どきどき☆邪教見学ツアー
その日の昼休憩は、ちょうど白金会のミーティングだった。
直哉はそれを知っていたので、竜太を連れていつもの視聴覚室へと向かった。
視聴覚室は校舎一階の部屋だ。
校庭側からそっと窓を覗き込めば、十名ほどの生徒がすでに集まっていた。今回も全員黒頭巾を被っており、中には朔夜らしき人物の姿もある。
竜太も中をのぞき、ギョッと目を丸くした。
「うわ、マジだ……マジで邪教の集会じゃねえかよ……これにエミがなんの関係があるっつーんだよ」
「まあまあ、見てりゃわかるって」
そこで、視聴覚室のドアが勢いよく開かれた。
「遅れてすみません!」
飛び込んでくるのは鈴原恵美佳だ。
おかげで竜太がハッと息を飲む。
肩で息をする彼女の背を、朔夜がそっとさすってやる。
「大丈夫。話は聞いてるから。みんな恵美佳を待ってたの」
「あ、ありがとうございます……あっ!? 黒頭巾忘れて来ちゃいました……! 白金会の制服なのに……」
「そんなこと気にするな。事情が事情だ」
「そうそう。むしろうちの会的には、もっとゆっくりしてくれても良かったのにさ」
「み、みんなぁ……」
ほかの黒頭巾たちも、恵美佳をあたたかな空気で出迎える。
かなり異様な光景を前にして、竜太はわかりやすくうろたえた。
「お、おい。なんでエミがここに来るんだよ!? この集まりはマジでなんなんだ!?」
「だから、それもすぐに分かるってば」
それを宥めているうちに、ついに今日の会合が始まった。
円形に並べた椅子に全員が着席したところで、朔夜がすっと手を上げて宣言する。
「本日もお集まりいただきありがとう。まず誰から報告する?」
「はい! 僭越ながら私から!」
それに恵美佳が元気よく挙手してみせた。
会長の朔夜がうなずけば、ほかの会員たちも異論がないようで首肯する。
かくして恵美佳は期待の眼差しを一身に受けて立ち上がった。
ごほんと咳払いをしてから、凛と告げることには――。
「今日はなんと私……白金さんと一緒に、お弁当をいただいちゃったんです!」
「おおおおおおおおお!!」
一同から待ってましたとばかりに歓声が上がる。
わりかしいつものテンションだ。見守る竜太は「は?」という顔を浮かべていたが。
外野の戸惑いなど知る由もなく、恵美佳は興奮した様子で続ける。
「そしてなんとですね、白金さんは……白金さんはまず最初に、ミートボールから召し上がっていらっしゃいました!」
「好物から行く派なのか……」
「しかもミートボール……」
「さすがのかわいさ……」
「しかも……それだけじゃないんです!」
しみじみする面々に、恵美佳は不敵にニヤリと笑う。
「なんと私、おかずの交換まで果たしちゃったんです! 白金さんは、私のお弁当のタコさんウィンナーをご所望でした!」
「そ、そんな……典型的お友達ムーブができるまでに親愛度を高めただけでなく、タコさんウィンナーを食べる白金を至近距離で見たのかよ……!」
「よく生きて帰ってきたな……」
「私だったら萌えで死んでる……」
「ふっふっふー……何度か意識飛びそうになりましたけど、舌を噛んで耐えました!」
「武士の精神。お見事」
ぐっと親指を立てる恵美佳に、朔夜は静かな拍手を送る。
ほかの面々も、まるで死地から帰還した兵士を労うような労いの言葉をいくつも飛ばす。
場の興奮は最高潮だ。
ただし外野――竜太は、全力の真顔だった。
「…………なんだ、これは」
「見て分かるだろ、ファンクラブの会合だってば。白金小雪を推す人たちが集まって、彼女について語るだけの会」
「そんな馬鹿げた会合にエミが……?」
知らない世界を覗き込み、かなり混乱してる様子である。
まあ、直哉も初エンカウントのときはこんな反応だったが。
それ以降も、会員たちは恵美佳の報告に真剣な様子で耳を傾けていた。
授業中にぼんやりしている後ろ姿だったり、体育のバスケットボールで見事シュートを決めた姿だったり。
そうしたクラスメートならではの報告に、一同は「わびさびがあるな……」だの「推しが生きてて尊い……」だのと熱っぽい感想をこぼしていた。
「やっぱり鈴原はすごいな……俺たちじゃ緊張してそこまで距離を詰めらんねーよ」
「ああ。これなら俺も安心して副会長の座を譲れそうだ」
「これからもよろしくね、恵美佳」
「会長……! もったいないお言葉です! 不肖、鈴原恵美佳! 今後とも白金さんを推しに推していく所存です!」
恵美佳は目の端に涙を浮かべ、元気よく敬礼してみせた。
それに全員が惜しみない拍手を送る。
やっぱり謎の会合だが……和気あいあいとした空気だけはしっかりと伝わってくる。
だから直哉は隣の竜太に苦笑を向けるのだ。
「鈴原さんはあの通り、ただのファンなんだよ。竜太が言うような恋愛感情とかはないと思う」
「そう、なのか……」
竜太もようやく納得してくれたらしい。
その場にしゃがみこみ、大きなため息をこぼしてみせる。
「あいつ……クラス委員の仕事で遅くまで残ったことがあってさ。そのときに白金が手伝ってくれたらしいんだ」
「ああ、うん。鈴原さんから聞いたことあるよ」
プリントをひとりで整理していたとき、小雪がおずおずと話しかけてきたらしい。『鈍臭くって見てらんないわ』と毒付きながらも仕事を手伝ってくれて、そのままささっと帰ってしまったという。
それから小雪を目で追うことが多くなり……その不器用なキャラクターに惹かれたのだと、恵美佳は以前熱っぽく話してくれた。
(わかる……俺もそういうところが好きだもんな)
恵美佳と違うのは、直哉はしっかり恋愛的な意味で彼女のことが好きだということだ。
竜太はがしがし頭を掻いて「あー」と唸る。
表情は苦いものだが、かすかな安堵がそこには浮かんでいた。
「てっきり、そういう意味の『好き』なのかと……でも、そうか……単なるファンかあ……よかった」
「いやいや、大団円みたいに言ってるとこ悪いけど。何にも解決してないからな?」
「……んだと?」
呆れたように肩をすくめる直哉のことを、竜太は真っ向から睨む。
不良と噂されるだけあって、その眼光はかなり鋭い。
しかし直哉はおかまいなしで続けるのだ。
「今回は杞憂で済んだけど、次もまたそうなるとは限らないだろ。今度こそ鈴原さんに、恋愛的な意味で好きな人ができるかもしれない。そのとき竜太はどうするんだ?」
「っ…………それ、は」
言葉を詰まらせ、竜太は足元に目を落とす。
直哉の言葉が正しいと分かるからだろう。
悲壮に揺れる彼の目は、恵美佳とどこかの誰かが仲睦まじく腕を組む姿を幻視しているようだった。
彼の顔をのぞきこみ、直哉はいたずらっぽく笑う。
「そんな竜太の悩みを一発で解決する方法が、ひとつだけあるんだけどさ」
「解決する、方法……?」
「そう。簡単な話だ」
人差し指をぴんと立て、授ける策とは――。
「鈴原さんに告って付き合う。これしかないだろ」
「なっ……!」






