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7 お前の妻は俺の隣に

 ザクロは表情を引き締める。

「以前から付き合いのある情報屋と、会うことができたのです。どうやらニキウス王は、その……騒ぎ立てているようで」

「騒ぐ。うん」

「ランダ殿に脅され、エリュア王妃を奪われて殺された! と。諸外国に対して、いかにランダ殿が凶暴で獰猛で残虐かを言いふらしているとか」


「…………」

 エリュアとランダは顔を見合わせ、同時にため息をついた。

「あの人は……本当に……」

「懲りないようだな」

 そもそもの加害者というか、マルディガルに攻撃を始めたのは、ニキウスである。なのにランダが反撃したら被害者面をして、まるでランダが全て悪いかのように振る舞っているわけだ。


「懲りないというか、はなから自分が悪いなんて思っていないの。少しも」

 ずっと困っていたことを、エリュアはこぼす。

「国同士対等で、それぞれの事情があるのに、『自分が正義だから刃向かう者は悪』なのよ。対等とされることも、我慢ならないのでしょう。だからマルディガルの印象を貶めたいんだわ」

「けれど、詳しい事情を知らない諸外国は、口のうまい方を信じてしまいます」

 心配するザクロにエリュアはうなずき、そしてランダを見上げた。

「ランダ。ただちに、私が生きていることを公表して下さい。まずはそれで、ニキウスが騒いでいる『王妃を殺された』が嘘であることを皆に知らせましょう」

「わかった。そうしよう」

「そして私、すぐにトルリアに帰らなくては」

「……帰る?」


 不意に、ランダがエリュアの手を握った。

「帰さない」


「えっ」

「あっいやそのっ!」

 すぐにランダはうろたえたものの、咳払いをして仕切り直した。

「……俺は、暗殺されかかったことに対して、謝罪のための生贄を要求したのだ。やりすぎではあったが、要求したこと自体は正当だと思っている。やすやすとあなたを返すわけにはいかないな」


 それはそうだ。トルリア側が「別の形で謝罪するから王妃を返してくれ」と交渉してくるならわかるが、違うのだから。


「でも! 誤解されて、あなたの悪評が立ってしまうわ! だって」

 言いかけて、エリュアはハッと口をつぐんだが、ランダは苦笑する。

「俺が獣人だから、か。まあ、生贄などと言い出した俺の自業自得ではあるのだが」

『獣』のイメージを利用したのはランダ自身だったが、ニキウスも逆に利用できる。たとえエリュアが生きているとわかっても、「獣にひどい目に遭わされている」と騒ぐことができる。


「俺を心配してくれるのだな。だが」

 まっすぐに、ランダはエリュアを見つめた。

「俺もエリュアが心配なんだ。ニキウス王が、あなたを失って反省しているならともかく、全然反省していないのが丸わかりだからな。そんな男のところへ、あなたを返すつもりはない」

「ランダ……」

 気持ちが嬉しくて、エリュアも思わず、ランダの手を握り返した。


 ザクロは邪魔にならないよう、気配を消して少し下がり、見つめ合う二人を見守っている。


「……そうだな。俺としては、国同士の諍いが収まれば他のことは我慢できるから……トルリアには、こう伝えよう」

 ランダは、ごほん、と咳払いをした。

「『生贄は受け取った。楽しませてもらっている。エリュア殿はマルディガルが幸せにする。これをもって両国の友好の証としよう』とな」


「え」

 一瞬、エリュアはポカンとし、やがて真っ赤になった。

 嘘はついていないし、ランダ単独での蛮行ではなく国同士の話なのだという表明には繋がる、と思う。

(でもっ、微妙に表現が性的なような)


 ぱっ、とランダは、ばんざいするように両手を離した。

「嫌だったらすまない! これくらい言っても罰は当たらないかなと!」

「え、ええ、ランダも少しくらい強く出て言ってやりたいわよね!」

 エリュアはそう解釈したのだが。

 ランダとしては、「もうエリュアはおまえの妻ではないからなー!」と、ニキウスに思わせたいのである。

「実際、今、楽しいし! 生贄をよこせとは言ったが、どう扱うかは言っていないからな! 食ったり殺したりしなかったことを責められるいわれもないしな!」

「ですよねー! はっきり言う訳ではないですし!」

「そう! 匂わせだ、匂わせ!」

 しかし、エリュアはニキウスの性格をよくわかっている。

「……でも、『本当はひどい目に遭わせているんだろう』と騒ぐと思うわ……」

「次の手がある。大丈夫だ。俺を信じてほしい」

「ランダ……ありがとう。わかりました」


 話がまとまったところで、二人はようやくザクロの存在を思い出した。

「ああ、ザクロ。ご苦労だったな」

「本当に。ザクロ、戻ってくれて、ありがとう」

「いいえ」

 ザクロは一礼する。

「エリュア様がマルディガルに滞在なさるなら、私がお役に立てることもあるでしょう。どうか、何でもお命じ下さい」

「母国に戻らなくていいの?」

 確かめるエリュアを、ザクロはまっすぐに見つめる。

「はい。トルリアではなく、エリュア様おひとりに仕えたいと思います。私の家族も、それを望むでしょう」


「ならば、お前はエリュアの侍女になるがいい。護衛もできるだろう」

 ランダが命じた。

「警備部に話を通しておくから、夕方にでも装備の相談に行け。ではエリュア、俺はそのあたりの手配と、トルリア向けの声明を練ってくる」

「はい。ランダ、本当にありがとう」

 エリュアは微笑んだ。

「あの、また、後で」

「うん、後で……うん」

 何やら照れながら、ランダが応接室を出ていく。

 エリュアとザクロはそろって、彼を見送った。


 扉が閉まると、エリュアは赤い頬を押さえてため息をつく。

「……もう、かくべき恥など残っていないと思ってたけど、色々と起こるものね。ごめんなさいザクロ、変な話になって」

「いいえ。僭越ながら、私にもこんな頃があったなあ、って」

 甘酸っぱい初恋を思い出しているらしき、ザクロである。


 しかしふと、彼女は顔をしかめた。

「というか、そもそもの話ですが、やはりウリーダ様ではなくエリュア様なのですね」

「ええ、まあ……」

 エリュアはもはや苦笑するしかない。

 王家の様々な情報を知るザクロは、ウリーダに生贄の資格がないことも、お飾り王妃だったエリュアの境遇も知っていたようだ。

「エリュア様おひとりに恥をかかせ、追い出して……何とひどい」

「ええと、私一人が恥をかくという状況では済ませなかったわ。その……私なりに、やり返しました。生贄を決める会議で、ウリーダには資格がないと暴露して」

「えっ」

「全部バラしてやったわ。大喧嘩の末、自分から飛び出してきたの」


「……っ」

 顔を逸らしたザクロは、口元をもにょもにょと動かし、必死で笑みを押さえ込んでいる様子だった。

 結局、拳を口に当てて「ごほん!」と咳払いをしてから真顔に戻り、再びエリュアを見る。

「その喧嘩、拝見したかったです」

「ふふ」

「ニキウス王には、できればもう諦めていただいて、エリュア様が本当に友好のあかしになるといいのですが」

「ええ。私も役目をまっとうできる、というものだし」

「エリュア様はここで暮らし、ランダ様もお幸せ。最高ですね。ランダ様、それが狙いだったりして」

「何を言うの、ザクロ」

 さすがに、エリュアは少し呆れる。

「トルリアの女、しかも人妻など、いつまでも側に置いておくわけないわ」

「え? エリュア様はもう、ニキウス様の妻ではないのでは?」

 ザクロの質問に、エリュアはゆっくりと首を横に振った。

「私が生きていると、これから公開するのよ」

「あ……」


 エリュアは独断で飛び出してきたのだし、ニキウスはエリュアを離縁すると言っていない。むしろ対外的には「王妃を奪われた」と言っている。

 死んだことにするならともかく、生きているとなると、話がどう転ぶかはわからなかった。

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