独自の撃退方法
小雪と盛り上がる最中、遠くの方で朔夜のか細い声が聞こえて、慌てて駆けつけたのだ。
どうやらしつこく声をかけられていたらしい。
朔夜の顔は硬くこわばり、直哉の服をちょこんとつまんでくる。
そんな仕草が小雪と同じだなあ、としみじみする余裕はまるでなかった。
なにしろ朔夜をナンパした相手には見覚えがあったのだ。
「うわ、誰かと思ったらまたあんたかよ……懲りないなあ」
「はあ……? って、おまえあのときのガキか!?」
ぎょっと悲鳴を上げるのは、派手な金髪とピアスで飾った若い男だ。
つい先日、小雪をナンパして直哉に撃退されたのは記憶に新しい。
見ようによっては、ふたりの出会いを作ってくれた恋のキューピッドでもあるのだが……再会するとはこれっぽっちも思っていなかった。
男は直哉以上に顔をしかめて、信じられないものでも見るかのように目を丸くして固まっている。
そんななか、朔夜が声をひそめてぼそぼそと尋ねる。
「……知り合い?」
「あー……ちょっとな。それより朔夜ちゃんは大丈夫か?」
「私は平気。でもお姉ちゃんを置いてきていいの? デート中なのに」
「そうかもしれないけど……未来の義理の妹のピンチは見過ごせないだろ」
「さすがはお義兄様。うちの一家専属のセコムね」
直哉の冗談めかしたセリフに、朔夜の表情がすこしばかり和らいだ。
ふたりがぼそぼそと言葉を交わすのを、男はしばし凝視していた。
しかし不意に嘲るような笑みを浮かべてみせる。
「はっ。正義の味方気取りが……結局は俺と同類だったってわけだ」
「はあ……?」
その言い草に、直哉は眉をひそめるしかない。
男は朔夜を指し示し、横柄に言ってのける。
「その女子高生、こないだ俺がナンパしたやつだろ? おまえは俺のおかげでまんまと女をモノにできたってわけだ」
「…………はあ?」
「はい?」
直哉だけでなく、朔夜もきょとんとするばかりだった。
しかしすぐに直哉は男の言い分を理解する。
(あー……このナンパ野郎、小雪と朔夜ちゃんを勘違いしてるんだな)
たしかに面立ちは似ているし、銀髪という大きな特徴も一致する。
一度ナンパしただけの相手だし、取り違えるのも理解できる。
ふたりがあの件をきっかけに急接近したという読みも正しい。
「俺のナンパを邪魔したあとで獲物を奪ったのか……なるほどなあ。上手くやったじゃねえか」
「うっ……まあ、見ようによっちゃそう見えるか」
直哉はたじろぐことしかできなかった。
男の言うことも一理ある。付き合って浮かれていたものの、直哉も結局のところは小雪をナンパしたようなものだ。すこしばかりの後ろめたさを覚えていると――。
「全っ然、違うわ」
「っ!?」
毅然とした声に、ハッとして顔を上げる。
果たして男の背後――そこにはいつの間にやって来たのか、小雪が凛と立っていた。
目をつり上げて、口はへの字。腕組みをして仁王立ちするその姿は、整った容姿と相まって絶大な威圧感をかもし出す。
言葉を失う直哉と朔夜。男もまた突然の乱入者にぽかんと目を丸くするばかりだった。
「あれ、白い子がふたりいる……? こないだ俺がナンパしたのはひょっとして……」
「そうよ、私よ。その程度のことも覚えてられないなんて、見た目以上に残念な知性をお持ちのようね」
「ん、だと……?」
男の形相が歪む。
しかし小雪は一歩たりとも引かなかった。相手をしかと睨め付けて、声をかすかに震わせつつも言い放つ。
「あなたみたいな小物と、私の彼氏を一緖にしないでちょうだい。この人はね、私だけを見てくれるの。女の子ひとりまともに口説けないくせに、人の恋人をとやかく言ってるんじゃないわよ」
「はあ……? この前はしおらしかったのに、今日は随分と――っ!?」
ダンッッ!!
男が小雪に手を伸ばそうとする。しかし、その手は虚しく空を切った。
直哉が男の胸ぐらを掴み、勢いよく壁に押し付けたからだ。
至近距離で男を睨みつけ、感情を抑えて低い声で告げる。
「悪い事は言わない。小雪に触るな」
「お、おお……? なんだよ、やる気か?」
男は少しだけ目を瞬かせたあと、ニヤニヤと笑う。
先日と立場がそっくりそのまま入れ替わった形だ。
ここで直哉が男を殴れば、大きな騒ぎになるだろう。きっとすぐに警備員がやってきて取り押さえられるし、あちこちにカメラもある。警察沙汰になるのは間違いない。それが分かっているから余裕を見せているのだ。
だが、直哉はニタリと不敵に笑い返した。
「もちろんボコボコにさせてもらうよ。殴ったり蹴ったりとか……そういう肉体的な暴力以外でな」
「はあ……?」
男は怪訝な顔をしたものの――それが絶望に染まるのに、そう時間はかからなかった。
続きは2月6日(木)更新します。その次は2月7日(金)。
その二回で本章は終わりとなります。お楽しみいただければ幸いです。






