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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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廃材の都

 本当に廃校を使う事になると誰が思ったのか。

 野宿は初めてではないが大嫌いだ。単純に寝心地が良くない。だからホテルを尋ねたのにこの仕打ちだ。雪奈さんに悪意がないのは分かっていたので一層性質が悪いというかなんというか。立ち入る方法も普通ではなく、フェンスを伝って校舎の内側に移動し、縁のすぐ下にある窓から飛び込むという部屋として根本的に何かが間違っているものだ。

 校舎自体はそこまで高くないが、少なくとも三階はある。真下を見て落下する妄想を錯覚する様な怖がりにはまず入れないだろう。要するに俺の事だが、怖がりながら進む術を知っているので、何とか彼女の後を追う事に成功した。

 

 そこは廃校と呼ぶには生活感があり過ぎた。


 俺はもっと凄惨で汚らしい部屋を想像していたのだが、まず床には一見して埃が見当たらない。ここを利用していた学生が総出で掃除してもここまで綺麗にはならないだろう。一人か二人は必ず怠け者が生まれるから。それを考慮すると雪奈さんが如何に綺麗好きかが良く分かる。綺麗好きはそもそも廃校を部屋にしないという意見については、全て破棄させてもらう。

 侵入者を防ぐ目的か、正規の入り口―――廊下に続く扉は全て机の壁によってブロックされている。鍵は閉められた上で潰されており、力ずくで破るくらいしかこじ開ける手段がなさそうだ。

「住めば都なんて言いますけど、本当にそれっぽく飾ると廃校とは思えないですね」

「一人になりたい時にここは使う。夜になると風鈴の音とか革靴の音とかするけど、暴れたりしなきゃ誰も入ってこないから」

「それ、怪奇現象ですか?」

「さあ。普段は窓から出入りしてるし、分からない」

 流石に座心地は悪かったのか カーペットだけは敷かれている。窓からしか入らないという割にはベッドも置かれている。結構部屋としてはしっかりしていると思いきや布団代わりの毛布という侘しさも感じるし、

 

 ……そろそろ突っ込むべきか。


「黒板の絵って、雪奈さんが描いたんですか?」

 ここは元々学校だったので当然黒板がある。何の用途にも使われないのは可哀想だと思ったのだろうか。そこには学生が昼休みにする様な落書きではなく、生業として描かれていてもおかしくない正しくアートだった。白一本で描かれているせいで微妙に分かり辛いが、開けた場所で男女合わせて四人が笑顔でポーズを取っている。そのアングルはさながら写真であり、黒板は撮影者のレンズが写した映像に見える。

「違う。所長が描いた」

「所長が!?」

 出会って日は浅いがどや顔を浮かべる所長が容易に想像できる。お前に所長の何が分かると言われればそれまでだが、あの人にこんな才能があるとは思わなかった。

「意外な才能ってあるんですね……期待してなかったんですけど、結構ちゃんとしててびっくりしました。本当に使って良いんですか?」

「勝手に使ってるだけだし。勝手に使われても文句を言う筋合いはない」

「はあ……でも申し訳ない感じが。雪奈さんって一人になりたい時にここ使うんですよね。俺がここ使ったら部屋が一つなくなると思うんですよ。別の部屋に行くんですか?」

 提案に乗った事に下心が無いとは言わないが、彼女に迷惑を掛けてしまうならそっちの感情が優先される。厚意に甘えている側とて最低限譲れない物はある。例えばとある親切を受ける事でその人の人生が破綻するなら俺はその親切を拒絶する。でないとこちらも罪悪感でどうにかなってしまいそうだから。

「サキサカは一人になりたいの」

「えっ? いや、そういう訳じゃないんですけど」

「じゃあ一緒に使えばいい」

「そりゃそうですけど、一人が好きなんじゃないんですか?」

「好きなのと無理は違う。サキサカを守るのも私達の仕事。隣に居れば守れる。夜食なら適当に調達する。不満は?」

「ありません」

 あったとしても言えない。至れり尽くせりとはまさにこの事で、これ以上不満を零すのは強欲というものだ。話し方こそ素っ気ないが雪奈さんは中々の世話好きだ。昼夜を問わずレインコートを着用する奇怪ぶりに惑わされるが、本人は相当な常識人で、しかもとてつもない美人だ。何度見ても絵画みたいな美しさは劣化していない。

「そういえば雪奈さんはどうしてレインコートをいつも着てるんですか?」

 昼も夜も雨も晴れも関係ない。肌と一体化しているみたいにいつも着けている。初めて出会った時から気になっていたが尋ねるタイミングが無かった。雪奈さんの顔が少しだけこわばったと同時に、穏やかな雰囲気だった教室に緊張感が走った。

「……サキサカは知らない方が良いよ」

「訳ありって事です……か?」

「知ったらきっと、私を怖がるようになる。それじゃあ守れないから教えない」

 拒絶というよりは拒否。強く断定的な口調で彼女は圧力をかけてきたが、恐ろしくはない。詮索を禁じるその刹那、垣間見えた寂しい表情を俺は見逃さなかった。迂闊に踏み込めば火傷するのはこちらだ。雪奈さんを傷つけてしまうかもしれない。

 助けたいと思うのは勝手だが、今はまだここで立ち止まっておいた方が賢明だ。感情が先走ったままに行動に移せば必ず失敗する。証拠も無く犯人を追いつめる探偵も掲示も居ない。そういう事だ。

「分かりました。この話は言わなかった事にして下さい」

「聞かなかった事にする」

 雪奈さんが窓に片足を掛けた。

「調査に戻る。自由にしてて」


 …………訳ありの事務所ってか。


 苗字を名乗れない緋花さん。

 いかなる時も赤のレインコートを外さない雪奈さん。

 特別枠の警察。

 口元の隠し方が完全にテロリストな九龍所長。

 正体不明のセンパイ。

 俺はこんな変態集団に協力を仰いで良かったのかと思う反面、彼等でなければ引き受けてくれなかった気もする。向坂柳馬は雫の味方を続ける限りグレーな人間だ。潔癖を目指す表社会においてグレーは黒も同然であり、ともすれば排斥されてしまう。協力してくれるとすれば完全な黒か同じグレーの中に居る存在くらいだ。

 死刑囚の話を聞いて協力してくれる善人はいない。彼等が変態だろうと奇人だろうと何でも良い。



 綺麗なだけでは、真実は探れないのだから。
























 

   

 


 夜になるまで、俺は久しぶりにのんびり眠りについていた。成程、一人になりたい時にここを使う理由が分かった。ここには時計が無い。何より窓のカーテンを閉めれば時間経過も分からない。少なからず人が急ぐのはそこに時計があって、時間が明瞭だからだ。何時か分からない上にする事もなければ人は自由にくつろげる。『まだ〇時』も『もう〇時』もない。休みたいままに休めばいい。

 ただ一つ不満があるとすれば、雫が居ないせいで寝心地が悪い。あの気持ち良さを知ってしまったら人は堕落する。もう一人では眠れない。


 ―――雪奈さん、早く帰って来ないかな。


 寂しいから誰かに電話しようか。

 いや、相手に迷惑がかかりそうだ。ただ声が聴きたいから電話なんて、相手にどれだけ迷惑がかかる事やら。迷惑が掛からず寂しさを紛らわす方法―――例えば、今はすっかり治まってしまったが幻覚とか。

 二人の幻覚を見たい。鳳介と綾子と話したい。嘘でも本当でも何でも良い。もう一度だけあの二人と…………


『綾子は死んでねえよ。勝手に殺してやんな』


 脳内で鳳介が突っ込んだ。そうだ、アイツは死んでない。俺と絶交しただけ。非日常とは離れた場所で平和に暮らしている筈だ。今も。


『俺を恨んでも良いんだぞ? リュウ』


「何で恨むんだよ。お前は俺を助けてくれたんだ。生きてる事に後悔が無い訳じゃないけど、それでお前を恨むのは筋違いだ」


『……そうか』

 

 辛い。

 悲しい。

 むなしい。

 辛い時には…………仮面を被りたい。








 

 プルルルルルッ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 多分関係ないけど「学校 赤いレインコート」で黒彼の血塗れ赤ずきんを思い出した。
[一言] 今回の会話は向坂君の脳内で勝手に想像しているだけかもだけど、鳳介君オカルトマニアだし何らかの方法で向坂君の近くにいそう。
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