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隣の席になった美少女が惚れさせようとからかってくるがいつの間にか返り討ちにしていた  作者: 荒三水
第一章

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隣の席恐怖症


 その日の晩、ベッドに潜り込んだ唯李はいつになっても寝付けずにいた。

 席替えのある日の前後はいつもそうだ。眠れずにいると、ついなんとなく思い出してしまう。


 ――うっわ、オレあいつの隣やだよ~マジハズレなんだけど。最悪。


 小学四年の時の席替えのときだった。

 隣の席になった男子が、そんなことをコソコソ言っているのを聞いてしまった。いやコソコソでもなくそこそこの音量で。

 

 確かに当時の自分は、いわゆるハズレに属する人種だったであろうことは認める。

 声が小さく話下手の引っ込み思案で、極度の恥ずかしがり。人前で笑顔を見せるのさえ恥ずかしがった。

 

 だからそんなことを言われて、「こっちこそ最悪」だとか言い返すことなんてもちろんできず、そのまま家に持って帰ってきてめそめそと泣いた。

 席替えが大嫌いになり、一気に学校に行くのが嫌になった。

 自分の席にいる間は四六時中隣の子の言動にビクビクしながら、なんとか次の席替えまで、と我慢した。

  

 だけど席替えをして、また他の子にも最悪って言われたらどうしよう。

 もしそうなってしまったら、根本的な解決にならない。席替えのたびにこんな不安がずっと続くのだろうか。

 どうにも困った唯李は、その時最も身近で頼れる存在であった姉に相談した。

 するとなんだかよくわからないみたいな顔をされた後に、こう言われた。


「じゃあ面白い子になればいいんじゃないの?」


 今思えばかなりテキトーなアドバイスだったが、その時の唯李はなるほどと思った。

 実際同じクラスに明るくて面白い女の子がいて、彼女の周りにはいつもたくさん人が集まり、みんなから大人気だった。


 それから唯李は、面白くて楽しい子になる研究を始めた。

 少女漫画だけでなくギャグ漫画も読んだ。動画サイトで面白い人の配信を見て、テレビの漫才やバラエティ番組もかかさずチェック。

 それとは別に姉のちょっと怪しい助言――女は愛嬌だうんぬんもいろいろと吹き込まれた。


 ただ実際、それらの努力が実を結んだかは定かではない。

 一人で部屋でギャグアニメを見て笑い転げて終了……みたいなことも多かった。

 結局姉に「ほんとにやる気あるの? とにかくノリよく楽しそうに。まず笑いなさい」と言われ、その通りに演じるようになっただけだった。


 しかし運良くそれが功を奏してか、それ以来隣になった子に嫌がられるようなことはなくなった。

 なんだか明るくなった、と友達も増えるようになって、いい事ずくめ。


 だがそれも中学に入ってしばらくすると、徐々におかしな方向に向かい出した。

 笑顔で挨拶していただけなのに、いきなり呼び出されて「好きになりました」などと言われ始めてしまう。


 その反面、小学生の時に面白くて人気だった子は、いつの間にかやかましくてうざい女扱いされていた。

 唯李は成長した自分の容姿にあまり自覚がなかった。面白い子こそが正義と思っていた唯李はすっかり混乱した。

     

 唯李としては、ただ隣の席の人に嫌われまいとしていただけ。

 なんとか楽しませようと笑顔で、愛想よくしていたら、結果としてオーバーキルになってしまっていたらしい。

 そのうちに自分が男子の間でやたらもてはやされている、ということも友達づてに聞いたが、どうにも実感がない。


 それから何度目かの告白を受けて、唯李もいい加減思い知った。

 もうこんなことはやめよう。普通に、普通にしていればいいんだと。

 

 そう頭ではわかっていても、隣の席恐怖症は治らなかった。

 というかそれ以前の自分がどう振る舞っていたのか忘れた。

 どこか演じているという感じはあるのだが、もはや人格そのものが変わったらしく、オンとオフの境目が自分でもよくわからなくなってきている。

 とはいえ今の自分の性格自体は嫌いではないし、なんだか陰気臭くてじめじめしていた頃よりは全然いい。


 しかし隣でむっすーとされると、何か自分が悪いのではないか、と思ってしまう。

 前後の席が隣同士楽しそうに話していると、自分も何か喋らなければ、と思ってしまう。

 相手を楽しませないと、という無意識の強迫観念のようなものは、現在もなかなか払拭されずにいた。

 席替えが大っ嫌いなのも相変わらずだった。


 


 ふぅ、とため息をつきながら、唯李は寝返りをうつ。

 実を言うと今日の眠れない原因は、席替えのことではなかった。

 

 ――君は隣になった男子を自分に惚れさせる、というゲームをしている。


 彼はものすごく真面目な顔でそんなことを言った。

 その時のしたり顔たるや、思い出すとおかしくなって笑えてきた。

  

(言うに事欠いてゲームって……。うーん、やっぱ天然なのかなぁ? でもなんか、おもしろー……)


 自然とにんまり口元が緩む。

 それだけなら少しおマヌケでかわいい……で済ませられたのだが、その後がよろしくない。

 

(なでなでされた……)

 

 同年代の男子に頭を撫でられたことなどない。というかよくよく思い返すと頭を撫でられたこと自体、意外と記憶にない。

 つまりヤツに初めてを……奪われた。不意打ちに奪われたのだ。

 

(しかも思いのほか手慣れてやがった! 正直ちょっと気持ちよかった! 声もめっちゃ優しかったし……)

 

 あれはおそらく頭なでなでのプロなのだろう。

 山ごもりしてひたすらなでなでして音を置き去りにした、そういう類のものに違いない。きっとそうだ。


(妹がいるって、意外にお兄ちゃんキャラ……?)


 しかもそんなことしそうにないキャラだっただけに余計だ。

 こっちはもう軽くパニックになって取り乱してしまい、無様な醜態を晒してしまった。

 きっと「うわこの程度で顔真っ赤にしてるよちょっろ」とか思われたはず。思い出すだけで顔面が火照ってくる。


(なんなのも~ほんとに!)


 思わず頭を抱えて両足をバタバタ。

 前からなんとなく気になっていて、たまたま隣の席になって、話したら意外に調子があって、偶然帰りが一緒になって、なんでか頭を撫でられて、それからずっと気になってしまって……今ココ。


(いやいやないない! どこのチョロインよ、しゃべって一日目だからね? ハーレムアニメのヒロインでももっと耐えるわ)


 そんなわけがないのだ。この感じはきっと何かと混同している。

 そう、あれだ。驚きだ。単純にびっくりさせられてドキドキしただけ。そうに決まってる。


(くっそ、あの男~……!)


 こっちがこれだけ心乱されているというのに、向こうは今頃きっとすやすやと安らかな眠りについていると思うと腹が立ってきた。

 なんだかんだで結構負けず嫌いなところがあるのだ。あの眠そうな顔を思いっきり真っ赤にさせてやりたい。こうなったら本気で惚れさせゲーム上等だ。


 やられたらやり返す。倍返し……いや倍々返し! 

 そう考えた挙げ句――。

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