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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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き え て な く な れ

 雪奈さんの姿が見えないが今はどうでもいい。自分の部屋から侵入するだなんてとても奇妙な気分だ。その何とも言えぬ気持ち悪さが、束の間、俺を冷静にさせる。その程度で行動力を失う程ではなかったが、このまま突っ込んで良いものかと考え直せるくらいには立ち止まれた。

「……どうしたの?」

 理由は分からないが、暗行路紅魔は俺の家族に許された。あれだけ瑠羽に過保護な両親が何の理由も無く通すとは考えられない。事情の見えない中で考えられる可能性は三つ。


 一つは特殊能力という線。これが一番道理もへったくれもない割に可能性としてはありうる。雫の様な力があるなら警戒心はもはや意味をなさない。が、これは考えるだけ無駄。

 二つ目は知り合いという可能性。一番あり得ない。なぜなら両親はうさん臭いものが嫌いだ。もし知り合いなら俺の耳にも入っているだろうし、何より家で一度も奴の話題は出た事がない。

 三つめは二つめの逆。両親が奴を信じている可能性。論外。


 どれもこれも証拠が足りず、推測の域を出ない。その中に突っ込めば話をかき乱すだけであり、収穫は望めないだろう。考えるべきは入れた理由ではなく、何故このタイミングで来たか、だ。偶然という可能性はこの際捨ておこう。そう片づけるにはあまりにも完璧だ。

 まず最初の接触で暗行路紅魔は俺が居る限り門前払いを喰らうと知っている。何か思惑があるなら俺がいない時に訪ねるべきで、実際一度はそうなった。だが途中で割り込んだので話は中断された。今の様な状況は余程ストーカー行為を繰り返さない限り狙えないタイミングだ。

 だが妹ないしは俺が付き纏われればそれだけ雫の居場所がバレるリスクにもなる。彼女さえ居てくれれば俺に教えてくれただろう。ストーカーは歴とした警察案件だ、とっちめられればそこで話は終わり。雫も居なければ俺も戻らない瞬間を偶然狙うのは不可能。

 何より外出間際の俺の発言を聞いてない限り戻ってこない保障も得られない。


 ―――あまりにも出来過ぎている。


 雫が居ないのは偶然としても、完全に家庭の内部事情を知り尽くしている。

「……深春先輩。今からドアを開けて一階の階段まで行きます。静かに来てください」

「し、静かに? あれ、突っ込むんじゃないの?」

「こんな機会二度とありません。ここまでやられたら俺だって黙っちゃいない。何がどうなってるのかきっちり全部聞かせてもらうつもりです」

 音もなく扉を開けて慣れた動きで階段まで移動する。隠密移動に心得の無い先輩は無音で歩く行為に気を取られ過ぎて手間取っていた。この手の動きは過去何度もやってきた。やらざるを得なかった。失敗すれば命はない。そんな状況を強いられれば嫌でも上達する。

 じれったいので一足先に階段の中腹まで下りて一階の音に耳を澄ませる。耳覚えのある憎らしい声は暗行路紅魔に違いない。



「―――柳馬さんは呪われています。そしてその呪いは瑠羽様にまで届こうとしている。解決するにはまず、呪いの元から離れるしかありません」

「瑠羽っ。信じても良いだろう。お前にとっても信用出来る人物の筈だ」

「…………私が離れたら、お兄とお父さんは喧嘩をやめる?」

「ああ」

「………………お兄、どうなるの」

「良いですか、瑠羽様。便宜上呪いと表現いたしましたが、この世界には運のバランスなるものが存在するのです。貴方様の兄上は言うなれば不幸の業を背負った……一昔前、前世で非道を働いた人間は現世にて不幸を背負うと言われてきました。まこと信じがたい話ですが、それこそ柳馬様なのです。私には未来が視えます。柳馬様は必ず破滅します。そして貴方もそうなってしまうかもしれない……ですからそうなる前に! この仮面を被って、関係を断ち切りなさい」

 こっちが黙ってれば好き勝手な事を。

 ようやく背中に追いついてくれた先輩には悪いが、もう飛び出そうと思っている。警察に捕まっても構わない。暗行路紅魔をはっ倒し、足を引きずって外まで引っ張り出して―――


  

  

 



「それは、あり得ない」







 一階に響きわたる冷淡な女性の声。三人と俺達の視線がカーテンの裏に降り注ぐ。不自然に膨らんでいたのに誰も気が付かなかったその裏側には、赤いレインコートがはみ出していた。

「確かに、サキサカリュウマは呪われているし、その妹も呪われている。でもその理由はもっと単純。私が呪っているから」

 カーテンから飛び出したのは久遠雪奈。その左手には写真を釘で抜いた藁人形が握られている。たとえオカルトに精通していない人間でもその物体の意味する所、その行為は理解出来るだろう。何百年と前から続いて来た呪いの基本にして、共通の認識。

「だ、誰ですか貴方はっ?」

「不法侵入だ! 警察を呼ぶぞ!」

「私はサキサカルリハに頼まれてここに居る。よって不法侵入ではない」

 両親の視線が瑠羽に注がれる。当然、そんな筈がない。雪奈さんはついさっきまで俺と一緒に居たし、そもそも接点がない。が、単純な嘘にしても微塵もその気配を感じさせない答えには説得力しかなかった。急に話を振られて対応出来る様な妹でもなく、視線が集中したのも相まって彼女は完全に呑まれて言葉に詰まっていた。

 母親の視線が雪奈さんに戻る。

「何でそんな事を?」

「暗行路紅魔が詐欺師だから」

「……え? でもこの人はあの凛原薬子の紹介で―――」

「ちゃんと本人に確認を取った? なりすましは詐欺の常套手段。その仮面を貰ってサキサカリュウマから離れても貴方から呪いは消えない。私がこの人形で呪ってるから。何の意味もない。サキサカリュウマも破滅する。けどそれは私が呪ってるから。そいつの発言は全て出任せ」

「な、何を言っているんですか貴方! 私には未来も過去も、相対して話せばその人の全てが手に取る様に分かるのです!」

「じゃあどうして私が呪っている事に気付けなかったの」

 

 ―――出る暇も無く繰り広げられる舌戦を俺達は見守る事しか出来なかった。


 科学的な観点に主題を置けば話は簡単だ。物的証拠を出せばそれが全てを解決する鍵になる。だが仮面ビジネスにしろ藁人形の呪いにしろ、神秘的な力に頼るその行為は科学的ではない。視えない力で人をどうにかしてしまうなら、そこに物的証拠が残る事もない。特に暗行路紅魔の未来が視える発言は、物的証拠を出さなければ信用されないが、物的証拠が出せるならその時点でインチキが確定してしまう。

 一方の雪奈さんがどうかというと、藁人形の存在そのものが証拠となっている。恐らく、実際には呪ってなんかない。適当にそれっぽくしただけ。しかしながらヒーローある所に悪があるのは当たり前の認識。それと同じで、藁人形に釘が打たれていれば多くの人間は呪いを連想する。古くても新しくても呪いは呪い。物的証拠の出せない能力と物体を用いた呪いでは、圧倒的に後者が有利だ。

 怪しい男と怪しい女で条件は五分。

 藁人形という呪いの象徴と、怪しい男の発言。

 これは巧妙な認識順序のすり替えだ。暗行路紅魔を先に信じれば雪奈さんの発言は一顧だに値しない。しかし呪うという行為の証明にシンボル的な物体を持ち出されては信じる順番は当然変わってくる。

 要はどちらが先か、という勝負だ。暗行路紅魔が先なら雪奈さんの発言はまるっきりデタラメ。一方で雪奈さんの発言が先(事実という意味で)なら暗行路紅魔はそこに付け込んだだけの詐欺師になる。

「そ、それは……」

「本当にサキサカルリハを不幸から救いたいなら簡単な方法がある。仮面よりも確実。私に呪いをやめさせればいい」

「……この際、どっちでもいい! 瑠羽を助けてくれ! 呪いを止めてくれ!」

「構わない。でも条件がある」   

 次の瞬間、雪奈さんが口裂け女も斯くやと思われる笑みを悪辣に浮かべた。

「暗行路紅魔に頼らない事。それで呪いを止めてあげる」

「そ、そんな事でいいのか?」

「そんな事して貴方に何の得があるの?」

「知る必要はない。選んで。何の効果もない仮面を被って呪いで死ぬか、呪いをこの場で解いて仮面ゴミを捨てるか。選びきれないならサービス。二度と呪いはかけないし、暗行路紅魔を二度と頼らないって事なら三万円、この場に残す」

「な…………! 信じてはだめです! お二方! 瑠羽様を不幸から救うにはこの仮面を―――!」

 両親の視線が暗行路紅魔に降り注ぐ。そこに友好の意はなく、純粋な敵意のみが敷き詰められていた。

「帰ってくれ」

「………………っ」

 




 久遠雪奈の、完全勝利であった。  

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― 新着の感想 ―
[一言] 黒彼を読んだ後だと雪奈がせつなに脳内変換されて、ゆきなへの好感度が自動で上昇してます。
[良い点] 雪奈さん、カッケェ……!!!! [気になる点] 呪い……どんな呪いだろ?
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