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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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生を授かり死を捻り

「……すみません、お騒がせしました」

 十分間も泣いてしまったが、緋花さんは文句一つ言わずに本当に付き合ってくれた。次第に泣いている自分が情けなくなって泣き止んだ。気が滅入っている人間を慰める行為は殆ど介護に等しく、文句の一つくらい言っても俺は怒らないのだが、彼女は違った。心から喜んでいたのだ。本当に良かったと、そう言わんばかりの微笑みをむけて。

「構いませんよ。それでは改めてお尋ねします。何かありましたか?」

「ここじゃちょっと……奥に来てください。話しにくい事です」

「分かりました。ではどこへなりとも参りましょう」

 ここは路地裏だが、もう少し奥に入っておく。影の世界に足を踏み入れる男女を通行人は気にも留めなかった。

「この辺りで大丈夫です。実は……雫の事で」

「まあッ。では所長に連絡いたしましょうか? 七凪雫の事件は事務所総出で取り掛かる案件ですから、これは共有しないといけないのでは?」

「いや、そういうのじゃないんです。雫が家に居るって言ったじゃないですか。その雫が急に居なくなってしまって」

 緋花は口を覆って雅やかに驚いた。彼女の一挙手一投足にそこはかとない優雅さを感じるのは気のせいではない。不相応な着こなしをする人間に対し『服に着られている』と表現する事があるが、この女性に対しその表現は不適切だと言える。洋服が普及した現代に着物は些か目立つものの、それに似合う立ち振る舞いは十分すぎる。

 服の構造として目立たなかったが、結構緋花も……いや、この話は下世話なのでやめよう。恩人に何たる不埒か。

「何か心当たりは?」

「あったらそっちに行きますよ。心当たりも何もないからびっくりしてるんです。会話を思い出してみても思い出話とかそれくらいしかしてないですし」

 妄想の新婚旅行については話さない。あそこに手掛かりがあるとは思えないし、何より他人に聞かせる話ではない。内輪ノリは外に出すべきではなく、面白いつまらない以前に理解出来ないと言われても不思議ではないのだ。

 

 ―――ほんと、最悪だよ。


 誰も祝ってくれないので俺も忘れていたが、今日は俺の誕生日だ。正確には祝ってくれない訳ではないのだが―――瑠羽はちゃんと祝ってくれるが、あとで親に怒られるので俺がやめさせた―――嫌な気分になる事があまりにも多いので、個人的には全く特別な日ではない。

 厄日まである。

「ふむ。では七凪雫の思い出の場所などは」

「それこそ出身地の天玖村くらいしか……でもそんな短時間に行けるくらい近かった記憶がないんですけど」

「そうですね。ふむ……その取り乱し方を見るに、今までその様な事はなかったと。そうですか…………親しかったんですよね?」

「俺は親しかったと思ってます。だから余計分からなくて」

 女性目線で考えてもらえればと思ったが、良く考えなくても性別が同じだからと言って突発的な失踪に心当たりが生まれる訳が無かった。そうこうしている内に時間はどんどん過ぎていく。未だに名案と呼べる知恵は出てこない。

「……お話を聞かせていただいた限りですが、七凪雫が自発的に居なくなるとは考えにくいですね。向坂様に依存している節が見られます」

「でも実際に消えてるんです。何処行ったと思いますか? どこでもいいですよ、怒りません。手がかりとか全くありませんから」

「では月並みな意見になると思われますが、凛原様の家はどうでしょう。逃げるのに嫌気が差して直接倒しに行ったのかと」

「それは……考えにくいですね。雫はとにかく遭遇したがらなかったものですから」

 どこでもいいという発言は地雷だった。緋花さんは責められない。何でもいいと言っておきながらいざ出されたモノに文句を言う。俺が一番嫌いなタイプだ。それにうっかり当てはまってしまうという事は、どうやら嫌いな原因は同族嫌悪だったらしい。

 さして気にしてもないのか緋花さんは再び悩み始める。

「では少し考えを逆転させてみましょう。七凪雫は探して欲しくないという可能性について」

「探して欲しくない?」

 青天の霹靂とはこういう時に使うべきなのだろうか。恐らく違うのだが、それくらい衝撃的な考え方だったのは間違いない。ある種理解不能の領域にある考えには、いっとも至らなかった。俺はこれでも冷静になったつもりである。散々泣いたし。

「それはどういう事ですか?」

「推理、という形で頭に留めておいてもらえると助かるのですが、七凪雫は向坂様に依存しております。そのようなお方が理由も無く居なくなるとは思えません。貴方と七凪雫の間には何の軋轢もなく、むしろ円満な関係だった。総合すると、七凪雫は貴方を困らせる以外の目的で居なくなったと考えられます」

「……困らせる以外の目的で居なくなるって……ドッキリとか?」

「困らせているではありませんか。これは私よりも当主様の方が詳しいでしょうが、当主様は現在旅行に行ってしまわれたのでご連絡は出来ません。お力になれず申し訳ないです」

「いやいやいいですよ。そんなお家騒動みたいに大きくしなくても。……そう言えば緋花さんの苗字ってどうして取り上げられてるんですか?」

「それはお教え出来ませんが、私は別に困っておりません。どうか向坂様も気にしないで下さいっ」

 壁がある。

 彼女は物腰柔らかで誰にでも丁重に対応するが、だからこそ如実に距離を感じる。『自分』に踏み込まれまいと結界を張っているのだ。俺がその境を超えられるのはいつになるだろうか。穏やかな表情に垣間見える憂う気な瞳が気になる。もっと彼女の事を知りたい。


 …………今はそれどころじゃないか。


 全ては雫を見つけてからだ―――と言いたいが、緋花さんのお蔭で新たな視点が生まれた。俺は今まで俺の都合でしか探して来なかったが、そうだ。雫が会いたくないと思っている可能性を全く見落としていた。

 何事も無く見つかって、何事もなく隣に戻って欲しいと願っているのは俺の我儘に終始する。雫がどう思っているかは考慮されていない。人間、やんごとなき事情で一人になりたい瞬間があるものだと。他ならぬ俺は一番良く知っている筈なのに。

 ひとしきり考え込んだ末に、眼前の女性に頭を下げた。

「有難うございます緋花さん。俺、探すのやめようと思います」

「私の推理に賛同するのですか?」

「まあそうなんですけど。よく考えたらあっちの気持ちを全然考えてなくて。俺の知る雫は勝手に居なくなる人じゃありません。戻ってくると信じて待ってみようと思います。あの人が裏切る筈ないって、俺だけでも信じてあげないと、信用された意味がないっていうか」

「…………そうですかっ。ご判断、尊重いたします」

「昼に雪奈さんと待ち合わせしてるので、おれはこれで。緋花さんはどうするんですか?」

「私は所長に頼まれた調査の続きを再開いたします。ではまた」

 恭しくお辞儀をして、彼女は大通りに合流した。


 思考を切り替えよう。事務所からの連絡とは何だろう。





















「サキサカ、遅い」

 廃校の屋上には、昨夜の様に雪奈さんが座っていた。傍らにはコンビニのおにぎりが四つ置かれていて、俺が来た瞬間、手近な方が一つ消えた。


 ―――昼食か。

 

 恐らく二つずつ食おうと言っているのだろう。まあ、たまには悪くない。

「すみません。色々あって。おにぎりいただきます」

 量としては家で食べるよりも圧倒的に少量で侘しいが、口うるさくも喧嘩を仕掛けてこない分、精神的な満足度は比べるべくもない。雪奈さん滅茶苦茶美人だし。例えるならゲームのヒロインが横にいるかのような錯覚を受けるくらいには。

「場所を移動させてしまってすみません。それで報告というのは?」

「七凪雫を調べる過程で凛原薬子も調べなければいけない。二人の事を調べるなら天玖村についても調べなければいけない。調べてすぐの事」

 不自然に言葉を切って彼女はポケットから二枚の写真を取り出した。髪がごっそりと抜け落ちてハゲの見える白髪交じりの黒髪に、ガサガサの肌。所々抜けた前歯に、深い隈。男性か女性かも良く分からず、栄養失調で今にも死にそうな程青白い肌をした……人間。

「それ、七凪雫」

「へえ七凪……………えっ!? え、ええ、え、え、え、え、え、えええええ? えええええええ!? うっそだあ!」

「拘置所に残ってた記録から言ってる。そういう反応をするって事は、別人なんだ」

「別人別人っ! こんな死体の擬人化みたいな人が雫であってたまりますか! え、これ本当に雫ですか? 七凪雫?」

「……たとえは良く分からないけど、記録上は間違いなくそう。ねえサキサカ」






 隣に居るのは、本当に七凪雫なのかな。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] そっか。忘れてましたけど苗字を奪われた緋花って・・・
[気になる点] やはり"名前"がなんかありそうっすね…… [一言] 君は誰だ、誰なんだ……!?
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