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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
6th AID  罪を愛して人を憎む

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知りすぎれば

「ああ……すみません」

「気にしないで」

 九死に一生どころではなかったが、どうにか詰みを回避できた。緊張がほぐれて危うくその場に膝を落とす所だったが、雪奈さんに引っ張られて事なきを得る。俺達は近くのファミレスに入店し、一時の休息に浸っていた。

「雪奈さんってここでもフード被ったままなんですね」

「ルール違反じゃないし」

 俗説ではあるが屋内で帽子を被ると禿げてしまうとかなんとか言われているが、信じていないのだろか。オカルトは信じるのに、一体何が違うかと言われたら偏に『面白さ』に尽きる。鳳介だったら間違いなくそう言う。

「あの、一回だけ取ってくれませんか?」

「何で」

「単純に気になるっていうか……そのレインコート着てなかったら雪奈さんって分からないかなって思って」

 発言者も混乱必至の分かりにくい発言に意味は無い。真の理由は彼女の顔を確認したいだけで、真面目に下心しかないからだ。流石にそれを直球で投げつけるのは気持ち悪いと思ったのでどうにか理由を作った……お粗末極まっているが。

 オブラートに包み過ぎて原形が良く分からなくなっているので、真意をはかれなくとも仕方ない。読み取らないでほしい。恥ずかしいから。

「これを着てない日はない。けどそこまで言うなら、分かった」

 雪奈さんがフードの端に指をかけて後ろに引くと、中に隠れていた美しい金髪がハラリと現れた。こうしてみると本当に人形みたいだ。表情の変化に乏しい事も相まってその手の愛好家にとっては理想的な女性……かもしれない。俺は愛好家ではないので憶測でしか語れないのが痛い。

 通りがかったウェイターが彼女を見てギョッとした。面白くて危うく吹きだしてしまいそうだったが無理もない。フードを被っていても雪奈さんに大きな変化はないのだが、印象の問題だ。人形感が強いというか、生気が無くなると言うか。

「今思い出したんですけど、俺と深春先輩を助けた時はフード被ってなかったですよね。何か理由があったりするんですか?」

「理由は無くもない。でもそれを話す為に連れてきた訳じゃない」

 すげなく断られたのを苦笑いで誤魔化しつつ、話の腰を折った俺から改めて本題を切り出した。

「まずは有難うございました。あそこで電話してくれなかったらどうなっていた事か。因みにあの情報って本当なんですか?」

「嘘は信用問題に関わるから本当。でも発見したのは私じゃなくてゴドウ。サキサカが騒いでくれなかったら助けに迎えなかったと思うから、感謝する必要はない。勝手に助かっただけ」

 大声を上げていたのは感情が高ぶっていたのもあるが、薬子を威圧する為でもあり、あそこで何とかしなければ本当に詰んでいたという焦燥感から半ば自動的になってしまった。口が上手い自覚は無い。だからこそ手段を選ばず体裁を厭わず、泥臭くても詰みだけは回避したかった。威圧に関しては失敗していたと自信を持って言える。俺はどうも人を怖がらせる事が出来ないらしい。人生において心底どうでもいい技能でもあの瞬間だけは必要だった。結果的には不要だっただけで。

「私は連絡係。サキサカの動向は逐一所長に報告しなきゃいけない。結果がどうあれ、私には手を貸す義務がある」

「しれっととんでもない事言われた気がしますけど、まあこの際プライベートはどうでもいいです。そういう事なら騒がしくて助かったってのはおかしくないですか? 俺をマークしてていつでも助けに入れた……そう解釈した方が自然なんですけど」

「私が学生服着てたからだと思う。声を掛けられた。サキサカの知り合いみたいな人。その人に……これを渡されたの」

 雪奈さんがレインコートのポケットから取り出したのは仮面だった。材質は見るからに木製、木彫りの仮面には上等とは言い難い塗りがされていて、具体的にはムラが多い。中学の頃の美術を思い出す塗りだ。俺に美的センスがないと判明した瞬間でもある。

「キヨミキヨシって人から」

「あー……え、出来る限りの情報を集めた結果がこれだけですか」

「さあ、それはよく分からない。でもクスネに近づくのを怖がってたから、多分私を頼ったんだろう。それとこれ。ゴドウから」

 あの人とは碌に接点もないが、そう言えばあの日の夜、雪奈さんを通して証拠を送ると言っていた事を思い出した。暗行路と薬子が繋がっている証拠で、確か写真だったか。机の上で滑らせながら俺の前に差し出された何枚もの写真には、何処とも知れぬ場所で落ち合う二人の男女が写っていた。

「……なんか視点遠くないですか?」

「あんまり近いと薬子に察知されるから」

「ああ。それで。ここは何処ですか?」

「暗行路紅魔の館の裏口……だと思う」

 薬子は制服の上に重油みたいな色合いの真っ黒いローブを着ているせいで身体が夜と同化している。しかしその美貌は紛れも無く彼女だ。一方隣にいる男は俺の家を訪問した時同様奇怪な格好で出迎えており、次の写真では何やら立ち話をしている様子が見える。その次の写真では見切れているが、建物の中に入っていく薬子の手が写っている。

「……仲が良さそうかはさておいて、確かに繋がってますね。あんなうさん臭い奴が薬子の情報屋とも思えませんし」

 薬子はどうあっても俺の敵。かつてマリアはそう言った。その言葉を最初から信じていたとは言い難い(立場上はそうならざるを得なかった)が、あの発言は真実だったと今は思う。だが何故あの時あの瞬間、クラスの皆から無条件に信頼されていた薬子に対しそこまで断言出来たかは気になる所だ。もしかしなくてもマリアは何か知っているのだろう。憶測であそこまで言い切れる人ではないと分かっているつもりだ。

 

 ―――タダじゃ教えてくれないだろうな。


 警告という形で断片的な情報を残すのはそういう事だろう。何もかも教えて良いならとっととぶちまけてしまえばそれで終わる。出来ないから警告になった。これを聞き出すともなると恩着せがましいようだが暗行路紅魔の正体を暴き、イ教の信者を彼女の下に帰すくらいはしないと。

「これからどうする予定」

「どうするもこうするも……この証拠を本人に突き付ける訳にはいかないし…………」

 そんな危ない橋を渡るよりもやらなければならない事がある。元々俺はそれで頭を悩ませていたのだ。あれに回答しない事には妹に不信感を与えてしまうわ、それ以前に噂の出どころが分からないわで悪循環が起きそうな気がする。

「……雪奈さん。実は突然妹が雫の存在に勘付いちゃって、どうにか切り抜けたいんですけど協力してくれませんか?」

「具体的には」

「………………えっと。それは」

 思いつかない。

 雪奈さんは美人だがコンビニでも会っているしそもそも乱入している(割と記憶に残りそうな服装だが妹は思い出さなかったのだろうか)。彼女は俺にも呪いをかけた設定になっているので恋人にしてしまうとそれはそれで不穏というか、望まない方向に話が逸れる可能性が高い。

 かと言って深春先輩はそもそも胸が大きくないし、大体家に入り浸らせてないし、万が一にも拡散したら不純異性交遊と言われかねないし。それ以外の心当たり……

「あ、そうだ! 緋花さん。緋花さんに連絡して下さいッ」

 あの人なら瑠羽は面識がない。着物姿に問題があるなら着替えてもらえばそれで済むだろう。これは死活問題だ。着付けの大変さを知らないとか簡単に脱がすなとかそういう話は今回に限り無視させてもらう。瑠羽の眼を正体不明の恋人から逸らす為には必要な事なのだ。

「良く分からないけど、三十分後に来る様に言っておく」

「え、ここに呼びつけるんですか?」

「サキサカ昼ご飯食べてないでしょ。ちょっと遅いけど、奢る」

「…………見てたんですか」

「さっきそう言った」

 昼休みは瑠羽の発言に悩まされて昼食を食べる気にはならなかった。空腹さえ忘れていた。それは一時的なものだったかもしれないが薬子に追い詰められた事でその一時は放課後まで引き延ばされた。確かに空腹だ。喉の辺りが少し気持ち悪い気がする。

 それと心ここに非ずな醜態を見られる事はまた別の問題ではあるが。

「……大分前から言っておきたかったけど、敬語なしで構わない」

「え? でも一応依頼相手ですし」

「私は十六歳。サキサカは十七歳。…………正確に言えば十三歳。敬語で接される謂れがない」

「すみません。ちょっと何言ってるか分からないんですけど十三歳にしては大人びすぎだと思うんですよね。高齢の女性は年齢鯖を読むって言いますけど雪奈……がまだその年齢とは思えないんですよ」

「信じないのは勝手だけど本当の事だから。それと敬語がまだごちゃごちゃになってる」

「ごちゃごちゃしてるのは雪奈……の年齢だと思うんだ……よ。どういう事で……だ?」

 一気にたどたどしくなる言葉遣いに彼女は呆れた視線を向けていた。

「上手く説明出来そうにない。ヒノカが来たら聞いて」

 全てを同僚に押し付けて雪奈はメニュー表に視線を落とした。自分事なのに上手く説明出来ないとは妙な事を言ってくれたが、そろそろ空腹も限界に近い。一先ずは俺もメニュー表を開く。


 ―――十三歳に奢ってもらう構図かあ。


 複雑だ。とても。

  



  

 


 昨日が誕生日だったので今日は連続更新します。

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