告白計画は二転三転
それからふたりは遊園地を満喫した。
深海探検アトラクションにサファリツアー、着ぐるみショーやお土産物屋のウィンドウショッピング……などなど。
気付けばあっという間に時間が過ぎていた。
メインストリートのベンチに腰掛けて、小雪は叫ぶ。
「全力で楽しんでしまったじゃない……!」
「あはは、知ってる」
それに直哉はくつくつ笑う。
今日一日小雪を見ていたし、それくらいは嫌でもわかる。
おまけに今の小雪は膝にぬいぐるみ、片手にチュロス、もう片方の手にジュースを持っていた。全力で楽しんだ結果がこれである。
そしてあいかわらず直哉は荷物係だ。
小雪の分までカバンを持って、肩には小雪の買ったポップコーンバケツを掛けている。
(娘ができたら、きっとこんな感じなんだろなあ……)
デートとしてももちろん楽しかったが、ちょっと擬似的な父親気分も味わうことができた。一粒で二度美味しいひとときだった。
小雪はちょっと眉を寄せつつ直哉を見やる。
「むう。私ばっかり楽しんでるじゃない。これじゃあやっぱり勝負は直哉くんの勝ちね」
「そんなことないって。俺も全力で満喫したよ。小雪が調べてくれてた、このチュロスもうまかったしな」
「むうー……たしかにおいしいけど」
「だから勝負は小雪の勝ち。夜はパレード見に行こうな」
そう笑いかけて、直哉は空を仰ぎ見る。
空は茜色に染まりはじめ、昼間の暖気とはうってかわって、冷えた風が肌を撫でる。もうすぐ夜がやってくる証しだ。
それでも人通りは一向に減らず、むしろ増えているように見受けられた。
夜は夜でパレードの他にもダンサーたちによるショーが予定されているらしく、それ目当ての客も多いのだろう。
そこでふと気になって、パンフレットを広げてみる。
ここからの予定をこっそり立てるためだ。
(えーっと、夜のパレードは正面ゲート前のストリートで……観覧車は、あそこか)
直哉たちが今いるのは、園のちょうど中央あたりだ。
そこから南側に正面ゲートが、北側に観覧車が見える。
つまり両者は真逆の位置にあることになる。
(パレードを見てから観覧車だと、やっぱりちょっと時間的にも厳しいかもなあ)
直哉は顎を撫で、こっそりと唸る。
何を隠そう、直哉が告白の場所として予定していたのは観覧車の中だった。
けっしてベタということなかれ。小雪がそういうベタなことに弱いのは確かなことだった。間接キスであれほど大騒ぎしたところから見ても、その読みは正しいだろう。
だがしかし、パレードとの両立は難しそうだ。
(そうなると帰り際に駅でさらっと言うか……? いやでもせっかく夜なんだし、ライトアップされた場所の方が絶対いいよなあ)
ここまで来たら、一生の思い出に残る告白にしたかった。
告白計画についてあれこれ悩む直哉の隣で、小雪はチュロスをもそもそ食べながらため息を溢す。
「むうう……勝負もそうだけど、これじゃ計画が台無しじゃない。なんとかしないと」
「はい?」
ふと聞こえてきた単語に、直哉は小首をかしげる。
「計画ってなんのことだ?」
「ふぇっ!? え、えっとその……そう! この遊園地を、隅から隅まで完璧に遊び尽くす計画よ! 実は昨日の夜から考えててね――」
小雪はしどろもどろで、それらしい言葉を並べ立てる。
こめかみには汗がつたい、視線もだいぶ泳いでいた。
それらの情報を踏まえて小雪のセリフを翻訳すると――。
『楽しすぎてすっかり忘れてたけど、今日はスマートにエスコートして、最後は私から告白する予定だったのに……! これじゃ私がおもてなしされる側じゃない! 直哉くん、一緒にいて楽しいし、頼れるから、ついつい甘えちゃったけど……今日は私がびしっと決める番なのに! もう! 直哉くんが優しいのが悪いんだから!』
おおむね、そんなところだった。
おかげで直哉は片手で顔を覆い、天を仰ぐはめになる。
「…………ああ、うん。そっかー」
「あら、そう? わかってくれたのなら……いえ、待って」
小雪が下手な言い訳をやめて真顔になる。
そのままずいっと顔を近づけて、直哉にじーっと疑わしげな目を向けた。
「あなた今なにか察したわね。なんなの、正直に白状なさい」
「いや、その、俺の口からはとてもじゃないけど言えないっていうか……」
「……ああああああ!? やっぱりバレたあああああ!」
小雪も筒抜けだったことを察したらしい。
今日一番の真っ赤な顔で、涙目で直哉の胸ぐらをつかんでくる。
「今のは違うの! 全然違うから……なかったことにして!」
「う、うん。善処する」
それに、直哉はぎこちなく返すしかなかった。
つまり小雪も告白のチャンスを虎視眈々と狙っていたのだ。
直哉もちょっと浮かれ過ぎていたせいか、察するのが遅くなってしまった。
(まあ、たしかに最初は俺から言ったしな。小雪から告白したいって気持ちも汲んでやらないとなあ……)
そうなると告白は譲って、小雪が心おきなく言い出せるような場所を探した方がいいかもしれない。
告白計画がますますややこしくなってきた。
「うううっ……こんなはずじゃなかったのにい……」
「ま、まあ気を取り直してさ。そろそろパレードだし移動しようぜ」
無理やり話を変えるため、直哉はベンチから立ち上がる。
ほかにも正面ゲートに向かう人は多く、早く行かないと場所がなくなってしまうだろう。
「ほら、お姫様。エスコートさせてもらいますよ」
「そういうの今求めてないから!」
直哉が差し出した手を、小雪はびしっとはたき落とした。
あからさまな照れ隠しだ。そんなところもまた可愛いなあ、なんて思ったところで――。
「きゃーーーー!!」
「へ?」
どこからともなく黄色い悲鳴が聞こえてきた。
慌てて見れば、遠くにできた人だかりの向こう。なにやら黄色いきぐるみの頭が見え隠れしていた。他の人々もその姿を確かめて、ぎょっと目を丸くして沸き立ち始める。
「とらくんよ! とらくんがいらしたわ!」
「なに!? 一日に一回だけ園内で行われるというゲリラ・グリーティングか!?」
「ぱぱー! わたし、とらくんとあくしゅしたい!」
「わかった娘よ! 全速力で突っ走るぞ!」
そこからは怒涛の展開だった。
目の色を変えた人々が我先にと駆け出して――。
「へっ!? ちょっ、きゃあああああああああ!?」
「小雪!?」
津波のような人波が小雪をさらい、あっという間に姿が見えなくなってしまった。






