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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
6th AID  罪を愛して人を憎む

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二人のカガミ

「これがお兄の彼女……?」

「そうだ。住まわせてるなんてそんな訳ないだろ。お前の気のせいだよ! だって本当に住まわせてるならデートしてきたこの現状をどう説明するんだ? ん?」

「…………」

 瑠羽が覗き込む写真には俺と恋人の雪奈がキスしながらのツーショットが写り込んでいる。これをラブラブな恋人と言わずして何と言おうか、ネタを全て知っている俺から見ても雪奈を雪奈と認識出来ない。完璧だ。

「……なんで、左目にキスしてるの?」

「え、お前キスが唇だけにする物だと思ってるのか?」

「違うって。頬とか額とかは私も知ってるよ。でも目って―――」

 着眼点は鋭い。俺だって特別な意味があって目にキスしたつもりはなく、単純に雪奈の左目を隠したかった。俺は好きでも他人がどう思うかは分からない。何より本人が嫌だからこそ今まで隠していた訳で、それを尊重しないのは如何なものか。親しくもない瑠羽に見せるのは本人としても嫌だろうと思って精一杯配慮したらこうなった。本人には感謝されたので後悔はしていない。

「いやいや、何も己の無知を恥ずる事は無いんだ我が妹よ。俺だって最近まで知らなかった。恋人が出来てからというもの、毎日が新鮮。知らなかった事をいつも教えられる。大人として、男性として、成長出来た気がする。瑠羽、もう一度言うぞ。恥ずかしがる必要はない。恋人が出来なきゃ分からない事もあるんだ」

「―――だから違うのにッ。キスの場所くらい知ってるよ私も! 恋人が出来て半年も経ってないお兄に何でマウント取られなきゃいけないのッ」

「マウントも何も兄より優れた妹など居ないのだ。ハッハッハ!」

「うう~……もういいッ。勘違いなんてしなきゃよかった!」

「うひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 わざとらしく笑って妹の怒りを煽り続けると瑠羽はあっさり術中に嵌ってくれた。勘違いと断じてくれたなら何よりで、それを両親にまで見せるというファインプレイには言葉が出なかった。これで二人からも要らぬ勘繰りはされないだろうし、今後何かあっても雪奈が来たのだと誤魔化せる。

 足取りは軽く、さながら凱旋をする勢いで俺は自室へと帰還した―――


「女の匂いがする」


 扉を閉めた瞬間、心臓を刺し貫かんとする一言が回避もままならず直撃した。程なく雫がぬるりと布団から出ると、何故か仰向けのままこちらに這いずってきた。普通に歩くよりも遥かに遅くはあるが、開幕で追い詰められた俺にとって速度の遅さは心理的圧迫の増大に直結する。

「……雫。ちょっと待って下さい。話を聞いて下さい。これには訳があるんです」

「いやいやぁ、言い訳は結構。私が言いたい事は一つだけだからぁ」

 足元まで接近を許した瞬間、雫の身体が反転したと同時に直立。目と鼻の先、胸が俺の胸筋で潰れるくらいの近距離は死を予感させるには十分すぎた。

「……言わせてもらうけどぉ、いいよね」

「は、はいッ」

「良くやったね」

「は、はいッ! 誠に…………え?」

 狐につままれた様な顔でもう一度彼女の顔を覗き込む。怒り心頭と思われたその表情は何処か嬉しそうで、誇らしげに、愛おしそうに俺を見ている。殺意どころか嫉妬の一片も見当たらない明鏡止水も斯くやと思われる顔は、まかり間違っても死刑囚の出来るものではなかった。

「君は何故か怪しまれていた。でも自分の力だけでどうにか薬子を退けた。違う?」

「ち、違いませんけど」

「だから褒めてるんだ。あの業突く張りを退けるなんて誰にでも出来る事じゃない。凄いよ、君は。本当に凄い。君を信じれば何だって上手く行く。私がアイツから逃げおおせる事だって……出来るかもしれない」

「し、雫? 女の匂いに……怒ってるんじゃ?」

「そんなのどうでもいいさぁ。結局の所、君は私に帰ってくる。だってゴシュジンサマだもんね? 私を捨てる様な人じゃないって分かってる。信じてるんだ。怒らないよ。真っ当に生きているなら女性の一人や二人と知り合うなんて何でもない事なんだから」


 ……今日の雫は妙に優しい。


 妙、という程でもないか。何せ理由は明らかだ。俺が雫にリスクを負わせる事なく薬子を退けた。不倶戴天の敵ともいえる存在を、異能力一つない俺が対処した。さながらそれは彼氏の成功を喜ぶ彼女の様に、ただその結果だけを雫は喜んでいた。

 ならば、これは正しく凱旋だ。

 完全勝利とはいかずとも詰みを回避した。セーブの存在しない人生においてこれは偉業だ。久しぶりに自信が湧いてきた気がする。あの日以来腐っていたかつての自分が、ほんの少しだけ立ち上がれた気がする。

「―――ご褒美をあげるよ」

「え?」

「夜食は摂ったんでしょ。ここからは私との甘い時間を過ごそう。ほら、ベッドに来て……」

 握力だけで首の骨をへし折れる膂力を俺は知っている。その気になれば強引に引きずり込めるものを、敢えてそよ風の様な力で促している辺り、雫も強制してはいない。彼女はいつもそうだ。必ず逃げ道をくれる。選択の余地をくれるから、選んだ事柄に言い訳が出来ない。逃げ道を与えてくれるからこそ一度選んだ瞬間に逃げ道が無くなる。そういう意味では性悪というか、悪質だ。

 大人しくベッドに移動するとうつぶせを命じられた。昔はうつぶせで寝ていたが雫が来てからは胸の中で眠っているのですっかりやめてしまった。だからか、身体が明確な違和感を訴えている。

「うごッ!?」

 背中に激痛。視界の外で雫が微笑んだ。

「な、何を?」

「マッサージだよ。何だか君が疲れてる様に見えたからさ」

「あ、ああ……」

 確かに疲れたが、精神的な疲労ばかり多かった記憶がある。同棲疑惑が妹に留まらず学校にまで飛んでいるし、薬子を引き留めなければいけなかったし、雪奈とキスしなければいけなかったし。肉体的な疲れは何もないと言いたい所だが、健全な精神は健全な肉体に宿るともいうし病は気からともいう。心が疲れれば身体も疲れるのかもしれない。

「お願いします。これがご褒美ですか?」

「ンフフ。まあ今の所はね」

 最初の一撃は加減を間違えていたようで、以降は痛いながらもどこか快感が残って逃げるに逃げられなかった。マゾではない。痛気持ちいいは実在する。

「雫……事の発端なんですけど、妹が家に恋人を……まあ要するに雫の存在に勘付いちゃったんですよ」

「……続けて」

「それだけなら、まあいいんですよ。俺だって時々迂闊ですからね。でも学校にまで噂が流れててッそれが薬子の耳に入ったのが騒動の始まりで。何か知りませんか?」

「何も知らないと言えば嘘になるね」

「嘘じゃないですか」

 ちょっと嘘吐こうとしないでほしい。

「そも、私が君の危機に気付けたのには理由がある。今朝気付いたんだけどぉ……その前に確認しておきたい。君、カメラとか使う?」

「カメラ?」

 鳳介は飽くまで体験したいだけで、記録に残して世に周知させるとかオカルト誌に売り込んでお金を貰おうとか邪な考えを一切持たなかった。俺が一番輝いていた時代と言えばあの二人とつるんでいた頃だが、その時を基準にしてもカメラは一度か二度くらいしか使った記憶がない。カメラ越しにしか映らないとされる『うにょうにょ』が懐かしい。

「いや、使いませんね。使ったとしても安全優先で鳳介が持ってたので。友達と思い出を残すとかはまあ……俺がそういう性質じゃないのは分かってるでしょう?」

「そうかぁ。藪から棒にごめんねえ。うん、分かった。じゃあSDカード壊して大丈夫だったかな」

「壊す? カメラを……?」

 話の脈絡ではそうなる。しかし両親は俺の部屋には滅多に立ち入らないし、立ち入ったとしてカメラをわざわざ置き忘れるとは考えられない。妹も同様だ(置き忘れるより先に殺されてしまうだろう)雫のマッサージが足に移行した。

「隠しカメラだよ。君のベッドが写る様な角度で置かれてたんだ。君と早朝遊んでたら気付いてしまってねえ。薬子が置いていったものだったらと生きた心地がしなかったよ。まあそれは杞憂だったんだけど、アイツの気配が近づいてくるのが分かってこれでも結構焦ってた。小細工は通用しないからさぁ」

「盗撮って事ですよね。でも俺の部屋に置ける時点で不法侵入ですし、そもそも盗撮なんて回りくどい事しなくても俺が匿ってるって誰かが知ってるなら証拠を押さえるまでも無く薬子に連絡すればいい話です。アイツは目撃情報一つで飛んできますから……所で電源は入ってたんですか?」

「入ってたよお。あの時は焦って君の服をレンズに被せただけで済ませちゃったけど、さっきも言った通りもう壊したから君は焦らなくて大丈夫。でもあんな感じで誰かに監視されてる可能性は否めないよ」

「何が言いたいんですか?」

「君は少なくとも多くの立場から狙われる状況にあるって事さ。そう考えれば君の恋人が噂になるのにも納得が行くってものだろう。君は如何にも平和ボケした優しい顔をしているが、今後は少し警戒した方がいいかもしれないよ」

「平和ボケって褒めてます?」

「勿論ッ。私は君の顔も大好きなんだぁ……ンフフ♪ だって、君と一緒にいると、まるで私が普通の女の子みたいじゃないか。死刑囚じゃなくて女の子として見てくれた人は少ない。ここでは君が初めてだ。嬉しいし恥ずかしくもある……あは、大好きだよ」

 雫の手が離れる。「身体を起こして」と言われたので、また言われるがままに上体を起こした。

「有難うございます。なんかちょっと……体が軽くなったかも」

「それは良かった。じゃあ元気が出た所で、もう一つご褒美をあげましょう?」

 一連の流れとは全く関係ないのだが、薬子は雫を捕まえる為なら手段を選ばない。ハニートラップさえ吝かではないと彼女は言っていた。だが言動ばかりで行動に移そうともしない薬子を見ていると雫の確信も何処まで信じられるかは怪しいもので、ハニートラップというなら雫の方がよっぽど使ってくるではないか。

「目を瞑って―――」

 刹那、視界を断った俺を布と至極の感触が覆いかぶさり、そのまま押し倒された。目を開けても真っ暗だが、この感触には覚えがある。誠に悲しい話だが、向坂柳馬は男性なのだ。雫の為という動機は裏返すと単なる下心に落ち着く。この柔らかさに覚えがあるというならそれは記憶力ではなく本能を擽られている。間違いない。目を開けても何も見えないが当ててやろうか。十中八九当てられるが―――

「雫…………下着は」

「ないよ」

「……ですよね」

 考えるのが馬鹿らしくなるくらい、心の底から安心する。気持ちいい。何も考えたくない。温かい。柔らかい。

 いろいろな事件に首を突っ込んだ手前、思考放棄は許されない。常に思考し、最善を模索せねば簡単に詰む事は明らかだ。




 それでも今は。この暖かさに溺れていたい。




 息苦しささえも、愛おしい。

  

   

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― 新着の感想 ―
[一言] 盗撮されていたということはあれこれ全部見聞きされてたんですね。
[気になる点] カメラがあったと言うことは少なくとも一度は部屋に入った人間……つまり…… [一言] 兄より優れた妹など存在しないのか……!
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