簡単に変わるものではない。


「……でも」


 それでも今こうして、この場から動かないのは、きっと。


『なんつーか……俺らはラゼをリーダーとして据えた集団だからさ。ラゼの夢への一歩を、支えてやる気でいるんだよ』

『明日は俺に……いや、俺らに任せときな。まるっと全部望みを叶えて、大団円で終わらせてやろうぜ』


「――――信じてみたい人がいるんだ」


 夢を支えてくれると、そういってくれた人がいたから。

 もし、夢の重さを分けていいのなら、それはすごく心強いと、ラゼ・カルミアは思うから。


「ふーん」


 面白くなさそうに、シュカは唇を尖らせる。

 その意図をラゼが察するより前に、シュカは表情を切り替え、ラゼに尋ねた。


「それで? あたしを戦場から分断した割に、杖も構えてないじゃん。どうしようっての?」


 ラゼが愛用している杖自体は持っているものの、魔力を集中させている雰囲気もなく、臨戦態勢とは程遠い。それがシュカの見立てだった。

 正しい。ラゼは戦うのではなく、言葉を交わしにここまで来たのだから。


「シュカ。お願いがあるの」

「絶対に嫌っ」


 取り付く島もなく、シュカが笑顔で断絶する。


 ラゼ・カルミアとは、類稀なる魔力の才能をもって生まれ、弱冠5歳で勇者に選ばれ、世界の真実を知った――――()()()()()()だ。

 魔力に関する知識と、神殺しの夢。それ以外に、何も持っていない。

 雰囲気に騙されやすいが、ラゼ・カルミアは想像以上に、様々な分野において素人の域を出ない人間だ。

 交渉など、直球で頼み込むことと、もう1つの手段しか知らない。


「あのさあ、あたしは魔王、ラゼは勇者なんだよ? その辺、理解してる?」


 ため息をつきながら、シュカはステータスウィンドウを操作する。空中に異次元の口が開き、シュカの手元に紐状のものが落ちる。ラゼは怖気立ちながらも、その様を目でひたすらに追った。


 それは、鞭。あちこちに棘の生えた、黒一色の鞭だった。

 あまりにも、禍々しい気を放つそれから目を離してしまえば、次の瞬間には全てを絡めとられていてもおかしくない。


 ラゼがシュカとの対面を望んだのは、同じ世界を知る者同士、神殺しに協力し合えるのではないかと考えたのが、最大の理由だ。だが、もう一つ理由があるとするなら、それはこの鞭だ。

 魔王シュカの実力は、魔王の中でも下の部類だ。直接戦ったら、自身の配下の大半にも負けるだろう。だが、この鞭を持った時、危険度は跳ね上がる。何度も対面し、戦ったことのあるラゼだからこそ、シュカを他の誰とも対面させてはいけないと決意していた。


 シュカが持つ鞭は――――本人が言うには、シュカを選んだ鞭は、ソウの固有スキルを以てしても、情報の得られなかった謎の武器。

 一度目にしたことのあるラゼも、その全容を把握していないのだから。


 そして、それをシュカが手にするときは、本気で戦うと決めたとき。


「望みを叶えたいならさ、戦って、勝たなきゃ」


 シュカが鞭を振るい、笑顔でこちらへと向ける。


 その言葉に、ラゼも覚悟を決める。

 体内の魔力が急速に循環し、ウォーミングアップを始めた。杖を掲げ、応えるかのようにシュカへと向ける。


「分かった……覚悟して」

「さあ、大将戦だよ。やろうか、ラゼ!」


 ――――勇者ラゼ・カルミアVS魔王シュカ。

 戦場が、出揃った。


 ●


 勇者ラゼと、その夢に同調する者たち。

 望みを叶えんとする、ヴィランとシュカの魔王連合。


 同時十一か所の大乱戦が、ここに始まった。


「セイイチ様ですか? あー、確かにいらっしゃいましたわね。ええ、確かにソフィについて尋ねていかれましたわ」

「ソフィの出自を気にしてそうでしたのに、最後まで尋ねはしなかったのですわよね。まあ私も、そこまで調べるのはポリシーに反するので、頼まれても拒否したいところではありましたが」

「『何故最後まで聞かないんですの?』って尋ねましたら、『え? あー……女の子の口から、他の女の子のことを話させるような男じゃないのさ、俺は!』って言ってましたわ」

「意味が分かりませんでしたわ!」

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