白雪姫の人間関係
「……ふふふ」
授業開始前の、朝の時間。
小雪は自分の席で、携帯の画面を見つめていた。
そこに表示されているのは先日直哉と一緒に作ったカレーだ。ルゥの中央には、ウサギの形に切り抜かれたスライスチーズが乗っている。
直哉が小雪のためだけに作ってくれた特別製だ。
(待ち受け画面にして正解ね! えへへ、お手伝いのご褒美か……)
自然と口元がほころんで、にこにこしてしまう。
先日に思いを馳せて、そこでふと脳裏をよぎる言葉があった。
(直哉くん……か)
呼び方を変えてみて、二日目。
いまだにその音の響きに慣れないし、今朝の登校中もほとんど名前を呼べなかった。
直哉もちょっと慣れないながらも、小雪のことを名前で呼んでくれるというのに。
(わ、私ももうちょっと頑張らないとね)
そう、決意を固めた瞬間だった。
「しーろがねさん!」
「ひゃうっ!」
突然、背中から誰かが抱きついてきた。おもわず悲鳴を上げてしまうが、すぐに誰かがわかった。
直哉の幼馴染みの結衣である。
「あ、な、夏目さん……おはよう」
「おっはよー。なんだか嬉しそうだけど、何見てるの?」
「え、えっと……これ、なんだけど……」
「なにそのカレー! かわいいじゃん!」
きゃっきゃとはしゃぐ結衣だった。
直哉と幼馴染みだと判明したあの日から、結衣はたびたびこうして小雪に話しかけてくれるようになっていた。
底抜けに明るい彼女と一緒にいると、心がじんわりあたたかくなる。
ただ……ちょっぴり人見知りの小雪にとっては毎回ドキドキのイベントだ。失礼な態度を取ってしまわないか、まだ少し緊張してしまう。
しかも、最近話しかけてくるようになったのは結衣だけではなかった。
「なにそれなにそれ! よかったら私にも見せて!」
「す、鈴原さん……」
「おお、恵美佳もおはよー」
そこでまた別の女子生徒が、飛びつくようにしてやってくる。
鈴原恵美佳。
太い三つ編みと丸メガネ、おまけにクラス委員長という絵に描いたような優等生だ。実際、学業成績は常に小雪と学年トップを競い合っている。
ただし、彼女は小雪と違って人望があり、クラスの中心人物と言ってもいい。
ちなみに結衣もスポーツ万能で社交性もあり、クラスの中心人物その二である。
「え、あんたらなにを盛り上がってるわけ?」
「おっはよー。ねえねえ、なんのはなしー?」
「あ、あわわ……」
そんなふたりが興味を示していると、当然ほかの女子たちもわらわらと集まってくる。
あっという間に小雪の机は女子生徒のたまり場となって、囲まれた小雪はあわあわするばかり。
最近は結衣と恵美佳のおかげで、こうした輪の中に入れるようになっていた。にぎやかで楽しいものの、人見知りには難易度がかなり高い状況だ。
だが、彼女らはまごつく小雪にもおかまいなしで、わいわいと盛り上がる。
「ほんとだ、かわいいカレー! どこかお店のメニュー?」
「い、いえ……これ、自宅で作って……」
「へー! このウサギも白金さんが? けっこう器用なんだねえ」
「え、えっと、その……」
まごつく小雪に気付いたのか、結衣がにっこり笑ってみせる。
「ひょっとして、直哉?」
「…………うん」
小雪はちいさくうなずいた。
それに周囲の女子たちが顔を見合わせる。
「直哉って誰? ひょっとして白金さんの彼氏?」
「あ、聞いたことあるかも! 三組のど変人と付き合ってるんだよね?」
「ど変人……」
あんまりな物言いだが、あまり否定もできなかった。
しかしそこで、小雪のかわりに恵美佳がやんわり笑顔を浮かべてみせる。
「たしかに変な人だけど、真面目な人だよね。笹原くんって」
「へ……?」
小雪は目を瞬かせるしかない。結衣もまた首をかしげてみせる。
「あれ、委員長って直哉のこと知ってるの?」
「うん。ちょっと所属してる同好会の関係でね」
恵美佳はにこやかに言ってみせる。
この学校にはあまたのクラブや同好会が存在しており、掛け持ちする生徒も多い。
だがしかし――。
(直哉くん……同好会に入ってるなんて、言ってくれたことあったかしら)
小雪はふとした疑問を覚えてしまう。
それと同時に、なんだか胸がもやっとした。






