恋愛戦争の決着
小雪は突然の展開にぽかんとしていたが、ハッとして叫ぶ。
「ちょっと待って!? なんで朔夜はそんな古い写真を携帯に入れてるのよ!?」
「クラウドでデータ保存してるだけ。家族アルバムのデータをスキャンして、全部有料オンラインストレージに放り込んでいる。撮った日付もちゃんと管理してるよ」
「姉ガチ勢だ……」
写真は喉から手が出るほどに欲しいが、その本気ぶりに少しだけ怖じ気づく。
そんなこんなで勢力図が逆転して二対一(小雪は戦力外)となった。
しかし桐彦は諦めない。直哉の腕をぐいっと横から引っ張って、無理矢理引き抜こうとする。
「いいえ、ダメよ! 笹原くんはこっちの味方のはずでしょ! バイト代二倍出すからこっちにつきなさい!」
「ダメ。お義兄様は私の陣営。心理戦チートのお義兄様がいれば、先生を落とすことも容易いはず」
「ええ……大岡裁きはやめてくれませんかね」
「えっ、えっ!? 何やってるの三人とも……!?」
朔夜も片側からぐいぐい引っ張ってくるので、いわゆるモテ主人公の気分を味わってしまう。
げんなりする直哉だが――。
「もう! ダメ!」
「うおっ」
急に小雪が叫んで、直哉の首根っこを引っ張った。
倒れ込んだところを後ろから受け止めて、ぎゅうっと抱きしめて叫ぶ。
「よく分かんないけど……この人は私のものなの! 取らないで!」
「「「…………」」」
熾烈な戦争が見事に終結した瞬間だった。
和室に静寂が訪れて、さらに三人が完全に真顔でいることに気付いたのか、小雪はばっと直哉から離れる。真っ赤な顔でしどろもどろになって弁明を始めるのだが――。
「あうっ……! そ、そうじゃなくて、えっと、その……」
「安心してくれ、小雪」
そんな彼女の肩を、直哉はぽんっと叩く。
満面の笑顔を浮かべて言うことには――。
「もちろん俺は小雪のものだ。だから今のぎゅうってするやつ、もう一回やってくれ」
「ひぃっ……! なんか目がギラギラしてて怖いんだけど!?」
小雪は顔を引きつらせて後ずさる。
奪い返されるのは分かっていたが、あまりの感触に意識がフリーズしてしまい堪能する余裕も無かったのが惜しかった。
直哉がじわじわ距離を詰めると、小雪はさらに距離を取る。そんな地味な追いかけっこを見ながら、桐彦はため息をこぼしてみせた。
「やっぱり愛には負けるわねえ……」
「そうですね」
朔夜もこくりとうなずいた。桐彦の方に向き直り、さっと頭を下げてみせた。そのまま顔を上げることもなく、ぽつぽつと続ける。
「私もお姉ちゃんとお義兄様みたいな恋がしてみたかったんです。初対面なのにぐいぐい行ってすみませんでした」
「あたしの方こそ。変な態度取っちゃってごめんなさいね」
「……やっぱり私が子供だからダメなんですか?」
「気持ちは嬉しいわ。でもね、朔夜ちゃんのそれは恋とはちょっと違うものなのよ」
桐彦は少しだけ眉をひそめ、かぶりを振る。
「高校生から見たら、二十超えた大人っていうのは特別な存在に見えるものなの。でも自分も同じ大人になって、世界を広げたら分かるのよ。あんなの大したことなかったな、って」
「なるほど。つまり先生は私のこの感情を一過性のものだとご判断されているわけですね」
「そういうこと。そんな子を弄ぶほど、あたしも悪い大人じゃないの。だから……あなたの気持ちには応えられないわ」
「さすがは先生。しっかりした見解をお持ちです」
朔夜は噛みしめるように言って顔を上げる。
いつも通りの無表情だが、そこには失恋の哀しみがありありと表れて……いなかった。かわりにその目に宿るのは爛々とした希望の光だ。
「だったら今は諦めます」
「そう、それがいい……ちょっと待って、『今は』って言った?」
「はい。言いました」
ぎょっと焦る桐彦に、朔夜は堂々と言う。
「あと三年経てば私も十八歳。大手を振って専門ショップのカーテンの向こうに入れる年です」
「その基準にはツッコミどころしかないわよ!?」
「でも、つまり先生と同じ大人になるっていうことです」
朔夜は桐彦をじっと見つめる。
そうして平板な声で告げるのは、聞く方が恥ずかしくなるほどの熱い告白で。
「三年かけて落としてみせます。三年後にもう一度返事を聞かせてください」
「えええ……青春を棒に振るつもり? それはお勧めしないんだけど」
「大丈夫です。もしも先生以上にいい人がいたら乗り換えます。たぶんないと思いますけど」
「い、言うわねえ……」
桐彦はたじたじになるばかりだ。
しかし覚悟を決めるようにしてうなずいて、右手を差し伸べてみせる。
「わかったわ。子供に付き合うのも大人の務めね。受けて立とうじゃない。散々駄目なところを見せてあげるから、すぐに愛想を尽かすと思うわよ」
「大丈夫。推しを推すのは得意なので」
その手をぎゅっと握って、朔夜は宣戦布告した。
「なあなあ、小雪。さっきのもう一回だけ。頼むってば」
「嫌に決まってるでしょ! こんな人目のあるところで……って、だから来ないでってば……!」
そんな初々しい恋愛バトルが勃発している真横で、バカップルはイチャイチャし続けたという。
こうして朔夜もまた桐彦の家に遊びに来るようになる。
白金会の会合がない日に、週一か二くらいの頻度でやってきては……。
「先生。今月分の経費をエクセルでまとめておきました。これで来年の確定申告もばっちりです。それと、こちらは私が作ってきたパウンドケーキです。先生の好きな紅茶に合うと思います。おやつにどうぞ」
「笹原くん助けて! このままじゃあたしダメになる……!」
「もう三年後とか言わずに諦めた方がいいんじゃないっすかね」
「朔夜ったら。好きな先生のために張り切っちゃってねえ」
出来るアシスタントとしての道を歩み始め、陥落計画を着実なものにしていった。
本章短めでこれにて終結。次はラブコメ夏の定番行事回です。
来週木曜日更新予定です。
一巻の発売が近くなるにつれて、更新頻度もじわじわ上がるかと思います。ひとまず六月半ばに発売予定なので、五月半ばからは毎日更新予定。
現在もりもり書き溜めております。お楽しみいただければ幸いです!






