夏への布石
直哉はその勢いのまま小雪に叫ぶ。
「なあ、小雪もそう思うよな!?」
「……何の話?」
「ごめんなさいねえ、小雪ちゃん。うちはいつもこうなのよ」
きょとんとする小雪に、愛理は頰に手を当てて困ったように笑う。
「この人達、顔を合わせただけで相手の言いたいことが分かるでしょ。だから色々飛ばして結論だけ言い合うのよ」
「ああ、直哉くんがふたりいるってことですものね……いつもこんな感じなんですか?」
「そうねえ。たとえば海外赴任が決まった時もねえ――」
法介が家に帰ってきて早々、直哉と顔を合わせて開口一番の会話がこんな感じだった。
『あ、それなら俺は日本に残るから』
『そう言うと思って、直哉の分は手配しておいたからね』
『……何の話です?』
愛理は首をかしげることしかできなかった。
それを聞いて小雪は心底気遣わしげに眉をひそめる。
「なんていうか、お母様も大変ですね……私は直哉くんひとりでも相手にするの大変なのに……」
「小雪ちゃんもこれから苦労すると思うけど、ほんとごめんなさいね……」
「そういう意気投合は今いいから!」
母と彼女が仲良くなるのはいいことだ。
だがしかし、今はそんなことを言っている状況ではない。
小雪の肩をがしっと掴んで、思いのままに叫ぶ。
「小雪! 俺と夏の思い出を作りに行こう!」
「だから、何の話だって言ってるのよ」
「旅行だよ、旅行!」
「はあ……?」
小雪はきょとんと目を丸くする。
そんなふたりを見て、法介が付け加えた。
「実はこの夏休みに、お互いの家族同士で、旅行でもどうかという話になりまして」
「えっ……うちと、直哉くんのご家族で、ですか?」
「ええ。実は知人が別荘を貸してくれることになりまして。大きな建物らしく、ふた家族でどうかと」
二つ隣の県。
避暑地として有名なその地域に、その別荘があるという。
ベッドルームは複数あるし、周囲にはいろんなレジャー施設も多く揃っている。バーベキューをするもよし、海遊びをするもよし。おまけに夏の時期は毎晩海辺で花火が上がるというし、夏の思い出を作るにはうってつけの場所であるらしい。
それを聞くにつれ、小雪の顔がキラキラと輝きはじめる。
「私は反対だ!」
しかし、そこでハワードが毅然とした声を上げた。
「貴様と旅行など二度とごめんだ!」
「そうは言っても、ハワードさんも最初は乗り気だったじゃないですか」
「あれはおまえのタチの悪さを知らなかったからだ! とにかく私は絶対行かないからな!」
腕を組み、ふんっとそっぽを向いてしまう。
日本までの道中で完全に懲りてしまったらしい。その決意はずいぶん堅そうだった。しかしそんな中――小雪は父親をまっすぐ見据えて告げる。
「パパ」
「な、なんだね、小雪」
「だったら私だけでも……一緒について行くわ!」
「……は?」
目を丸くして固まる父を放って、小雪は直哉の両親に深々と頭を下げる。
「そういうわけで、不束者ですがよろしくお願いいたします」
「ああ、もちろんかまいませんよ。こちらこそよろしく」
「小雪ちゃんなら大歓迎よ。ハワードさんは来られないみたいだけど……おうちに帰ったら、お母さんと妹さんも誘ってみてね」
「はい!」
「『はい』じゃないだろう『はい』じゃ!!」
ハワードが家中に轟くほどの絶叫を上げた。
そんなふうに取り乱す父に、小雪は平然と言う。
「えっ、だって別荘地に行きたいし。楽しそうじゃない」
「それなら私が連れて行くから! また別の避暑地に!」
「ダメよ。直哉くんと一緒がいいの」
「な、直哉くんはいいんだ! 問題はこの男で――」
きっぱり告げる小雪に、ハワードは気圧されたように顔を歪める。
それでもなお娘を思い直させようとする彼の肩を、直哉はぽんっと背後から叩いてみせた。
「お義父さん。ちょっといいですか」
「直哉くん……! 君からもなんとか言ってやってくれ!」
「はい。それじゃあ言わせてもらいます」
すがりついてくるハワードに――直哉はにこやかに告げる。
「俺もお義父さんと旅行したいです」
「……は?」
「ほら、今後長い付き合いになるわけですし、親睦を深めたいなーって思って」
きょとんと固まる彼に見せるのは、携帯の画面だ。先ほど手早く、件の別荘地を検索しておいた。
「この避暑地、温泉もあるっていうし……お背中お流ししますよ。のんびり長湯しながら、将来のことについて語り合いましょう」
「っ……!」
日本に来て長いハワードが、温泉を好むことは小雪から聞いて知っていた。
義理の息子(予定)のことを気に入っているのも明白で、その二つが合わされば――彼限定で威力は抜群となる。
ハワードは直哉の手をガシッと握り、キラキラした顔で言う。
「よろしい! ともに汗を流そうじゃないか、義息子よ!」
「はい! お義父さん!」
「さすがは私のパパだわ……直哉くんに弱い」
しみじみとこぼす小雪だった。
ハワードは法介にびしっと人差し指を向ける。
「こうなっては仕方ない、私も一緒に行ってやろうじゃないか……! おまえが小雪や直哉くんを余計なことに巻き込まないよう、監視してやる!」
「いやあ、さすがに息子と息子の彼女は厄介ごとに巻き込みませんよ。ご安心ください、ハワードさん」
「私なら巻き込んでもいいと言いたげだな、おい!?」
悲痛な声でツッコミを入れるハワードだった。
そんな父の隣で、こっそり小雪はぐっと拳を握って直哉に真剣な顔を向けてくる。キラキラした目は、おおむねこんなことを物語っていた。
『さっきは邪魔が入ったけど……旅行に行けばたくさんチャンスがあるはず! 絶対そこで、ファーストキスを勝ち取ってみせるんだから!』
おおむねそんなところだろう。
ファーストキスがふいになったのを、小雪も気にしていたらしい。
だからその分旅行でひと夏の思い出を作りたい一心なのだ。あと、避暑地の豪華な別荘にグラグラと心が揺れている。
おおむね直哉と同じ気持ちだ。
そのことに、直哉は深い喜びを噛み締める。
(小雪も消化不良だよな……この旅行で必ず決めてみせるぞ……!)
直哉もそんな思いを込めて、小雪の目を見てしっかりうなずく。
どうやら無事に伝わったようで小雪はパッと顔を輝かせてうんうんうなずいてみせた。
そのちょっとしたやり取りに胸が暖かくなった。
(……親父がなんか生温かい目をしてるけど! 気にしないことにしよう! うん!)
法介がハワードを適当になだめながら、直哉と小雪に微笑ましそうな目を向けていた。
しかし直哉は羞恥心などのあれこれをひっくるめ、全部気にしないことにした。
父親にはどう取り繕ってごまかしたところで、全部無駄だとわかっていたからだ。
『いい彼女ができたなあ、直哉。父さんも母さんとの若い頃を思い出すよ』
『旅行に関しては感謝するけど、やかましい』
目線だけで、親子でそんな会話を交わしておく。
かくしてこの夏、最高の思い出ができることが確定した。
続きは明日更新します。夏休み旅行編開始です。
今回で百話となりました!お付き合いいただきましてまことにありがとうございます!
書籍の方も絶賛ご予約受付中です。活動報告のほうにまた口絵を公開しておりますのでご覧ください。
ふーみ先生渾身の小雪が超可愛い!
そしてアンケートからのリクエストになりますが、さめは二章先くらいまでしか決めずに書いております。
そのため確約はできません。ご了承いただければ幸いです。とはいえリストには入れておきますので、気長にお待ちいただければ幸いです!






