二パターンのラブコメ
四人はギクシャクしながらも上り階段を進み、とうとうスライダーの入り口が見えてきた。
大きなパイプ型で、ぐねぐねとカーブを描いて館内をめぐり、十メートル下くらいの大きなプールに続いている。パイプの中からはいくつもの悲鳴が聞こえてくるし、なかなかスリル満点のようだ。
直哉たちの前に並ぶ女子たちも思った以上の迫力を前にしてか、ことさらきゃっきゃとはしゃぎ始める。
「えーっと、そろそろ順番みたいだけど」
直哉は隣の小雪をそっとうかがう。
予想通り直前になって怖気付いたのか、顔が凍り付いていた。
「小雪、ほんとに行くのか? けっこう怖くなってきただろ」
「い、行くに決まってるでしょ。浮き輪もあるし平気だもん」
浮き輪を握る手にすこしだけ力を込めて、小雪は小声で言う。怖さ半分、楽しみ半分といった様子だった。
小雪はうかがうような上目遣いで直哉を見上げてくる。
「でも……前は怖いから、直哉くんの後ろがいいな。つかまっててもいい?」
「あっ。はい」
この展開も予想通り。わりとそれを期待したところもあった。しかし問題は――。
(俺が耐えられるかどうかだな……)
先ほどのボディタッチはすごい破壊力だった。
この上さらに密着されたらどうなるか……さすがの直哉もちょっと未知数で。いくら察しいいと言っても、それは他人のこと限定だ。この手のこととなるとまったく予想が立てられなかった。
「それでは次のお客様、どうぞー」
「は、はい」
とうとう順番が回ってきた。
小雪とそろってスライダーの入り口まで行くと、係員がにこやかに迎えてくれる。
「おふたりで滑られますか? 浮き輪があるんでしたら、どうぞお使いくださいね」
「それじゃあ……」
「う、うん」
ふたりして浮き輪に入って、直哉が前、小雪が後ろになって入り口に腰掛ける。
パイプの中は水が流れていて、先に滑っていった女子グループの悲鳴は瞬く間に遠ざかっていく。スピードは相当なもののようで――。
「うううっ……やっぱり怖い!」
「ちょっ……!」
直哉の腰に腕を回し、小雪がぎゅうっと抱きついてくる。
先日と同じシチュエーションだが、今回は素肌と素肌だ。押しつけられた胸の感触がダイレクトに伝わって息が止まる。一瞬で顔が真っ赤に染まったのがわかった。
そんなふたりをスタッフは微笑ましそうな目で見て――軽い調子で背中を押した。
「はい、それでは仲良く行ってらっしゃいませー」
「へっ、うわっ、きゃああああああ!?」
「うおおおおお!?」
小雪が絶叫して、さらに抱きつく腕に力を込める。
おかげで直哉はスライダーを楽しむ余裕など一切なかった。
時間にすると三十秒ほどのアトラクションをあっという間に駆け抜けて――。
ばしゃーん。
ふたりは盛大な水しぶきを上げてプールに落下した。
浮き輪でぷかぷかと水面を漂って、小雪は直哉に抱きついたまま声を弾ませる。
「す、すごく怖かったけど……楽しかったわ! あとでまた行きましょ!」
「はあ……」
それに、直哉は真顔で生返事をするしかない。
「なあ、小雪……」
「あら、なあに?」
「俺がプールに行きたいって言ったらさ、破廉恥だのなんだのって言ってたじゃん」
「うっ……それは、仕方ないじゃない……」
気まずそうに口ごもり、直哉の腰に回した腕をそっとほどく。
そんな小雪の肩にぽんっと手を乗せて、直哉は万感の思いをこめて告げた。
「破廉恥なのは小雪の方だと思うんだ、俺」
「はあ!? どういう意味よ!」
目をつり上げて怒る小雪だった。
カップルふたりでそんな話をしていると――。
「ひゃっほーい!」
「ぎゃああああ!?」
恵美佳と竜太も、ふたりセットでプールに落ちてきた。そちらも楽しんだようだが……小雪は訝しげな目を向ける。
「なんで伏虎くんが後ろなの……? 女の子を盾にするとかアウトでしょ」
「バカ! 前とか怖いじゃねえか……!」
「私は絶叫系とか得意だからねー」
「ある意味お似合いだよなあ、ふたりとも」
顔面蒼白な竜太とは対照的に、恵美佳はあっけらかんと笑う。
よほどお気に召したのか、濡れた髪をかき上げてご満悦の表情だ。
「ほんとに楽しかったー。ねえねえ、りゅーくん。もう一回行こ!」
「えええ……マジか、おまえ……」
心底嫌そうに顔をしかめる竜太だが、結局付き合う覚悟を決めたらしい。
げんなりする幼馴染みの手を引きながら、恵美佳はこちらを振り返る。
「あっ、白金さんたちはどうする?」
「俺らは温泉コーナーにでも行こうかなあ。まったりしたいし」
「そっか。それじゃあまた学校でね、白金さん。お誘いありがと!」
「う、ううん、鈴原さんたちも楽しんでね」
小雪がぎこちなく笑うと、竜太は小さく頭を下げてぼそっと言う。
「……ありがとな、白金。応援しようとしてくれて」
「応援? 何の話?」
「何でもねえよ。行くぞ」
竜太はぶっきら棒に言って、恵美佳を連れてまたスライダーの列へ向かっていった。
そんなふたりの背中を見送りながら、小雪はあごを撫でてうなる。
「むー……思ったより手応えなさそうね。鈴原さんってば全然さっきと変わらないんだもの」
「まあ、そりゃそうだろうなあ」
「やっぱり脈なしなの……?」
「いや? ほら、あれ見てみろって」
そう言って直哉はふたりを指し示す。
ちょうどプールサイドを歩いていて、水たまりで恵美佳が足を滑らせて――。
「きゃっ」
「おっと」
そこを竜太が、腰を支えて受け止めた。
呆れたようにため息をこぼす。
「おまえなあ、鈍臭いんだから気をつけろっての」
「ううっ、ご、ごめん……」
「どっかひねったか? 顔赤いぞ」
「そ、そう? 大丈夫。びっくりしちゃただけだと思うよ」
「ならいいけどよ……何か違和感あったらすぐ言えよ」
ぽっと頬を染めた恵美佳と、彼女を気遣う竜太。
そんなふたりを見送って、直哉はざっくりと解説する。
「鈴原さんが竜太への好意を完全に無自覚で、竜太もそれに気付いてないんだよ。放っておいてもそのうち紆余曲折あって、なんだかんだくっつくパターンだと思うぞ」
「ら、ラブコメだわ……!」
自分のことを完全に棚に上げた発言を、小雪は真顔で叫んだという。
プール編はこれにて終了。水着イベントはまたあるのでお楽しみに!
次回は来週木曜日。新章『風邪を引いたら彼女がお見舞いに来てくれました編』突入です。看病イベント。
6/11(木)あたりから毎日更新予定。アホほど書き溜めました!






