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知らないことと知っていること

 そのままいったん朔夜と分かれてゲームセンターに向かう。

 少し探せば、小雪は予想通り一台のUFOキャッチャーに張り付いていた。

 両手をついてじーっと見つめるアクリル板の向こうには、猫のぬいぐるみが山のように積み上げられている。

 小雪はほうっと息を吐いて、悩ましげにこぼす。

 

「にゃんじろーのぬいぐるみだわ……しかも大っきいし……」

「ほしい?」

「ほ、ほしいけど……私、こういうゲームは苦手なのよ」

 

 小雪は目線を下げてしゅんとしてしまう。

 そんな顔を見てしまえば、直哉は胸を叩くしかなかった。

 

「よし、それじゃ俺が取ってやろうか?」

「ほんと!? じゃ、じゃあね、そこのにっこりしてる子がいいな……」

 

 小雪はぱあっと顔を輝かせて、ぬいぐるみのひとつを指差してみせる。ついでにもう片方の手で直哉の服をくいくい引っ張った。

 好きな子からそんなコンボを食らってしまったら、男としてやることはひとつだ。

 直哉は腕まくりをして、意気揚々と硬貨を放り込む。

 かくして軽快なBGMとともにクレーンが動き始めて――。


 がこっ。


 物悲しい音を立てて、空のクレーンが開く。

 景品取り出し口には何もないし、小雪の指差したぬいぐるみは、元の場所からほとんど動いていなかった。かすりもしない惨敗である。

 小雪がおそるおそる、といった様子で直哉の顔をのぞきこむ。

 

「……ひょっとして、直哉くんも苦手なの?」

「……バレたか」

 

 直哉は素直に負けを認めた。

 ゲームはわりと得意な方だ。ボードゲームなどの読み合いでは負け知らずと言ってもいい。だがしかし、こうしたシンプルな機械相手のゲームはどうにも不得手だった。

 

「今日はなんかイケる気がしたんだけどなあ……やっぱダメか」

 

 格好がつかなくて、直哉は頭をかくしかない。

 さぞかし小雪はガッカリしているかと思い、そっと様子を伺うのだが――。

 

「……なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「あら、バレた?」

 

 なぜか小雪は満面の笑みだった。

 いたずらっぽく笑みを深め、無様に終わったクレーンを見上げてみせる。

 

「あなたでも苦手なことがあるのね。たいてい卒なくこなしちゃうものだから意外だったわ。そういう弱みを握るのも悪くは……なによ、ニヤニヤしちゃって」

「いや……俺と一緒だなあって」

 

 今度は直哉が顔を赤くして、小雪を訝しがらせる番だった。

  

「俺も小雪のいろんなところ、見れたら嬉しいから。映画で泣いたりぬいぐるみに喜んだり。お互いこうやって少しずつ相手のことを知っていくんだな」

「そ、そりゃそうでしょ。まだあんまり、知り合って長くもないし……知らないことも多いわよ」

 

 小雪はごにょごにょと言葉を濁す。

 そうして、上目遣いで直哉を見ながら続けることには――。

 

「で、でも……あなたが私のこと、好きだってことは知ってるから」

「うん。俺も小雪が俺のことを大好きなの、よーく知ってるよ」

「ふんだ、どうかしらね。実はそれほどかもしれないわよ?」

 

 憎まれ口を叩きつつ、ぷいっとそっぽを向く小雪だった。

 自分で振っておきながら恥ずかしくなったらしい。そんなところも可愛いなあ、なんて和んでいると、小雪のジト目が向けられる。

 

「もう、それ以上ニヤニヤしないでよ。それよりぬいぐるみ、またチャレンジしてみる?」

「そうだ、なあ……」

 

 直哉は財布の中身を確かめる。

 そうして、そっと周囲をうかがった。

 あたりには同じようなUFOキャッチャーが立ち並び、多くの客でにぎわっている。ゲームの音と人々の話し声、それに紛れるようにして聞こえた声があって――直哉は小雪に、自然な調子で提案する。

 

「それじゃもう一回試してみよう。ちょっと両替してくるからここで待っててくれ」

「あらそう? でも、次は私が出すわよ」

「いいっていいって。すぐ戻るから、ここから動かないようにな」

 

 何か言いたげな小雪を置いて、直哉は足早にその場を離れる。

 それから向かうのは両替機――ではなく、先ほど声がした方向だ。


 UFOキャッチャーコーナーから外れ、コアなアーケードゲームのコーナーである。プレイしている人は少ないし、ゲームセンターの奥まった方になるので店員もいない。

 そこで揉めているふたり組がいて……直哉はいつぞやのように、その間に割り込んだ。

 

「俺の連れに何か用ですかね」

「なっ……!」

「……」

 

 若い男が目を見張り、少女――朔夜もまたハッと息を飲んだ。

 二度あることは三度ある。つくづく厄介なのに声をかけられる一家だなあ、と直哉は嘆息した。

続きは2月4日(火)更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 直哉が完璧超人でないことに安心しました。 ラブコメのテンプレでクレーンゲームで少女の欲しいものを難なくGETするのかと思いましたが、この展開は好きです!
[一言] なるほど 助けるのか
[良い点] フラグは立たない! でも、一家丸ごと絡めとる恐ろしい男です。 そして、小雪ちゃんは今回も可愛いかったのです。 [一言] ホホジロサメのナンパスポットがあるらしいですよ。
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