水着をかけた攻防戦
「うん、予想はしてたけどさ。なんで却下か理由を教えてくれないか」
「そんなの決まってるでしょ! 直哉くんのえっち!」
カレーのスプーンをびしっと突き付けて、小雪は真っ赤な顔で吠える。
そこそこ騒がしい食堂の中でもその声は大きく響き、周囲の生徒達がぎょっとする。
しかしそんなギャラリーの反応にもおかまいなしで、小雪はいっぱいいっぱいのまま猛抗議に転じた。
「プールってことは、つまり水着じゃない……! そんなの破廉恥極まりないわ!」
「破廉恥ってそんな……下着姿を見せてくれって言ってるんじゃないんだからさ」
「布面積は変わらないでしょ! えっち!」
きゃんきゃん吠える小雪である。
しかし直哉は涼しい顔だ。なぜならこの反応は想定済みだったからである。
プール行きを却下されて、理詰めで落とすまでが計画の内だ。
にっこり笑って、用意しておいた言葉を並べ立てていく。
「でも夏休みに比べたら、今はお客さんが少ない方なんだよ。楽しむなら今の時期がチャンスらしくて。流れるプールも大きいし、ウォータースライダーなんかも今ならそんなに並ばずに遊べるってさ」
「うぐっ……! た、楽しそうだけど、やっぱり水着は……」
「そう。その水着姿が問題なんだ」
「へ?」
小雪はきょとんとして勢いをなくす。
そこに直哉は真剣な顔で畳みかけるのだ。
「お客さんが少ないってことは、他の男に小雪の水着を見られずに済むってことだろ。だからますます行くなら今だと思うんだ。俺は水着の小雪と、なんの気兼ねもなくイチャイチャしたい」
「うっ、ううっ……! いつも以上にグイグイ来るし……!」
煩悩フルオープンで迫ると、小雪は真っ赤な顔で視線をさまよわせる。陥落は近かった。
だから直哉はすこし身を乗り出して、スプーンを握ったままの小雪の手をそっと握る。
「だから今週末にでも俺と一緒に行ってくれないかな、小雪」
「ううう……!」
もはや威嚇というよりも手負いの獣のうめき声だった。
小雪は真っ赤な顔でぷるぷると震える。
しかしすぐに直哉の手を振り払い、ふんっとそっぽを向いてみせる。
「それでもダメよ! プールなんて! 絶対ダメ!」
「えええ……」
あまりに頑なな拒否に、直哉は首をひねるしかない。
(思ったより粘るなあ。予想だとそろそろ折れてくれるはずだったんだけど)
敵将は予想以上の抵抗を見せてきた。
これはきっと何かある。じーっと小雪の顔を見つめて――そこでふと、思いつくことがあった。
「ひょっとして小雪……」
直哉はおずおずと、小声で言う。
「泳げない、とか?」
「っ……!」
その瞬間、小雪がぴしりと固まった。
顔からさあっと血の気が引くものの、ぷるぷる震えながらクールに髪をかき上げてみせる。
「ふっ……面白い冗談ね。私を誰だと思っているわけ? 学年成績一位でスポーツ万能、才色兼備の完璧美少女よ。そんな私に苦手なことなんてあるわけないでしょ」
「料理と人付き合いと、あと虫と辛いカレーと、チョコミントのアイスと……他にもそこそこあるだろ、苦手な物」
「うるさい! お料理は最近勉強中よ!」
キッと目を吊り上げる小雪を見ながら、直哉は『そういえばうちの学校、プールは選択授業だったなあ』と思い出していた。だからこれまで体育の時間などでボロが出なかったらしい。
納得する直哉だが、小雪の勢いは止まらない。
びしっとカレースプーンを突きつけて、宣戦布告を叩きつける。
「いいじゃない。直哉くんがそこまで言うのなら私の華麗な泳ぎを見せてあげるわ。そのプールでひと勝負といきましょう」
「えっ。いや、俺はそんなガチな水泳がしたいんじゃなくて、流れるプールとかで小雪ときゃっきゃしたいだけなんだけど」
「いいえ、売られた喧嘩は買うのみよ。あなたみたいな下心丸出しの人なんて、プールの藻屑にしてやるわ。せいぜい首を洗っておくことね!」
「はあ……」
小雪はメラメラと燃え上がる。
とはいえその顔には『何言ってんのよ私のバカ!』という後悔がありありとにじみ出ていた。
周囲に人がいるせいで、余計に負けず嫌いな一面が出てしまったらしい。
(まあいいか、言質は取ったし。水泳教室も悪くないもんなあ)
それはそれで楽しそうだし、イチャイチャもできそうだ。
直哉はにっこりと笑う。
「それじゃ今週末に行って勝負しよっか。いいかな?」
「の、望むところよ!」
小雪はぷるぷるしながらもうなずいた。
本日より毎日更新……の予定でしたが、諸般の事情ですこし延期となります。
お待ちくださった方々には大変申し訳ございません。
そのかわり、来週は週二回更新予定です。次回は5/5(火)予定。






