凛央真希
悠己たちと別れた真希は、凛央とともに楕円形をした子供用のプールにやってきた。
人のいない一角のへりに腰掛け、足だけ水に浸かると凛央を手招きする。
こちらを見下ろす凛央はやや困惑した様子だったが、やがて隣に腰を下ろすと同じように足だけ水に入れる。
少し緊張気味なのかもしれない。逆にそれがかわいく見えて……いや緊張をほぐしてやろうと、真希はおもむろに手を伸ばして頭をなでなでする。
「よしよし、凛央ちゃんはかわいいわねえ~~」
「ち、ちょっとやめてくださいってば!」
「うりうり〜」
「いい加減にしなさい」
脇のあたりに手を触れると急に低い声で睨まれて、今一瞬すごく怖かった。実は怒らせるとヤバい子なのかもしれない。
真希はふざけるのをやめて真面目な顔を作ると、手を伸ばして水の温度を確かめながら、少し頭の中を整理する。
彼女とは一度、ゆっくり話をしてみたいと思っていたのだ。
「冗談はさておき……唯李と悠己くんね、あの二人、横で見てる分にはなかなかいいカップルのように見えなくもないんだけど」
「私も、そう思います」
即答されて、真希は思わず凛央の顔を見る。
怖い顔から一転、突然微笑みかえされてたじろぎそうになったが、負けじといつもの調子で尋ねる。
「花城さんは、成戸悠己くんのことはなんとも思ってないのかしら?」
「友達ですから」
「ふぅん、つまらな……そうなのね、いいお友達なのね」
この前唯李が騒いでいたのはこの子のことで間違いないと思うのだが、もしやすでに壮絶な? バトルを繰り広げて決着が着いたあとなのか、単純に身を引いたのか。
「あっ、もしかして花城さんには彼氏がいたとかっていうオチ?」
「……おち? いえ、私はそういうのまだ早いのかなって。そもそもあんまり人とまともに関わってこなかったので」
「へ、へえ? そうなんだ……?」
凛央はさらりと言うが、意外に闇深い感じがする。
少し変な間があったのち、凛央は遠くのウォータースライダーのほうを見つめながらゆっくり口を開いた。
「唯李は、助けてくれたんです。ひとりぼっちだった私を……」
予想もしない凛央の言葉に驚く。
と同時に、真希は自然と自分の頬が緩んでいくのに気づいた。
「へえ、あの唯李がねえ……。昔は本人も、それはそれはひどかったのにねえ……」
「そうなんですか? そんなふうには全然見えませんけど……」
「半泣きで帰ってきて、『なんか陰でめっちゃ悪口言われてる気がする! もう学校嫌!』とかって言って」
凛央が意外そうな顔で目を丸くするのを見て、真希はくすくすと笑う。
まさかあの泣き虫で弱気でおとなしかった妹が……と思うととても感慨深い。
だけど助けられた、なんてごたいそうな話を聞くと、自分の見ていないところであまり無理をしていないか、心配にもなってくる。
「周りにあわせて面白おかしく盛り上がったりするのは上手になったみたいだけど、あの子根っこの部分は根暗だから。誰かとぶつかりそうになっても、自分が我慢すればいいって思ってるところあるし、くっだらない嘘ついたりするし。だからいろいろと、いたらないところがあるかもしれないけど、怒らないであげてね」
(う~ん、ちょい重たいかしら?)
言いながら、ちょっと語りが過ぎたかと思った。
つい口をついて出てしまったが、こういうのはガラではない。
それにこんなことを言っているのを唯李に知られたら、「余計なこと言うな」と怒られそうだ。
とっさに凛央の太ももを撫でてごまかそうかとも思ったが、凛央はにこりと笑った。
「はい。知ってます」
またも即答されて真希は目を見張る。
その顔に向かって、凛央はさらに続ける。
「だから恩返しというか……唯李のこと、できるだけ助けてあげたいと思ってるんです。でもきっと唯李は、ふざけてごまかしてばかりで、本気で私に助けを求めてくるようなことはしないだろうなって」
「そうそう、唯一の頼みの綱がお姉ちゃんだから」
「……え?」
「何かしらその顔? だから、こうやってお膳立てしてあげないとね……自分から誘ったりするのも、あんまり得意じゃないのよ。もう奥手奥手で」
「でもお姉さんこそ、唯李のことよくわかってるんですね……。さすがはシスターマキ……」
さきほどの怖い顔はどこへやら、凛央はいつの間にかキラキラと尊敬の眼差しになっている。かわいい。
(あら? 意外にちょろいわねこの子……なんかもうちょっとよさげなこと言っておこうかしら?)
「だから凛央ちゃんも私の妹になってくれていいのよ」
「遠慮しておきます」
真顔のまま言ったら真顔で返された。
あまり冗談は通じない子のようだ。
「でも正直なとこ私は、彼のことちょっとどうかなって思ってるんだけどね~……。唯李のそういうところも理解して、もっと包容力的なものがあると、お姉ちゃん的には安心なんだけども」
ここでわざと意地悪なことを言ってみる。
確かにマキマキ好感度メーターの反応は今ひとつだが、傍で見ていてわりと唯李の家での感じが出ているのはとてもよいことだ。
妹のことはよく知っているだけに心配な反面、唯李のことをよくわかっている友達がいることを知って、ものすごく嬉しい。
だからこそ、そういう子からの正直な評価がほしい。
顔色を伺おうとすると、凛央はまたも即答した。
「大丈夫ですよ。きっと」
「ふぅん? どうしてそう思う?」
「お兄ちゃんなので」
急にそんなことを言われて吹き出してしまう。
とても頭の良い子だと聞いていたので、きっとそれらしい理路整然とした理由があるのかと思ったのだ。
けれども力強く、まっすぐに見つめられて、これ以上何か反論する気も起きなかった。
「彼のこと、ずいぶん買ってるようだけど……何か、あったのかな? そのへんくわしく」
「そ、それは……秘密です。恥ずかしいので」
「恥ずかしい? ならなおのこと気になる……」
「わ、私! あっちでもうちょっと、泳いできます!」
凛央はそう言って勢いよく立ち上がると、逃げるように競泳プールほうへ向かっていった。
ほどよく均整の取れた後ろ姿が遠ざかっていくのを眺めながら、真希は一人つぶやいた。
「お兄ちゃん、ねえ……」
おかげさまで3巻出ます!
ウェブ版は好き勝手やってるのでアレな部分もあると思いますがこれはこれで。
書籍版はまた色々と直すと思います。




