白金邸での大事な話し合い
白金邸は、住宅街の奥まったところに建っていた。
高い塀が囲む、庭付きの洋風建築だ。内装もかなりおしゃれで、リビングに置かれたソファー一式も体が沈むほどにふかふかしている。
だがしかし、その居心地の良さを堪能する心の余裕は、直哉にはなかった。
「……改めて、自己紹介させていただこう」
正面には固い面持ちの紳士が座り、その後方から小雪と朔夜がうかがうような視線を投げてくる。
ふたりとも、事態がよくわかっていないらしい。
そんな娘たちには構うことなく、紳士は続ける。
「白金・K・ハワード。白金は妻方の姓だ」
「さ、笹原直哉です……」
直哉は恐縮しきって頭を下げるしかない。
あれから小雪に連れられて、すぐにこの家に案内された。しかし紳士――小雪の父、ハワードはずっと道中押し黙ったままでいた。
緊張でまともに彼の感情が読めない。
だがしかし、読むまでもなかった。
(やばい……! 絶対怒ってるって!)
そう直感すると同時、直哉はガバッと頭を下げてみせた。
「すみません、おじさん! 最初から気付いてはいたんですけど、なかなか言い出せなくて――」
「きみにおじさんと呼ばれる筋合いはない!」
ホームドラマのような台詞を、ハワードはぴしゃりと叫ぶ。
直哉はびくりと肩をすくめるのだが……彼は続けてこう言った。
「おじさんではなく……お義父さんと呼びなさい!」
「で、ですよね、すみま…………うん?」
直哉はゆっくりと顔を上げる。
「お、お義父さん……?」
「そう、それでいい」
「いいんですか!?」
満足げにうなずくハワードにおもわず叫んでしまった。
朔夜が義兄と呼ぶのとは、だいぶわけが違う……と思う。
目を白黒させる直哉を前にして、ハワードは相好を崩してみせる。
そこにはやや苦々しいものが残るものの、好感度は喫茶店から据え置きだ。
「あんな話を打ち明けては、きみが言い出せないのも無理はない。私の方こそすまなかったな」
「い、いえ。俺の方こそ、生意気な口利いちゃって……」
「なにを言うか! その年でしっかり自分の意見を言えるのは立派な長所だ! 謝ることはない!」
「え、なんなの、この状況は」
「分かるわけがない」
小雪と朔夜は首をかしげるばかり。
そんななか、ハワードはじっと直哉を見据えてくる。
「実は喫茶店できみと話していて、ずっとこう思っていたんだ。『きみのような少年が小雪のボーイフレンドならどんなにいいか』……と」
「お義父さん……」
「きみになら安心して小雪を任せられる。だが……その前にいくつか聞きたいことがある」
「は、はい。なんでしょうか」
直哉はおもわず居住まいを正す。
まるで面接だ。どんな質問が飛んでくるのか、ヒヤヒヤしていたが……ハワードが放ったのは予想外のものだった。
「失礼ながら、きみの家族構成を聞かせてもらってもいいだろうか」
「へ? えっと、父と母と……田舎にじいちゃんばあちゃんがいるくらいですね」
「つまりひとりっ子というわけだな」
彼は神妙な顔であごを撫でて――。
「……婿に入ってもらうのはさすがに難しいか」
「待って待って、ほんとに待ってください」
何段飛ばしにもほどがあった。
うろたえる直哉だが、ハワードは真面目な顔でビシッと続ける。
「では婿入りは諦めよう! そのかわり、結婚後は同居、もしくはこの家の近くに住むことを約束してもらおうじゃないか! そうでなければ小雪との結婚は認めんからな!」
「なっ……さっきからなんの話をしてるのよパパ!?」
「小雪は黙っていなさい! これは男同士の話し合いなんだ!」
そこだけ聞くと典型的な頑固オヤジだ。
ただし、実際の好感度はこうしている間にもじわじわ上がっていっているのが直哉には手に取るようにわかった。
(気に入ってもらえるのは嬉しいけど……かっ飛びすぎじゃね!?)
そうは思うが突っ込めない。
ハワードの眼がギラギラと輝いていたからだ。
「それで? いい加減に返事を聞かせてもらおうか、ササハラくん」
「いやあの……進路もまだ分かりませんし、そんなこと軽率に約束するわけにはいきませんよ……」
「むう……どこまでも真面目な男だなあ、きみは!」
なぜか、ハワードの好感度がまた上がった。
現在の数値は九十。小雪の百に、あと少しで届きそうだ。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、と昔の人は言ったらしいが……好きな子のお父さんを骨抜きにするのは自分でもどうかと思った。
「ちょっといいかしら〜、笹原くん」
そこでキッチンの方から、女性がひょっこりと顔をのぞかせる。
おっとりとした印象の小柄な人だ。ずいぶん若く見えるが、小雪たちのお母さんらしい。先ほど挨拶は済んでいて、手土産も渡してあった。
「うちの人の相手をしてもらって悪いわねえ。ところでこのお料理、お昼にいただいてもいいかしら」
「あ、はい。どうぞ。お口に合うかはわかりませんが」
「とんでもないわよ〜。さっき味見したけど、すっごく美味しい筑前煮だったもの」
「なに、チクゼンニだと……!?」
そこでハワードの眉がぴくりと動く。
和食は苦手か……と思いきや、彼は身を乗り出して直哉の手をがしっと握る。
「私が美空さんに初めて作ってもらった日本料理じゃないか……! きみもあれを作れるというのか! 素晴らしい! やはり私の義理の息子になる運命だったのだな!」
「えええ……」
ついに好感度は百の上限に届き、架空のファンファーレが脳内で鳴り響いた。
「よし、今日は夕飯もうちで食べていくといい! 心ゆくまで将来の話をしようじゃないか、息子よ!」
「ちょっと! 笹原くんは私のお客さんなのよ! パパばっかりずるいじゃない!」
「お義兄様、クッキーどうぞ。ケーキもあるから食べてね」
「なうー」
「いやあの、ひとりずつ喋ってください」
どこからともなく目付きの悪い白い猫がやってきて、直哉の膝で丸くなる。以前、写真を見せてもらった『すなぎも』だろう。
おずおずと撫でてみると、指先が毛に沈み込んだ。
三人が直哉を取り合い口論を始めるなか、すなぎもを無心でもふもふしていると、小雪たちの母親が目を丸くする。
「あら、うちのすーちゃんがお客様に懐くなんて珍しいわね。モテモテねえ、笹原くん」
「あはは……恐縮です」






