濡れ紅の少女
「お待たせいたしました……お二人とも、ご夕食ですか?」
「いや、遅めの昼食です。ここから腹が減るとも思わないので多分夜食も兼ねてると思います」
「そうですか。ご一緒しても?」
来て早々緋花さんが雪奈の隣に座った。並べて顔を見るとその美人さが良く分かる。九龍所長が選別したのではと疑いかねない美しさだ。冷静に考えてみればあんなうさん臭い場所に美人を選別する程の知名度も資本も影響力もないので、俺の危惧は妄想に過ぎなかった。考えるまでもなく分かる事だが、出来過ぎた偶然には必然と言ってしまいたくなるのが人間だ。
「雪奈様から連絡を受けて来た次第です。私に何か御用でしょうか」
「ああ、それなんですけど。いや、用はあるんですけど……その前に教えて下さい。雪奈さ……雪奈の年齢について」
「年齢?」
「十六歳って言いだしたかと思えば今度は十三歳って言いだしてもう訳が分かりません。緋花さんに聞いてくれって事だったので説明お願いします」
「え……?」
緋花さんは右手で口を覆って雪奈の方を見つめる。そんな顔を向けられてもと彼女は若干困っていたが、暫くして気を持ち直した緋花さんがわざと咳を挟んで話を続ける。
「そうですね。少しややこしい話となりますが、それでも構いませんか?」
「ややこしいのはこれに限った話じゃないので大丈夫です。あ、緋花さんは何頼みますか?」
「ケサディーヤでお願いします」
即答だった。好きなのだろうか、人の好みについてとやかく言うつもりはないがメニューも見ずにいえるとは常連の疑惑がある。店員を呼んで追加注文を済ませると、俺はどうぞと掌を緋花さんに向けた。
「まず結論から言いますと、雪奈様は十六歳です。御覧いただければ分かるかもしれませんが、十三歳よりは十六歳の方がしっくり来るのではないでしょうか」
「あれ、詳細な説明が一気にふわっとしましたね。まあ、俺もそう思いますけど。十三歳ってのは?」
「まず、向坂様はどうして雪奈様がレインコートを着用しているかご存知ですか?」
「……趣味?」
「違う。こんな趣味はない」
「雪奈様は怪異と共生していらっしゃるのです」
年齢に乖離が出来た瞬間から話の流れがまともになるとは思わなかったが、それでも段階を踏んで話すと思っていたので心の準備が出来ていなかった。今更嘘だとも言わないがここに鳳介が居たら何を払ってでも友達になりたそうだ。綾子が嫉妬する未来が容易に想像出来る。
「向坂様は『ナナイロ少女』をご存知でしょうか」
「何ですかそのゲーミングPCみたいな奴……って言いたい所ですけど、知ってます。結構危ない奴ですよね」
何故知っているかは以下略。『ナナイロ少女』とは夜の路地、はたまたホテル街で出没が報告されている女の子で、出会う人間によって赤色のレインコートだったり青色のレインコートだったりするので結果的にその名前がついた。被害に遭うのは主に男性で、女性の被害報告は一件もない。特にスーツを着た人間が遭遇しやすく、『ナナイロ少女』が現れた時はそこがどんなに賑やかでも不思議と人気が無くなるらしい。
遭遇した人を『お父さん』と呼んで接近し、どこかに連れ去ってしまう……それだけ。
何せ生存者が一人も居ないので詳しい話が存在しないのだ。
怪談に良くある矛盾としては誰一人帰って来ないが触れ込みなのに情報が伝わり過ぎている点(とはいえレインコートの多色性が伝わっているのもおかしな話だ)だが、『ナナイロ少女』は比較的マイナーであり誰も尾ひれを付けたがらないのか噂が進展しない。
そこに噂ありとすれば調べに行くのが天埼鳳介だが、噂の性質上一人でなければ調査出来ないので、調査には行っていない。なので俺も名前しか知らない。
「はい。あれの『正体』と雪奈様は共生していらっしゃるのです。赤いレインコートはその証。左目を髪で隠しているのは明らかな異常を隠すため。これ以上は本人からお聞きになられた方がよろしいと思います。十三歳というのはそのナナイロ少女の『正体』の年齢です。享年……という言い方で良いのでしょうか」
緋花さんは『正体』と暈してはいるが、十三歳という時点で何となく想像はついている。出没場所と怪異には多くの場合関連性があり、基本的には死んだ場所か死因に繋がっていく。男性しか遭遇しないと言うのも俺の推理を確信に近づかせていく。
話が一区切りされた所で店員がケサディーヤを運んできた。ファミレスに着物姿で入店する人間は中々どうして珍しく、店員は緋花さんに釘付けになっていた。彼女が微笑み返すと、店員は慌てて去っていった。
「……もしかして雪奈さんが物音を立てないのもそれが原因ですか?」
「ご明察です。最近は意識すれば普通に歩く事も可能だったと思いますが」
「面倒」
「だそうです」
音を殺して歩くのが癖になっている訳ではなかった。いや、そんな可能性全く検討していなかったが、不思議には思っていたのだ。隠密に動く必要が無い時にも音が無いから、内心幻覚の類ではないかと思っていた程。
話の中に居ないのを良い事に黙って食事を続ける少女の姿を見ると幻覚はあり得ない。
「それにしても、雪奈様が自らその事をお話するなんて、向坂様は信用されているのですね」
「信用……されてますか? いつもと変わらないと思いますよ。敬語が嫌だからって流れで言われただけですし」
それに愛想も良くない。美人なのは変わりないが、これとは話が別だ。信用しているならもう少し愛想よくても罰は当たらないと思うのだが、流石に欲張りというか私情を持ち込みすぎなのかもしれない。
雪奈に倣って一足遅く俺達も食事を始めた。緋花さんが来るまでは食事していたので俺の場合は再開というべきか。ハンバーグを久々に食べた気がする。肉の合成比がどうのこうのと専門的な発言は出来ないが、ナイフを入れた瞬間に溢れ出す肉汁がまず視覚的に美味で、口の中に入れた際の味わいはしっかりとその期待に応えてくれる。見た目は美味しそうという料理も少なからず存在する中で、勝手に膨れ上がった期待を通り越してくれる料理は素晴らしいと思う。
「で、用件というのは」
「あ、そうでしたッ。そうそう、用件ですよね。実は妹が雫の存在に勘付いた……とも言えないんですけど、このままだとバレるのは時間の問題なんです。本当は雪奈に頼もうと思ったんですけど、既に面識があるのでどうにも……そこでお願いがありますッ」
「俺の彼女という扱いでツーショット撮らせて下さい」
立ち寄ったのは何処にでもある小さなブティック。服にはあまり興味がないので俺も初見だ。服はいつもショッピングモールでどうにかしてしまう。女性二人を伴って入店するのは勇気が必要だったが、店員からすれば単なる付き添いに思われているのだろう。洒落っ気皆無な制服の男を見ればそれも仕方ない。
「大胆……でしょうか」
「俺より詳しいと思ってたんですけど、もしかして緋花さんも服装に頓着しないタイプですか?」
「いえ、私は数年前まで罰を受けていたのでお洒落をする機会に恵まれませんでした。しかしこういうのもなかなか楽しいですねッ!」
「自分事じゃないからですか?」
「それもございますね。これも似合うかもしれませんし、着用してみてくださいッ!」
「…………す」
「はい?」
「殺す」
「雪奈様。物騒ですよ? これも向坂様を助ける為ですから仕事して下さい」
そう、試着室で絶賛着せ替え人形となっているのは緋花さんではなく雪奈だ。先程選ばなかった理由として『面識がある』としたにも拘らず彼女が選ばれた理由。
話は十五分前に遡る。




