39 ミノタウロスの迷宮 その3
ミノタウロス討伐後も私達は遺跡のある村に滞在した。
他のモンスターの掃討と次の為のマップ作りというのが表向きの名目である。
「終った?」
帰ってきたシド達に私は声をかける。
出てきた答えは私の予想したものと同じたった。
「ああ。
始末したモンスターはスライムやゴブリン等自然発生する奴ばかりだ。
ミノタウロスだけどうしてここに居たのかどうも納得できない」
つまりはそういう事だ。
このミノタウロスは人為的に置かれたのではと疑っているのだった。
そもそもミノタウロスはその製造がかなり人為的なモンスターで、もとの神話からして詳しく説明ができないR-18なモンスターだったりする。
それゆえに、今回みたいにゲリラ的に設置するとその地域を確実に荒廃させるからたちが悪い。
「たしかここの遺跡は信仰の対象になっているので統合王国に登録しているのよね?」
「ああ。
先日も近衛騎士が見回りに来ていたそうだ。
調査のためとかで大賢者モーフィアスと一緒に数日この迷宮を探索していて、異常はみつからなかったらしい」
遺跡や迷宮、特に古代魔術文明がらみのものは、その継承者が王家であるという政治的ロジックによって王家の管理下に置かれている。
その為に、迷宮探索や討伐には近衛騎士が出張ることになる。
現状で、近衛騎士がこちらの妨害をするとは思えない。
今の近衛騎士団はアリオス王子が実質的に動かしているはずだからだ。
大賢者モーフィアスも一緒ならば、まず問題は見つからなかったと見るべきだろう。
「お嬢が敵対している南部諸侯は?」
シドがこちらの考えていることを見透かして、南部諸侯の名前をあげるが私は首を横に振った。
彼らにしてもリスクが大きすぎるからだ。
「もし、ミティアがこの迷宮に来て、ミティアに何か合ってみなさいな。
大事になるじゃない。
意地悪をするにしては、ミノタウロスというのはその範疇でおさまるモンスターではないわよ」
明らかに人為的に置かれたこのミノタウロスをどう考えるのか?
誰かが何か悪巧みをしているのは分かるが、今回の悪巧みの理由を考える。
少なくともアリオス王子の命ではない。
あの王子は幼くして王になる事を期待されていたので、ノブレス・オブリージュについては徹底的に叩き込まれている。
私の粛清目的で民に犠牲が出る手を犯す必要が無い。
世界樹の花嫁レースで私が先行しているみたいだが、その先行分はエルスフィア太守代行という形で遅れる予定になっている。
わざわざこの迷宮にミノタウロスを置く必要はない。
まかり間違ってミティアがこっちに来て、彼女に何かあったら何人の首が飛ぶことになるのやら。
それとも、ミティアを狙った仕掛けだったのか?
アリオス王子が健在ならばカルロス王子が出る出番が無い。
アリオス王子がミティアに惚れて新大陸に高飛びする事が、統合王国崩壊のスタートだからだ。
待てよ。
兄の忘れ形見と弟の現王の息子の結婚。
本来ならば、祝福されて当然じゃないか。
にも関わらず、あの聡いアリオス王子は全てを捨てて新大陸へ高飛びするという形になった?
ゲームの設定うんぬんは置いといて、それがアリオス王子の選べたベストな選択だったとしたら?
「……どうした?お嬢。
真剣な顔で考え込んで?」
こっちが黙り込んだ事を不審に思ったシドが私に声をかけたので慌てて私は笑顔を作る。
いかんいかん。
「サイモンを呼んできてくれないかしら」
「……いいのか?」
サイモンと私の確執は、南部諸侯とヘインワーズ家の代理戦争という形でシド達に伝えている。
それでも彼を使っているのは、この時点で南部諸侯と決別すると何をするか分からないからだ。
だからこそ、サイモンを呼ぶ私の指示にシドが確認を取ったのである。
私はそれにただ頷く事で返事を返した。
「護衛騎士サイモン。
お嬢様のお呼びにより参上いたしました」
しばらくして、シドに連れられてサイモンが私の前に姿を表わす。
それとなく控えていたセリアがサイモンと私の前に紅茶を差し出したのを見て、私の方から口火を切る。
「知恵を貸してちょうだい。
この迷宮のミノタウロスについてよ」
「お嬢様に嫌われていると思っていたのですが、頼られるとは嬉しいですな」
お互い笑顔だがしょっぱなから出る会話に双方悪意があるのがまるわかりである。
とはいえ、こういう関係だからこそ嫌でも手を握らないといけないのも双方分かっている。
「私に対する嫌がらせにしては規模が大きすぎる。
南部諸侯がミティアをはめる為に用意したという線はあると思う?」
「……現にお嬢様が先に来られて退治なさったじゃないですか。
策ならば下策ですな」
お互いの状況認識の確認の後、今度は推理と考察に入る。
敵であり憎んでも居るが、その才能は嫌でも認めざるを得ない。
「お嬢様がこのまま出来レースを続ける場合、どこかで負けなければいけなくなります。
今回の件でも分かる通り、お嬢様を負かす場合ミノタウロス程度ではどうにもなりません。
もっと大きな仕掛けを作る必要があるでしょう」
「過大評価ありがとう。
そして、ミティアを勝たせる場合、このミノタウロス以上の勝ちを用意しないといけない。
出来レースを作っているお偉方はさぞ慌てているでしょうね」
それ、アリオス王子に言えよと言いたくなるのをぐっと我慢する。
今回のミノタウロス討伐で私の名声はそこそこ上がる事になる。
ただの庶民設定のミティアがこれを覆すのは、後に曝露される王女設定がないとかなりきつくなる。
サイモンの笑みから表情が消える。
「せっかくですので、戯れ言を一つ。
このまま勝ってしまいませんか?」
控えていたセリアとシドが即座に警戒の姿勢をとるがそれ以上の動きはサイモンの眼光によって止められた。
なるほど。
これが未来の魔族大公様か。
「確認するわ。
『私 を 勝 た せ る』ために、この迷宮にミノタウロスを置いた訳ではないわよね」
「もちろんですとも。
私が仕掛けるならば、こんな曖昧な手を取りませんよ。
『相 手 を 降 ろ す』方がゲームは楽なんですよ」
最低限の妥協線は提示された。
少なくともこの仕掛はサイモンの手ではないという彼の物言いを信じた上で、楽しい会話は続けられる。
「ミノタウロスが居た理由。
何か適当な案を出して頂戴。
近衛騎士団と大賢者の確認の後で出たとあっては、責任がそっちにいきかねないわ」
「とりあえず、本当の理由はどうであれ、ミノタウロスをお嬢様のせいにするのがわかりやすいですな。
アリオス殿下にはこの事を告げるのでしょう?
こちらで泥をかぶって、貸しにしてしまえばよろしいかと」
サイモンの台詞に思わずシドが口を挟む。
サイモンもシドやセリアの動きを止めたのは警告の一瞬だけだったらしい。
「あの王子への貸しにするか?
あの王子様、それを気にするような奴じゃないと思うぞ」
「同意見だけど、それを無視するデメリットも考えられる人よ。
適当なお願いぐらいならば聞いてくれるでしょうね」
そこまで言って、アリオス王子への貸しにする為の策を考える。
ミノタウロスがいた事は事実なので、焦点は誰がミノタウロスを持ってきたかに絞られる。
「仕方ないわね。
この近くに盗賊団が居た事にしましょう。
で、私の選んだ人間に盗賊団のメンバーが居て、それに気づいた私が彼らを処分と」
私が手駒欲しさに低レベル冒険者を集めていたのは事実だ。
そこに盗賊が入り込んで悪さをしたというストーリーで、割を見るのは盗賊を見抜けなかった私。
後はここの領主に居もしない盗賊団討伐を依頼して、盗賊団が逃げたことにすれば近衛騎士団の責任より、私の失態の方が大きく宣伝されるだろう。
これの良い所は、秘密警察として恐れられている法院衛視隊出身のサイモンと、盗賊ギルドに繋がっているシドが協力すれば、まず話がでっち上げられるという点にある。
「けどいいのか?お嬢がわりを食う形になるが……」
「仕方ないわよ」
あえて繰り返す事で自分に言い聞かせる。
あまり仕方なくはないのだが、現状で私が泥をかぶるのが一番穏便に話が進むのだ。
「サイモンもそれで口裏を合わせてちょうだい。
で、仕事を頼む以上、代償は必要だと思うけど、貴方は私に何を望むの?」
あえてサイモンに誘いをかける。
こっちの半分以上の戯れ言をサイモンも冷笑で返してくれたのである。
「エリーお嬢様が世界樹の花嫁となられる事。
それこそが、護衛騎士として私の願いにございます」
と。
「お嬢様。
よろしいですか?
探索で見つけた財宝の確認を村人としてもらいたいのですが」
会話が終わってからしばらくしてアルフレッドが入ってくる。
忘れていた。
呼びに来たアルフレッドを見て一旦この話を棚上げすることにする。
「シド。サイモン。
あなた達も来て頂戴」
「了解した。
お嬢」
「かしこまりました。
お嬢様」
アルフレッド、シド、サイモンを連れて私は村長の家に向かう。
村の信仰を集めていたので、この遺跡には結構な貢物が納められていた。
もちろん、食料や酒などの生物は一定期間捧げられた後で腐るからと村人達で美味しく頂くことになっている。
で、それとは別に残る形での感謝となると金や財宝になる訳で。
これらを狙う盗賊まがいの冒険者の存在も近年問題に上がっているのだが、解決策は未だ出てきていない。
なお、これらの財宝は村の共有財産であり、今回みたいな討伐依頼の報酬として活用する所も多い。
「依頼料以上のものを受け取るつもりはありません」
新しい村の村長に私はぴしゃりと言ってのける。
そうすると大赤字確定なのを知っている村長は怪訝な顔をするので、適当に欲目を出してごまかしておこう。
「もっとも、村長にお願いがない訳ではないのです。
あのミノタウロスはどうも盗賊団の仕業のようで、近くに盗賊団の本隊が居るらしいのです。
その討伐に費用がかかるでしょうから、どうかそちらに財宝を使ってあげてください。
必要でしたら、こちらからも幾ばくかの支援をしましょう」
ここで、すかさずシドが追従の声をあげる。
こちらが何を望んでいるかの三文芝居は第三者を入れないと寒い事この上ない。
「さすがです!
お嬢様!!
苦しむ村人に私財を提供するその心構え!
世界樹の花嫁に相応しいですな!!!」
「えーやだなぁー
そんな本当の事をいわないでよー
おーっほっほっほっ」
銀の扇子でパタパタ仰ぎながら悪役令嬢アピール。
村長とアルフレッドとサイモンの視線がむちゃくちゃ痛い。
村長はまだ、『この俗物が』視線だからどうでもいいのだが、アルフレッドは『何やっているんです?お嬢さま』だから刺さるの!胸にいろいろと!!
サイモンなんてニヤリと笑いやがって。怖いからその笑みは。
なお、この後で盗賊がらみで私が泥をかぶるから、このミノタウロス事件は私のマッチポンプという形に落ち着く訳で。
二度とこの村の土は踏めないだろう。きっと。
並べられた財宝を村長と共に確認中。
銀の燭台、琥珀のネックレス、ダイヤのティアラ、黒真珠の指輪……
かなり高価なものが多い。
「元々この村は遺跡の加護のおかげが豊かな村でした。
近年は不作が続いていますが、それでも他所に比べたらましなのでしょうな」
あ。
なんとなくだが、ここ世界樹の加護の端末の一つじゃないだろうか。
この広い統合王国全域に加護を届けるにはこの手の端末はどうしても必要になるからだ。
お。マジックアイテム発見。
前に話したと思うが、この遺跡一番の当たりのアイテムがこれだ。
「霊木の盾じゃない。
名のある戦士が納めたのでしょうね。これ」
木の盾なのだが、霊木を元に作られたシャーマン・ドルイド系装備で、中盤まで役に立つ防具だったりする。
防御力は木の防御力より高く、皮の盾より軽いので主人公に持たせるのにちょうど良いのだ。
そして、盾に彫られた呪文により大地の加護を得て、ちょっとした退魔属性を持つ。
簡単にいえば私が襲われたワイトをこいつでダメージを与えることができる。
ワイトが出る前に出ろよと言いたいがぐっと我慢する。
私が盾を戻すとアルフレッドが欲しそうな視線を盾に向けていた。
「欲しそうね。この盾。
駄目よ。この村の物なんだから」
「……申し訳ございません。
お嬢様……」
それ以上の謝罪を私が遮った。
せっかくだから、少し好感度をあけでおこう。
「だから買ってあげるわ。
私が、アルフレッドに合う盾をメリアスで。
だから、しっかり守って頂戴」
「……はい」
その嬉しそうなアルフレッドの笑顔が見れたので、この迷宮探索は私的には大成功と記録しておこう。
なお、シドが露骨に『熱い』と手で顔を扇いでいたのは見なかった事にする。




