不良少年(仮)の恋の行方
竜太の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
そのまま彼は勢い任せに直哉につかみかかる。
「そ、それができたら苦労してねえんだよ! こちとら十年ものの片思いだぞ畜生……!」
「いやでも、告白したら楽しいぞ。全力でイチャイチャできるし」
「っ……イチャイチャって、たとえば?」
ごくりと喉を鳴らして食いつく竜太だった。
見た目に反し、存外素直なところもあるらしい。
直哉は気を良くしつつ、このところの小雪とのイチャイチャっぷりを説明しようとするのだが――。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うおわっ!?」
急に中から割れんばかりの歓声が轟いて、思わず腰を浮かしてしまった。
何事かとのぞいてみれば……白金会の会合は新たな議題に突入していたらしい。
パイプ椅子に座った朔夜を取り囲むようにして、黒頭巾たちが興奮あらわにどよめいている。
「そ、それはマジっすか会長!?」
「笹原くんが、白金さんを下の名前で呼ぶようになって!?」
「さらに家まで遊びに来て、お父さんに結婚の許可までもらったって……!」
「うん。ほんとだよ」
朔夜は平然とうなずいてみせる。
結婚の許可はだいぶ盛っていると言わざるをえないが、お父さんに気に入られたのは事実である。
「しかもこの前、両親がいないときにご飯を作りに来てくれたの。お姉ちゃんとカレーを作ったよ」
「完全に婿じゃないですか……」
「ちなみに白金さんの反応は?」
「デレッデレだった」
「「「うわあああああああああ!」」」
朔夜の一言で、一同はまたも絶叫を上げる。
推しの供給過多に苦しむファンの姿がそこにあった。
苦しむ彼らを見てから、竜太は驚いたような顔を直哉に向ける。
「け、結婚って……おまえ、そこまで進んでるのかよ!?」
「ま、まあな」
ちょっと見栄を張る直哉であった。
「それもこれも、真正面から告白した結果だ。竜太も見習うといいぞ」
「はっ……言うじゃねえか」
竜太はぶっきらぼうに言ってのけ――ふと疑問を覚えたように、眉を寄せてみせる。
「それにしてもおまえ、よく俺と普通に話せるな。だいたいのやつは怖がるっていうのによ」
「いやだって、竜太は不良でもなんでもないだろ。その傷、犬とか猫につけられたやつじゃん」
「よく分かったな……家が動物病院なんだよ」
ちょっと目を丸くしつつも、竜太は相好を崩す。
彼と距離が縮まったのを感じた直哉だが――。
「でも……なんであれで付き合ってないんでしょうねえ」
部屋の中から聞こえてきた声に、ぴしりと凍りつく羽目になった。竜太も「は……?」という顔である。
気まずい空気が流れる外野にはおかまいなしで、中の面々はしみじみと話し合う。
「さすがにそろそろ告白し直すんじゃないか……? 会長はどう思います?」
「すると思うけど、いつになるかは予想もつかない」
「青春ですねえ。どっちから言い出すと思います?」
「私はシチュエーションなんかも気になるところです!」
そうしてメンバーたちは『小雪と直哉の告白』についてああでもない、こうでもないと盛り上がり始めた。
竜太はそれを聞いて……直哉に驚愕の目を向ける。
「おまえ……白金と付き合ってるんじゃないのかよ!?」
「……返事が保留のままなんだよな」
「告白の返事が保留のまま、そんなとこまで進んじゃったのか……?」
「……うん」
直哉がうなずくと、竜太の顔から表情が消えた。
今日一番の絶句だった。
(いや、うん……やっぱそんな反応になるんだな……イチャイチャはできてるんだけど……うん)
客観的に見て、なかなか奇特な関係であるのは理解していたが、そこまでか。奥手の竜太にも奇妙に思われるほどなのか。
直哉が感傷に浸っていると、やがて竜太がゆっくりとかぶりを振る。
「…………やっぱ俺、エミに告白するわ」
「へ!? な、なんでまた急に……?」
「いや、その……」
竜太はちらりと直哉を見やる。
その目に浮かぶのは珍獣でも見るような感慨深さだ。
「おまえらみたいに拗らせるよりは、ちゃんと直球で勝負かけた方がいいかな……って思ってよ」
「拗らせるってなんだよ! これはこれで結構楽しいんだからな!?」
今度は直哉がつかみかかる番だった。
ギャーギャー騒いでいたところで――窓ががらっと開かれる。
「あれ、笹原くん? それにりゅーくんも!」
「お義兄様?」
「うわ……バレた」
顔を出したのは鈴原恵美佳、そのひとだった。
ほかのメンバーたちも興味深げに顔をのぞかせ、黒頭巾を外して朔夜が首をかしげてみせる。
「お義兄様。なんでこんなところにいるの? そっちのチャンピオン漫画とか、ハイアンドローに出てきそうな人はどちら様?」
「あー……ちょっと、いろいろあってさ」
直哉は隣の竜太をちらりと見やる。
竜太は静かにうなずいて――大きく息を吸い込んで、声を張り上げた。
「エミ! 話がある!」
「は、はい?」
窓を乗り越え、視聴覚室に上がり込む。ちゃんと靴を脱ぐあたりがやはり不良ではなかった。
首をかしげる恵美佳と向き合って、竜太はついに決定的な言葉を口にする。
「好きだ!」
「へ」
「ずっと前から好きだった! 気恥ずかしくて言い出せなかったけど……今なら言える! 好きなんだ!」
それはまっすぐな愛の告白だった。
恵美佳は目を丸くして、しばし言葉を失ってしまう。
周囲のメンバーたちも突然のことに困惑気味だが、見守るような暖かな眼差しを向けていた。
「そ、そんな……りゅーくん」
そして恵美佳は――キラキラと目を輝かせて、竜太の手をがしっとにぎった。
「りゅーくんも、白金さんが好きなんだね!?」
『は……?』
竜太や直哉、その他白金会メンバーの声が綺麗にハモった。しかし恵美佳はおかまいなしだ。花が咲いたような笑顔で竜太にたたみかける。
「りゅーくんにも白金さんのよさが分かったんだね。だから笹原くんに頼んで、白金会の見学に連れてきてもらったんでしょ? そうなんだよね?」
「へ、え、あ……?」
竜太は狼狽えるばかりだった。
一世一代の告白ですべての気力を使い果たし、状況がいまいち飲み込めていないらしい。
「えっ、鈴原……今のは多分、その……」
「ラブコメの鈍感主人公か、おまえは」
「お義兄様の爪の垢を煎じて飲むといいよ」
「辛辣だなあ、朔夜ちゃん……」
一同全員、居た堪れない反応である。
早く告白を仕切り直してくれ、とみなの心がひとつになったそのとき、竜太が意を決したように口を開く。
「そ、そうじゃなくてな、エミ、俺は――」
「でも、ほんとにうれしいなあ」
恵美佳は竜太の手を取って、にこにこと笑う。
「りゅーくんも私と同じひとを好きになってくれたんだね。小さいころから一緒だったし、やっぱり気が合うよねえ」
「うっ、ぐ、そ、その……」
「これからは一緒に白金さんを推していこうね、りゅーくん!」
恵美佳は無邪気な笑顔をうかべる。
それに、竜太は脂汗を流していたのだが――ややあって、ヤケクソ気味にサムズアップをしてみせた。
「おう! 俺もおまえの話を聞いて、白金が気になるようになってな! 会に入れてもらおうと思ってきたところなんだ!」
「なぁんだ、やっぱりそうだったんだね!」
『えええええ……』
またも全員の声がハモった。
恵美佳は外野の反応になどおかまいなしで、元気よく挙手してみせる。
「会長! そういうわけなんで、りゅーくんも白金会に入ってもらっていいですか?」
「うーん」
朔夜はしばし考え込んでから、こくりと小さくうなずいた。
「いいよ。面白そうだから」
「わあい! ありがとうございます!」
「アリガトウゴザイマス……」
「いやいやいや……」
「きみ、本当にそれでいいのか……?」
魂が抜けたように呆然とする竜太に、ほかの面々は気遣わしげな目を向ける。
そんななか、直哉はため息をこぼすしかない。
(俺もちゃんと告白しよ……)
反面教師のおかげで、決意がまたしっかり固まった。






