メインヒロインはご満悦
それからしばらくして。
駆けつけた警備員によって、男はあっけなく連行されていった。
抵抗するそぶりはまるでなく、むしろ青白い顔で項垂れてボロボロと涙を流している。誰が見ても相当な意気消沈ぶりだ。
「うっ、ううう……母ちゃんごめん、ごめんよぉ……昔から俺、迷惑かけてばっかで……」
「酔ってんのか……? そういうのはお袋さんに言ってやんなよー」
警備員は首を捻りつつも男を事務所へと連れていった。
その後ろ姿を見送って、責任者らしきスーツの男性が直哉に頭を下げてみせる。
「どうもありがとうございます。急病人をお知らせいただいて助かりました」
「いやあ、よかったです。急に気分が悪くなったみたいで」
直哉はへらへらと笑う。
その真後ろでは朔夜と小雪がひそひそと言葉を交わしていた。
「いけしゃあしゃあとよく言うね。本場の言葉攻めって感じだった」
「どこよ、言葉攻めの本場って。それにしても、なんで話しただけで家庭環境が事細かにわかったのかしらね……」
ゲームセンターの騒音に紛れつつも、小雪のぼやきが直哉の耳に届いた。
宣言通り、ボコボコにさせてもらった結果がこれである。ただし肉体的ではなく、精神的な方法で。
ようは相手の弱みを探り、そこをネチネチと痛ぶった。
思った通り単純な相手だったため、直哉がカマをかけるとあっさり引っかかってくれた。
『あんた、その調子だったら昔から悪さしてたんだろ。ご両親はどう思ってるんだろうな』
『なっ……お、お袋は関係ないだろ!』
『そのお母さんが、今のあんたの姿を見たらガッカリするだろうなあ』
そんな調子でボロボロと弱みを見せてくれたので、わりかし戦いやすかった。
少しやりすぎたかなあ……とは思うものの。
(ま、いいお灸になっただろ。これでしばらくはナンパをする気も起きないと思うし)
そんなことはおくびにも出さず、責任者の男性と事務的な会話をする。
一通りのお礼を告げてから、責任者の男性はふと表情を固くした。
「ところで、あのお客様は以前から度々問題を起こすので、こちらでも注意していたのですが……何もございませんでしたか?」
「ああ、はい。別にトラブルとかはないですよ」
「そうですか。しかし、何がどうなってあんなにやつれて……あ」
責任者の男性がそこでハッとする。
直哉の顔をまじまじと見つめて、首をかしげながら尋ねてきた。
「つかぬ事をうかがいますが……きみ、苗字は何でしょうか」
「へ? 笹原ですけど」
「やっぱりかあ」
責任者は額を押さえて天井を仰いだ。
目を白黒させる直哉に、彼は声をひそめて言う。
「私はね、きみのお父さんとちょっと縁があって。いろいろお世話になったことがあるんだ」
「……あー。なるほど」
「だから君が何をやったのか大体わかるんで……帰っていいよ。報告は適当にしておくから」
「なんかすみません……ありがとうございます」
「いいっていいって。お父さんによろしくねー」
責任者は軽く手を振って去っていった。
小雪が不思議そうに首をかしげてみせる。
「最後にこそこそお話ししてたけど、何かあったの?」
「ああ、こっちの話だよ。それより……小雪」
「えっ、な、なに?」
小雪の右手を、直哉はそっと握る。
わけもわからず目を白黒させる彼女に問う声は、自分でもわかりやすいほどに震えていた。
「ああ言ってくれたのは嬉しいけど……無茶はやめてくれ。心臓が止まるかと思ったよ」
「あっ……う、うん。ごめんなさい」
小雪はそこでハッとしたのか、おずおずと頭を下げた。
そのままうつむき加減で唇を尖らせて言うことには――。
「だって、我慢ならなかったんだもの。あの人ってば直哉くんのことバカにして……私の彼氏は、あんなのとは全然違うもん」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ……危ないだろ」
「え、だって直哉くんが守ってくれるでしょ? わかってたから全然怖くなかったわよ」
「ま、まあそりゃ助けるけどさあ……」
まっすぐな目でそう言われると、今度は直哉の方が口ごもる番だった。
「さすがのラブラブ具合ね、お義兄様たち」
朔夜が淡々と言ってから、神妙な顔をする。
「でも、今のは私のせいでもある。声をかけられて困っていたところに、お義兄様が助けに来てくれたの」
「ふーん、そうだったの。それにしても朔夜、本屋に行ってすぐ帰るとか言ってたのにまだいたのね」
「……ちょっと立ち読みしすぎたの」
朔夜はさっと目をそらして言い訳をする。姉のデートをストーキングしていたとはさすがに言えないらしい。
そのまま彼女は深々と頭を下げてみせる。
「ともかく、デートを邪魔してごめんなさい」
「いいのよ、朔夜になんともなかったんだし。それに……私もちょっと得したしね」
「得?」
不思議そうに顔を上げる朔夜に、小雪は嬉しそうに笑う。
「ええ、そうよ。直哉くんのあんな真剣な顔が見れたんだもの。ふふ、UFOキャッチャーに続いて新発見だわ」
「まったく呑気な……俺は本気で心配したんだからな」
直哉はため息をこぼしつつ、肩を落とすしかなかった。
続きは2月7日(金)更新します。
本章は明日でラストになります。お楽しみいただければ幸いです。






