デート前からテンションが上がる
そんな小雪のことを、直哉は頭の先からつま先まで、じーっと見つめてから顎を撫でる。
「あれ、その服は見たことないかも。新しい服?」
「えっ、そ、そうだけど……この前お出かけして、買ってもらって……」
小雪は恥ずかしそうに頰を染めてもじもじとする。
今日はすこしシックな落ち着いた出で立ちだ。
丈の短い黒いワンピースに、白レースのボレロ。
いつもより大人びた服装で、可愛いというより大人っぽい。小ぶりなアクセサリーや髪飾りも上品で、直哉よりも年上に見える。
あまり見たことのないタイプの格好だ。
それに直哉は朗らかに感想を伝える。
「すごく似合ってる。やっぱり小雪はセンスいいなあ」
「はあ……? こんなの普通でしょ。休日に女の子とお出かけしたこともないのかしら。非モテさんはこれだから嫌ね」
小雪はつーんと澄ました顔で毒を吐く。
よく手入れした髪を人差し指でくるくるしたり、爪先で地面をとんとんしたり。あからさまに浮き足立っているのが見てとれた。おしゃれを褒めてもらえて嬉しいらしい。
そういうわかりやすいところも可愛いなあ、と思えるし――。
「うん。すごく可愛い。いつもより大人っぽいって言うのかな、新鮮ですごくいいと思うよ」
「えっ……そ、それは言い過ぎなんじゃ……」
「そんなことないって、モデルさんみたいだ。こんな可愛い子と丸一日デートできるなんて光栄だなあ。今日はよろしくな、小雪。全力でエスコートさせてもらうから」
「うぐっ、う、ううう……!」
小雪はぷるぷる震えてうつむいてしまう。
しかしすぐにバッと踵を返して逃げようとするので、直哉は慌ててその手をつかんで引き留めた。
「こらこら、どこ行くんだよ」
「帰るの! 私無理! こんなの無理!」
「無理って……まだデートも何も始まってもないだろ」
「始まらなくていいの! これ以上は身が持たないわよ!」
小雪は涙目で直哉をにらみつけ、悲痛な声で叫ぶ。
デートだというのに、まるで捕虜になったかのような反応だ。そのまま彼女はしゃがんでしまい、頭を抱えてため息をこぼす。
「恋人らしいことがしたいとは言ったけど、意識するとダメなのよぉ……恥ずかしくて死んじゃいそう……」
「自然でいいと思うんだけどなあ」
直哉は肩をすくめるだけだ。
だが、小雪の言い分も理解できる。これがカップルになって初めてのデートなのだし、これまでと別種の緊張があるのだろう。
(つまり裏を返せば、俺のことを意識しすぎなくらい意識してくれてるってことで……?)
もうそれだけで直哉の心は踊っていた。デートもまだ始まっていないのに、テンションは無駄に上がっていく。
とはいえ、だからといってここでデートをやめるわけにはいかなかった。小雪の顔を覗き込み、子供を諭すような柔らかな声で語りかける。
「でも俺は小雪と恋人デートしたいなあ。だって、ずーっと楽しみにしてきたし」
「うぐっ……」
「この前の遊園地だとエスコート合戦みたいになったけど、今回は俺が丸っと請け負う番だから。小雪に楽しんでもらえるように計画も立ててきたんだけどなあ。あーあー、デートしたいなー」
「うううううっ……!」
シンプルな泣き落とし作戦である。
自分でも雑なセリフ読みだと思うが、小雪には効果覿面だったらしい。しばし顔を真っ赤にしてぷるぷると震えて――観念したように肩を落としてみせた。
「わかった、わかったわよ。デートしてあげようじゃない。そのかわり……」
そこで小雪は勢い付けるようにして、直哉の鼻先にびしっと人差し指を突きつける。
「ちょっとでもつまんないと思ったらすぐに帰るから。せいぜい私を楽しませることね!」
「『エスコートされるなんて、なんだかお姫様みたい……! 直哉くんってば、どんなデートにしてくれるのかしら……ちょっとワクワクしちゃうかも!』って?」
「言ってないわよ! 私のセリフ量の倍翻訳するのやめてくれる!?」
小雪はつんけんしながらも直哉の隣に並んで歩き出す。
口振りは剣呑なものだが、その足取りはわりかし軽い。
そんなふたりの後を朔夜が物陰に隠れながらついてきて――彼女の妹同伴の、奇妙なデートが幕を開けた。
続きは1月27日(月)更新予定です。
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