なーんちゃって?
「これで、今度一日凛央と遊んであげて」
「えっ……?」
せわしなく動いていた唯李の指先がピタリと止まる。
わずかに間があって、唯李が平坦な口調で言った。
「……なんでまた凛央ちゃん?」
「なんでまたって、別に何だっていいんでしょ? 言いなり券なんだから」
そう返すと何が気に食わないのか、唯李はとてつもなく腑に落ちない顔だ。
それどころか急に顔をうつむかせたかと思うと、
「……それ言うために、わざわざこんなとこまで呼び出したわけ?」
「いや、単純に言いなり券だなんだってゴチャゴチャやってるのあんまり見られたくないし」
慶太郎だの園田に見つかったらそれこそ事だ。
それに本当なら、凛央とも落ち合うための呼び出しだったわけだが。
「凛央も来る予定だったんだけどさ。急に……」
「……そ、そうやってまた凛央凛央凛央って……」
やけに低い声で唸るようにしながら、唯李がふるふると体を震わせだした。
どうも少し様子がおかしいので聞き直してみる。
「どうかした? もしかしてダメ?」
「いや、だ、ダメっていうか! そ、そこで凛央ちゃん出てくんのおかしいでしょどう考えても!」
何がおかしいのか悠己としてはいまいち要領を得ない。
いよいよ本格的に首をかしげてしまう。
「どういうこと?」
「だ、だって……だって悠己くん、凛央ちゃんばっかりであたしのことかまってくれないんだもん!」
唯李はギュッと目をつぶったかと思うと、突然振り絞るようにそう叫んだ。
鋭い語気に当てられた悠己は、はっと息を呑んで目を見張る。
(何をそんな急に大声で……?)
さもこちらが悪者であるかのように糾弾してくるが、どうにも腑に落ちずかしげた首が戻りそうにない。
「……かまう、とは?」
ペットか何かか? と思ったがそういう意味でもないだろう。
具体的に何をどうするのがかまうに該当するのか。今もこうやって十二分に相手をしているとは思うのだが。
まっすぐ唯李を見て聞き返す。
すると顔を上げた唯李は自分で言ったにも関わらず、まるで何かやらかしたかのように露骨に視線を右往左往させながら、口をパクパクとさせた。
「あっ、や、い、今のはなんでもっ……」
「なんでも?」
「なっ、なん……なーんちゃって」
唯李はグーにした両手をこつんと頭のてっぺんにぶつけて、顔を若干傾けながらぺろっと舌を出した。
謎の行動の連続に、悠己があっけにとられてただ立ちつくしていると、
「……なぁんちゃって?」
なぜかもう一回やった。今度は疑問形。
今のはなかなかイラっと来た。瞬間風速的にかなりのものだったが、ここで乗せられてはいけない。
それこそ相手の思うツボだ。ここは焦らず、ゆっくりだ。
「ごめんね唯李。俺が悪かったよ」
口から出たのは今の素直な気持ちである。
苛立ちを通り越して、もはやなんだか申し訳ない気分になってきた。
「俺、唯李のことわかってなかったよ、ごめん」
「悠己くん……」
「本当、全然わかってなくて……とにかくわからなかった」
「……わからない言い過ぎじゃない?」
「でもこれだけははっきりわかる。俺やっぱり唯李のことが気になるから」
「へ?」
凛央のことも心配ではあったが、改めてこっちのほうがずっとヤバイと再認識した。
そもそも凛央があれだけ心乱しているのも、もとを辿れば隣の席キラーの仕業なわけだ。やはり諸悪の根源はここにある。
それまでの重たい顔色から一転、ぱっと見開いた唯李の瞳にキラキラとした色が戻る。
続けて口角がにんまりと持ち上がりかけたが、その途中で唯李はあわてて険しい顔を作ってみせて、
「そっ、その割に、凛央凛央言うのは何なの!」
「それは、唯李と仲良くするのはどうすればいいかって、凛央から相談受けてたんだよ」
「え?」
そこで悠己は凛央が一人でご飯を食べていること、唯李ともっと仲良くなりたくて色々と陰で努力していることなどをかいつまんで話した。
すると今度は唯李のほうが首を傾げ始めてしまって、
「あれ? でも凛央ちゃんは去年いっつも隣で一緒食べてたんだけど……? その前は……どうしてたんだろ? で、でもウソでしょ? そんなの……」
「ウソじゃないよ。本人に聞いてみれば?」
「いやそれはすごい聞きづらい」
さしもの唯李といえど「ねえねえぼっち飯してるの? どんな気持ち?」とはやりづらいらしい。
やはり本人凛央の微妙アピールに気づいてなかったらしく、困ったように眉をひそめる。
「でもそれならそうと、早く言ってくれればいいのに……」
「気づくチャンスあったと思うんだけど」
「そ、それはちょっと色々ゴタゴタしてて! 悠己くんも、ずっと黙ってたくせになんで今になって言うの!」
「いや、一応口止めされてたし……俺が勝手に口出すのもなぁと思って。でもなんかめんどくさくなってきたから」
できるだけ凛央自身の力で、と思っていたがいつになっても堂々巡りで進展がなさすぎる。
それどころかより険悪になってきているし今日も逃げやがったしで、もう無理やりやってやらないとダメだと思った。
「それにしてもなぁんだ、そういう……そういうことだったのかぁ!」
だが当の唯李は凛央が悩んでいたことを知ってなぜかうれしそうだ。
どこか吹っ切れたように表情を明るくさせて、ついさっき見せた重たい空気はどこへやら。
この女マジで鬼畜か……? と思いながらも、悠己は言いなり券を唯李の手に握らせる。
「だから、その券で凛央と遊んであげて」
「そういうことだったらいいなり券なんて使われるまでもないよ! あたし、明日は凛央ちゃんと遊ぶ! もう遊び倒したるわ! もう凛央ちゃんたら普段ツンツンしてるくせにマジ萌えキャラじゃん、かわいすぎか!」
「じゃあ券返して」
間髪入れずにそう言うと、ニッコニコだった唯李の頬が一瞬で引きつった。
直後、券が唯李の手の中でビリっと真っ二つに引き裂かれた。
「あっ、手が滑った」
「いやわざとでしょ今の」
「再発行は受け付けておりません」
唯李はおすまし顔でどこぞの受付嬢のように慇懃に言う。
そして一転、お得意のニヤニヤ顔を作ると、破けた言いなり券を左右の手に持ってひらひらとさせて、
「えぇ~なぁに悠己くん、そんなに言いなり券使いたかったんだぁ? 唯李ちゃんになにをしてほしかったのかなぁ~?」
「枕にでもしようかと思って」
「ホームセンターで買ってこい」
ぐしゃっと丸めた言いなり券を投げつけてきた。
紙くずが悠己の頭にぺちっと跳ね返って地面に落ちる。
「妖怪言いなり券投げだったか……」
「……今なんて?」
「なんかもう疲れたから帰るね」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ! あ、あれぇいいのかな? 悠己くん本当に言いなり券使えなくていいのかなぁ~?」
「もういいよ言いなり券は。なんか色々めんどくさいし」
「め、めんどくさいってなんやねん! せっかくの言いなりチャンスをめんどくさいって!」
言いなりになりたいのかなりたくないのか。
どうせまた隣の席キラーの戯言だろうと、やかましい唯李の声を背に悠己は帰路についた。
言いなり券再発行ボタンはこの下にあります。




