さよ防衛網
「あさって小夜ちゃんまた来るって」
数日後。
瑞奈が夕食のあとソファでゲームをしてダラダラしていると、隣で悠己がスマホ片手に突然そんなことを言い出した。
「なぬっ……」
「なぬって何よ」
悠己がじとっとした目つきをするが、「なぬっ」なのだから仕方がない。
代わりに瑞奈は恨めしげに悠己のスマホを睨みつける。
いつの間に連絡先を交換したのか、あれから悠己はちょびちょび小夜とラインのやり取りなどをしている模様。
前回全力で部屋のドアに張り付いて二人の会話を盗み聞きしたときも、なんだかいい感じにおしゃべりをしていた。
(小夜ちゅわあん、なんて呼んでるしぃ?)
瑞奈の友達に、という話らしいが実際はそっちのけで悠己と仲良くなっている。
しかしまあ、そこまでは百歩譲ってよしとしよう。
テンパって謎の言動をしたあげく、料理失敗でやらかして隠れていた自分にも非がある。
ただ問題なのは、あの小娘が勝手に人の兄をお兄さん呼ばわりしていることだ。
こればかりは見過ごせない。いったい誰の許可をとっているのかと。
(キィィィ瑞奈だって呼んでないのにぃ……)
この前の一件以来、面と向かってお兄ちゃん、と呼ぶのがどうも恥ずかしくなっている。
別に呼べないというわけではないのだが、瑞奈も瑞奈で何か別の呼び方を模索しようと思っていた最中にこれだ。
肝心の悠己は、そんな瑞奈の葛藤などまったくどこ吹く風。
前回小夜を送って帰ってきたあとにも、
「瑞奈も次はもうちょっと話せるといいね」
「そ、それは……いいかもですねぇお兄さん!」
「はあ?」
皮肉っぽく言ってやったが、「何か?」と言わんばかりのおとぼけ顔をされた。
(だいたい妹キャラはもう間に合ってるでしょうが!)
妹ポジションは自分一人で十分なのである。
これはあれだ。好きな漫画に気に入らない新キャラが出てきて、やたら目立っているときの感じになんとなく似ている。
だというのに悠己のほうはまんざらでもなさそうで、これは同じ妹として非常によろしくない。
(戦争じゃ。真の妹はどちらかということをわからせてやらねば)
あくまで瑞奈の手前、建前上ではあるが、悠己には唯李というれっきとした彼女がいるのだ。
あの小娘がどういうつもりかしらないが、「このちゃんゆいが彼女なんだからおめーの出る幕はねえんだよ!」とやれば、簡単に悪い虫を払うことができる。
……はずなのだが、傍から見てもあの二人、付き合っている感、なし。
特に最近は輪にかけてひどく、お互いニセ恋人の件も忘れてやがるんじゃないかと思うぐらいにひどい。
唯李にいたってはあれだけぞんざいに扱われてもなんだか嬉しそうだしで、もはやただのしょうもないギャグ。
すでに彼女がいる、という本来最強カードのはずが、下手をすればこちらの身が怪しくなりそうなのだ。
仮にそのカードを切ったとして、「二人、本当に付き合ってるんですか?」みたいな流れになるのは非常によろしくない。
そしてアホだからどっちかが「瑞奈のためにニセ恋人してる」だとかうっかり口を滑らせたりして、「えーそんなことしてるんですか? でも成戸さん友達いないじゃないですかやだー! 意味あるんですかそれぷーくすくす」的なことになったら目も当てられない。
(ちがうちがう、ビビリではなくこれはいわゆるリスク管理。りすくどっじ)
お得意のネガティブシュミレーションが発動しつつあるところをなんとか留める。
しかしやはりここでいきなり唯李を恋人、としてぶつけるのは危険かもしれない。
(やっぱりここは……さっさと本気でくっつけるしかない)
どのみち前回同様に、瑞奈が一人孤立するのはよろしくない。風よけを用意せねば。
そう結論づけた瑞奈はその日の晩、部屋にこもりながら唯李に電話をかけた。
すぐに受話口から弾んだ声が返ってくる。
「はいはーい、唯李ちゃんだよ~。どしたの瑞奈りん」
「なにが瑞奈りんだよ。いいからちゃんとやりなさい」
「何が?」
「いろいろ。取られても知らないよ?」
「何を?」
いかにもアホ丸出しの気の抜けた返事。
かといって唯李に「ニセ恋人ちゃんとやれ」とも言えないところが難しい。
これでいろいろと察してくれるぐらい聡ければ苦労はないのだが。
(まったくもう、ゆいちゃんも好きならもうちょっとちゃんとアピールすればいいのに!)
前回家にやってきたときからすっかり音沙汰がないが、瑞奈の見立てからしても唯李が悠己に好意を持っているのはもはや疑うところがないのだ。
そうでなければ、あんなひどい扱いを受けてもニコニコしている意味がわからない。それか究極のドMか。
「ねえねえ聞いて瑞奈ちゃん、この前あたしすごい発見したよ。普通のバニラアイスに、マヨネーズとソースかけて一緒に食べるとなんと……」
「……食べると?」
「すごいまずい」
「ばかじゃないの」
こっちがいろいろと大変だというときに、この女はいったい何をしているのか。
「そんなしょうもないことばっかりやって……ヒマでしょうがないんでしょ?」
「そんなことないよめっちゃ忙しいから。あたし今ちょっと、創作活動に目覚めてね」
「は~? 創作ぅ?」
「ギャグ漫画で一発当てようかなって。ネットとかでバズればワンチャンあるよ。今考えてるのは四コマ風のやつで、隣の席の男子が言い寄ってくるんだけど適当にあしらってたら惚れられちゃったみたいな」
「超つまんなさそう」
「そういえば瑞奈ちゃん、絵上手だって悠己くんが言ってたけど……じゃ二人で組もうか。原案あたしみたいな感じで」
「けっこうです」
実は絵は昔からコツコツ書いていたりして、そこそこ自信がある。
それをクソ原案でぶち壊しにされたらたまったものではない。
「それかもしくは、なんかかわいい女の子書いてさ、日常系っぽい感じでギャグさせればいけるよ」
「そんななめきった考えで無理に決まってるでしょ。ていうかなんでそんなギャグに自信持てるの? それよりゆいちゃんどうせヒマなんでしょ、あさってまた遊びにきなよ」
「え~? だって行ったって微妙な反応するじゃん」
前回少し……いやかなり雑に扱ったからひねくれているらしい。
とはいえ半分お約束で、そのほうが唯李も喜ぶかと思ったのだ。
「だいじょうぶだいじょうぶ、次はゆいちゃんが主役だから」
「次は主役……って前はやっぱりヨゴレかい!」
「声うるさい。いきなりおっきな声出さないで」
「……あ、はい。すいません」
そうやって主役になりきれない台詞を吐くのだから自業自得だ。
とりあえずなんとか話をつけて、小夜への対抗手段として唯李の召喚に成功した。
(うーんでもやっぱり不安……もっとひどいことになりそう)
しかし唯李一人ではどうやっても心もとないので、協力者を呼ぶことにする。
そして次に瑞奈が電話をかけた相手はと言うと。
「いろいろピンチなの。りおも手伝ってくれるよね?」
一応ニセ恋人の事情を知っている……というかこの前瑞奈が勢いでしゃべってしまった凛央に協力を仰ぐことにする。
「私二人のことは応援するけど、なるべく口出しはしないほうがいいと思ってるの。あとは当人たちの成り行きに任せるというか」
しかし電話口の向こうで凛央はどこか悟ったような口をきく。
何か心境の変化があったのかもしれないが、こちらはそういう場合ではない。
「いいから手伝って。どうせヒマでしょ」
「そうでもないのよ。夏休みになって弟の友達が家に押しかけてきてマスブラ講座させられてて」
変なところで人気者になっているらしい。
凛央も初めて会ったときに比べてだいぶ毒気が抜けて、先生としてはもともと優秀なのでそういうこともあるのか。
しかし凛央にしても唯李にしても、忙しいのベクトルがどうも少しズレているというか。
「それに私が何か余計なことをして、悪いほうへ向かうといけないし……。私たいていのことはうまくやってのける自信があるけど、男女間での友好的なコミュニケーションに関しては未知数、ましてや恋愛なんて」
「えらそうに言わないで」
表面上優秀ではあるけども、肝心な部分がわりとポンコツだということが徐々にわかってきた。
二人がくっつけばいい、という点では瑞奈と同じ考えのようだが、凛央の態度がいまいち煮えきらないので、少し大げさに言ってたきつけてやる。
「実はね……泥棒猫が現れたの。ゆきくんがたぶらかされるかもしれない」
「それは聞き捨てならないわね」
そうして凛央の召喚にも成功。
最悪役に立たなくても怖い顔で立たせておけば、小夜など小便ちびって逃げ出すに違いない。
(くっくっく……さよ防衛網完成。次はさよらせてくれるわ)
↓6月30日発売です★
書籍版では唯李に負けず瑞奈も三変化ぐらいします。




