帰還
「へ!? な、なんで!?」
直哉が急に飛びのいたせいで、小雪はぎょっとした声を上げた。
それとほぼ同時、笹原家の玄関が乱暴に開け放たれて、バタバタと足音が響く。
やがて何秒と待つことなく、リビングの扉が開け放たれて顔を出すのは――。
「小雪! 無事か!」
「パパ!?」
顔面蒼白になった小雪の父親――白金・K・ハワードだった。
まさかの状況下でのまさかの来客。小雪はあんぐりと口を開いて固まるばかりだ。
そんな中、直哉は床に転がったままでハワードに頭を下げる。
「どうも今晩は、お義父さん……」
「はあ、今晩は……? なぜ君はそんなところで寝ているんだ」
「いろいろありまして……あはは」
表に車が停まる音を聞きつけて、慌てて小雪から飛び退いたのだ。
まさに間一髪のところだった。
下手をすると好きな子のお父さんが立ち会いの下、ファーストキスを済ませてしまったかもしれない。そういうのは結婚式のときだけで十分だ。
(えっ、でも……娘に手を出す不届き者を成敗しに来た、って感じでもないな?)
ハワードから感じられるのは可愛い娘を案じる思い、ただそれだけだ。
直哉への敵意は一切ない。それどころか、直哉の方へも気遣わしげな目を向けている。
小雪ともども、ふたりは戸惑うしかないのだが、ハワードの顔は真剣そのものだった。
娘の肩をがしっと掴み、切羽詰まった様子で叫ぶ。
「それより小雪! ここにいては危険だ! すぐにパパと逃げよう!」
「はあ……? 急に来てなにを言ってるのよ、パパ」
不機嫌丸出しの顔で父を睨む小雪だった。
ファーストキスの空気は完全にぶち壊れたし、お家デート中に親が乱入しては聖人でもぶちギレる。
必死な父親に向かって、小雪はしっしと手を振って追い払おうとする。
「帰るならひとりでどうぞ。っていうか、いつイギリスから戻ってきたのよ。全然聞いてないんだけど」
「ぐっ……それはすまないと思うが……いろいろあって、連絡する暇がなかったんだ!」
ハワードはバツが悪そうな顔をしてから、直哉の方に向かって叫ぶ。
「直哉くんも私と一緒に逃げるんだ! あの悪魔がもうじきやって来てしまう……!」
「あー…………そういう展開ですか」
直哉は天井を仰ぐしかない。
たったそれだけの情報で、直哉は何が起こっているのかを察してしまった。
分からないのはこの場でただひとり、小雪だけだ。
「はあ? 悪魔っていったいどういう――」
「……申し訳ない」
そこで、非常に静かな声が響いた。
リビングの扉に立っているのは、どこにでもいるような壮年の男だ。中肉中背、口元に浮かべた笑みは苦々しいが柔らかなもので、一見すると人畜無害そうな印象を万人に与えることだろう。
そんな男はかぶりを振って、なおも続けた。
「ハワードさんを空港で引き留めようとしたんだが……目を離した隙に逃げられてしまったんだ。本当にすまない、直哉」
「なんでこのタイミングで帰ってくるのかなあ……」
「えっ、ま、まさか……」
頭を抱える直哉と男を見比べて、小雪は目を丸くして叫ぶ。
「直哉くんのお父様!?」
「どうも、笹原法介です。うちの直哉がお世話になっております」
「ええい……! おまえはうちの娘と関わるんじゃない!! この疫病神め!!」
にこやかに頭を下げる男――法介に、ハワードは牙を剥く勢いで突っかかっていく。
そのままぎゃーぎゃー騒ぐ父親たちの背後から、ひょっこりとまた女性が顔を出す。
「あら良い匂いねえ。カレーでも作ったの、直哉」
「ああうん、腹が減ってるなら食えば良いんじゃないかな……母さん」
「お母様も!?」
母親の笹原愛理である。
久々の親子の再会だが、直哉はしばらくがっくり肩を落とし、ろくに言葉も出なかったという。もちろん今日帰るなんて、何の連絡ももらっていなかった。
続きは明日更新します。
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