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6話(終)


「このお姿も素敵ですわね、旦那様!」

 

 白い光がおさまって現れた男性に決して見覚えがあったわけではない。見たこともないような、それはそれは美しい青年だった。もう光ってないはずなのにまぶしいほどだ。

 けれど、これが旦那様の本来のお姿なのだと、私はすぐに理解した。どことなくこれまで慣れ親しんできた少年や老人のお姿の面影もあったし、なにより雰囲気がわたしの旦那様そのものだったのだ。


 うんうん。少年のお姿も可愛いし、老人のお姿も熟成されていてとってもいいし、この青年姿も精悍で凛々しくってとっても素敵だわ。さすが旦那様。


 そう思って正直な気持ちを述べたら、なぜか旦那様は顔を赤くして嬉しそうに笑った。本当に、本当に嬉しそうな破顔で、見ているこっちが照れてしまいそうなくらいの笑顔。その笑顔可愛すぎるわ、旦那様。


「ありがとう、チェルシー」

「あ、あの、どういたしまして……」


 可愛すぎる笑顔のうえ、青年らしい張りのあるいい声で旦那様が私の名を呼ぶものだから、私の心臓が跳ね上がった。うまく声が出せずに小さく返事をする。


 沈黙が流れた。何を言っていいのかわからない。ああ、さっきまでは何の話をしていたのだったっけ。


 少したって、沈黙を破ったのは旦那様だった。

「チェルシー、ひとつ尋ねてもいいだろうか」

「ええ、なんでも」

 少しだけ真剣な表情に戻った旦那様が問う。私は何を聞かれるのか身構えた。難しいことを聞かれなければいいけれど。


 しかし、旦那様が聞いたのはとっても単純なことだった。

「あなたは、わたしのどの姿が一番好……いや、一番いいと思う?」

 その質問にわたしは拍子抜けする。そんな簡単なことをなんでそんな真剣な表情で尋ねるのだろうか。そんなの即答できる。私はにっこり笑って自信満々に答えた。


「どのお姿も好きです。だって全部旦那様だもの」


 旦那様は、顔をますます赤くした。小さく「ありがとう」とお礼が返ってくる。その様子に自分の台詞を反芻してみて、私も顔が火照るのを感じた。なんか私ものすごく恥ずかしいというか、はしたないというか、結構とんでもないことを口に出した気がする。


 でも、本当のことだもの。嘘じゃない。だからちょっと淑女としては失格かもしれないけれど恥じることないわ、とすぐに開き直った。そして唐突に気づく。私、旦那様が好きなんだ。燃え上がるような恋じゃないけれど、穏やかに、緩やかに、きっとこれは恋だ。


「旦那様、わたし、旦那様と結婚できてとても幸せです。本当に、いつも、いつもありがとうございます」

 そう気づいたらいてもたってもいられなくなって、私は深々頭を下げてお礼を言った。それを慌てたように旦那様が私の肩に手をかける。

「やめなさい、チェルシー。お礼を言うのはわたしの方だ。前にも言ったが、こんな呪いのある、つまらない男と一緒にいてくれて本当に感謝しているんだ」

「でも」

「それに、わたしはあなたが好きなんだ。だから、わたしこそあなたと一緒にいられて幸せなんだよ」


「……え」

「……あっ……」


 慌てた拍子に言葉を滑らせてしまった、というような顔をした旦那様は、焦った顔で声を漏らした。あの、とかその、とか旦那様が言葉を取り繕おうとしては口をつぐむ。

「旦那様」

「……っ」

 息をのんだ旦那様を私は下から覗き込んだ。老人の時もそうだけれど、青年姿の旦那様はやっぱり背が高い。少年の時はわたしの肩くらいの身長なのに、男性ってずいぶん背が伸びるものなのね。


「旦那様、私のこと、好いてくださっているんですか」

「……」

 私の問いに、すぐに答えを返してはくれなかった。けれど、じっ、と見つめると、旦那様は観念したかのように「ああ」とうめいた。

「そうだよ。政略結婚の妻に何を言うのかと思われるかもしれないが、わたしはあなたのことが好きだ。ずっと前から惹かれていた。愛しているよ、チェルシー」

 

 旦那様のその言葉に、胸のあたりがあったかくなるのを感じた。満ち足りた気分。ああ、とても幸せ、と心の底から思った。

「私も」

 だから私も正直に告げる。

「私も、旦那様のことが大好きです。ロガード様に、恋をしています」


 チェルシー、とかすれた艶のある声で旦那様が名を呼ぶ。なめらかだけど青年らしい手が私の腰にかけられる。ぐ、と力強く引き寄せられた。

「本当かい、チェルシー」

「当たり前です。嘘なんかつきません」

「そうか、そうだったね、あなたはとっても素直だ」

 旦那様はふふ、と笑った。


「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」

「もちろんですわ。ずっと、本当に旦那様がおじいちゃんになるまで、そして私もおばあちゃんになるまで、ずっと、おそばにいさせてください」


 心臓の音が旦那様に伝わるんじゃないかと心配になるほど、抱きしめられた。初めて触れた旦那様はとってもあったかかった。


 くちびるに、ぬくもりが触れる。甘い吐息が、私をくすぐる。

 そうして、闇が空間を支配した。白い光が、抱き合う私たちを包み込んだ。


***


 穏やかで心地よい夫婦の日常は、それからもあまり変わらなかった。


 旦那様は日中はやっぱりお仕事でお忙しい。私もやっぱりプレーデシルト家の伯爵夫人として、多くの家事を取り仕切らなくてはならない。

 けれど、あの日以来私たちは、お昼の時間や午後の休憩を一緒に過ごすようになった。たわいもない会話をしたり、庭を散歩したり、たまに旦那様はお買い物にも付き合ってくれたりする。


 手をつないで一緒に過ごす時間は、穏やかで、本当に大好きな時間だ。私は毎日このゆったりとした日常の幸せをかみしめている。


 大きな変化が、ひとつだけあった。


 数日に1度くらいの割合ではあるのだけど、旦那様が、太陽が沈んでも、太陽が昇っても、本来の―29歳の青年の姿のままでいることがあるのだ。

 なぜだかはわからない。旦那様も人生で初めての経験らしく、首をひねっていた。


 この前まではそれが数週間に1度くらいだった。だんだん、青年姿でいる頻度が増している気がする。だから、もしかしたらいつの日か、旦那様の呪いがとける日がくるのかもしれない。


「そうしたら、チェルシー、本当の意味であなたと結ばれたいな」

 お昼を終えて、休憩するという旦那様と手をつないで隣あってソファに座る。今日の旦那様は「いつも通り」の少年姿。


 にっこり微笑む旦那様の台詞を最初、よく理解できなかった。それから頭で何回か繰り返して、私はその意味に思い当たる。顔が急激に熱くなった。

「なんてこと言うんですか……!」

「だめかい」

 問われて、私はうつむいた。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。なんだか少年姿のくせに、旦那様なんだか色っぽい!


「チェルシー」

 名前を呼ばれて、私は「だめじゃない、です」と答えた。自分でも聞き取れないくらいの小さい声だったのに、旦那様にはばっちり聞こえたらしい。旦那様のくちびるが、わたしの頬に触れた。了


お読みいただき、ありがとうございました。

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