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来訪者は、どうやら魔王に用事があるようだった。
鉄格子の前にドカリと座ると、「聞いたぜ、ラウラさんが戻ってきたらしいじゃねぇか」と嬉しそうに言った。ラウラ、という名が出てきたことで、ルドヴィーコは背筋を伸ばす。
「まーぁた派手に暴れてるらしいな。向かってくるやつをちぎっては投げちぎっては投げ……敗者の山ができてやがらぁ」
「うん、流石は我が娘だ!」
「お前さんでなく、カミさん譲りじゃないかね、あれは」
ほら昔あっただろ挑戦者だとかいって彼女の前に長い列ができたこと、と早々に昔話に入っていく。あったあった、と嬉しそうに魔王が返すので、余計に話の舵はそちらに取られる。
ひとまずラウラが無事で良かった。大丈夫だとはわかっていたが、それでも元気だということがわかると、安心するものである。
魔王の顔馴染みらしい魔界人は、ひとしきり話が済むと、「じゃ、また来るわ」と言って立ち上がった。
「えー、もう行っちゃうのかい?」
「俺は牢に繋がれているお前さんと違って、やることもあるんでね」
「それは心外だな。僕は今、“牢に繋がれる”という“やること”をこなしているだけなのに」
眉を吊り上げた魔王に、しかし一介の魔界人であろうその人は、「あー、はいはい。そうだったなぁ」となんとも雑な返事をする。これはもう、敬語を使うとか使わないとかいう以前の話ではなかろうか。どうやら魔界の王と、人間界の王は、意義からして全てが異なるようだ。
「ま、俺がいなくなっても、またすぐに誰かしら来るって」
ひらひらと手を振りながら、どこへやら消えた彼の言うとおり、その後も来訪者は後を絶たなかった。内容は、ラウラ一色だ。
曰く、
「ラウラ様、いつにも増して激しかった」
「炎で家が燃えた。ラウラ様が燃やした家、ってタイトルつけたら観光客来るかな」
「戦ってきた! 負けた! 右腕ガブッとやられた! 食い千切られた!」
「お陰様で千切れた腕から僕という別の個体が誕生しました」
など。
話を聞く限り、ラウラは元気そうだ。
ルドヴィーコの知らない種族の在り方を知る良い機会にもなった。その知識が増えたところで、特にそれ以上に得るものもないのだが。ただ、ラウラには後で、口に入れると危ないものもある、と教えなければ。細胞分裂で別個体ができるようなやつ、腹に居座られたらと思うと、怖い。
それにしてもここの見張り、あまりにザル過ぎやしないか。むしろいるのだろうか、見張り。
もしかしたら見張り役かもしれない二人組は、今頃クスリの隠し場所を探しているのかもしれない。
総合して見ると、ここは人間界でいうところの『牢獄』ではなく、牢獄型の部屋、あるいは牢獄を模したアトラクション的な位置付けなのだろうと思われた。魔王が牢に入れられて悲観している者が一人もいないし、それどころか「ここ住み心地どうなの?」などと訊いている始末だ。
頻繁に出入りする魔界人は、どこからやってきているのだろうか。目を細めて確認しようとするが、上手くいかない。おそらく人間では為せぬ技を使っているのだろう。
ルドヴィーコ自身は話には加わらず、ひたすら話を盗み聞きするに徹していたが、ある時「ところで、それ何?」と一人の魔界人がルドヴィーコを指差したことによって、平穏は崩れた。
「人間だよ」
「人間!」
あの有名な!
目をカッと見開いた彼らは、ルドヴィーコを質問攻めにした。やれ「人間は本当に三食食わねば死ぬのか」だとか、やれ「本当に人間は、自国の王に生涯を捧げるのか」だとか、他には……例えば、「忠義とは何なんだ」だとか。とにかく、人間の生態や行動を不思議に思っている様子だ。
噂が噂を呼んだのか、何故か途中から魔王ではなく人間を訪ねてきた魔界人も多かった。
(これなら、俺がここにいることは、まず間違いなくラウラの耳に入っただろうな)
思わぬ援護射撃に、苦笑する。
ラウラの進行具合も把握できた。とんでもないスピードで敵を薙ぎ払い、城に向かっているらしい。
「魔界では、魔力が空気中に大量にあるからね。一気に消費しない限り、大丈夫だよ」
ルドヴィーコの心配を払拭するように、魔王が付け加える。
それでは、前回の反乱の時は、まさに死闘であったのか。自らの魔力を保てない程に、暴れたのだから。
「あの時は、相手が相手──アドルフォだったからね」
「ああ、確か……三段階に変化できる魔界人は、かなり強力だとか」
流石に同格との戦いでは、本気でやらねばどうしようもなかったのだろう、と予測する。一緒にいる限りは、阿呆の子にしか見えなかったが、あれで能力は高いのだ。うんそうだよ、と魔王も同意を示す。
「その点、今回反乱を起こしているウーノは、魔力は弱いから」
その代わり、“配下”の数は非常に多いのだけどね。
「……そのウーノとやらは、弱い者を、なんらかの手段で従えている、のか?」
答え合わせをするように訊ねる。魔界人の敵は人間、と大別するのであれば、ルドヴィーコは敵だ。果たして、答えてくれるかどうか。
魔王は、割とあっけらかんと、口を開く。
「神経毒でね。意識を乗っ取る」
首をとんとんと叩く動作は、そこに何かを打たれる、ということなのか。ルドヴィーコは自身の首に触れ、──かさぶたになっている箇所を、指先で撫でた。
「ウーノ自身は弱いのさ。だから、戦い方を考える。勝てる方法を考える。弱い者で数を集め、強い者を動かす力を得る。──あの子にとって誤算だったのは、あの反乱で、我が娘を“再起不能”にできなかったことと、きみに自分の術が効かなかったことだろうねぇ」
その言葉には、王であるが故の、自分の民であるウーノに対する慈愛も感じる。同時に、自身は人間界を攻め落とそうとはしていない意思が見て取れた。でなければ、こんな話、自分にするだろうか。
「貴方も、人間の味方をするから捕まったのか?」
「僕は人間の味方をしているわけじゃないよ」
達観した声だった。
「でも積極的に攻める気はない。あそこは彼女が大事にした人間が一人、いるからね。正直それ以外の人間なんぞ知ったことではないけれど、……それで十分だと思わないかい?」
たった一人、そこにいる。
それだけで理由に成り得る。
人間界は、その一人のために護られている。
ルドヴィーコの返事を待たずに、魔王は彼から視線を外した。
「今のペースでいくと、明日にでも、ラウラはここに着くだろうね」
我が娘ながら優秀だ。声が穏やかに響く。きっと心から誇らしく思っているのだろう。
「その前に、きみともう少し話をしたいことがあるんだ」
金色が細まった。
「ひとつ、昔話に付き合ってくれるかい?」
よろこんで、と応える。
声は震えていないだろうか。それをふと、思った。




