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降ってわいた恋の始まり

 ともあれ姉妹のやりとりを見ているうちに、直哉の緊張もずいぶん緩んだ。

 ふたりが無事で本当によかった。ほっと胸を撫で下ろしていると、小雪がしみじみとため息をこぼす。


「それにしてもパパも姉妹も揃って同じシチュエーションで助けてもらうとか、ほんと血は争えな…………あ」

「お姉ちゃん?」


 急に黙り込んだ姉に、朔夜はきょとんと目を瞬かせる。

 そんな彼女の肩をがしっと掴み、小雪は低い声で凄むのだ。


「まさかとは思うけど……朔夜は直哉くんのこと、好きになったりしないわよね? 絶対ダメよ。この人は私のなんだから」

「あ、それは大丈夫。恋愛対象にするには、お義兄様はちょっとクセが強すぎる」

「朔夜ちゃんも十分俺と同じ変人枠だからな!?」


 片方の掌をずいっと突き出して辞退する朔夜だった。

 しかしそれで小雪はホッとしたらしい。朔夜の肩から手を離し、ふうとため息をこぼすのだが――。

 

「そう、よかったあ…………ぁ」


 そこで、小雪のお腹がぐうと大きく鳴った。

 かあっと顔を赤くして固まってしまう小雪に、直哉は苦笑を浮かべてみせる。

 

「……そろそろお昼にする? 俺も腹減ってきちゃってさ」

「あ、あらそう? 悪くない考えだわ」


 小雪は髪をかき上げて、クールな調子で言ってのけた。


「せっかくだし朔夜も一緒に行く?」

「私はいい。これ以上デートの邪魔しちゃ悪いから」


 朔夜はゆっくりかぶりを振って、直哉をまっすぐ見据えてくる。 

 

「やっぱり私は帰るね。お義兄様、今日はありがとう」

「そんなに気にしなくてもいいのに」

「ううん。私なりのけじめだから」


 朔夜は淡々と言葉をつむぐが、その意思は堅そうだった。

 尾行もここで打ち切って、本当に帰るつもりらしい。

 引き止めても無駄だとわかったので――直哉は彼女の頭を撫でて笑う。

 

「そっか。じゃあ次は朔夜ちゃんも交えて遊ぼうな。小雪のことはもちろん大事だけど……朔夜ちゃんも、俺の大事な義妹だから」

「ありがと、お義兄様。それじゃあお姉ちゃんはあとで今日の報告してね。この辺りでちゅーするなら暗くなってからがオススメ」

「ちゅ、ちゅー……!? しないわよそんなこと!」


 真っ赤な顔で悲鳴を上げる姉に手を振って、朔夜は軽やかに駆け出して逃げていった。





 それから直哉と小雪はレストラン街へと向かった。

 昼になにを食べるかを色々相談して、やっと入った店でなかなか頼んだメニューが出てこなくて待ちくたびれたり、直哉が一口くれと提案すると小雪が今さら恥ずかしがったり……まあ、ともかくいろいろあったのだが。


 その裏では、小さな事件が起きていた。


「……恋かあ」


 ショッピングモールを歩きながら、朔夜はぼんやりとぼやく。

 下りのエスカレーターを探しているつもりだが、気もそぞろで何度も人にぶつかりそうになった。それでも朔夜は物思いに沈み続ける。


「恋をして……お姉ちゃんは本当に変わった」


 朔夜にとって、小雪は自慢の姉だった。

 優しくて、何でもできて、人に誤解されがちなのがたまに傷だが、とにかく朔夜の憧れだった。

 朔夜はそんな姉が大好きで……世界で一番、彼女のことを理解しているのは自分だとも思っていた。

 

 それなのに、その姉が恋をして変わった。

 家族以外の前で素直な感情をあらわにして、一喜一憂したりする。

 そうして今日、ふたりの絆を間近で見て――叶わないな、と素直に思えた。

 

「恋って、そんなにすごいものなのかなあ……」

 

 朔夜はほうっと吐息をこぼす。

 男の子に告白されたことは何度かあった。だが付き合うということがピンと来なくて、これまですべて袖にしてきた。もちろん初恋もまだだ。


 これまで特に興味もなかったが……姉が恋を成就させてから、奇妙な憧れが朔夜の中でどんどん大きくなっていた。


(……まかり間違っていたら、さっき私の恋が始まっていたのだけど)


 先ほど直哉が助けに来てくれたとき、胸がおかしな鼓動を刻んだ。庇ってくれる背中がいつになく大きく見えて、本当なら、あれが恋の始まりでもよかったのだろう。


 だが、彼は姉の恋人で、将来の義理の兄だ。

 朔夜はふたりのことが大切だから、彼に恋などしない。当然のことだった。


「私もいつか、あのふたりみたいな恋をしてみたいなあ……」


 始まる前に終わった恋はノーカンである。

 完全な未知の世界への憧れは止まらない。朔夜はどんどん物思いにふけっしまって――下りのエスカレーターの前で、ほんの少しつまずいた。


「へっ……!?」


 バランスを崩し、ぐらりとかしいだ体が宙へと投げ出される。


 落ちる!


 そう思って目をつむった、次の瞬間――。


「っ…………あれ?」


 ぽふっ、となにか柔らかいものに顔を埋める感触があった。

 おずおずと目を開き、顔を上げてみれば。


「ふう、間一髪だった。大丈夫?」


 朔夜の顔を、見知らぬ青年が心配そうに覗き込んでいた。

 どうやら彼が咄嗟に手を掴み、抱きとめてくれたらしい。


「…………えっ?」


 ちゃんとお礼を言って、すぐに離れるべきだった。

 それなのに、体はなぜかまったく動かなかった。

 朔夜はぽかんとしたまま、青年の顔を見上げるしかない。彼はそんな朔夜の異変にも気付くことなく、ホッとしたような笑顔を浮かべてみせる。


「うん、怪我はなさそうね……じゃなくて、なさそうだね。考え事もいいけど、ちゃんと前を見て歩くこと。いいね?」

「は……はい」

「よろしい。それじゃ、またね」


 青年はとびきりの笑顔を残し、ひらりと手を振って朔夜に背を向ける。

 そんな彼のことを、小雪や直哉と同じ年頃の少年少女が出迎えて、ニヤニヤと笑う。


「桐兄ぃやるじゃん! かっこよかったよー」

「はいはい、いいから行くわ……行くぞ、ふたりとも」

「あ、桐彦兄ちゃんの外面モードだ。久々に見た気がするわ」


 三人はわいわい会話しながら、すぐにショッピングモールの人ごみに紛れて見えなくなってしまう。

 それでも朔夜は彼らが消えた方から目線を逸らすことができず、ただ呆然としたままだった。


 全力疾走した後のように心臓がうるさい。

 急に視界が明るくなった気がする。

 頰が火照って仕方ない。


 テンプレート甚だしい現象に、朔夜はごくりと喉を鳴らす。


「ほんとの恋……見つけちゃったかも」

本章はここまで。次章、『最近ぼーっとしがちの朔夜を元気にするため、バイト先に連れて行こう!』回です。対面。

それではまた書き溜めをするので、しばらくお休みさせていただきます。

ブクマや評価やご感想、本当にありがとうございます。励みになっております。ご感想は一言でも大歓迎!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いですね。書籍化も納得です。 [一言] 毎度楽しみにしております。
[一言] まさかとは思っていたけれど本当にこんな展開になるとは...
[一言] 流石に恋の相手はナンパ君ではありませんでしたかwそれにしても桐さんの年齢と恋愛対象が気になるところw僕が昔、行ってた美容室の美容師さんも口調はオカマ口調なのに、恋愛対象は女性で超絶イケメンと…
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