風邪引き定番イベント
プールから帰った日の夜。
直哉は自宅のリビングで、満足げなため息をこぼしていた。
「はー……今日は一日楽しかったなあ」
小雪といろんなプールを楽しんで、さらに水着のまま入れる温泉まで堪能した。
水をかけあって遊んだり、おやつにかき氷を食べたり、休憩コーナーでお昼寝したり。
夕方までたっぷり楽しめたので、直哉は大満足だった。小雪の水着姿もしっかりこの目に焼き付けたし、言うことなしだ。
「うん。次は海だな……夏休みは絶対また誘おう」
まだ夏休みも始まっていないし、定期考査という試練も終わっていない。
しかし心は次の水着チャンスで完全に浮かれていた。
市内の海は混みそうなので、小旅行のような形ですこし遠くに行くのも悪くないだろう。
そうすれば今日以上に濃厚なイチャイチャを味わうことも出来るだろうし――。
「いや……あれ以上はちょっと身が持たないかな……うん」
暴走しかけた己の思考を律するべく、かぶりを振る直哉だ。
水着の彼女からのボディタッチは凄まじい威力だった。
感想を一言でまとめるとすると『とても柔らかかった』に尽きる。スライダーのときもそうだったが、以降も小雪は距離が近くてやたらとドギマギさせられた。
おかげでもう日付も変わる頃合いなのに、興奮のためかまだまだ寝付けそうにない。
明日は学校なのになあ、と直哉は幸せなため息をこぼす。
「ほんと、まだ体がぽかぽかしてる気が…………?」
そこで、はたと気付いてしまう。
「これは……風邪では?」
嫌な予感に、あわてて体温計を取り出してみる。
三分後、計測器は三十七度五分という微熱を示していて……直哉は今日一番のため息をこぼし、重い腰を上げた。
「…………掃除しよう」
笹原邸は二階建ての一軒家だ。
両親が海外赴任中のため直哉の一人暮らしではあるものの、そこそこいつも綺麗にしている。
だがしかし風邪を引いてしまったからには――もっと念入りな掃除が必要だった。
次の日の夕方四時過ぎ。
自室で寝ていると、チャイムが控えめに鳴らされた。
寝間着のまま玄関まで行けば、案の定そこには心配そうに眉を寄せた小雪が立っていた。制服姿で、手にはコンビニのビニール袋を下げている。
「具合はどう……?」
「まだちょっと熱っぽいかな……」
そんな彼女に直哉は力なく笑いかける。
一応、スマホのメッセージアプリで『風邪で休む』と伝えてあった。『お見舞いは大丈夫だから』とも言っておいたが……やっぱり来てくれたらしい。
(予想通りって言えば予想通りだけど……思った以上に嬉しいもんだな)
風邪を引いて弱った心身に、彼女の優しさがいつもより沁みる。
じーんとする直哉に、硬い面持ちで続けた。
「夏目さんから住所を聞いて来たの。色々買ってきたけど上がっていい?」
「でも、うつしちゃ悪いし……」
「ちょっとお世話したらすぐに帰るわよ。洗い物とかしてあげるわ」
「じゃあ……お願いします」
「はいはい。世話の焼ける彼氏だこと」
ちょっとした憎まれ口を叩きながら、小雪は玄関口へついてくる。
直哉の自宅に来るのはこれが初めてなので、どうやらすこし緊張しているらしい。
直哉もまさかこんな形で家に招くことになるとは思ってもいなかった。
ひとまず一階のリビングへ案内する。
こたつ机とテレビ台、チェストとパソコン机……庶民的な取り合わせの家具が並ぶ、ごくごくふつうの八畳間だ。
「あら、一人暮らしなのにずいぶん片付いて……うん?」
感心したような声を上げる小雪だが、何かに気付いたとばかりに口をつぐむ。
そうしてゆっくり直哉を振り返り、呆れたようなしかめっ面を向けてきた。
「あなた、お家を掃除したわね。私がこうやってお見舞いに来ることを見越して……!」
「あはは……おっしゃるとおりです」
続きは来週木曜、6/11(木)に更新します。
6/11から一ヶ月ほど毎日更新スタートです!予告していたのが一ヶ月ものびて申し訳ない……。
そういうわけで来月発売。購入いただけると、さめのフカヒレプレゼント!
現在活動報告にて口絵を公開しております。ぜひともご覧ください。






