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隣の席になった美少女が惚れさせようとからかってくるがいつの間にか返り討ちにしていた  作者: 荒三水
四章

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お礼

「夕飯どうする?」


 駅への道を歩きながら、瑞奈が尋ねてきた。

 もうこれで予定は終わりなのだろう。

 どこかで食べるか、買って帰るか。父が買い置きしていった食材もあるので、家で何か作ることもできる。


「あ、ここパン屋さんできたんだ。おいしそ~」


 結論が出ないうちに、駅構内まで戻ってきた。軽食店が並ぶ通りを、立ち止まりながら歩く。瑞奈は迷っているようだったが、正直なんでもよかった。いろいろと出費があったので夜は家ですませようと提案しようとすると、


「そうだ牛丼でも買って帰ろうか!」


 瑞奈は妙案でも思いついたように言う。異論があるわけではないが、いくらでも選択肢のある中で牛丼、は引っかかった。

 あのときも帰りに牛丼を買った。それははっきり覚えている。


 会計を済ませて帰ろうとしたとき、人混みの中に聞き覚えのある声がして、見覚えのある顔を見つけた。姉と一緒に歩いていた彼女と目が合った。隣の席になって、まだそれほど経っていなかった頃だった。


 ――はぁ? お姉ちゃんでしょそれは~。


 はっと、目を見張った。

 声が聞こえた気がして、視線が人混みを泳いだ。行く手の通路を、まっすぐ横切っていく人影に目が止まる。揺れる後ろ髪がよく似ていた。見覚えのあるコートを羽織っている。


 いつぞやと同じように、姉と二人で並んで歩いていた。

 向こうは気づいていないようだった。何事か話しながら、足早に通り過ぎていく。


 近づいて、呼び止めるか迷った。

 けれど体は動かなかった。彼女が通り過ぎていくのを、ただ見送っていた。今を逃したら、もう二度と交わらないかもしれないと、なぜかそんな予感がした。


 それでも歩調は変わらなかった。足はまっすぐ歩き続けた。

 これでいい。もともと交わるはずはなかった。たまたま隣の席になった。くじ引きで。無作為に。それだけのことでしかなかった。


「あっ!」


 そのとき隣で驚いた声が上がった。瑞奈が足早に駆け出していく。人を避けながら悠己の見送った背中を追いかけて、そのまま体当たり気味にぶつかった。

 うぎゃっと悲鳴混じりの声がして、相手が振り向く。


「あれっ、瑞奈ちゃんどうしたのこんなとこで!」

「ゆいちゃんこそなにやってるのこんなとこで! も~びっくりした!」


 本当に偶然らしかった。初詣のときのように裏で示し合わせていた、なんてことはない。

 かたわらにいた真希が瑞奈に気づいて、上から下に視線を走らせた。


「瑞奈ちゃんごぶさたね。なんだかちょっと見ない間に、ずいぶん垢抜けたような……」

「ふっ、まぁね」

「鼻で笑われたわ。お友達の口悪い子は元気?」

「バリバリさよりまくりっすよ。マキマキさんはなんか太りましたね」

「ああこのモコモコね? あったかいのよ? 太ったわけじゃなくて。というかどっちも口は悪いのよね」


 二人のやりとりを離れた場所から他人事のように眺めていた。悠己の陰に隠れて怯えていたかつての妹の姿はそこにはなく、実際他人のようでもあった。

 出会い頭の挨拶が一通りすむと、何かを探すようなそぶりをした真希と目が合った。近づいていって会釈をする。


「あらあら? いるじゃないの悠己くんも気づかなかったわ。どうしたの二人して、デート?」

「どうも、ゆうきのカノジョでぇす。キラっ」


 瑞奈が首を傾げてピース。

 目をぱちくりとさせた真希は、かたわらの彼女を振り返った。


「あーあ、とられたわね」

「何が」

「ほら、話してきたら?」

「何を」


 ぶすっとした声を吐く。対照的に真希は朗らかに笑う。


「久しぶりね、悠己くんも」


 真希からは正月にあけましておめでとう、とラインがきたのでおめでとうございます、と返したぐらいだ。こうやって面と向かうのは、学園祭以来か。


「もうこれから帰るの?」

「ええ、まあ」


 悠己はあいまいに頷く。真希は少し考えるように目線をさまよわせた。


「そしたら一緒に今からご飯でも行く? お姉さんがご馳走してあげてもいいわよ」

「いや、いいですよそんな……」

「おごりですか!」


 瑞奈が横から詰め寄ると、真希はわざとらしく眉をひそめてみせた。しかしすぐに笑った。


「んふふ、まぁあんまりお高いものは無理だけど……瑞奈ちゃん何が食べたい?」

「牛丼食べたいっす!」

「いやなんで牛丼なのよ。なんかないの? 他にもっと」

「初心忘るるべからず」

「どういうこと?」


 二人を中心に話は進んで、一行は駅構内にある牛丼屋へ。

 カウンター席はそれなりに混雑しているが、ボックス席には空きがあった。瑞奈の隣には悠己が、向かいに真希、その隣に唯李が座る。


「しかし本当に牛丼とはね……」


 注文を終えると真希がぼやく。あまり席は広くないため、脱いだファー付きの上着を脇にもてあましている。


「牛丼嫌いですか?」

「ううん、全然そういうわけじゃないけど……でも瑞奈ちゃん、今はまだいいけどデートで牛丼! とかあんまり言わないほうがいいわよ」


 店でも真希と瑞奈のやり取りが続く。

 その横で、唯李はなんとも言えない表情でコップの水をすすっている。姉と一緒のときはいつも控えめな印象がある。かたや悠己は悠己で特に口を挟むこともない。そのうちに真希が不思議そうに首を傾げた。


「今日はおとなしいわね? 唯李も悠己くんも」

「……お姉ちゃんがうるさいんでしょ」

「あらぁ? 唯李ちゃんもさっきまでうるさかったのにどうしたのかなぁ~?」


 それ以上反論する気はないのか、唯李は首をすくめて押し黙った。

 注文したものが運ばれてきて、話題は食事の内容へと移る。文句がありそうだった真希も、いざ口にすると「牛丼なんて久しぶり」とまんざらでもなさそうだった。瑞奈は備えつけの紅生姜を山盛りにして、悠己にもすすめてくる。


 食事中も真希が根掘り葉掘り質問をして、悠己や瑞奈がそれに答えていく。冬休みはなにしてたの? などといった当たり障りのない内容だった。全員が食べ終わるまでさほど時間はかからなかった。食後も雑談を続けていたが、客の出入りは慌ただしい。あまり長居をするような雰囲気ではなかった。


 会話が途切れたタイミングで、真希が伝票に手を伸ばした。冗談ではなく全員分払ってくれるらしい。悠己はとっさに何かお礼を言わないと、と思った。これまでの、お礼を。


「あの……今まで、ありがとうございました」


 全員の視線が自分に集まるのを感じた。立ち上がりかけた真希が、不思議そうに目を丸くする。


「え、なに? 急にどうしちゃったの?」

「真希さんには、いろいろとお世話になったので。もちろん唯李にも」


 真希は隣の唯李を見た。構わずその横顔に続ける。


「唯李には瑞奈の前でずっと彼女、みたいなことをやってもらってて……」


 そう切り出すと、真希はあっけにとられた顔をしていた。唯李から何も聞いていないようだった。それならと改めてニセ彼女の件、これまでの経緯など簡単に説明する。


 自分で口にしながら、だんだんと歯切れが悪くなっていく。やはりどうやっても荒唐無稽な話のように思えた。話せば話すほど、つじつまが合わなくなっていく気がした。

 真希は黙って悠己の話に聞き入っていたが、一段落すると、


「⋯⋯それ初耳なんですけど? 唯李ちゃん?」

「や、やぁ、そのへんはあんまり言うとウザ⋯⋯じゃなくてややこしくなるからさ」

「そしたらまた話変わってくるじゃないのなによそれ~?」


 これでもかと顔を近づけられ、唯李は頬を引きつらせている。とはいえ真希も怒っているわけではなく楽しげだ。また話がそれそうになったので、悠己は遮るように差し込む。


「でももう、終わりにしたので。だからその⋯⋯ありがとうございました」


 ゆっくりと頭を下げた。一呼吸待って、面を上げる。

 返ってきたのは沈黙だった。明らかに空気がおかしいのが自分でもわかった。そのくせ店員が客を送り出す声だとか、なにかのタイマーが鳴る音だとか、食器がぶつかる音だとかで周りはせわしなかった。


 真面目な話をしているつもりが、時と場所がまるで似つかわしくなかった。最後までズレていた。けどそれが自分らしいとも思った。

 レストランで唐突に謝罪の言葉を口にした父のことを、なぜか今思い出した。やはり自分と父は似ているのかもしれないと思った。


「ほら、瑞奈も」


 そう言いながら、かたわらの背中を押す。

 瑞奈も面と向かってお礼は言ってないはずだ。期せずしてちょうどいい機会になった。


 瑞奈は黙ったままテーブルの上を見ていた。促すように視線を向けるが、無表情のまま身じろぎ一つしない。まるで今の話をまったく聞いていなかったかのようだった。再び促す。


「ほら、瑞奈」

「……何が?」

「何がって、瑞奈もちゃんとお礼……」

「やだ」


 瑞奈は小さく、けれど鋭く吐き出した。


「どうして」

「そんなふうに言いたくない」


 ふいとそっぽを向かれた。取り付く島もない。けれどここで引き下がるわけにはいかなかった。


「あのさ、ふざけないでよこんなときにも」

「ふざけてないよ」


 今度はまっすぐ見返してきた。目をそらすことなく、じっと悠己を見上げてくる。表情は真剣そのものだった。

 負けじと睨み返す。瑞奈はそれ以上、何も言わなかった。いい加減、何を考えているのかわからなくなってきた。


 無言の間が続く。

 険悪な空気を感じ取ったのか、真希が慌ててなだめに入ってきた。


「ちょっと、やめなさいよふたりとも。どうしたっていうのよ」

「すいません、今瑞奈にもちゃんと……」

「いいからいいから。とりあえず私お金払ってきちゃうから、一回出ましょ?」


 上着を羽織りながら、真希が立ち上がる。唯李に目配せをすると、先に会計カウンターに向かった。


「あの瑞奈ちゃん、あたしもいいから別に、そういうの……」


 唯李が口を開きかけたとたん、瑞奈が席を立ち上がった。すばやくテーブルを回り込んで、唯李の腕を取る。


「来て」

「ちょ、ちょっと瑞奈ちゃん?」


 瑞奈は唯李の腕を引いて立ち上がらせると、出入り口へ向かって歩きだした。悠己も立ち上がって、瑞奈の背中に声をかける。


「瑞奈、どこに……」

「ゆうきくんは先帰ってて!」


 一度振り向いて、ぴしゃりと言い捨てた。瑞奈は脇目も振らず、唯李とともに店を出ていった。


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― 新着の感想 ―
更新嬉しい
ただただ、ありがたい更新
わぁ…更新だぁ…ありがとうございますぅ… 更新何てなんぼあってもええですからねぇ… 普通に考えて、仲良くなった相手と特に縁を切る理由も無いのにお世話になりました何て納得出来ないよなぁ!? この場面で…
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