遊園地デート(仮)の前日
くるみに誘われたクリスマス遊園地デート(仮)の前日。夜も九時を過ぎたころ。
鷹月宅二階の一室では、ベッドの上に寝転びながら、スマホ片手に漫画を読みふける唯李の姿があった。
「ぶふっ、ぶふふっ……」
「ねえ唯李? その豚みたいな笑い声やめなさい?」
寝転んだまま首をもたげると、ベッドのかたわらに腕組みをした真希がこちらを見下ろしていた。いつの間にか部屋に侵入されている。
とはいえもう慣れたものだ。唯李は「あーはいはい」と軽く相づちだけして、元の体勢に戻った。
「だからその豚みたいな動きやめなさい?」
真希は不満げな様子でベッドの端に腰掛けた。唯李のリアクションが薄いのが気に入らないらしい。
しかしこちらとしても、今回は驚かされるようなネタは何もない。どころかそろそろこのくだりもういいわ感がある。
無視してマンガに集中していると、真希が「こちょこちょ~」と足の裏をくすぐってきた。
あぁこの人暇なんだな、と哀れに思って起き上がる。仕方ないので少し相手してやることにする。
「お姉ちゃんも見る? 超面白いよこのラブコメ」
「ラブコメ~? 唯李好きよねぇそういうの。人ってやっぱり現実にないものを求めるのかしらね」
「だからお姉ちゃんも見たほうがいいよ」
即煽り合いが始まる。しかし先に仕掛けてきたのは向こうだ。
真希は効いてないとばかりにニッコリと笑う。わざとらしく優しい目をすると、両手のひらを差し出して広げてみせた。
「なにそのポーズ。冷蔵庫運ぶ練習?」
「ほら、例によって唯李がそろそろ来るかなって。助けておねえちゃーんって」
「いやいかんよ?」
真顔で真希を見る。真希も真顔になる。
「え? じゃあ結局クリスマスはどうなったの?」
「みんなで悠己くん家でパーティするって、言わなかったっけ?」
「あら? でもこの間もおめかしして出かけてたじゃない? またなんかゴチャゴチャやってるんじゃないの?」
「やってるはやってるけど、あたしはそんな別に困ってないし」
まるで何か揉めていたほうが楽しいとでも言いたげだが、今回はあくまでくるみたちの問題だ。
それを誘われるがまま頼まれるがままに、友人として見守っているだけ。何かしようにも、あの強力なラブコメ波動の前ではかすんでしまう。
「お姉ちゃんこそクリスマスは?」
「クリスマス? それが何か?」
真希はあさってを見て首をかしげる。そんなものは知らないらしい。
かわいそうに、と唯李はまたも哀れみの目を向ける。
「お姉ちゃん……一緒にパーティ来る?」
「なにその目は。そんな子供の集まりに行くわけないでしょ」
「ならクリスマスのご予定は?」
「よ、予定はあるわよ? 友達の家で飲む予定だから」
「ん? 負け組会かな?」
これにはお姉ちゃんもニッコリ。この場合内心イライラである。
「でもそれは唯李だって一緒でしょ? 何よみんなでパーティって、日和ったんでしょ」
「それだけじゃないよ~だ、その前に遊園地行くんだ~。友達に誘われたから」
「へぇ、友達に誘われて遊園地とか珍しいじゃない。でも唯李ろくに乗り物乗れないでしょ? 大丈夫なの?」
「ク、クリスマスイルミネーション見に行くの~」
しっかり見抜かれている。みんなガンガン乗り物乗る流れだったらどうしよう、という不安はあるにはある。
そういう理由で断ってもよかった……というか今までなら断っていたと思うのだが、今回はそうしなかった。
しつこく誘われたこともそうだが、今は頼りにされている気がして、なんだかうれしかったのだ。
「いっつもそういうの断ってなかった? その友達って、どこの誰?」
「いやクラスの友達と……あと悠己くんも来るって」
「えっ、何? それってクリスマスデートなの?」
「へ? いやそういうんじゃないけど……。まぁ今回は脇役って感じかな。ラブコメ神として、一応結末を見届けないと……場合によっては神の審判をくだす役割がね」
最近のくるみはちょっと暴走気味で、いつもの平静公平さを失っている感がある。
翼たちのこと自体はいいとしても、最終的にくるみはどうするつもりなのか。
もし収拾がつかないようなら、なんとかいい感じに収めてあげたいという気持ちはある。場合によってはくるみを諌めなければならない。大見得を切った手前もあるが、それが友達というものだろう。
どしりと構えていると、真希が心配そうな顔で聞き返してくる。
「何それ? 本当に大丈夫なの? 今お姉ちゃん助けてしておかなくて平気?」
「いや全然、もう余裕っすよ」
「そう? いつだったか唯李、友達の家でクリスマスパーティ! って言って出てって、だいぶ早く帰ってきたことあったわよね」
「やめろ」
「次の年に今年はパーティ行かないの? って聞いたら『いや今年は別に?』とかって」
「もうやめるんだッ!」
そういうところはきっちり覚えている。まあ姉はそのときも、心配してくれてはいたのだが。
今思えばそれも、軽いトラウマになっているのかもしれない。そういった大勢がいる場に誘われても、なんとなく断るようになっていた。
「それに脇役でいいとか、ちょっと今回はアグレッシブさが足りないわね?」
「それはまぁ……そんな焦らずともね。こちとら太陽パワーでね、じわじわと干上がらせてやるわけ」
悠己とのことはとりあえず現状維持。席替えもなくなったし、功を焦って墓穴を掘るのはよろしくない。
クリスマスのことにしたって、瑞奈がパーティを……と悠己はやはり瑞奈が気になって仕方がないようだし。
それに今だって、十分楽しい。自分たちがただの脇役だって、この前みたいに二人でグダグダやってるだけでも楽しいのだ。
「なんだか本当に余裕そうね」
「そうそう、もう余裕のゆいちゃんですよ。だいたい何かあったらお姉ちゃんお姉ちゃんって、いつまでも頼ってられないし」
「うーんそっかぁ~……唯李もついにお姉ちゃん離れかぁ。は~でも、それはそれで、なんかさみしくなるわねぇ」
どこか物憂げな表情で息をつく真希。
今こんなことを口にできるのも、隣の席キラーがらみでゴタゴタがあったせい、なのかもしれない。
そのつど姉に背中を押されて、助けられて。あれだけ嫌われることを恐れていたはずが、敵意を向けられることに耐性がついたとでもいうか。
きっと最後にはなんとかなる。そんな根拠のない自信がついた気がする。ちゃんと話してみたら、みんな本当は、優しいから。
でもそれは、本当にそれだけなのだろうか。
あのときも、そのときも。自分が逃げずに、立ち向かえたのは。強くなれたのは。
いつもすぐ後ろで、変わらず見守ってくれる人がいたから……。
「ところでクリスマスはいいとして、唯李もそろそろテスト近いんじゃないの?」
「え? ま、まぁそっちはぼちぼちね……」
「大丈夫なの? 今度やらかしたら容赦しないって言ってたわよお母さん」
「助けてお姉ちゃーん!!」
ここぞと真希の胸に向かってダイビング。
万一のときに備えて保険を。味方を。アシストを。
「そのときはなにとぞお口添えを~」
「ん~それはねぇ……マンガなんて読んでないでちゃんと勉強しなさい?」
優しくささやきかけられたあと、ぽいっとベッドの上に転がされた。
がくりと力尽きた唯李のお尻を軽く叩くと、真希は笑いながら部屋を出ていった。
鼻ビーーームその2もいれてます。




