やたらと察しのいい俺は、毒舌クーデレ『彼女』の小さなデレも見逃さずにグイグイいく
登校する生徒もまばらな早朝。
学校の最寄り駅改札口で、直哉は本を読みながら小雪のことを待っていた。
先日出たばかりの桐彦の新刊である。本作も爽快な異世界ファンタジーとして仕上がっており、家政夫として執筆を陰から支えた直哉としては感慨深いものがある。
しかし――。
「この新ヒロイン……どっかで見たことあるんだよなあ」
新しく出てきた、クーデレポンコツ系ヒロイン(銀髪巨乳)が問題だった。
ちょっとした事件で主人公に助けられて以降、不器用ながらに好意をアピールする姿がいじらしくも可愛らしい。イラストとあいまって、あからさまに人気が出そうなキャラクターである。
おまけに名前が『スノウ』ときた。
まず間違いなく小雪がモデルだろう。
「これは寝取られに入るのかなあ……」
やや複雑な状況に、直哉は顎を撫でるしかない。とりあえず、今日のバイトのときにでも桐彦を尋問しよう。
そんな決意をひっそり固めた、そのときだ。
「今日も朝からお迎えご苦労さま」
「おっ」
居丈高な声に顔を上げれば、目の前に小雪が立っていた。
しおりを挟んで本をしまい、直哉はかるく会釈する。
「おはよ。いつもより一本遅かったみたいだけど……昨日はちゃんと帰れたか?」
「当然でしょ、小さな子供じゃないんだから」
小雪はふんっと鼻を鳴らして、髪をかきあげてみせる。ずいぶん絵になる仕草だが、直哉は直哉で『さっきスノウちゃんの挿絵で同じの見たな』という場違いな感想を抱いてしまった。
それを誤魔化すようにして直哉は笑う。
「ま、それならよかったよ。疲れも残ってない感じ? 俺はちょっと寝不足かなあ」
「それは日頃自堕落な生活を送っているからでしょ。漫然と日々を生きるだけならコケにだってできるのよ。もっと勤勉さを身につけたらどう?」
「はあ」
今日はなぜか朝から『猛毒の白雪姫』モードが絶好調だ。
首をひねる直哉だが、ふと小雪の顔を見つめて気付く。
「あれ。とか言ってさあ、小雪も目の下にくまが――」
「ひゃうっ!?」
「はい?」
ちょっと手を伸ばして、頬に触れたその瞬間――小雪がはじかれたように飛び退いた。
そのまま距離を取り、真っ赤な顔で直哉を威嚇する。
「きゅ、急になにするのよ!」
「ええ……いいだろ、ちょっと触るくらい。彼氏彼女になったんだから」
「ぐっ、だ、だからってダメなものはダメ!」
がるる、と手負いの狼のように吠える小雪だった。
そのまま腕組みし、ぷいっとそっぽを向いてみせる。
「私たちはまだ学生なのよ。いくら恋人になったからって、もっと適度な距離感を保たなきゃいけないわ。校則にだって不純異性交遊は禁止ってちゃんと書いているし」
「なるほどなあ」
それらしい言葉の羅列に、直哉はうんうんうなずく。
「『恋人になったからって、すぐに彼女面するのは重いわよね……でもだからって、どんな距離感で接すればいいかわかんないし……ああもう無理!』って感じにテンパって、いつもの十八番を出してきてるんだな?」
「うぐっ……的確に読んでくるんじゃないわよ!」
小雪はまなじりを釣り上げて絶叫する。
いつものやつである。もはやお家芸の領域だった。
「大丈夫。俺は彼女面どんとこいだから。さあ、朝一からべたべたに甘えて来るといいぞ」
「……そう言われたからって、はいそーですかとはならないわよ」
両手を広げて待ち構える直哉に、小雪は渋い顔をする。
眼差しは完全なる絶対零度で、恋人に向けていいものではなかった。
小雪は疲れたようにため息をこぼし、肩を落とす。
「そうよ、認めるわ。ちょっと距離感を測り兼ねていたのは確か。でもねえ……」
そこでキッと直哉をにらむ。
「だからって公衆の面前で甘えたりなんてしないんだから。あなたもそういうマナーは守りなさいよね」
「えー、でも小雪も期待してただろ?」
「そんなわけ――」
「電車一本遅れたのは、身支度にいつもより時間をかけたからだろ? 珍しくコロンだって振ってるし、髪留めもいつもと違うよな。俺と密着してもいいようにだろ? ついでに朝食を食べた後にミントガムも噛んで――」
「ええい、それ以上読むな! 察するな! 早く学校に行くわよ!」
「はーい」
ぷいっと早足で歩き出す小雪のあとを、直哉はニヤニヤと追いかけた。
まだ登校時間にはかなり早いため、駅前の人通りもまばらだ。
駆け足で小雪の隣に並んでから、直哉は軽く頭を下げる。
「悪い悪い。ついつい虐めすぎた」
「ふんだ。謝ったって許してあげないんだから」
つーんとそっぽを向く小雪。
そんな彼女に『めちゃくちゃ可愛いなあ』なんてしみじみ思いながら、直哉は右手を差し出してみせる。
「そんじゃお詫びの印に、ほら」
「なにこの手……」
「学校まで手を繋いで行こうぜ」
「なあっ……!?」
小雪の顔から、ぽんっと湯気が立ち上った――ように見えた。
「そ、そ、そんな破廉恥なこと、できるわけないでしょ! そもそもお詫びにもなってないし!」
「いやでも、見てみろよ。ちょうど誰もいない時間帯だぞ。今がチャンスじゃね?」
「なんのチャンスよ! そんなの絶対に――」
「小雪は俺と手を繋ぐの、嫌?」
「…………もうっ!!」
小雪はやけくそのように、直哉の手をがしっとにぎる。
そのままつんっと澄ました顔で言うことには――。
「ふんだ、これは仕方なくなんだからね。あなたが手を握ってほしそうだったから、してあげてるだけ。そこのところ、よーく肝に命じることね」
「はいはい。わかったわかった」
「適当な返事をしない! そもそもいっつも思ってたんだけどね、あなたってばたまーに私に対してなんか雑っていうか――」
小雪はガミガミと説教を続ける。
つないだ指先は爪がちゃんと切りそろえられているし、ハンドクリームの匂いも香る。手を繋ぐことを期待していたのが丸わかりだった。
全部お見通しの直哉は、憎まれ口を叩く小雪の横顔をじっくりと眺める。
クーデレキャラの仮面をかぶった小雪も、仮面が取れてあたふたする小雪も、素直な小雪も――全部が全部、愛おしかった。
「いやあ、俺の彼女は最高に可愛いなあ」
「ごまかすな!」
指を絡ませて手を繋ぎ、ふたりは学校までの道をゆっくりと歩く。
その鞄には、遊園地で手に入れたおそろいのキーホルダーが揺れていた。
【第一部・完】






