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3.聖女の役目


ルシアは以前、コールリッジ伯爵家の令嬢であった。


しかし、ルシアが4歳の頃。商いで抱えていた借金を返済するために両親は爵位を返上し、その際ルシアを領地内の小さな教会へ預けた。


幼いながらに両親と離れることは悲しかったし寂しかったが、それが最も最善だったのだと今は思うようになった。


それに、教会では侍女のようなことをさせてもらいながら、空いた時間で牧師様や他の修道女から勉強を教わるなど充実した日々を送っていた。


だがルシアが6歳の頃、その日々は一転した。


ここクリーヴィス王国では年に一度、平民貴族関係なく6歳になった者、なる者を対象に魔力量と属性の測定が大神殿にて行われている。


もちろんルシアも例に漏れず、測定のために大神殿へ赴いた。


「では次、ルシアさん」

「はい」


名を呼ばれたルシアは大司教のもとまで足を進め、促されるまま水晶に手を置いた。


「では、ゆっくりでいいので魔力を流してみてください」

「わかりました」


事前に牧師様たちに教わったことを思い出しながら、ルシアは水晶に魔力を流していく。


すると、瞬く間に水晶から強い虹色の光が発せられる。

見ていた者たちは、誰もがその美しく眩い光に「ほぅ」と息を漏らした。


それは目の前の大司教も例外ではなく、何処か信じられないと言った様子でルシアを食い入るように見つめていた。


「大司教さま、私の魔力は、なにか問題がありましたか…?」

「いいえ、何も問題はありませんよ。むしろ、とても誇らしいくらいです」


不安げなルシアに対し、大司教は興奮冷めやらぬ様子で言葉を紡いでいく。


「ルシアさん、貴女は治癒・浄化属性を持っています」

「治癒・浄化…」

「えぇ、そして光属性もです。それに加え、魔力量もかなり多い。貴女は確実に、聖女の素質を持っています」


(聖女の素質…。わたくしが?)


自分にそんな力があったことに驚き、ルシアは自身の両手を見つめる。


「ルシアさんは確か、元コールリッジ伯爵領の教会でしたね?」

「…はい」

「なるほど…。でしたら後ほど、貴女と共に来た者とお話をするので、別室でお待ちください」


大司教はそう言うと、近くの神官に目配せしてルシアを別室へと案内させる。


案内される道中、ルシアは興味本位で前を歩く神官へ、ふと聞いてみたことがあった。


「『聖女』とは、どのようなお役目なのですか?」

「……傷付いた者を癒し、穢れた大地を浄化する、とても名誉なお役目ですよ」


神官は困ったように少し眉を下げ、何処か悲しそうに言うのだ。


その時は、神官が何故そんな顔をしたのかルシアは分からなかった。

そしてそこからトントンに、ルシアが大神殿で聖女見習いとして勤めることなどを聞かされ、あっという間に本格的な教育が始まった。


しかし、聖女見習いとして教育を受ける中で、段々と神官の表情の意味が分かるようになっていく。



「ルシア!!蹲っていないで、早く浄化するんだっ!!」

「で、ですが、もう魔力が…」

「魔力が枯渇してきたからと言って、休めると思うな…!極限まで力を使え、いいな?」


最初の頃はまだ良かった。治癒と浄化のやり方を覚え、祈りを捧げ、聖女としての心得を教えられる。

それさえ終わってしまえば、あとは各々に自由な時間が与えられた。


元々、ルシアは一度教えられたことはすぐ理解出来てしまう故、魔法を扱えるようになるまでに時間は掛からず、暇を持て余したルシアは、せっかくなら光魔法も使いたいと願った。


そこで、大神殿の書庫に行き光魔法についての術式などを学び、裏庭で練習をしていたのだ。


しかしそれを、大司教達に見られてしまった。


ルシアの利用価値が高いと判断した彼らは、今まで以上に厳しく魔法の知識を教え込み、やがてルシアを魔物討伐など危険が伴う場所へ連れて行くようになった。


午前中は大神殿で礼儀作法や聖女についての勉強、治癒・浄化の訓練。午後は数人の神官と共に魔物討伐や、光魔法の訓練。

魔物討伐や訓練の中で何か1つでも失敗すると、鞭で叩かれるなど厳しい処罰をされ、常に聖女として完璧を求められる。


一一きっと、これがこの国の聖女の役目なのだろう。


そんな生活を送るにつれて、ルシアの心は限界を迎えていった。


(もうこんな生活は嫌だ…。誰でもいい、誰か助けて…)


しかしその願いは叶わぬまま、ルシアは10歳になり聖女の地位へ就くと同時に、王太子であるエドガーとの婚約を結ばれてしまう。

そのため、(ここ)から逃げることは不可能となってしまった。


それに加えて、婚約者となったエドガーのルシアへの態度は、最初から良いものではなかった。


「お前が俺の婚約者か」

「はい」


エドガーは舐め回すようにルシアをじっと見たかと思うと、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。


「はっ!!俺の婚約者というから、どんなものか気になったが…、悪魔のような赤い瞳に、廃れたような灰色の髪をしたお前など、いくら聖女とはいえ願い下げだ」

「……左様ですか。ですが、この婚約は国王陛下と大司教様が決めたことですので仕方がないことかと」

「そんなことなど分かっている!一一全く、可愛げのない奴だな」


(可愛げがないことなど、自分でも分かっているわ…)


エドガーの態度は、そこからも変わることはなく、義務的に行うお茶会や夜会の場においても、彼はルシアを慮ることは一度もなかった。


13歳になるとルシアは形式的に学園へ通うこととなったが、週に3日は聖女としての仕事があるため、ルシアは他の生徒と同じように授業を受けることはできずにいた。


そうしている内に、ルシアと同じように学園へ入学したミラベルが、エドガーと親しくしている様子を見ることが増えていった。


一応エドガーはルシアの婚約者であるため、それとなくミラベルに注意をしてみたことがあった。


しかし、


「殿下がぁ、ミラベルが良いっていうのだから、仕方ないでしょう?」


一一と勝ち誇ったような笑みで言われたので、疲れ切っていたルシアは彼等の好きにさせることにしたのだ。


元々、ミラベルは見習いの頃から大司教や他の神官と共に何処かへ出掛けていくルシアが気に入らなかったらしい。


その積もり積もった妬みが、ルシアの婚約者であるエドガーを奪うことで発散されているのだ。


(きっと、ミラベル達は本来の聖女の姿を大司教様から聞いていないのね…)


それは、なぜ?


(それは、恐らく聖女の本来の役目を知った子達が、大神殿から出て行くのを防ぐため…)


だから、聖女の本来の役目は『聖女』になった者にしか分からない。


(一一思えば前任の聖女様も、かなり疲弊していたわ)


前任の聖女様と実際に会ったのは、ルシアが聖女の地位へ就く時だけだったが、それはそれは酷い顔色をしていた。


彼女はルシアの顔を見て、少し罪悪感がありながらも、何処かほっとした表情を浮かべていたのを鮮明に覚えている。


それほどまでに、この国の『聖女』に対する扱いは悲惨なのだ。


(こんな国のために、私は自分の人生を捧げたくない。絶対に、いつかこの国から出てみせる…!)


いつの日からか、ルシアはそう強く願うようになった。




一一そんなルシアの前に()が現れるのは、もう暫く後のことである。


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