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「なっ……?」
ウーノは驚愕しながらもバックステップを踏み、次なる攻撃に備えた。その身のこなしは、まあ合格点だ。
彼は、膝立ちした体勢で自分に銃を向けるルドヴィーコの姿に、更に目を見開く。
「馬鹿な! 薬が効かなかったとでも!?」
「残念ながら効かなかったわけじゃない」
お陰で狙いが逸れた、と文句を言う。いつもよりも時間を掛けて、立ち上がる。本調子ではない。懐から小さな空瓶を取り出したルドヴィーコは、「魔界の薬も相当だけど、人間界の薬もよく効くもんだ」と感心したようにしげしげと見つめた。
いつぞや、隣国の王子の病を治した“万能薬”。
「よく飲む時間があったな」
「ギリギリだったけど、間に合った。危うく死ぬところだった。あのフザけた名前の薬、せめて服薬量はしっかり記載するべきだ」
生真面目な顔でそんなことを言う余裕はあるということか。
にしても、フザけた名前の薬、とな。──思い当たるものが複数あるのだが、どれだろう。
「……ところで蜥蜴っ子、俺、後で話したいことがあるんだけど」
「うん? 別に今でも良いぞ?」
「後の方が助かるんだ、俺が。流石にさっきの今だと、心臓が持たない」
何の話だ、と首を捻ったラウラに、ルドヴィーコは「全部ひっくるめて後で話すから」と強く言い切る。
「悠長に会話とは、余裕ですね」
声を掛けられ、ん、と頷く。
「その通り、余裕だからな!」
ビシリと人差し指を突き出したラウラに、「貴方のそういうところが嫌いです」とウーノは苦々しい顔をする。余裕、という言葉を覆したくなったのだろうか、彼はパチリと指を鳴らした。
「グォ……」
「ォオオオ!」
無数の魔獣が出現した。中にはアンデッド化しているものもある。ウーノの能力だろう。
おまけに指を鳴らすことは暴れてヨシという合図だったのか、魔界人も続々と集まり始めている。
四方八方を取り囲まれ、二人は揃って視線を巡らせる。
「これは結構な数だな」
ため息混じりの声は、どことなく気怠げだ。薬が抜け切っていないのか。
「どうにでもなるぞ。私がいるんだ。だろう?」
不敵な笑みを返せば、ルドヴィーコは「ああ、確かに」と表情を緩めた。
「ラウラがいれば大丈夫なら気がする。なにせ、俺の月桂樹だから」
「……なんだそれは。大仰すぎやしないか」
自信家なラウラでも、さすがにそこまでは自称しない。あまりに仰々しい喩えに、身を引く。女神なんて言葉は、到底自分には似合わない。違和感があって仕方がない。しかしラウラが眉を寄せても、ルドヴィーコは否定をしないのだから、どうしようもない。
「だって、勝つんだろう? 一緒に」
迷いも無く、首肯する。満足げに、主人は笑った。
「なら、あってる」
心からの笑みに、ラウラはぱちりと目を瞬かせた。何故だか、妙な喜びと居心地の悪さを同時に覚え、慌てて「ところで少しばかり気になっていたんだがな」と話を変える。
「どうしてお前、反乱なんかしたんだ」
愚問ですね、とばかりにウーノがため息を吐く。
「聞くまでもないことを」
小馬鹿にするような態度に、やっぱりこいつ嫌い、と口を尖らせる。
むんと胸を張ったウーノがにやりと笑う。
「世界制覇──漢ならば、その頂を目指さなくてどうしますか!」
一拍置いてから、ウーノ側についていた魔界人がどよめいた。
「お、おおー!」
「なるほど、一理あるべ」
口元が引き攣る。ちょっと待て、一理も何も、あってたまるか、そんな理由に。ふざけるのもいい加減にしろ、と怒鳴りたいところであるが、当の本人もその周囲も、まるでそれが当たり前であるかのように受け入れている。というかどよめいているウーノ側の魔界人は、今まで自分のリーダーの目的も知らずに動いていたのだろうか。いや、暴れたいだけの連中だから、大いにあり得る話ではあるけれども。
誰も彼もが、おお、と納得したように口をぽかりと開ける情景に、その理由を“ふざけている”と判断している自分が正常ではないのか、と不安になる。
そんなまさか。顔をルドヴィーコへと向ける。彼の顔も引き攣っている。よかった、自分は正常だ。
安堵したのも束の間、冷えた声が降る。
「そういうわけですから──貴方は邪魔です、ラウラ様」
ルドヴィーコの近くに多数の魔獣が出現した。一斉に襲い掛かる魔獣に、「ジーノ!」と声を掛ければ、囲まれている彼自身からの一瞥により、近寄ることを制される。
彼は懐から取り出した魔銃を取り出すと、至近距離から撃ち放った。狙いは正確だ。しかし威力は弱い。数日置き、ラウラを召喚していない分だけ魔力が有り余っているはずだが。わざと出力を制限しているのか。それとも意識せずそうなってしまっているのか。
心なし敵の攻撃を避けるステップも鈍い。
(やっぱり薬は完全に切れているわけじゃないみたいだな)
理解してなお、ラウラは無理に乱入することはしなかった。機をうかがう。警戒すべきは魔獣だけではない。
魔獣を操っているのは、ウーノだ。ウーノさえどうにかすれば、少なくとも無数に出現する魔獣はどうにかなる。
歯を剥き、ウーノを睨めば「おお怖い」とおどけた声が返った。余裕がある。恐らくラウラはルドヴィーコから離れられないと思っているのだ。
それを決定的なものにするためだったのか、ウーノは片手を軽く挙げ、“仲間”に合図を送った。敵勢の魔界人──トサカのような頭をした鳥類系の男と、ジャラジャラと鬱陶しそうな鼻輪をつけた男が二人、ルドヴィーコへと飛び掛かった。
トサカ男の攻撃が、ルドヴィーコへと迫る。魔獣よりも動きが複雑で、力も強い。ルドヴィーコは魔銃を彼へと向け──「く」と呻き声を漏らし、撃つことを躊躇った。
鋭く太い爪が、ルドヴィーコに振り下ろされた。魔銃を引っ込めたルドヴィーコは、爪が向かうであろう先に魔銃を横向きに構えた。
銃身に爪が食い込む。一歩下げた右足で地面を踏みしめ衝撃に耐えたルドヴィーコは、トサカ男を押し返した。
ルドヴィーコに休む隙を一切与えずに、次々に飛んでくる魔獣を避けながら、彼は自身の右手に収まる魔銃をしげしげと見下ろす。
「ああ、さすがに壊れた」
魔界人の一撃を前に、一度持っただけでも十分だ。
これで、ルドヴィーコの武器はなくなった。ラウラがハラハラした心持ちで、それでも手を出せずにいるのは、この状況においてなお、主人が彼女に助けを求めようとはしないからだった。
いい、と彼は最初にラウラに視線で訴えた。手を出すな。出してくれるな。そんな意思など無視すればいい。そうしたら、ラウラ一人でどうにかしてみせる。でも、それでは駄目だと彼は言う。なによりラウラは、主人の意思を無視したくはない。
「これはもう使えないな」
そう呟くと同時に、ルドヴィーコの顔に決意が過ぎったことを、ラウラは遠目で認めた。
何をする気なのか。
答えは、すぐに得ることができた。




