憧れの膝枕
(……あれ)
直哉はふと目が覚めた。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
お粥を食べて眠ったおかげか、熱もすこしは下がってしまったようだ。そのかわり、寝間着はぐっしょり汗で濡れていた。まぶたもかなり重かった。
寝返りを打とうとして――直哉はぴたりと凍り付く。
(えっ、なんだ、この枕……)
頭の下にある感触は、慣れ親しんだ低反発枕のものではなかった。
ほどよく柔らかな弾力と、薄い布地の感触。おまけに甘い匂いもする。
仰向けになったまま、重たいまぶたを無理矢理持ち上げると――まず飛び込んできたのは白い山だった。しかし次第に焦点が合い始め、それが制服の胸部分であることがわかる。
その向こうには、小雪の顔が見えた。
「あら、起きたのね」
「小雪……」
こちらの様子に気付き、小雪はめくっていた笹原家のアルバムをぱたんと閉じる。
ベッドの縁に腰掛けた彼女の膝を枕にして、直哉は眠っていたらしい。
部屋の中では蛍光灯が煌々とともっていた。ベッドに横になったときはまだ日暮れには遠かったはずだが、窓の外はすでにとっぷりと暗くなっている。
まぶしさに目をこすりつつ、直哉はぼんやりした声でたずねる。
「…………なんでひざまくら?」
「覚えてないわけ?」
小雪は声にトゲを含ませて言う。
「あなたってばアルバムを出してきて、そのまま力尽きたのよ。それで『もうダメだ、小雪に膝枕してもらわないと死ぬ』とか言い出したんじゃない」
「覚えてないけどやりそうだわ……」
風邪で弱ったせいか、ついつい煩悩丸出しになってしまったらしい。
とはいえ過去の自分にGJを言いたかった。
膝枕をしてもらうのは初の体験だ。柔らかくて心地よくて、ずっとこのまま横になっていたくなる。
しかし直哉はその誘惑を振り払い、よろよろと身を起こす。
「長い間ごめん……足、きつかっただろ。起こしてくれてもよかったのに」
「別に気にしなくていいわよ」
小雪はさっぱりと笑う。日の暮れ方からして、けっこうな時間膝枕をしてくれていたはずだが、言葉の通りにあっけらかんとしていた。
「ずーっとアルバムを見せてもらっていたの。おかげで退屈しなかったわ」
「それならいいけど……なんなら帰ってくれてもよかったんだぞ。もう暗いし危ないだろ」
「大丈夫よ。連絡したら、あとでママと朔夜が車で迎えに来てくれるって」
「ああ、お義父さんはまだイギリスなんだっけ……」
「そろそろ帰ってくるらしいけどね。そういうわけだから、まだ時間があるのよ」
小雪はそう言って、ベッドから立ち上がる。
目線を外しつつぽつりと言うことには――。
「体、拭いてあげる。汗かいたでしょ」
「……言うと思った」
それに直哉は苦笑するしかない。まさに至れり尽くせりだ。
風邪を引いてよかったなあ、という不謹慎な幸せを噛みしめつつも、さすがにちょっと遠慮しておく。
「そこまでしてもらうのは悪いって。汗臭いだろうし、風邪をうつすかもしれないしさ」
「臭いなんて気にしないわ。それにあいにく、私はあなたと違って自分を律して生活しているの。風邪なんて引くわけないでしょ」
小雪はつーんと言いつつも、ちらっと直哉のことを上目遣いで見やる。
「それに、私が風邪を引いたら……直哉くんが看病してくれるでしょ?」
「……するけどさあ。よくないぞ、そういうの。拗らせたらどうするんだ」
「大丈夫よ。そもそも風邪なんて滅多に引かないし、たいてい一日で治るし」
お手本のような健康優良児の発言だが、強がりでもなんでもなく事実らしい。
それが直哉には分かるし、おまけに小雪はどこまでも本気で――。
「……ダメ? 私がしてあげたいんだけど」
「…………じゃあ、お願いしようかな」
最終的にはうなずくことしかできなかった。
すると小雪はぱあっと顔を輝かせる。
「それじゃあ待ってて、準備してくるから」
小雪は部屋から出て行って、ぱたぱたと階段を駆け下りていった。
その足音にじっと耳を澄ませてから、直哉はため息を吐き出す。
「また熱が上がる気がする……こんなのもうお嫁さんじゃん……」
心臓はうるさいほどに鳴り響くし、顔も真っ赤なのが自分でも分かる。
顔を覆って耐えるうちにも、階下では小雪が準備する物音が聞こえてきた。
続きは明日更新します。
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書き溜めた三十話分より先の展開がまだ決まってないので……みんなでリクエストしてさめを助けよう!






