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2.連れ出して


ノエルという青年が発した言葉に、周囲が響めいた。


「魔王だと…!?」

「まさか、そんなことあるわけが…」

「いやしかし、あの禍々しい魔力は……」


人々が不安げに話している中、ルシアは心臓の高鳴りが増していた。


(この人が、私の「番」…)


何故だか分からない。しかし、不思議な程に彼の番であるということが、ルシアの胸にストンと落ちた。


(出会ったばかりだというのに、この人なら大丈夫だと思ってしまう)


それに、跪いてルシアの手に優しく触れている彼に、何処か懐かしさを感じた。


ルシアは一度息を吐くと、目の前の青年に向けて口を開いた。


「本当に、貴方様は私の番だと言うのですか」

「あぁ、そうだ」

「では、私が貴方様の番だという証明はどのようになさるのです…?」

「なに、簡単なことだ」


そう言ってノエルは立ち上がると、ルシアの首元へ触れ、口元に笑みを浮かべる。


「一一ここに、俺と一緒の紋様がある。それが、俺とルシアが番同士であるという証明だ」


ノエルは首元から手を離すと、右の手袋を外し、その手の甲を露わにした。

そこには蔓のような物が対になるように描かれていた。


紋様(これ)が、お前の首に同じようにある。後で確認してみるといい」


(さっきから首がじくじくしていたのは、紋様(これ)が表れたからかしら…)


もしそうだとしたら、彼が現れてからの身体の異変に納得がいく。


ルシアは目の前の美しい金色の瞳を見つめ、ゆっくりとした口調で問いかけた。


「貴方様は、私をどうするおつもりですか…」

「ふっ、別に取って食ったりするつもりはない。ただ、番であるお前と共にありたいだけだ」


(一一っ!)


ノエルは柔らかい笑みを浮かべると、ルシアの手へ口付けをする。


そしてルシアの腰へ手を回して引き寄せると、強い魔力に当てられ動けなくなっている人々に向けて言葉を紡ぐ。


「一一そういう理由(ワケ)だから、この娘は貰っていくぞ。人間共よ」

「「「……」」」


あまりの恐ろしさに、誰も彼の言葉に異を唱える者は現れない。


そんな様子を眺めていたノエルが、ふと意地の悪い顔をしたかと思うと、ある方向へ手を翳柿(かざ)した。


『打ち砕け』


ノエルがそう口にした途端、彼の手からは鋭い刃のようなものが放たれる。

そしてそれは目の前の皇太子であるエドガーの頬を掠め、その後ろにいた男に命中した。


「ぐぁっ…!!」

「全く、この俺に攻撃をするだなんてな。愚かな奴だ」


男が呻き声をあげると共に、辺りに悲鳴が飛び交う。


「一一まさか、殺したのですか…?」

「いいや、殺してなどいない。だが、俺に刃を向けるとどうなるのか、ほんの少し教えただけだ」


ノエルが指差す方へ視線を向けると、そこには黒い霧のようなものに体を覆われた男が蹲っていた。


男は霧のようなものを払おうと必死に踠いているが、それは離れることなかった。

むしろ、少しずつ霧の色が濃くなっているように見える。


「ほら、早く浄化するなりしないと、その霧は奴の魔力を奪っていくぞ」

「〜〜っおい、ルシア!!何をぼうっとしている!早くこの者を浄化しろ!!!」


エドガーは顔を青ざめさせ、ルシアへと怒鳴るように命令をしてくる。


「ですがそれは一一」

「はははっ!!面白いな、人の子よ」


ルシアが言葉を紡ぐよりも先に、隣にいるノエルがくつくつと笑いを零しながら言う。


「お前は先程ルシアと婚約破棄をし、聖女をその娘とした。つまり今、この場での聖女はお前の隣にいる娘だろう?そんなことも忘れたのか」

「一一……っ!!」

「……っえ、わ、わたし…?」


ミラベルは戸惑った様子でエドガーの服の裾を掴み、彼を見つめた。


一一しかし、皆の前で婚約破棄と聖女交代の宣言をしてしまった以上、ここでミラベルが男の浄化をしないという選択はできない。


そうエドガーは判断したようで、ミラベルへ目配せして浄化を行うよう促した。


「……っ 」


ミラベルはぐっと眉を寄せたが、すぐに男の傍に膝をつき、そっと手を翳した。


『浄化』


ミラベルがそう唱えると同時に、白い光が男を包むように光り、黒い霧を覆っていく。


「おぉ、さすがミラベル様だ。瞬く間に霧がなくなっていく」

「素晴らしい…」


人々が感嘆の声を零す中、ルシアは1人眉を寄せていた。


「一一……」

「一一遅い、と。そう感じているのだろう?」

「!!」


耳元でそう囁くように言われ、ルシアは思わずびくっと肩を揺らす。


そして「なぜ分かったのか」という思いを込めながら、静かにノエルの方へ視線を向ける。


ノエルはルシアの言わんとしていることが分かったようで、彼女にしか聞こえない程の声で、言葉を紡いでいく。


「なに、単純なことだ。ルシアとあの娘とでは、纏っている魔力が違いすぎる。お前は普段から治癒や浄化以外に魔物討伐などをしていただろう?そういったものの積み重ねだな」

「……分かるのですか」

「俺は魔王だぞ?相手の力量も分からずにいてどうする」


そう言って、ノエルは不敵な笑みを浮かべる。


その笑みにルシアの心臓が、とくんっと小さな音を立てた。


「何より、お前はある程度の治癒や浄化であれば無詠唱でできるだろう」

「それも、分かりますか…」

「あぁ、ずっと見ていたからな」


(一一ずっと?)


ノエルのその言葉が少しばかり引っかかったが、今は目先のことが優先だ。


ルシアは男の浄化を終えたミラベルと、その隣にいるエドガーへと真っ直ぐ視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。


「エドガー殿下、少しよろしいですか」

「なんだ、ルシア。ミラベルの力を目の当たりにして、今更手のひらを返そうとしても無駄だぞ」

「いえ、そのようなことは一切御座いませんので、ご安心を。ただ最後に1つ、申し上げたいのです」


そう話すルシアをエドガーが怪訝な顔で見つめる。そんな中、ルシアはドレスの裾を摘み、カーテシーをしてみせた。


その顔に浮かんでいるのは、今までで一番の美しい笑みだ。


「エドガー殿下、今宵は(わたくし)を『聖女』という役目から解放してくださり、誠に感謝致します。生きてきた中で、今が一番嬉しいですわ」

「!!」

「これから、せいぜい頑張ってくださいませ」

「なっ…!ルシアお前っ!!」


顔を歪めたエドガーが何か言うより先に、ルシアは自らの隣にいるノエルへと体を向けた。


「ノエル様」

「なんだ?ルシア。別に『様』なんてつけなくていいし、敬語も不要だ」

「では、ノエル。貴方、私と共にいたいと言っていたけれど、もしかして(ここ)から連れ去ってくれたりするのかしら?」

「もちろん。俺は最初からそのつもりだ」


ノエルは柔らかい笑みを浮かべて、此方へ手を差し出す。

きっと、「共に来るならこの手を取れ」ということなのだろう。


(今の私に、この手を取らない理由はないわ)


ルシアがノエルの手へ自身の手を重ねようとした時だった。


バタバタと慌ただしく会場(こちら)へ駆けてくる足音が、幾重にも聞こえてきたのだ。

そして何事かと考えるよりも先に、会場の扉が勢いよく開かれた。


「ルシアっ!!!」


(また、面倒な人が来たわね…)


そこには騎士を連れ、荘厳な服を身に纏ったルシアにとってよく見慣れた男性が立っていた。


「ルシア、あの男は大司教か?」

「えぇ」

「なるほどな」


ノエルと静かに言葉を交わしていると、息を僅かに整えたらしい大司教が口を開いた。


「ルシア、お前は一体何をしている」

「私は特に何も。強いて言うなら、元婚約者殿に婚約破棄をされ、聖女の地位を剥奪されたくらいです」

「何を馬鹿なことをしているっ!!お前以外に、この国の聖女は勤まらないというのに…!!」

「ですが大司教様。私もう既に書類に署名し、血印まで押しましたわ」

「血印、だと…!?」


「血印」という言葉を聞いた瞬間、大司教の顔から血の気が一気になくなってしまう。


(私がこの国から逃げるには、血印(それ)が一番手っ取り早いんだもの)


大司教はふらふらと足元をおぼつかせながら、何かブツブツと呟いている。


そんな様子を横目に見ながら、ルシアはノエルの手を取り、視線を交わせる。


「ノエル、早く私を(ここ)から連れ出して」

「仰せのままに。俺の唯一の姫君」


すると、ノエルはルシアを横抱きにし、会場へ響く声色で改めて告げる。


「さて、人間達よ。先程も少し言ったがルシアは魔王である俺の番だ。よって、俺が貰っていく」


そう言うやいなや、ノエルは魔法陣を展開する。


それが転移のための陣だと大司教は気付いたらしく、さらに血の気を失った顔で叫ぶように言う。


「まっ、待て!!ルシア!!この国を見捨てるというのかっ!!」


ノエルに身を預けながら、ルシアは冷えきった眼差しを大司教へ向けた。


「私にそうさせたのは、貴方達でしょう」


その一言を最後に、ルシアとノエルはこの場から居なくなった。




一一 2人が去ってから暫くの間、会場は静寂に包まれていたが、次第に人々のざわめきが大きくなっていく。


「ルシア様が、魔王の番…」

「だが、ルシア様は人間だろう?そんなことがありうるのか…?」

「もしかして、ルシア様には魔族の血が…!?」

「彼女は聖女として、治癒や浄化をしておられた故、魔族ではなかろうよ」

「まあ、ミランダ様が聖女になられたのなら、この国は大丈夫だろう」


人々が言葉を交わしている中、大司教ただ1人は未だに顔を真っ青にしていた。


(ルシアがいなくなった…!!あの子がいなければ、やがてこの国は崩壊する!!)


大司教は、ぎゅうっと掌を握りしめる。


(何がなんでも、ルシアを取り戻さなければ…!!)



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