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5話


 わたしには、呪いがかかっている。


 いつ、なぜ、誰が。それを話せば長くなるが……いや、やめておこう。大事なことはわたし、ロガード・プレーデシルトには昼は少年の姿、夜は老人の姿、本来の姿に戻れるのは黄昏時のみ、という呪いがかけられているという、それが事実であるということだ。


 この呪いで困ったことは、特段なかった。

 自分にとって時間帯によって姿が変わることはもはや「体質」と言ってもよいほどなじみの深いものであったし、それは周囲の人間にとってもおそらくそうだっただろう。

 自我や考え方が変わるわけではない、ただ本当に見た目や声が変化するだけなのだから、支障もない。思春期には悩んだこともあったが―自分はもともと、そんなに感情が豊かな方ではないらしい。そこまで深刻に悩むこともなく、政務のことを考えているうちにそんなことは忘れ去っていた。


 ところが、30を間近に控えたその年、初めてこの呪いをいとわしく思うことになる。

 政略結婚の話が持ち上がったのだ。


 家督はつい数年前に継いでいた。領主という立場になってから初めて知ったのだが、この家の家計は火の車だった。

 両親はとても優良な人だと思う。わたしは彼らを尊敬しているし、あのような立派な人間になりたいと思っている。町の人々からも慕われているようだった。

 だからなのか、先代領主である父は自らの稼ぎはほぼ度外視して町を治めていたらしいのだ。町はうるおい、活気もあるが、その一方伯爵家は使用人を雇うどころか自分ひとりの日々の食事にも困り始めるありさまだった。


 そんな状態を、父の代から懇意にしてくださっている国王が見かねたらしい。「つい最近爵位を持ったこんな家があるのだが」と紹介されたのが、王都に住むルボー男爵家だった。男爵家には今年18になる娘がいるという。


 財産はないが爵位と伝統だけはあるプレーデシルト家と、金はあるが地位も箔もないルボー家。よくある政略結婚だ。

 だが、わたしには呪いがあった。


 この呪いがあるために、わたしは女性と一緒になることなど毛頭考えたこともなかった。どうやら年齢相応の姿をしているときは人に好かれる程度に整った容姿ではあるらしい。だが、この呪いのせいなのか、それとも自分の性格に難があるのか、女性には「結婚はない」と言われつづけてきた。

 そうだろう、と自分でも思う。おそらくわたしと結婚したところで奇異の目で見られ、子も望めない。自分は誰かを楽しませることのできるような性格でもなし、苦労をするだけに決まっている。


 おそらく男爵家も断りをいれるだろう。いや、爵位が下であるだけにそれは難しいかもしれない。わたしの方から断わるのが筋か。そんなことを考えていたら、男爵家から―いや、正しくは男爵家の例の娘から「よろしくお願いいたします旦那様!」という手紙がとどいた。


 女性の方から男性に手紙をおくる。そのことはおそらく咎められるべきことだと思うが、貴族の暗黙の了解など知らなかったに違いない。わたしは早速返事を出した。わたしがこの結婚には断りをいれておくから、何も心配しなくてよろしい、と。


 ところがまた彼女から手紙が来た。「断られてしまうんですか!町へ行けると思って楽しみにしながら準備していたのに!」。なんだこの手紙は。わたしは絶句した。


 よほど爵位が欲しいか。それならばわたしのほかにもいくらでも選択肢はあるだろう。わたしにはいらぬ「呪い」がある。苦労をかけるだろうから、悪いことは言わない、わたしとは結婚しない方がいい。

 

 こんこんと説得しても、彼女の返事はいつもこうだった。「私、呪いなんて気にしません!」


 そんな手紙のやり取りを続けるうちに、わたしは彼女にほだされた。いや、そういう言い方は卑怯だ。正直に言えば、この不思議な感覚の娘に、興味を覚えたのだ。惹かれ始めていた、と言ってもいい。


 そうして結婚式の日、手紙を続けていた娘―チェルシーは初めて顔を合わせる少年の姿のわたしに、にっこり微笑みかけてこう言った。

「これからよろしくお願いいたしますね、旦那様!」

 夜、老人の姿のわたしにも彼女は、まだあどけない、純粋で綺麗な笑みで言った。

「改めて、これからどうぞお願いいたしますね、旦那様!」


 わたしは陥落した。


***


 まだ18の娘だ。これから先、たくさんのいい出会いがあったに違いない。それなのに、こんな男と一緒になっていいのだろうか。結婚してからも自問自答は続いたが、少年の姿にも、老人の姿にも何もいとわず、全く変わらない様子で接して

くれるチェルシーをもはや手放したいとは思っていなかった。


 彼女は頑張り屋だ。ひとりで家事一切を取り仕切り、わたしの仕事も補佐し、いつも笑顔で、楽しげで、明るくて。こんな女性に惹かれない男がいようか。わたしは至って普通の男だった、ただそれだけなのだ。


 チェルシーはわたしの呪いのことも深くは聞かない。ずけずけと追及しない彼女の奥ゆかしさにも好感を抱いた。ただしそれは後になって彼女が「わたしには興味がない」だけだったと知り、ひどく落胆する羽目になるのだが。


 そうだ。彼女はわたしに興味がない。優しく明るく前向きなのは本当に性格なのだろうが、呪いを気にしないのも、彼女がわたしに関心がないからなのだ。


 それでもいい、とはじめは思っていた。所詮政略結婚で、わたしは呪いのかかった男だ。これ以上望むのは罰が当たる。


 だが、あの日。彼女がわたしの「本来の姿」を見たいと言ったとき。わたしは少しうれしかった。チェルシーがわたしに関心を持ってくれたのだと思ったのだ。

 たとえわたしに本来の姿があることを今その時に知ったのだとか、わたしの年齢すら知らなかったとかであっても!


 そして彼女は持前の頑張り屋精神でいろいろ頑張った。努力は報われなていなかったが、彼女はめげなかった。そんな姿も可愛いと思ったし、やはりわたしは彼女と一緒にいたいと、改めてそう思った。


 だから、ひとつだけわがままを言った。一日一緒に過ごしてほしい、と。

 

 これまでそれをしなかったのは呪いのせいだけじゃない。自分に自信がなかったからだ。わたしは口がうまいほうでもないし、仕事ばかりに生きてきた真面目だけが取り柄の人間だ。若く感性豊かな彼女はわたしと一緒にいてもつまらないだろう。


 けれど、彼女はわたしの部屋で過ごすことを快諾してくれた。そして、実際彼女と半日を共にすると、時間が経つのを忘れるほど、楽しかった。おそらく、チェルシーもそう思っていてくれた……と信じている。


 そしてついに、彼女は目的を果たした。

 黄昏時がやってきたのだ。


 チェルシーの大きな目が丸く見開かれる。そして彼女の小さく可愛らしい口が開かれ、そして。


「このお姿も素敵ですわね、旦那様!」


 ああ、そうだ。わたしは、きっと彼女ならこう言ってくれると思っていたのだ。少年だろうが、老人だろうが、青年だろうが、彼女は変わらない。わたしを、ロガードという人間を見てくれる。


 わたしは、彼女に二度目の恋をした。



へたれ旦那様の回想、そして独白。

次回最終話になります。

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