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紳士の苦悩と好感度

 ちょっと失礼なことを思いつつも、直哉はおくびにも出さなかった。

 ショートケーキをぱくつきながら、苦笑いで相槌を打つ。


「おじさんのその口ぶりだから、てっきり追い返す気満々なのかと……」

「もちろんそれも一つの手だ……! 可愛い娘に悪い虫がついてはかなわんからな! だが……それだけはできないんだ」

 

 紳士はそこで一瞬だけ勢いづいたものの、すぐにまた肩を落としてしまう。

 

「娘はボーイフレンドが来るのをひどく楽しみにしているらしいんだ。今朝も早くから部屋の掃除をしたり、さく――妹とクッキーを焼いたりと……もてなす準備に追われている」

「そ、そーなんですかー……」

 

 直哉はニヤつきそうになるのをグッと堪えた。

 昨日、学校からの帰り道で小雪は『あんまりおもてなしには期待しないでちょうだいね。お菓子を食べたらすぐ帰ってもいいのよ』なんてつんと澄ました調子で言っていた。

 もちろん、それを鵜呑みにしていたわけではないが……どうやら直哉が思っていた以上に歓迎してくれるつもりらしい。


 いじらしさに胸がキュンキュンする。

 しかし、目の前で苦悩する紳士がその高鳴りを打ち消した。

  

「そんなところに水を差すのはどうしても避けたい。私も娘を悲しませるのは不本意だからな」

 

 紳士は真面目な顔でうなずいて、また顔を覆って声を絞り出す。


「それに、私は娘を信頼している。あの子が選んだボーイフレンドなら……よほど器が大きな少年だろうと、頭では理解できているんだ」

「でも、顔を合わせる勇気がない……と」

「そのとおりだ」

「あはは……素直っすね」

 

 やけに力強くうなずかれてしまい、直哉は曖昧な返事をするしかない。

 

(俺がそのボーイフレンドだって知ったら……ひっくり返るんじゃないか、この人)

 

 今後の付き合いもあるし、それだけはなんとしてでも避けたかった。

 ゆえに、直哉は口をつぐむしかない。ただし、なるべく早めに言った方がいいのは明白だった。

 

(いやでもタイミングってものがさあ……)


 変な汗が背中を流れ落ちるが、紳士は洗いざらいの胸の内を打ち明けたおかげか、いくぶんすっきりした顔をしていた。

 苦笑しつつ、小さく頭を下げてみせる。


「ぶっちゃけてしまうとだね、きみをこうして誘ったのはお礼がしたかったのと……話を聞いてもらいたかったからなんだ。本当にすまなかった」

「い、いえいえ! これも何かの縁です! 俺で良ければなんでも話を聞きますよ!」

「きみは……なんと優しい少年なんだ」

 

 紳士が顔を綻ばせる。

 その瞬間、好感度が七十五から八十に跳ね上がった。

 恋愛シミュレーションゲームだったら『ピロリン♪』と軽快なSE(サウンドエフェクト)が鳴ったことだろう。

 

(俺、マジでなにやってんの!? 好きな子のお父さんを攻略してどうするよ!?)

 

 引きつった笑顔を作りつつ、直哉は内心で自分にツッコミを入れた。

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