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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
6th AID  罪を愛して人を憎む

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細やかな気付き

 新章

『分かった。では月曜日までに出来る限りの情報をかき集めてこよう。感謝するぞ向坂柳馬。一大案件に取り組んでいたとでも言えば誰にも咎められないからだ』

 清水木与志はそう言った。連休中に様々な出来事があったせいで俺自身すっかり忘れていたのだが、連休前の一日は謎の襲撃事件に潰され、その次の日(連休一日目)は薬子とのデート、更にその次の二日は親との喧嘩と雫の失踪に費やされ……月曜日はとうの昔に過ぎていたのである。誕生日の曜日さえ覚えていない俺にも責任はあるが、月曜日などとややこしい言い方をしたあの男にも問題はある。

 よく考えたら一日程度で情報がかき集められるとは思わないので気付くべきだった。


 あれから一週間。暗行路紅魔の動向は大人しくなり、少なくとも瑠羽がつけ狙われる事は無くなった。


 相変わらず木辰中学では人気者らしいが、最近は館に引き籠って大人しく信者の相手をしているらしい。相談事務所の方はというと特に進展がないのか雪奈さんも来てくれない。会いに行こうと思えば会えるが、何度も足を運ぶと迷惑がかかりそうなので俺は行かない。

 変化があったとすればただ一つ。雫の行動だ。サプライズの為とはいえ無断で離れた事を余程気にしているらしく(俺はプレゼントを貰った時点で気にしなくなった)

「下の階からゲーム持って来れないの? 君がどんなゲームを好きなのかとても興味があるんだけど」

「ええい、そんな時間はありません! 欲しいなら自分で取ってきて下さい」

「意地悪だなあ。君の着替えを手伝ってあげてるのに」

 この一週間ずっと俺に引っ付いてくる。普通なら邪魔だの鬱陶しいだの言う所だが、雫は美人なので全くそう思えない。しかし敢えて言うなら迷惑ではある。こうもベタベタくっつかれると俺としても無視するわけにはいかず、最終的にはいつもじゃれてしまっている。部屋全体に俺と雫の服が散らばっているが、決して一線を越えた訳ではない。

「大体何で俺の服を着るんですか。サイズ合わないでしょうが」

「そうだけど、恋人っぽくない? 彼氏の服を着るってなんか……支配されてるみたいで」

 名前による支配があるからだろう、前々からその片鱗は窺えたがあの日を境に雫の被支配欲は露骨になっている。要約すると『彼氏色に染まりたい』みたいな話なのだろうが、支配の二文字が入るだけで物騒になってしまう辺りまだまだ一般人には程遠い。

「おさがりとかないの? 昔の……中学の頃の服とか」

「どこかにはあると思いますけど、もしかしたら捨てられてるかもしれない。要するに知りません」

「残念。もしあったら君の後輩って事で公に仲良くなれるんだけどな」

「そんな色気のある中学生いてたまりますか。薬子には通用しないでしょうしね」

 制服に着替え終わった。ネクタイを適当に結んで下に下りようとすると、「待って」と背後から声がかかった。

「何ですか?」

 振り返る。雫は品定めでもするように全身を睨め回し、暫しの間を置いてニヤっと微笑んだ。

「うん。完璧だ。行ってらっしゃい」

「なんか自分がセットしました感出してますけど、雫は服を持ってきただけで俺が着たんですからね?」

「ああ、そういう事にしておいてあげる」

「ええ……」

 何、この腑に落ちない感じ。本当の話なのに。

 ともかく階段を下りて朝食を食べに行くと、俺の姿を見た両親の顔が途端に険しくなった。瑠羽だけは相変わらずだが、彼女に関しては元気になってほしかったのでそっちの方が心配だ。俺の分の朝食は流石に用意されていたが、それ以上の注文は受け付けてくれないだろう。

「おはよう」

「お兄。おはよ」

 瑠羽以外誰も返してくれない。こんな暗鬱とした朝食は初めてだ。どんな大食いの人間もここまで場がどんよりと沈んでいたら胃袋も締まるに違いない。普通の人であればダイエットに最適な環境とも捉えられるが、その前に精神を病むと思うのでお勧めは出来ない。

「瑠羽。最近何か面白い事とかあったか?」

「ん。面白い事って何? ……あーでも。演劇祭はある」

「演劇…………あーあれか」

 演劇祭とは文字通り演劇をするお祭りであり、各学年各クラス毎に行われる催しだ。一般公開はされないが保護者含めて関係者であれば出席する事も可能だ。クラスの人間がどれだけ本気で取り掛かるかでクオリティは八割決まる。俺の時は鳳介が脚本を書いたお蔭で大盛況で普通に優勝したが、それもあの時のクラスがやる気に満ち溢れていたからである。

「クラスのやる気はどうだ?」

「んー私がない」

「え? お前が無いのかよッ。人様の趣味嗜好をとやかく言うつもりはないが、何でだ?」

「脚本がね、ゴミ」

 率直も率直。素直過ぎて逆に怒られそうな意見だが、歴史が回帰する瞬間を目撃した感動からか苦笑いでとどまった。クラスのやる気が出ない理由には大きく三つあると考えている。

 一つはやる気で、単純に乗り気じゃないからやらないという話。これはリーダー次第でどうにでもなる事が鳳介によって証明されている。

 二つ目は予定。演劇をする以上ある程度の練習は必要だが、それが無茶苦茶に詰め込まれていると人は未来で受ける疲労を一足先に受けて精神的に疲れ切ってしまう。担任はそこに一切関わらないのでやはりリーダー次第だ。

 そして脚本。物語に触れて目の肥えた人が多い程この問題に直面する可能性が高い。この問題を放置したまま進むと足並みが乱れるのは確実で、それを正すべく意見を取り入れて脚本を書き換えると今度は練習の時間が足りなくてグダグダになる。

 一周回って全員やる気がないとあらゆる問題が解決するが、それはそれで担任に評価を下げられるか怒られる。クラスの評価は担任の評価なのだ。

「どんな脚本なんだ?」

「教える訳ないじゃん。あんな酷い脚本お兄になんか見せられないよ。あれは酷い。酷すぎる。だって本当に酷い。テロだよテロ。脚本テロ」

「具体性が無くてさっぱり分からないがそこまで言われると逆に知りたいな。教えろよ」

「駄目」

「教えろって」

「ダーメっ」

「…………教えてくれよ」

「駄目ったら駄目。あ、でもお兄が恋人の写真見せてくれたら教えてあげる」

「うぐ……! 貴様……!」

 今まですっかり忘れていたが、その問題は有耶無耶になっていただけでちっとも解決していない。利用しようと思っていた雪奈さんもあんな登場の仕方をされては、あの登場まで全て仕込みだったと勘繰られてまた暗行路紅魔に頼りかねない。

「ふんっ。誰がそんなクソ脚本ッ。いいさいいさ、教えてくれなくてもよっ」

「フフフ! お兄の負けだね」

「勝手に勝つなッてか…………か、勘違いしないでよね! 別に最初から気になってなんかないんだから」

「男のツンデレって普通に気持ち悪いよお兄。ツンデレというか矛盾してるだけだし、やるならちゃんとやってよ」

 終末じみた朝食が瑠羽のお蔭で一気に明るくなった。この機会を逃すまいと父親がテレビをつけると、普段の聞きなれた喧騒が戻ってくる。少し口は辛いがボケに対するツッコミなので特に気がかりではない。元気になって欲しかったとは言ったが元々瑠羽は素面がローテンションだ。一週間も時薬があってまだ落ち込んでいるとは考えにくい。俺みたいに大切な人を失ったならまだしも。


 ―――気のせいか。


 思い返せば事の発端は瑠羽が何かに思い悩んでいる事だったが、勝手に解決したのか。なら良いのだ。これで心置きなくこちらの調査に専念出来る。

「そうだお兄。携帯の方に質問飛ばしておいたから後で答えてよ」

「え? 今ここで聞けよ」

「デリケートな質問かなあって思って。今、答えられるならそれでもいいよ」

 それこそ気になったので食事中の所悪いが携帯を確認させてもらう。ながらではないので自己良識の範囲ではセーフだ。





『お兄っていつも彼女さんと部屋で遊んでるよね? もしかして住まわせてる?』





 血の気が引いた。

       

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼氏色に染まりたい雫さん........神かよ...... [一言] デリケートすぎなメールだァ.......... ひええええ 次回も頑張ってください!!
[良い点] 貴方色に染めてくれ系彼女……! [気になる点] 背景と化した両親。息子の挨拶くらい返してやったしらどうなんだ貴様らぁ! [一言] さては妹ちゃん、ニュータイプか……!?
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