27 置いていった過去との再開 その2
「軍団長閣下に敬礼!」
エルスフィア騎士団駐屯地に、今回の出陣に参加する将兵が整列し私に敬礼を向けていた。
畜生。
本来ならばここで完全登山姿で登場して受けを取ろうと思ったのだが、ドレス姿でセリアを睨むもバックパックを背負ったメイドは気にすらしやしない。
今回の参加人員はエルスフィア騎士団から二隊とタリルカンド騎士団から一隊のおよそ1000人。
本陣にあたる私の周囲もサイモンの他に、メリアスで冒険者を10人ほど雇って転移ゲートで送り込んでいる。
アルフレッドは不本意だがサイモンにくっつけて学ばせる事になった。
「お嬢様が彼を贔屓にするのでしたら、彼には相応しい力をつける必要があります」
渋っていた私に容赦なく核心を突いて白旗を上げさせたサイモン。
野心はあるが、同時に与えられた仕事はちゃんとするのだからたちが悪い。
アルフレッドも現役騎士から学べるとあって、志願しちゃうという外堀を埋められた私に打つ手は残っていなかった。
そんなアルフレッドは今回の出陣において、皮防具一式とショートソードで武装している。
その装備選定と資金供出もサイモンだったりする。
「未熟を装備で補う事はできますが、同時に扱える身の程を理解せねばなりません。
低利で資金を貸すことによって、彼が学び吸収するのでお嬢様は口出しせぬように」
きちんと契約書まで作って、市場より低利なのが腹が立つ。
皮の帽子、皮の鎧、皮の盾はエルスフィアの市場で中古購入。
ショートソードはエルスフィア騎士団の装備品の貸与という形で、これらの購入にもアドバイスをしているから私のいらいらが募る。
話がそれた。
かなり大規模な軍事行動でだが、反乱寸前まで財政に穴が開いていたエルスフィアにそんな金がある訳もなく、その費用はもちろん私持ちである。
これも向こうから買ってきた砂糖と塩と胡椒のおかげだ。
ビニールはこちらで回収した上でメリアスで売りさばいたら面白いぐらいの金貨に化ける。
今回雇った冒険者も結構お高い金を払ってサイモンとセリアの指揮下におかせている。
「エリオス卿。
今回はよろしくお願いします」
「こちらこそ。
騎士としての初陣ですが、エリー殿に負けないようにがんばる所存」
エリオスは今回の出兵に際して騎士に昇格し、この騎兵隊を率いてここまでやってきた。
マリエルという天才的騎兵指揮官の補佐があるとはいえ、落伍者もなくこうして隊をエルスフィアに連れて来た事で彼の才能が平凡ではない事が分かる。
「今回、こちらに来る際に見張り台に偵察を派遣しておきました。
最近まで、誰かが拠点として使っていた跡があります」
タリルカンド側の副官として参加していたマリエルが表情を変える事無く淡々と話す。
このあたりの公私の分け方はさすがと言ったあたり。
しかし、軽装鎧が実に良く似合う。ぺたん的な意味で。
「……何か?」
「いえ。
盗賊にしろ、東方騎馬民族にしろ、街道沿いの見張り台に本拠を置くほど馬鹿じゃないわ。
おそらく、街道から外れた見張り台が本命でしょうね」
よこしまな視線で見ていた事を気づかせぬように私はエルスフィア騎士団長に合図を送って、街道周辺の見張り台が書かれた地図を広げる。
街道沿いに点在する見張り台は五つ。
そこから一日ほど外れて東の草原地帯に立てられた見張り台が三つ。
これらの見張り台は井戸があって、狼煙を上げる事で東方騎馬民族の襲来を知らせる必要がある為に城壁で囲われている砦みたいなものだ。
既に街道沿いの見張り台に駐屯する部隊は出発して、長い隊列を南に伸ばしているだろう。
「街道沿いの見張り台にこちらの兵が全部入るのは五日後。
そこからの巡回が再開するのが一週間後という所でしょうか。
外れた見張り台を叩く為の物資集積地はここ。
そこを私の本陣にします」
タリルカンドとエルスフィアの街道の中間にある見張り台を指で指して私は言葉を続ける。
周りの顔を見ると、今の所は問題はなさそうだ。
「目的は見張り台の再建であって、盗賊および東方騎馬民族の討伐は二の次です。
彼らが見張り台を放棄して逃げ出している場合は、放置して見張り台の確保に専念してください」
「少し消極的ではないでしょうか?」
マリエルがこちらの消極姿勢に疑問をぶつけるが、私はそれにぶっちゃける事で返した。
「正直、こちらの士気と錬度に不安があります。
更に、見張り台駐屯という事で、兵達の多くは徒歩です。
盗賊ならばともかく、全員騎兵みたいな東方騎馬民族相手だったら追いかけて逆襲されるなんて事もありえます」
私の言葉に騎士団長が恐縮する。
信頼はするが信用はできないと言っているのだが、それで怒り狂わないのはこの出陣の費用が私持ちだからに他ならない。
砂糖・塩・胡椒の代金はすべてこの出兵の物資に消えたのである。
それぐらい軍事行動というのは金がかかる。
アリオス王子がペナルティ代わりに私の富を削るにはうってつけなのだろう。
私がヘインワーズ家から一切支援を受けていないと知ったら目を丸くしそうだが。
「それで、我らは何をすればよろしいのか?」
私の言葉が途切れたのを見てエリオスが口を挟んだ。
目を見ると、お手並み拝見という色が写ってやがる。
なるほど。あのアリオス王子と親戚なだけある訳だ。
「兵を分散させても意味がありません。
まずは私の本陣に部隊を集めて、敵を見つけたら一気に叩きます。
ですが、その足は貴重なので、街道から外れた三つの見張り台に物見を派遣してくれないでしょうか?」
「心得た。
マリエル」
エリオスがマリエルの名前を呼ぶとマリエルがその先を口にする。
「既に四騎一組で三組の物見を作り、それぞれの見張り台に送り込んでおります。
物見後は街道沿いの見張り台にて待機して報告を送ることになっています」
とりあえずの問題はなさそうだ。
私は全員の顔をゆっくりと見て、その言葉を口にした。
「それじゃあ、はじめましょう」
戦争を。
心の中で呟くが、それを懐かしいと感じる自分が居た。
戦闘というのは長くて数時間。
その戦闘をする為の移動は数日かかる。
「お嬢様は馬にも乗れるのですね」
「こっちの出身でね。
乗れないとやってられないのよ」
アルフレッドの言葉に私は馬上から返事をする。
私もアルフレッドも同じく馬上だ。
サイモンやセリアも馬だったりするが、エルスフィア騎士団参加将兵のほとんどが徒歩だったりする。
その為、全員騎兵のタリルカンド騎士団は先に見張り台の確保をお願いしてもらっている。
澄み渡る青い空。
どこまでも広がる草原。
そういえば、最初に飛ばされた時もそんな景色だった気がする。
視線を将兵に戻すと、見張り台再建と駐屯のための物資を積んだ馬車の隊列を守るように兵を歩かせている。
私達はその馬車の後の最後尾に位置して、落伍者を出さないように見張っていたりする。
「お嬢様。
また落伍者です」
「とりあえずこっちの馬車に乗せなさい。
もう少ししたらまとめて回復魔法をかけます」
サイモンの声に私がげんなりした声で指示を出す。
近代に入るまで、移動によって一割近い兵が落伍する事があたりまえだったのだ。
で、そいつらがそのまま盗賊にはや変わりなんてよくあるので、こうして最後尾で目を光らせる必要があるのだった。
もちろん、先頭で戦闘なんて発生したら指揮がとれない欠点があるが、今回はタリルカンド騎士団に丸投げしている。
「セリア。
今までの落伍者の数は何人?」
「あれを乗せてちょうど三十人ですね。
朝から歩き通しですし、そろそろ休憩が必要かと」
街道における見張り台は大体狼煙が見える位置に設置する。
その為、時間にして半日ぐらいで見張り台が置かれている。
太陽はちょうど真ん中あたり。
最初の見張り台まで半分という所か。
「分かったわ。
近く休憩ができる場所で少し休憩します。
食事と飲水を許可するのでがんばるのよ」
私の声を聞いた周囲の兵から歓声があがる。
昔は木を植えられて、木陰で休めたらしいが今は根すらない。
この道も踏み固められて周りの大地よりへこんでいる程度のものだ。
「お嬢様。
お食事ですが……」
「いいわよ。
これがあるから」
背負っているセリアのバックパックから取り出したのは、携帯式固形食糧。
袋を破って、半分に折ったものをセリアの口に入れ、残りを自分の口に入れる。
「……おいしいですね」
「でしょ♪」
向こうでは朝の忙しい時やダイエット代わりに食べていたものだが、本来の使い方はこんな感じなのだろう。
半分に折ったものをアルフレッドにも渡す。
「どうぞ」
「ありがとうございます。
お嬢様」
残りの半分をぽちの口に入れて、サイモンには水筒の冷えた水を入れたコップを渡す。
一気に飲んだサイモンが感嘆の声をあげる。
「信じられませんな。
こんなにもきんきんに水が冷えているなんて」
「こつは氷魔法でね。
小さな氷をこの中に入れるの。
ほら。まだ融けてない」
こんな感じでわいわい騒ぎながら、これもまたピクニックみたいだなとなんとなく思った。
だって、こんなに空は青いし、緑の草原は大地の向こうまで広がっているのだから。
この日は何事も無く最初の見張り台に到着し、そこで夜を明かす事になる。
見張り台は煉瓦によって重ねられた城壁と一体化した小さな砦みたいな構造になっており、本来ならば一つの見張り台に30人程度が駐留する事になっている。
で、そんな規模でしかないから1000人近い人数が泊まれる訳も無く。
天幕を張る騎士階級はともかく、兵士の多くは野宿である。
「井戸は問題ないみたい。
念のため、水質浄化の魔法をかけておいたわ」
去り際に井戸に汚物や毒を投げ入れるなんてのは戦乱時には結構あったりするわけで、この水質浄化の魔法のありがたい事といったら。
日も落ちてきて、見張り台の周囲には無数の焚き火が照らされて幻想的ですらある。
見張り台の塔の一室を会議室にして私は集まった面子と今後について話し合う。
「一番近くにある街道から外れた見張り台には人が居た形跡がありましたが、どうやら去った後みたいです」
マリエルが物見の報告を言うと、それに私が反応して地図に×をつける。
残りは二つ。
「この見張り台には明日にも兵を入れましょう。
ほかに報告はある?」
私の質問に今度はサイモンが口を開いた。
「お嬢様。
困った事が起きました。
われわれの到着後に大規模な商隊がここに着いています。
兵士相手の商売の許可を求めてきています」
そうきたか。
商魂逞しいものだ。
街道に盗賊が出て商隊が出られなかったが、我々が街道巡回を再開したからタリルカンドに向けて商隊を出してきたと。
ついでとばかりに、1000人の消費者相手に商売をか。
見事だ。
「ちなみに、何を売ろうって訳?」
私の言葉にサイモンが苦笑して続ける。
彼らが何を売るかおおよそ察しているのだろう。
「戦場において足りないものです。
酒・煙草・女。
薪はタリルカンド向けを少しまわすつもりみたいですね」
「それは断れないわね。
はしゃぎ過ぎないように釘だけ刺しておいて。
あとはサイモンに任せます」
戦場で飲む・打つ・買うは高値商品であると同時に、士気高揚の効果がある。
生きる死ぬで刹那的な戦場においてそれを辞めさせるのは無理だからだ。
腹に何か抱えていようと、有能ならば使う。
戦場とはそういう所で、未だ牙を出さないサイモンを私は使うことにする。
彼の働きで、私がしなくていい事が増えるのは間違いないのだ。
警戒は必要だが。
「薪か……。
タリルカンドは薪が不足しているってあの場所じゃ仕方ないか」
かつていた草原の大都市タリルカンドの風景を思い出して呟いたら、それにエリオスが口を開いた。
どちらかといえば、ぶっちゃけた感じなのは彼の政治経験の甘さからか元からなのか。
「我々がこの街道の巡回について乗り出してきたのは、実はこれが理由だったりします。
エルスフィアから運ばれる薪と塩はタリルカンドの家庭を直撃しますからね」
東への交易路の要衝タリルカンドは同時に巨大な消費地でもある。
そこに北の大森林地帯からの木材を加工した薪と、王都経由で大河イスロス川を上ってきた塩をタリルカンドに運ぶ事でエルスフィアの経済は成り立っているのだった。
タリルカンド側からは王都への河川交通を利用したショートカットに利用する経由地としての価値しかないが、それでもこの二都市の経済はそこそこの依存関係にあると言ってもいいだろう。
「街道の管理もそうだけど、定期便を作りましょうか?」
「定期便?」
私の言葉にエリオスが反応する。
こっちは世界規模の物流網で生活しているから当たり前の事だが、ここではそれがないと思い出すのは話し終わってからだったり。
「エルスフィアからタリルカンドまで六日。
何かあった時の予備日を一日入れて、一週間に一便双方から商隊を出すの。
商隊はそれぞれの街の商人に委託させて、それにあわせて巡回を出せば巡回の費用も軽減できるわ。
エルスフィアはタリルカンドに薪と塩を安定供給する用意があるわ。
それに対して、タリルカンドが何を持ってきてくれるかなのだけど」
「私の一存では返事ができませんね。
父上には話をしておきますので、後で書簡にしていただけないでしょうか?」
このあたり自分の権限をちゃんと理解しているか。
将来の国王陛下は良い教育係が居たのだろうな。
「わかりました。
明日にでも書簡は書いておきます」




