19 主人公の名前は
『世界樹の花嫁』のオープニングは、主人公が魔術学園に向けて駆けてゆく所から始まっていた。
ただ一人メリアスの街を駆ける事で、プレイヤーにその世界を伝える事が目的だったのだろう。
一生懸命世界樹を駆けた彼女は魔術学園の校門にたどり着く。
そこで、私と初対面をするのだ。
「ごきげんよう。
見かけない顔ですわね」
こっちも一月前に着たばかりだが、そこは悪役令嬢。
扇子を持って口元を隠してお嬢様スタイルでじっと校門の影で待っていた努力を褒めてほしい。
なお、アルフレッドとアマラは付き合わせるのも悪いので教室内にて待機。
「は、はじめまして!
わたし、今日からこの学園に通うミティアと言います!
よろしくお願いします!!」
金髪のまぶしい元気そうな子。
ウェイブのかかった髪が揺れるがこれ朝大変そうな気がする。
スタイルは大きすぎず小さすぎず、背も私と同じぐらい。
話すことで周囲に元気を振りまく人気者。
そして、その魅力によって統合王国を崩壊に導いた魔性の女。
どれが彼女の本性なのだろうか?
優雅に貴族の礼をもってミティアに挨拶をする。
「私の名前はエリー・ヘインワーズ。
シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補よ。
あなたと同じくね」
私の挨拶にミティアはきょとんとする。
これ、宣戦布告って分かっていない顔だな。
「ふふ。
これから二年間ぐらい、貴方と私は世界樹の花嫁の座をめぐって色々争う事になるって言うの。
少しは驚いたり、敵意を見せたり……何見ているのよ?」
視線があきらかに私ではなく私の上のぽちに行っている。
しまった。
ぽちのやついつものくせで垂れドラゴン状態で私の上に。
うわぁ……しまらない……
「そ、それ、かわいいですね……」
めっちゃ気を使われたぁぁぁぁぁ!!!
やめて!
そんな所で気を使わないで。
「ごほん。
まぁ、よろしくね」
顔が赤いのが分かるし、上にいる垂れドラゴンがかわいいと言われてぽちがドヤ顔なのも分かる。
お膳立て台無しである。
ミティアが耐え切れずに笑うが、その笑顔がなんか楽しくて私もつられて笑ってしまう。
これが主人公補正というものか。
「はい!
よろしくお願いします。
エリーさん!!」
ミティアと分かれてそのまま校舎裏へ。
この位置は隠れて校門を見るのに最適な場所だったりする。
なお、垂れドラゴンのぽちはそのまま頭に乗っている。
「覗き見なんて趣味が悪いですわ」
「いやすまない。
こんな茶番を見せられるとは思っていなかったものだから涙が」
いるだろうなと思って声をかけたが、案の定笑いをかみ殺した声でアリオス王子が姿を現す。
もちろんグラモール卿つきで。
とりあえず、笑い涙をふいたハンカチを隠せよ。王子。
「君を守っているのだろうから文句は言えないのだろう。
が、同じ学び舎で学ぶ者の忠告として聞いて欲しい。
そのドラゴンには、時と場合を教えるべきだと思う」
「あら、時と場合と空気を読まないからトカゲなんですのよ。
これ」
軽い茶番の応酬のあと、アリオス殿下が真顔に戻る。
つまり、ぽちですらごまかせない空気の時間という訳だ。
淡々としたアリオス王子の声が、既に彼がこっち側の人間であると伝えている。
「ヘインワーズ侯が王室に内々だが引退を示唆してきた。
執政官を辞する所まで追い込まれていたが、ベルタ公庶子との婚約を公表後に爵位とシボラの街の相続のみを求める。
戦う前から実質的な無条件降伏だよ。
何をしたんだい?」
知ってはいたが、さすがヘインワーズ侯。動きが早い。
世界樹の花嫁争いに裏から影響力を使うつもりは無いと宣言したようなもので、この時点での無条件降伏は生存戦略ならば悪くは無いからだ。
ヘインワーズの後ろ盾は無くなるが、私の足を引っ張らないあたりがすばらしい。
私が何かしくじってもその責任は捨て駒である私止まりで、ヘインワーズ家まで届かない。
「何も。
ただ、ヘインワーズ侯は私に全額賭けたという事でしょう?」
わたしがとぼけると、アリオス殿下は薄く笑った。
美形の王子様がそういう笑みを浮かべると、悪巧みをしているのだろうが絵になるなぁ。
対象が私でないならば惚れる所なのに。
「で、私は君と彼女どちらに肩入れすべきなんだい?」
「それを私の前で言いますか?普通?」
「君だからだよ」
私とアリオス殿下が同時に吹き出す。
誰かに見られていたら、王子との密会みたいな噂話が花を咲かせるのだろう。
かわってやるよ。
だから、この会話を聞きやがれ。
「ヘルティニウス司祭から報告があった。
大賢者モーフィアスが管理する遺跡に賊が入り、大賢者が配置したガーティアンに撃退されたと。
賊は全員死亡。
捕らえて衛視に引き渡した連中もいつの間にか毒を飲んだらしい。
背後関係を洗おうとしたヘインワーズ侯は引退を示唆した事でこの件は闇に葬られた」
つまり、ヘインワーズ侯が背後関係を洗わないといけない連中が黒幕って事じゃないですか。やだー。
狙いは私の召喚陣か。
神殿関係者から漏れたな。
襲撃に怯えて引退を示唆したなんて噂が立ったら少し動きにくくなるから、軽めの報復はこちらからしておくか。
「こちらもヘルティニウス司祭からですが、神殿喜捨に法院が目をつけている話。
あの子にそれを教えてよろしいので?」
ミティアは何も知らないから調べようとする。
そして、調べたら否応無く黒いものが出るそれをお膳立てしていいのかというヘルティニウス司祭からの提案に、アリオス王子が真顔で考える。
王権強化に親族とはいえ背後の封建諸侯が邪魔なのは王子も分かっている。
取引はWIN-WINが鉄則である。
「勝負なんだから、君が教えるのはなしだよ」
「私もそこまでお人よしじゃありませんよ。
それはヘルティニウス司祭にお譲りします」
「彼か。
じゃあ、しょうがないな」
妥協成立。
こちらから手を差し出さない代わりに、ヘルティニウス司祭の動きを阻害しない事でミティアの行動を邪魔しないという取引に私もアリオス王子もにっこり。
この王子様、本当に有能だ。
だからこそ、彼が消えるのは惜しい。
警告だけはしておくか。
「賊がらみですが、馬鹿が御身に迫る事があるやもしれませぬ。
ご注意を」
私の警告にグラモール卿から殺気が飛ぶが、王子の手が制した。
このタイミングで私を含めたヘインワーズ家が王子にしかける理由がないというのを理解しているからだろう。
そして、ヘインワーズ家に罪をなすりつける事を目的とした南部諸侯による王子排除まで多分感づいている。
「担ぐとしたら誰なのだろうね?」
「そこまで深い闇に私を誘うのはやめて頂きたいものです。
これでも慈愛に満ちた世界樹の花嫁を目指しているのですよ」
私の前の二人はきょとんとして大爆笑をしやがった。
冗談と受け取られたらしい。
失礼な。
アリオス王子が歴史に消えた可能性として、私はロベリア夫人とその子カルロス王子、二人を操るサイモンの関与を疑っている。
このあたりはデザイナーズノートに書かれなかった部分なだけに、どういう経緯で彼が消えたのかが分からない。
「で、世界樹の花嫁のご感想は?
殿下」
笑いが収まったあたりで私が誘い水を向ける。
王子はそれに微笑で答えた。
「君を含めてずいぶん個性的だよ。
私と共に歩んでくれるのならば、これほど心強いものではないのだろうけどね」
「あら、私もですか?」
「当たり前じゃないか。
個性的で、可愛いよ。
何より有能だ」
きっと彼は王たる者として育てられて完成したのだろう。
それを人に戻してしまったのは、ミティアという少女の愛だ。
人としてそれは正しい。
だからこそ、政治的大失策である事すら理解しつくして彼はミティアの手を取って新大陸に逃れた。
その決断を政治家として罵倒したくもあるが、人としては罵倒できないし、そこまで人を辞めたくはない。
「さあ。
授業が始まりますわよ。
二人して遅刻なんて御免ですわ」
「同感だが、君との遅刻は悪くはない」
「あら?
それは私に魅力を感じているとおっしゃるので?」
「そう言っているつもりなんだけどね」
廊下を歩きながらの会話の応酬。
別名ドラコンの全力のじゃれ合いとは、後ろで見ていたグラモール卿の感想である。
そんな感じで、やっと乙女ゲーにおける時間が始まろうとしていた。
「今日からここで学ばせていただくことになりますミティアと申します。
どうかよろしくお願いします」
「シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補エリー・ヘインワーズよ。
よろしくね」
教師内での正式自己紹介をもって、この世界樹の花嫁というゲームは始まる。
教室内における生徒たちが私達をどう見ているかというと、皆首を傾げていると言ったところだろうか。
そりゃそうだ。
どこからどう見ても、ミティアはごく普通の娘。
何で彼女をベルタ公は影から推すのか分からないからだ。
そして、そんな生徒たちの視線がちらちらとアリオス王子に向かっているのが面白い。
彼の意思によって態度を決めようという所なのだろう。
それをアリオス王子はしっかりと分かっていた。
「これから皆と共に学びあってゆく仲だ。
二人ともよろしく」
アリオス王子の中立宣言によって、生徒達に動揺が広がるのが分かる。
そんな波乱含みの中で私達のメリアス魔術学園での生活は始まった。
戦場に出た人間と出ない人間の違いは何かと言うと、間合いの取り方にある。
己の武器を選択し、その武器に最適の間合いをいつも心がける事で、不測の事態に対処するという訳だ。
という訳で、間合いなんて意識していない私は確定的に初心者なのである。
証明終わり。
「まてや。
そこの五枚葉従軍章持ち」
授業が始まる前に私がアルフレッドに語っていた背後から、案の定シドが突っ込む。
貴重な突っ込み役なのでできるだけ仲良くしたいものだ。
「何よ?
嘘は言っていないわよ」
「ああ。
嘘は言っていないが、だからこそたちが悪いんだろうが。
おまえが張り付かせているとかげについて何か言ってみろや。おい」
「あら?
ぽちはマスコットよ。
ねー」
「きゅ♪」
メリアス魔術学園は上流階級に連なる人間およびそれに仕える人間を作る為に、学ぼうと思えばかなりいろいろな事が学ぶ事ができる。
で、今は剣術の授業である。
私達女子も参加になっているのは、襲われる危険もあるから最低限の身の守り方を学ぶという理由がひとつ。
もう一つは、教室内に入れない護衛騎士たちとの交流の場としてである。
残った最後の攻略キャラ。
ミティアの護衛騎士キルディス卿のお披露目の場所だったのである。
「あれほど勝手に出るなと……」
「ご、ごめんなさいっ!」
で、そのキルディス卿は一人で魔術学園に行ってしまったミティアに説教中。
彼はベルタ公の血縁者で彼からつけられた護衛騎士なので、王子と同じくおよそすべてのからくりを知ってここに来ている。
だから、ミティアを説教中にもかかわらず、こっちで馬鹿話をしている私から意識を離していない。
ヘインワーズ侯の全面降伏とエレナお姉さまとの婚約の話については耳に届いているだろうから、何を企んでいると疑心暗鬼でいっぱいなのだろう。
かわいそうに。
キルディス卿の正式名称は、
ベルタ騎士団に属しミティアの盾にして剣 キルディス・ブロイズ 騎士
となる。
高い背に藍色の髪を短くしているがそろえている訳ではなく、体つきはしっかりとしており、背は攻略メンバーの中で一番高い。
相手の視線を遮る為に前髪は少し伸ばしているのがおしゃれと言った所か。
彼自身は、兵士から騎士に抜擢された重装歩兵で、ゲームの戦闘においては主人公を守る盾役として大活躍する。
その抜擢されたことからもわかるように、ベルタ公から絶大な信頼を得ており、それゆえに彼がミティアと駆け落ちした場合ベルタ公取り潰しにまで話が発展する。
なお、ゲーム内におけるユーザーからのあだ名は『苦労騎士』だったり。
話がそれた。
「エリーお嬢様はすごい人なんですね」
ちっ。
こっちが意識を飛ばしている間に、シドがアルフレッドに何か吹き込んだな。
まあいいけど。
「何を言ったのよ?」
「さっきの話の補足さ。
あんたの代わりに、そのとがげがキルディスの視線に気づいて睨んでいた事とか」
私の間合いがらみのからくりがこれである。
実質的にぽちが全周囲の警戒をしているから私は意識を払っていなかったりする。
何か言おうとして授業開始の鐘が鳴る。
という訳で、剣術の授業に参加しようとしてとんとんと肩をたたかれるといい笑顔をした王子様一言。
「知ってるかい?
この学園内で一番高い従軍章を持っているのは君なんだよ。
だから、君も教える側ね」
どうしてこうなった!?
さて、この場にいる講師陣だが私にアリオス王子にグラモール卿の生徒側、キルディス卿にグラモールの護衛騎士数人。
よその護衛騎士は私の五枚葉従軍章に目を丸くしているし。
で、この中で一番の技量があるグラモール卿がまず間合いの話を始めていた。
「まず剣を持つ上で意識してほしいのは己の体を知る事だ。
たとえば、身長はそのまま剣を持つ場合有利不利がはっきりと出るので、自分の身長を知る事から始めてほしい」
当たり前の話だが剣は手で持つ訳で、剣の長さ+手の長さがそのまま基本リーチとなる。
グラモール卿の話は間合いのさらに前である自分のリーチ把握からはじめていた。
このあたり分かりやすいなぁ。
という訳で、皆模造剣をもって自分のリーチを知る所から始めている。
「うわ。
剣が重たぁい……」
ためしに持ってみた風を装った学生服姿のアマラがぶりっこをしてシドから白い目で見られている。
盗賊ギルド所属の高級娼婦がそのあたりを仕込まれていない訳がない訳で。
けど、そのぶりっこは私もやろう。
「うわ。
剣が重たぁい……」
全員から白い目で見られましたよ。
何この差別。
「皆、剣を持ったと思うが、重さも大事なので忘れないように。
当たり前だが、重たい物を振り回すのは疲れる訳で、軽ければ折れる可能性もある。
そのあたりはおいおい己にあった武器というのが見つかってゆくはずだ。
とりあえず、人に当たらないようにして剣を振ってみろ」
アルフレッドを眺めていると、グラモール卿の指導の元剣を選んでいるのが見える。
駆け出し冒険者にとって、この授業は大いに役に立ってほしいと心の中で願っていたら、茶番に飽きたのかアマラがこっちにやってくる。
「ところでエリー。
あんたの獲物って何よ?」
「基本は杖なんだけど、剣限定ならばショートソードかな。
あんたは?」
「私は投げナイフ。
シドより上手いのよ」
乙女の会話じゃないよな。これ。
けど、こっからさらに乙女の会話じゃないので注意。
扇で口元を隠してのひそひそ話なのだが。
「で、ここの面子で勝てないのは誰?」
「あのグラモールは私とシドでも無理。
向こうの護衛騎士も戦いたくないわね。
なんとかハメればいけるかな?
あんたの所の新米は言わなくてもいいでしょ」
何か仕掛けても対処は可能か。
キルディス卿は抜擢されただけあって冒険で鍛え続ければ後半になると戦闘系技能が開花し、グラモール卿と試合をして勝ち近衛騎士団に抜擢されるが、ミティアの為に断るなんてイベントも発生する。
だが、今の段階ではまだ対処ができるか。
んでは、少し手出しをしたらやばい脅しを入れておきますか。
「アルフレッド。
体を動かすから、よかったら手伝って頂戴」
「え?
俺でいいんですか?」
不意に呼ばれたアルフレッド以上に、周囲の視線が私に突き刺さる。
五枚葉従軍章の価値を見定めようというあたりだろうか。
「お嬢様何も持っていないけどいいんですか?」
「大丈夫。
かかってらっしゃいな。
いつでもいいわよ」
アルフレッドが剣を構える。
かつて戦場で彼が構えた型はここでも同じ。
だからこそ、その癖を私は何度も見てきた。
「右足から踏み出す」
私の一言に踏み出そうとしたアルフレッドが驚愕の顔を晒す。
それにあわせて私は一歩前に進む。
「構えなおして、上段から振りかかる」
さらに一歩。
読まれている事に心が完全に平常心を失っている。
だから、そこにさらにつけ込む。
「で、近づかれたから一歩下がる」
下がろうとしたアルフレッドが完全に固まる。
それを見逃す私ではない。
体を前に傾けて、一気に間合いを詰める。
アルフレッドが剣を振り上げた時、私は彼の体を抱きしめた。
学生服越しに私の胸を押し付けるのも忘れない。
「はい。
チェックメイト。
戦場では平常心は大事よ。
覚えておく事ね」
役得である。
彼を抱きしめた時、彼の体の温かさが、彼の汗とにおいが私を過去と言う名の未来に追いやろうとするのをぐっと我慢する。
もう一度恋をはじめよう。
姉弟子様の言葉ではないが、今の私は恋する乙女としていろいろがんばるつもりなのだ。
あざとさももちろん、ぶりっこももちろんましましである。
アルフレッドから離れて戻ると、皆が一斉に拍手で出迎える。
音頭をとったのはあの王子か。
「お見事と言った所ですか」
「たいした事ありませんわ。
私、少し未来が見えるので」
私の言葉に王子の秀麗な顔が少し崩れた。
きれいに整えられた眉がぴくりと動いたのは私は見逃さない。
「占いをたしなんでおりまして、ある程度の未来は見えるようになりました。
もっとも、足がどちらから出るかとか、どう次は動くか程度の事ですけど」
従軍章持ちは一斉にわたしの言葉の意味を察して顔を引き締めている。
何かやらかしたら、その前にぽちのブレスを食らうぞという私の言下の脅迫はちゃんと伝わったらしい。
さてと、我がライバル殿は……
「これ、こうやって振ればいいのかな?」
こっちに意識がいっているキルディス卿相手に、ショートソードの模造剣を疑問顔で振っていたそうな。
お約束だなぁ。




