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闇取引とその報酬

「それで?」


 直哉の目の前のソファーにかけるのは、彫りの深い外国人の紳士だ。身にまとうものは小物にいたるまで洗練されており、短い銀髪を一部の乱れもなく撫で付けている。

 まるで映画の世界から迷い出てきたような人物だ。

 その眼光はやけに鋭く、抜き身のナイフを突きつけられているような錯覚に陥る。


 その紳士の後ろでは、小雪と朔夜が困ったように顔を見合わせていた。ふたりとも、どう口を挟んでいいものか迷っているようだ。

 

 そんななか、紳士はまっすぐ直哉を見つめて問いかける。


「いい加減に返事を聞かせてもらおうか、ササハラくん」

「え、えーっとぉ……」


 直哉は引きつった笑顔を浮かべるしかない。

 脳内を埋め尽くすのは『どうしてこうなった?』という思考だけだ。

 鋭い眼光に意識が飛びそうになりつつも、直哉はぼんやりとことの始まりを思い起こすのだった。




 あれは、ちょうど三日前。

 いつもの昼休みに小雪と弁当を食べていたが、その日はメンツにすこしだけ変化があった。

 小雪の妹――朔夜が一緒にいたのだ。お弁当を一緒に食べるという目的以外に、もうひとつ大事な用件があった。

 

「えーっと、それでこないだ言ってた品だけど」

 

 直哉は持ってきたカバンをごそごそと漁り、目当てのものを取り出してみせる。

 

「はいこれ。桐彦さんのサイン色紙」

「っ……!」

 

 それを目にした瞬間、朔夜の眉がぴくりと動いた。相変わらずのポーカーフェイス。だがしかしあれから何度もコミュニケーションを経た直哉には『テンションぶちアゲ』状態であることが読み取れた。

 朔夜はわなわな震える手で色紙を受け取り、それを胸に抱いて深々と頭を下げる。

 

「本当にありがとう、お義兄(にい)さん……いいえ、お義兄(にい)様」

「ランクが上がった!?」

 

 好感度の変化がわかりやすい。

 その隣で、小雪が細い眉をひそめてみせる。

 

「ごめんなさいね、笹原くん。わがままを聞いてもらって」

「いいっていいって。桐彦さんも二つ返事だったし」

 

 どうやら朔夜は、作家・茜屋桐彦の大ファンだったらしい。

 小雪が家に帰って、彼に会ったことをなんとなく伝えたところ、妹が発狂したらしい。それを聞いて直哉はちょっと見たかったなあ、としみじみ思った。

 そんなこんなで、半ば土下座せん勢いでサインを頼まれていたのだ。

 

『あら、構わないわよー♡ 小雪ちゃんの妹ちゃんなら、転売とかしないでしょーし』

 

 桐彦もさくっと了承してくれて、かくしてサイン色紙が無事に朔夜のもとに渡ることになった。

 彼女はほうっと熱い吐息をこぼし、色紙をまじまじと見つめる。

 

「たしかにこれは茜屋先生の筆跡。まさか同じ街に住んでいたなんて」

「あら、知らなかったの? 好きな作家さんだって言ってたのに」

「茜屋先生はツイッターとか一切やってないから、個人情報が一切わからないの」

 

 しゅんっと肩を落とす朔夜だ。それに直哉はうんうん頷く。

 

「たしかにあの人、わりとズボラなところがあるからSNSとか向いてなさそうだもんなあ。あ、なんなら朔夜ちゃんも今度会いに行くか?」

「……遠慮しておく」

 

 直哉の申し出に、朔夜はふるふると首を横に振る。

 

「私は単なるファン。押しかけていって、迷惑になりたくないから」

「いや、別に大丈夫だと思うぞ。白金さんの妹なら会ってみたいとか言ってたし」

「……ぶっちゃけて言うと、ご尊顔を拝んだら死んでしまいそうだからやめておきたい」

「あ、はい」

「やっぱり推しは遠くから見守ってこそ……」

 

 朔夜はサイン色紙をぎゅっと抱きしめて、遠い目をする。

 さすがは白金会を束ねる会長だ。推し方がストイックである。

 サイン色紙をビニールにくるみ、朔夜は改めて直哉に頭を下げる。

 

「とりあえず、お義兄様にはお礼がしたい。なにがいい? 出来る限り要望に応えたい」

「いやいや、そういうのいいから。俺は単なる運び屋みたいなもんだったし」

「そうよ、朔夜」


 お弁当のミートボールをもぐもぐしながら、小雪はつんと澄ました笑みを妹に向ける。 

 

「店長さんがお優しいだけで、笹原くんは特に何もしてないんだから。お礼なんて必要ないわよ」

「『ふたりともいつの間にこんなに仲良くなってるのよ……! これ以上距離が近くなったらマズすぎる!』って? 大丈夫、俺は白金さん以外の女子には一切興味ないから」

「だ、断言するのもどうかと思うの……」


 たじろぐ小雪に、朔夜も淡々と畳み掛ける。

 

「私もお義兄様×お姉ちゃんの固定カプ過激派だから安心して。NTR(ねとられ)とか地雷だから……あっ、そうだ」

 

 そこで朔夜がぽんっと手を叩く。

 

「だったらお義兄様、今度のお休みにうちに遊びに来たら?」

「へ」

「えっ!?」

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