おいてきぼりの会
ステンドグラスと同時間帯の話なので、続きではないです。
愛純が部屋でくつろいでいると、昼を少し回ったあたりで朱莉と柚那がやってきて一緒に出かけようと誘われた。
しかし今日はクリスマス・イブ。
柚那の格好は気合が入っているし、朱莉の格好もこの日のために柚那が見繕っておいたのだろう、普段の彼女からは考えられない立派な服を着ていた。
対して愛純はノーメイクすっぴん。さらにはジャージにはんてんというTHE部屋着だ。
「いやあ、さすがにそれはちょっとないかなあ……」
現在の状況から出かけられるようにするだけでも一苦労。
二人を待たせてしまうというのはもちろんだが、最近は婚約をした二人と一緒に居るだけでもちょっと心苦しいというのに、二人にとっての初めてのクリスマス・イブに一緒になんていたら愛純の胃に穴があくかもしれない。
(まあ、こういうしょーもないことの発案者は考えるまでもないだろうけど)
愛純はどうせまた朱莉が無神経にも柚那の意向を無視してそんなことを言い出したのだろうと思い、呆れたような視線を朱莉に送るが、辞退しようとした愛純に対して説得を試みてきたのはなんと柚那の方だった。
「クリスマスっていうことで気を使ってるなら、そういうの別にいらないからね。三人でトゥリスだし、愛純は朱莉さんの弟子でしょう」
「いや、お気持ちは嬉しいんですけど、正直なんというか……あけすけに言ってしまえば、クリスマスにカップルと一緒にいてもいいことなんてなさそうだってことですよ」
「そうだよな。愛純としても微妙だよなあ……俺はそう言ったんだけどさ。柚那が、愛純と三人がいいって言うもんだからさ」
「気を使っていただけるのは嬉しいですけど、今日くらいは二人で楽しんできてください。そのほうが二人のためだと思いますし、結果的に三人のためだと思います」
これは愛純の言葉は紛れも無い本音だった。先程も述べたようにクリスマスのカップルと一緒にいて当て馬にされてたまるかというのである。
もちろん朱莉と柚那にはそんな気は毛頭ないのだろうが、それでも愛純自身が一緒にいても当て馬になると思ってしまった以上、二人がどう考えていようが、どう頑張ろうが愛純の中では楽しめないだろう。
それだったら大人しくクリスマス特番でも見て、こたつでのんびりみかんでも食べていたほうがマシだ。と愛純は思った。
「どうしても、独り身の私に気を使いたいとおっしゃるのであれば、おみやげにフライドチキンのバーレルでも買ってきてください」
「やっす!そんなのでいいのか?」
「ええ、それでいいですよ」
愛純はそう言ってにっこりと笑うが、予約をしていない限り、クリスマスである今日、バーレルの入手はまず不可能だ。
「でも、無理しないでくださいね。私なんかのためにデートが台無しになったりしたら悲しいですから」
そう言って愛純は少し寂しそうに視線をそらす。もちろんこれは朱莉をその気にさせるための演技だ。
「まかせとけ!絶対買ってくるからな」
「帰ってきたら三人で食べようね」
予想通り朱莉はやる気満々になっているし、柚那も朱莉同様やる気になっている。
(まったく、お人好しだなあ二人とも)
少しだけ、フライドチキンを探して右往左往してデートが失敗したら面白いかも。などと考えて頼み事をした愛純の胸がちくりと痛む。
「本当に、絶対無理をしないでくださいね……二人が喧嘩するのは見たくないですから」
「ん?喧嘩なんてしないぞ。なあ、柚那」
「はいっ……あ、そうだ。本当はもう少し後に渡そうと思っていたんだけど、はいこれ。愛純に」
柚那はそう言って小さな袋を取り出して愛純の手に載せた。
「え?私にですか?」
朱莉はプレゼントをくれるだろうと思っていた愛純だったが、柚那から渡されるのは予想外だった。
「……愛純とは色々あったけど、これからはずっと仲良くしていきたいと思ってるから。だからこれは仲直りの印とか、そんな感じ」
そう言って微笑む柚那の笑顔は、穿った見方をすれば勝者の余裕。素直に見れば裏表のない綺麗な笑顔だった。
(人って幸せだとこんなに変わるんだ)
愛純は少し複雑な気持ちで微笑み返す。
「ありがとうございます。私もお二人とはこれからも仲良くしていきたいと思っています。これまで色々ごめんなさい。それと、これからも迷惑を書けると思いますけど、よろしくお願いします」
愛純はそう言ってペコリと頭を下げた。
朱莉と柚那が去ってから10分ほどして、愛純の部屋のインターホンが鳴った。
愛純は自分の目で先ほど駐車場から出て行く朱莉の車を窓から見送っているので朱莉たちということはないだろう。
朝陽も今日は実家に帰っているはずなので朝陽でもない。あるとすれば、狂華かチアキだが、愛純はそれほど二人と親しいというわけではない。
(まあ、どっちでもいいか)
特にやることもなくぼんやりとテレビをみていた愛純としては話し相手ができるのは願ったり叶ったりの展開だ。
「もしかしてクリスマスで暇なんですかー…って、ぎゃあああああっ!」
愛純は思わず叫び声を上げながら開きかけたドアを思い切り閉めてドアロックはもちろん、一気にチェーンまで掛けた。
「な、何ですか柿崎さん!」
『驚かせてごめん。邑田さんを探してるんだけど、部屋にいないみたいで。もしかしたらみゃすみんの部屋にいるんじゃないかなって思ってさ』
ドアの向こうから聞こえてくる声には、嘘や偽りはなさそうだった。
「朱莉さんなら柚那さんと出かけました!この部屋にはいません!」
『どこに行ったかわかる?』
「聞いていませんよ……カップルがクリスマスにどこに行くかなんて、そんな野暮なこと聞けるわけがないじゃないですか」
実際は野暮だから聞かなかったわけじゃない。
そんなことを聞いたら。聞いてしまったら、なんだか自分が惨めに思えてしまうような気がするから聞かなかったのだ。
『あ、そっか。今日クリスマス・イブか…って、あれ?じゃあなんでみゃすみんがここにいるの?』
「どこの世界に婚約したカップルと一緒にクリスマスを過ごしたいと思う人がいるんですか!そんなのただのおじゃま虫じゃないですか!なんなんですかあなた!私の事を馬鹿にしているんですか!?」
柿崎の一言で愛純の中で、何かがぷつんと音を立てて切れた。
「私だって朱莉さんや柚那さんと一緒にいたいですよ!バカなことした私にも馬鹿みたいに優しくしてくれる二人と一緒にいたいですよ!でも……そんなの……二人のために…」
(…違う)
言いかけて、二人のためなどではないことに気づき愛純は言葉を飲み込んだ。
(二人のためじゃない。二人と一緒に行かなかったのは私のちっぽけなプライドのせいだ)
飲み込んだ言葉の代わりに溢れだした涙が、愛純の頬をつたう。
『えっと……邑田さんと柚那ちゃんって婚約したの?俺、聞いてないんだけど』
「……ふぇ!?聞いてないんですか?」
『まあ、最近一緒に遊んでいても時間が来たらきっちり帰るようになったなあとは思っていたんだけど。そっか…そういうことか。なんでそういうことを教えてくれないかな、あの人は。悪気ないだけにタチが悪いんだよなあ』
柿崎はそう言ってドア越しにもわかるくらい大きなため息をついた。
『みゃすみんも大変でしょ。邑田さんのお守り』
「……まあ、確かに大変かもです」
基本的にズボラな朱莉と、やや神経質な柚那。
愛純が二人のバランサーのような役割を果たすことも最近は少なくはない。
もちろん二人だけが問題を起こすわけではなく、愛純のいたずらについてどちらかが怒っている時にもう一人が仲裁してくれたりすることもあるので、一方的に二人の世話をしてやっているとは思っていない。
『見捨てないでやってね。あれで結構良い人だからさ』
「……そんなの、私が一番良く知っていますよ」
『そうだね。じゃあ俺は帰るから、邑田さんが帰ってきたら頼まれていたもの用意出来たから早く受け取りに来てくれって伝えておいて』
「あのっ!……柿崎さんは朱莉さんと親しいんですよね?」
『ん?まあ、それなりに長い付き合いだね。かれこれ、5年位になるかな』
「もしよかったら、朱莉さんの昔の話、聞かせてもらえませんか?もちろん忙しいなら無理にとは言いませんけど」
『いいよ。どうすればいい?食堂にいればいい?それともチアキさんの店?』
「……そうですね。ちょっと用事があるので、よければどこか連れて行ってもらえませんか?」
『え!?もしかして俺ってばアイドルにデートに誘われている!?』
愛純としては、予期も用意もしていなかった柚那の分のプレゼントを買いに行きたいという意味だったのだが柿崎は勘違いをしてしまったらしい。
愛純はひとつ小さなため息をつくと、変に期待させるのもかわいそうかと思い、正直な気持ちを口にした。
「いえ、そういうのじゃなくて、ただ買い物に行きたいだけですから」
「で、その時邑田さんがさー……」
(柚那さんから聞いてた印象と大分違うなあ……)
柿崎は寮を出てからほぼずっと一人で話し続けていて、やや鬱陶しいと思うところはあるものの、柚那の言うような『朱莉さんを超える変態』だの、『朱莉さんの貞操を狙っている』だのという印象は受けなかった。
(まあ、柚那さんは元々男嫌いだししかたないか)
「あ、ごめんね、俺ばっかり話しちゃって。みゃすみんの前だと邑田さんってどんな感じなの?」
「そうですね……頼りになるような顔をして実はあんまり頼りにならないお姉ちゃんって感じですかね」
柚那へのプレゼントを選びながら、愛純がそう答えると、柿崎は「わかるわかる」と笑った。
「俺が最初にバイトに入った時もカッコつけてやってみせようとするんだけど、ポリッシャーが暴走したりしてさ。でも仕事は一生懸命やるから結構人望はあったんだよ」
「それはなんとなくわかる気がします。今、私達の中心は間違いなく朱莉さんですし」
愛純はそう言いながら店員を呼び、柚那へのプレゼントに選んだ手袋をラッピングしてくれるように頼んだ。
いつもよりもメイクを薄くして帽子やメガネを身につけているため、店員は愛純が宮野愛純であることには気づいていない。
「そうなんだよなあ、柚那ちゃんとみゃすみん。二人の中心は邑田さんなんだよなあ。昔はそんなことになるなんて、全然考えられなかったけどさ」
「んー…私が言っているのはそういうことじゃなくて、関東の…違いますね。多分この国の全魔法少女の中心が朱莉さんなんだと思います。もちろん組織のトップは都さんですし、関東の隊長は狂華さんですけど、なんというか……多分みんな大なり小なり朱莉さんが好きだと思うんですよ。なんといっても作中も現実でも人見知りでお馴染みの精華さんが、朱莉さんを頼ったなんて、びっくりするような事もありましたし」
「へえ、精華ちゃんが」
「他にも狂華さんはもちろん、ひなたさんとも仲がいいですし、意外に扱いが難しい楓さんなんかとも仲がいいですしね。チアキさんや都さんとも絶妙なボケとツッコミって感じですから、ほぼ全国で顔が利きます。それに私の同期、つまり後輩からも慕われていますし、もはや朱莉さんは魔法少女のセンターですよ」
「あの邑田さんがセンターか。あ、そういえば楓ちゃんとみゃすみんのデートってどうだったの?」
「ああ…そんなこともありましたね…はは……」
愛純は散々だった楓とのデートを思い出して口元をひきつらせる。
同じチームとして一緒に戦っているときはそうでもなかったのだが、一ファンと化した楓の言動や行動はかなり気持ちが悪く、愛純は途中で何度ギブアップしようと思ったかわからないほどで、正直なところ楓とデートするくらいならまだ柿崎と出かけたほうがマシと思うほどだ。
と、いうよりも別段柿崎に対して思うところのない愛純からすると、別に柿崎と出かけることは楓と天秤にかけるほど苦行ではない。それどころか下手をすると、エスコートが下手な朱莉と出かけるよりも楽しいような気さえする。
「どうしたの?俺の顔になんかついてる?」
「いえ、柿崎さんって朱莉さんの後輩にしてはまともだなあと思いまして。意外にちゃんとエスコートしてくれますし」
「ああ、だって俺ちゃんと彼女いたもん」
「なるほど。じゃあ柿崎さんのエスコートは彼女仕込みってことですか」
「そういうこと」
そんな話をしているうちに、先ほどラッピングを頼んでいた店員が二人のところに戻ってくる。
伝票にサインをした愛純は、袋の中に頼んだ商品とは明らかに違うサイズのものが入っているのを見つける。
「これ、私のじゃないですよ」
そう言って愛純が店員に返そうとするが、店員は笑顔で首を振ると愛純の耳元でそっと「彼氏さんからですよ」と告げた。
「いや、彼氏とかじゃないんですけど…柿崎さん?」
自分でも可愛げのない反応だなと思いながら愛純は柿崎に視線を向ける。
「実は前から一度やってみたかったんだよね。あちらのお客様からですってやつ」
「そういうことですね。じゃあ、はい。ちゃんと彼女さんに渡してあげてください」
愛純は自分の分の包みを自分のバッグに移すと紙袋を柿崎に差し出す。
「いや、今は彼女いないから。それにそれは愛純ちゃんに選んだものだから、嫌じゃなかったら受け取ってよ。こうしてクリスマス・イブに一人ぼっちでいないですんでいるのは君のおかげだから、そのせめてものお礼ってことで」
「ん……んー…」
愛純は少しだけそう唸ると「ちょっとここで待っててください」と言い残して、柿崎をその場に残してどこかに行ってしまった。
「失敗だったかな」
柿崎がそうつぶやくと、一連のやりとりを見ていた店員は「そんなことないと思いますよ」と言って笑った。
柿崎がしばらく店の前で待っていると、愛純が息を切らせて戻ってきた。
「はい、これ」
愛純はそう言って、男物の雑貨を扱っている店のロゴが入った小さな紙袋を押し付けるようにして柿崎に渡す。
「私からです」
「え、いや。悪いよ」
「受け取ってもらわないと、むしろ私のほうが気になるので受け取ってください」
「いや、でもさ」
「私だって柿崎さんがいなかったらぼーっとテレビ見て終わるところだったんですから、そのお礼です。それとも、私のセンスで選んだものじゃ受け取れませんか?」
自分で言っていて可愛くないと思いながらも、愛純はそう言って柿崎を軽く睨む。
「…わかった。ありがとう」
「どういたしまして。私の方こそありがとうございます」
「あはは、可愛らしい笑顔でそんなこと言われたら勘違いしそう」
「あ、それは勘違いですんで、間違えないようにしてくださいね」
「ですか」
柿崎はそう言って苦笑いを浮かべると、愛純の荷物を預かって駐車場の方向へ歩き出す。
「さて、レストランの素敵なディナーはちょっと無理だけど、知り合いの店なら席くらいはなんとかしてくれると思うから食事でもして帰ろうか。男の甲斐性ってことで、そのくらいは奢るよ」
柿崎は顔色を伺うようにチラリと愛純を見ながらそう提案する。
「え、いいんですか?」
「もちろん。ただ、小綺麗な店じゃないからロマンチックな雰囲気にはならないけどいい?」
「いや、そもそも私と柿崎さんの間にロマンチックな雰囲気なんて必要ないとおもいますし」
「言うこと厳しいなあ」
「優しくしてほしいなら、これから頑張ってくださいよ」
「だからそういうこと言われると期待しちゃったり、勘違いしちゃうってば」
「期待通りに勘違いじゃなくできるかどうかは柿崎さん次第ですよ。可能性は0じゃないんですから」
「0じゃないならどのくらい?」
「好感度0.3くらいですかね」
「低っ!」
「そうですか?評価がマイナスの人もたくさんいるんで、これでも高いほうですよ」
「ちなみにバレンタインにチョコもらうにはどのくらいまであげておけばいいのかな?」
「義理チョコ、友チョコ、キープ、本命とありますけど、どこの枠ですか?」
「キープ怖っ!……義理は?」
「義理は別に好感度マイナスでもあげますよ。名刺みたいなものですから、必要経費です」
「……友チョコは?」
「30%くらいですかね。今のところ、セナ、彩夏、喜乃、朝陽が対象です。あと、諸先輩方には好感度とは関係なく別枠で用意する感じですね」
「キープは嫌すぎるから聞かないとして……じゃあ、本命は?」
「100」
「ですよねー……」
「……なんて言っていると誰かさんみたいに行き遅れるんで、70くらいじゃないですか」
そんなことを言う愛純の笑顔に、柿崎は苦笑いをするしかなかった。
柿崎の行きつけの小さな居酒屋で食事をした帰り。
宮野愛純のそっくりさんとして、狭い店内で歌と踊りを披露してチヤホヤされた愛純は上機嫌で駐車場を歩いていた。
「悪かったね、おやっさんとか常連連中が色々と」
「いえいえ、私もなんかこう…久しぶりに燃えました!」
振り返ってグッと拳を握って笑う愛純の笑顔は輝いている。
まさにアイドルオブアイドル。
愛純の笑顔を見た柿崎は、この間の武闘会の彼女に対するアナウンスは的を射ているなとぼんやり思った。
「あんな店だったからアイドルのお気に召すか心配だったんだけどそう言ってもらえると嬉しいね」
「あんな店だなんて、常連さんとマスターに失礼ですよ」
「だな」
「本当に楽しかったです。朱莉さん達についていかなくて正解でした」
そう言って愛純は駐車場を囲むように通っている歩道の縁石に飛び乗ってくるりと振り返る。
「女の子にこんなに素直に感謝されるなんて初めてかも」
「またまた。そういうのも長い付き合いだったっていう前の彼女さん仕込みですか?」
とことこと縁石の上をショートブーツで器用に歩きながら愛純が笑う。
「いや。あいつはあんまり喜んでくれなかったからさ。付き合いは長かったけど、あんまり同じものを好きになるってことがなかったからなあ。今、幸せになってくれてるといいけど」
そう言って柿崎は夜空を見上げる。
「未練、ですか?」
「執着、かもね」
「執着するものがあるって、ちょっとうらやましいです」
愛純はこれまで、憧れのアイドルからの信頼を捨て、アイドルの頂点に立てばその立場を捨て。それ以外にも様々なものを捨てて今の場所にいる。ある種、執着とは無縁の生き方をしてきた。
「私は、好きな人が二人揃ってクリスマスに誘ってくれても断っちゃうくらい執着のない女ですから」
「執着してなきゃドアの裏で泣かないだろ」
「あはは……気づかれてましたか」
愛純は照れくさそうな苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。
「気づいてましたよー。…まあ、俺は気づいただけで、あのまま君が引きこもっていたら何もしてあげられなかったと思うけどね」
そう言って柿崎は軽く方をすくめる。
「……同情されちゃいましたね」
「同情してあげました。なんて言えるほど俺は上等な人間じゃないよ」
「上等な人間って、なんでしょうね。お金を持ってる人、権力を持っている人。人望のある人、なんでも出来る人……どういう人のことでしょう」
「負けない人かなあ」
「勝てる人って言うことですか」
「いいや、そうじゃなくて負けない人。例えば邑田さんなんかは、死にかけて、魔法少女になって、最初は変身できなくて。他にも色々負けそうなシーンってあったけど、それでも今、あの人は立ってるだろ。あれってすごいなって思うんだよ。もちろん他のみんなも色々なことがあって、今の立場になって。普通の人なら負けて心が折れそうなことにも負けずに立ってる。だから俺はちょっとでもそういう人の手助けができたらいいなって思ってる」
「……なんか、朱莉さんにちょっと似てますね」
「まあ、後輩だからね」
そう言って崎が笑った瞬間、愛純の視界に駐車場の方向から全力で走ってくる柚那がフェードインしてきた。
突然のことに愛純がびっくりして言葉を失っている間にも彼女は走り寄ってきながら変身し、そして
「愛純に近づくなこの変態!」
「ぐへぁっ!」
柚那は柿崎にドロップキックをお見舞いした。
「大丈夫、愛純。変なことされてない?怪我はない?穢されてない?」
「え、いや。別に普通に一緒に歩いていただけで穢されるとかそういうことはないですけど……」
ちらっと見ると、柿崎は意外に大丈夫そうだったため、愛純は柿崎の介抱ではなく、柚那のストッパーをすることにした。
「ほら、早く寮に帰ろう。パーティバーレル買ってきたから」
「え!?買えたんですか!?どうやって?」
「あかりちゃんの同級生の男子の家がフライドチキン店を経営していて、朱莉さんが体を張って色々と」
体を張ってと言っても、せいぜいサインと握手。それに記念撮影くらいしかしていないのだが。
「さ、帰ろ」
「あ、ちょっと待って下さい。私の荷物を回収しますから」
本当だったら愛純としては半日一緒にいて、ちょっと友情が芽生えかけていた柿崎の弁護をしたいところだったが、愛純を心配するあまり視界が狭くなってしまっている今の柚那に対しては立て板に水、のれんに腕押しだ。
愛純はそう考え、余計なことは言わずに柿崎の側に歩み寄ってしゃがみ込み、柿崎の手から自分へのプレゼントの入った袋を拾い上げつつ、柚那に見えないように自分の名刺を彼のスーツの胸ポケットに差し込み、ちいさな声で柿崎に声をかけた。
「ごめんなさい。本当は柚那さんに色々言ってやりたいんですけど、今はちょっと無理そうです」
「気にしないでいいよ。俺、自分が柚那ちゃんに嫌われているの知ってるからさ」
「名刺に私の連絡先書いてあるんで、暇だったらまた連絡ください。というか、マスターや常連さん達にまた会いたいのでお店に行くときとか誘ってください」
「勘違いしないほうがいいんだよね?」
「今のところは。じゃあ柿崎さん、メリー・クリスマス」
「はいはい、メリー・クリスマス。愛純ちゃん」
愛純は最後に、柿崎の言葉に微笑みながら頷くと、袋を抱えて柚那の方へ走っていった。
翌日。
「あれ、柿崎君そんなキーホルダー持ってたっけ?」
黒服と呼ばれている魔法少女たちのために色々な雑務や戦闘前後の交通整理などをする男たちの更衣室で、愛純からもらったキーホルーを目ざとく見つけた柿崎の先輩がそう尋ねた。
「クリスマスの貰い物っす」
「おお、じゃあ彼女できたんだ」
「ま、そのうちそうなると嬉しいんですけどね」
「おいおい、弱気じゃあないか。俺が若い頃はな……」
この先輩と同じシフトになると週に何度かの割合で聞かせられる奥さんとの馴れ初めの話を聞き流しながら柿崎は着替えを続けた。
「おや、あんまり愛純らしくないストールだね」
昨晩遅く、すったもんだ色々なことがあって関東チームの寮にやってきていた彩夏は、見送りに来た愛純が巻いているストールを見て指摘した。
「変かな?」
「いんや。いいんじゃないの。たまにはそういう気分転換も必要だと思うし、いつもと違うっていうだけで、愛純によく似あってると思うよ」
「だよね。自分でもちょっと新鮮なんだ」
そう言って大切そうにストールを触る愛純を見て、彩夏はなんとなく事情がわかった気がした。
「朱莉さんも結構やるもんだね」
「朱莉さんじゃないよ」
「え?じゃあ誰?」
「秘密……っていうか、柚那さんはプレゼントくれたのに朱莉さんはくれていないの思い出した」
「はぁ、柚那さんも愛純もあの人の何がいったいいんだか……」
「彩夏、帰るわよー」
少し離れたところで朱莉と雑談していた寿が声を上げている。
「んじゃ、まあ。メリー・クリスマスってことで、うちらは帰るわ」
「ん。セナにもよろしくね」
「はいはい。んじゃね」
彩夏はそう言って小さく手を振ると、荷物を持って寿のところへと走っていった。
過去に執着してないことにしたい女と、過去に執着しているつもりの男の話。




